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パナソニックのHD-PLCが「Nessum」へブランド変更。有線・無線両対応

 パナソニック ホールディングス株式会社は9月7日、2006年から普及を目指してきた高速電力線通信「HD-PLC」の通信技術のブランド名を「Nessum」と変更すると発表し、説明会を行なった。電力線以外の制御線通信や、水中を含む近距離無線通信への採用が広がってきている実情を踏まえて技術内容を整理し、さらなる普及とグローバル展開の加速を目指す。

 IEEE標準規格協会の次世代通信規格IEEE P1901cの作業部会において、高密度な周波数分割を行なう「Wavelet OFDM」方式をベースとする技術がドラフト1.0として8月に承認された。同じ変復調方式をさまざまな通信媒体(Any Media:有線、無線、海中含む)で利用可能とされている。この承認を機にブランド変更を行なった。

従来技術では適用が難しかった領域での無線・有線のハイブリッドでの活用が可能

そもそも「HD-PLC」とは? 現在はB2B用途で広く発展中

既存の線を通信可能にアップデートする技術が「HD-PLC」

 一般的に「電力線通信」と呼ばれる「HD-PLC(High Definition Powerline Communication)」とは、既存の線を通信できる線にアップデートし、ネットに接続できるようにするための技術。ビルや工場では、ネットにつなぎたくても無線LANが届かないエリアがあったり、有線LAN工事を行なうと中継用にハブが必要になって工事費用が高くついたりすることがある。

 電力線に情報を乗せられるPLCを使えば、電力線だけでなく、フラットケーブル、ツイストペア線、同軸ケーブルなどさまざまな線を使ってネットにつなぐことができる。たとえば、ビルに使われている空調信号線、エレベータケーブル、インターフォン、ソーラーケーブル、電話線、調光信号線などを使ってネットワークを敷設できる。LANケーブルを用いるよりも2割から5割費用が安くなるという。

 身近なところでは、1からLANケーブルを敷設するにはコストがかかるところに使われている、具体的には上野動物園、近鉄大阪阿部野橋駅、都市型水族館「AOAO SAPPORO」などで使われている。用途は監視カメラやIoTなどだ。

上野動物園や近鉄大阪阿部野橋駅などでも活用されている

 ほかの通信規格、たとえばWi-Fiや有線LANケーブルと比較すると、最大速度は数Mbpsくらいしか出ないので劣るが、施工性(コスト)や安定性、設定の簡単さではWi-Fiよりも優れている。パナソニック ホールディングス株式会社 技術部門 事業開発室 IoT PLCプロジェクト 主幹技師の松尾浩太郎氏は「顧客のニーズを埋める重要なピースと考えている」と語った。

ほかの通信技術との比較

 パナソニックはHD-PLCを以前、家庭内用に販売していた。当時は思うように速度が出なかったこと、Wi-Fiが普及したこともあり、その事業からは撤退した。現在ではB2Bの通信インフラとして展開しており、HD-PLCに接続するためのデバイス(LAN変換アダプタなど)の累計出荷台数は450万台超の実績がある。

 普及には、低コストでネットワーク構築ができること、従来は低速通信が使われていた太陽光パネル・業務用空調などにおける有線通信の高速化、化学系プラントなどで求められる高セキュリティ、エレベータのような金属空間や地下など無線が通りにくい場所での補完、自動中継機能を使った数kmに及ぶ長距離通信での活用、そしてロボット内での配線を減らすといった省線化があるという。

現在は宅内インフラではなくB2Bの通信インフラとして展開中

 パナソニック単独だけではなく「HD-PLCアライアンス」による相互接続互換認証、標準化活動、普及活動も行なっている。会員数は23社で、4割は海外メーカー。

HD-PLCアライアンスでの活動も

 さらに「HD-PLC」の技術を近距離無線通信に活用しようとしている。線の代わりにアンテナを使うもので、「PaWalet Link(パワレットリンク)」と呼ばれている。現在のNFCの100~1,000倍の速度が出せ、通信範囲を限定できることからセキュアで、有線とのハイブリッド構成が容易といった特徴がある。

近距離無線通信「PaWalet Link(パワレットリンク)」にも活用している

 具体的にはモビリティ分野において、有線と無線のハイブリッドネットワークを低コストで構築可能であると考えている。将来、EVが普及した時代にはワイヤレス電力伝送(非接触給電)と組み合わせた認証や充電制御などのソリューションに活用しようとしている。

充電ステーションでの活用イメージ

 また、水中でも使えることから、探査ロボットやドローンなどと設備間の通信にも活用しようとしている。海中では非常に低い周波数帯しか使えないため、音響通信や可視光通信が使われることが一般的だが、情報量が限られる、水の濁りに弱いといった課題がある。数mの範囲なら数Mbps出せることから水中・海中でのIoTシステム構築にも使えるという。NICTと共同研究を進めている。

水中での通信技術としても研究開発中

 このように、主に監視カメラやIoTの社会インフラを中心として、さまざまな領域でHD-PLCは広がりつつある。ただ、技術の進展により「電力線通信」という言葉と実態があっていないことが課題となっていると松尾氏は述べた。実際に顧客から「分かりにくい」と言われており、イメージを刷新したいと考えていたという。

「電力線通信」という名称によるイメージと実態が合っていなかった

HD-PLCの新名称は「Nessum(ネッサム)」

パナソニック ホールディングス株式会社 執行役員 グループCTO 小川立夫氏

 以上のような経緯を踏まえて、技術戦略説明会では、まずパナソニック ホールディングス株式会社 執行役員 グループCTOの小川立夫氏が、HD-PLCブランドの「Nessum」へのリニューアルについて紹介した。HD-PLCの用途が電力線だけでなくさまざまな線、さらに高速近距離無線にまで広がっていることを踏まえて、名称・ロゴを変更することにしたという。

新名称は「Nessum(ネッサム)」

 新名称は「Nessum(ネッサム)」。「電力線でしか使えない」といった誤解を解き、従来技術ではネットワーク化が困難な社会の隅々に至るまでスマート化を容易にする技術として提案する。「くらしと産業を豊かにする画竜点睛の通信規格」だという。なお由来は「特にない」とのこと。グローバルで使われることを考えて、誤解のないネーミングを目指した。

 強みである通信の高速化、安定化をはじめ、無線の活用も可能にする。新しいロゴは有線と無線それぞれも用意する。さまざまな場所のスマート化を可能にすることをアピールし、無線が使えない場所、スマートビル、無線禁止のプラント、充電ステーションなどでの活用を提案する。

有線用のロゴ、無線用のロゴも用意
さまざまな場所をスマート化

 より具体的には、まず社内で活用する。CO2排出量削減を目指す「Panasonic GREEN IMPACT」において、従来はつながっていなかった機器をつなげることで、より効率を高める。まず草津工場での太陽電池、純水素型燃料電池をネットワークでつなぎ、機器管理と制御をおこなう。LANケーブルと違って100mごとのハブ設置が不要で、安価な施工で制御が行なえるようになる。

草津工場での活用

 他社のグリッドでも活用する。GE CIC社ではスマートグリッド向け通信機器として「Nessum」を活用する。長距離通信が高く評価され、採用に至ったという。

 また、従来困難だとされていた海中通信にも「Nessum AIR」を活用する。NICTと共同で研究開発を進めている。マルチホップの技術を使うことで10mへの拡張を目標に研究を進めているという。

GE CIC社とはスマートグリッドソリューションで連携
水中ロボットへの搭載も研究開発中

「Nessum WIRE」と「AIR」でスマート化を促進

パナソニック ホールディングス株式会社 技術部門 事業開発室 IoTPLCプロジェクト 総括担当 荒巻道昌氏

 さらなる利用シーンについては、パナソニック ホールディングス株式会社 技術部門 事業開発室 IoTPLCプロジェクト 総括担当 の荒巻道昌氏が紹介した。有線・無線ともに対応可能な通信規格「Nessum」は既設線を通信回線にアップデートできる技術。IoT化により、より大容量の通信速度が必要になりつつある。外部クラウドを用いるためにはセキュアに送る必要もある。「Nessum WIRE」はこれらの課題に対応できると述べた。

既設線を通信回線にアップデートできる技術

 「Nessum WIRE」にはマルチホップ機能があり、数kmをカバーできる。遮蔽空間にも強く、トンネルや地下施設でも使える。既設線を使うことで省施工・低コストなメリットもある。既設の低速有線通信の高速化も可能だ。無線を禁止している場所での高セキュリティ、エレベータやロボットなどにおける省線化・断線リスクの低減も可能になる。従来技術と組み合わせることがスマート化の鍵となる。

「Nessum WIRE」の技術的特徴。長距離対応、遮蔽空間対応、低コスト
高速化、高セキュリティ、省線化
「Nessum WIRE」とほかの通信技術の技術比較

 「Nessum AIR」は無線が混信しやすい場所での正しい相手との通信に適した技術。周波数利用効率が高い「Wavelet OFDM」により近距離で高速な通信が可能で、アンテナサイズと送信電力の調整で通信範囲が制御できる。ほかの無線技術と比較すると、通信範囲が1m以内に限られているが、通信範囲を限ることができるところが利点となる。

通信範囲を的確に制限できる「Nessum AIR」
近距離無線で高速通信も可能
ほかの無線通信技術との比較

 「Nessum」はさまざまなシーンに用いることができるという。1つの例は、ビル内のHVAC(Heating, Ventilation and AIR Conditioning、空調管理)システムのスマート化。ビルの維持管理費削減に貢献できる。

 また、太陽光発電パネルのスマート化も可能。インバータに採用されており、家庭内の電力管理システムに接続されている。工場では配線の敷設距離が長くなりがちだが、そのようなケースでも対応できる。

 さらに、配線ダクトと組み合わせることでFA設備やシーケンサーの管理、マニュアル表示に用いることが可能。地下のLAN工事が難しいガソリンスタンドのスマート化もできるという。電力だけでなく制御情報を送ることができるので、サイネージや防災機能を搭載したスマート街路灯ソリューションにも使える。

さまざまな利用シーン
ビル内のHVACシステムのスマート化
太陽光発電パネルのスマート化
低コストでの工場スマートファクトリー化
ガソリンスタンドのスマート化
スマート街路灯ソリューション

 今後、「HD-PLC」から「Nessum」のエコシステムへシフトする。既製品の名称も「Nessum」に集約していく予定。アライアンスの会員と連携し、スマートホーム、ビルディング、エネルギー、インダストリ、シティ・モビリティの5つの分野で「IoT社会のスキマを埋める」技術として提案していく。

「HD-PLC」から「Nessum」のエコシステムへシフト
「IoT社会のスキマを埋める」技術として提案

EVスタンドをイメージしたハイブリッド通信のデモも

 オンラインではあるが、「Nessum WIRE」と「Nessum AIR」を組み合わせたハイブリッド通信のデモも紹介された。EVのワイヤレス給電システムをイメージしたもので、正しいサーバーと認証を行ない、受電するというもの。充電スタンドには「Nessum LSI」が搭載されている設定。ネットワーク全体を管理・制御する親機とスタンドは有線で、充電スタンドとEVの間は無線で接続する。

有線・無線ハイブリッド通信 デモ動画