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火星の衛星で「死骸」を探せ。火星生命探査に迫る日本の火星衛星探査計画「MMX」
2021年8月20日 06:00
国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構(JAXA)は19日、火星衛星探査計画(MMX:Martian Moons eXploration)の役割についてオンライン記者説明会を開いた。
MMXとは、火星の衛星の起源や、火星圏の進化過程を明らかにすることを目的とした火星探査計画。火星の衛星フォボスとダイモスを観察し、フォボス表面のサンプルを採取して地球帰還を想定している。現在、2024年度の探査機打上げ、2029年度の試料回収を目指して研究開発が行なわれている。
火星の衛星には、火星への無数の小隕石衝突によって巻き上げられた火星由来の物質が降り積もっており、その中からは何らかの「生命の痕跡」が検出される可能性があるという。地球外での生命体の検出は、科学の最重要課題の1つだ。
火星とその衛星で生命を探す
まず、JAXA宇宙科学研究所 宇宙飛翔工学研究系 教授で、火星衛星探査機プロジェクトチーム プロジェクトマネージャの川勝康弘氏が概要を説明した。13日に科学雑誌「Science」に「Searching for life on Mars and its moons(火星とその衛星で生命を探す)」という論文が掲載された。今回の会見は、その意義を紹介するものだ。
フォボスで「死んだ微生物」を1個以上採集する可能性
まず前段となる研究成果を、千葉工業大学 惑星探査研究センター 上席研究員の黒澤耕介氏が紹介した。MMXが持ち帰る試料の惑星検疫検討に関するものだ。
「惑星検疫」とは、探査対象の惑星を地球由来の生命関連物質による汚染から保全することである。MMXが試料を持ち帰る場合にも惑星検疫は重要だ。現在も火星土壌に生命が存在する可能性は否定できない。また、これまでの探査で生命は検出はされてないが、検出限界以下の生命がいる可能性も否定できない。
そのため、地球上の火星に類似した環境で検討を行なった。乾燥しているアタカマ砂漠や永久凍土のある南極大陸である。そこで微生物の数密度をはかり、どの程度の密度で微生物があり得るかを検討する。
火星表面に微生物がいてもいいとなると、生きている微生物が火星由来の表層岩石に付着して、火星の衛星フォボスに到達している可能性もある。MMXのサンプル採集目標は深さ10cm程度から、質量10g程度とされている。MMXがとる試料の中に、培養可能な微生物が含まれる確率は1,000万分の1以下でなければならないとされているが、実際はどのくらいあるのだろうか。
火星上の潜在的な微生物密度、天体衝突による微生物放出、それによる滅菌、さらに空力加熱による滅菌、そして放射線による滅菌、撒き散らされたフォボスでのさらなる滅菌など可能性を検討した結果、火星からフォボスへ輸送された微生物の中で、現在まで生き延びる割合は50万分の1になった。
MMXが行なう試料採集のように10cmの深さから10gの土壌を採集する場合、生きている微生物を採集する確率は3,800万分の1。この結果をもって、MMXによる採集は安全だということになった。
では、その中に生命の痕跡が発見される可能性はどのくらいあるのか。最近500万年以内に輸送された生きている微生物の数はおよそ10の16乗個と概算される。そのほとんどは死滅しているが、死んだ微生物を1個以上採取する可能性があるという。では、死んだ微生物をMMXが持ち帰るかもしれないことにはどんな意義があるのか。その価値についてはJAXAの臼井氏が続けて解説した。
フォボス表土から「SHIGAI」を探せ
JAXA宇宙科学研究所 太陽系科学研究系 教授の臼井寛裕氏は、MMXでフォボスから回収される火星試料の価値について語った。
そもそもなぜ火星を探査するのか。それは火星が地球に最も似通っており、探査ができる天体だからだ。火星には大気や水が存在し、三角州も発達している。最近まで、もしかすると現在も、火山活動が行なわれていることも分かっている。
火山の熱源があり、水があると、そこに湖ができ、その中では循環が起きて熱水活動が行なわれる。その痕跡のようなものも湖底堆積物から硫酸塩鉱物の脈として見つかっている。また、現在も火星の地下には水が氷として存在すると考えてられており、クレーターの崖からは氷の層とみられるものも発見されている。このように多様な水環境が発達しているのが火星だと紹介した。
ではなぜその火星の衛星を探査するのか。このような多様な表層環境を経験した火星の物質が、外来天体の衝突によって撒き散らされて、フォボスに集積している可能性が示されたからだ。フォボスの表土の約0.1%、つまり「1,000粒に1粒」は火星の複数の場所からランダムに飛来した物質である可能性があるという。
火星の試料を地球に持ち帰ることについてはNASAとESAが共同で進める「Mars Sample Return: MSR(火星サンプルリターン)」計画を始めとして、各国がプロジェクトを進めている。数十億年前まで巨大な湖が存在していた可能性があるJezero(ジェゼロ)クレーターの土壌サンプルを大量に採取するMSRは、主に堆積岩を収集することを目的としている。時代はとても古く、40億年前程度。2030年初頭に地球に持って帰ってくる計画だ。
フォボスの表土には様々な場所から撒き散らされた岩石が入っていると考えられるので、MMXの対象は火山岩や堆積岩など幅広くカバーされており、年代も複数で、衝撃も受けている。また、火星隕石は火山岩として見つかっており、こちらは地球まで撒き散らされないといけないので、とても強い衝撃圧力と溶融を経験している。
2020年代にはたくさんの探査が計画されている。MSRも生命痕跡に関する試料を持ってくるかもしれない。サンプルの保存性と検出について、生命がいたとすれば保存性が高いかたちで直接回収して持って帰るのがMSRだ。だがMSRはジェゼロクレーターだけをターゲットにしている。
ではMMXはどうなのか。MMXが採取する試料はフォボスへの輸送を経験するため保存性は低いが、火星の広い範囲のサンプルをランダムに持ってくることになるので、「検出可能性でいうとMSRとは相補的になっている」という。
つまりMSRは非常に高い可能性で生命痕跡を持って帰るかもしれないが、ジェゼロクレーターになければ、ない場合もある。一方でMMXは、火星全体のどこかに高い生命度を示す環境があれば検出できる可能性があるというわけだ。なお、火星隕石からの生命痕跡は、これまでも調べられているが、今まで見つかっていない。
今回の論文の中で、研究グループはMMXが検出する可能性がある生命痕跡に対して「SHIGAI(Sterilized and Harshly Irradiated Genes, and Ancient Imprints)」という名称を提案した。日本語では「死んだ生命」を意味する。すなわち、MMXでは「死んだ生命」を検出できる可能性が検討されている。
具体的には、
- 火星でつい最近まで生きていて、フォボスまで輸送されたあと表面で死んだ微生物
- むかし火星に存在していた生物が化石化してフォボス表土に混在
といったことが考えられている。いずれにせよ、実際に発見できるかどうかは探査しないと分からない。ではどうやって検出するのか。
生命の痕跡=バイオシグネチャーの検出とは?
キュレーション・サンプル分析チームのJAXA宇宙科学研究所 太陽系科学研究系 特任助教 菅原春菜氏は、具体的なサンプル分析の観点から説明した。
今回のチャレンジは、MMXが世界に先駆けてサンプルを手に入れる千載一遇のチャンスだという。小惑星探査機「はやぶさ2」のサンプルでは大きく分けて3つの分析、すなわち無機化学、有機化学、ガス分析を行なった。
MMXでも同様にこれらの分析を行なうことで衛星の起源、水や有機物の輸送過程を調べることができる。さらに火星生命の痕跡を含む可能性がある。そこでグループでは現在、微小な火星粒子から火星生命の痕跡や化学進化の痕跡を得るための分析技術開発を進めている。
では生命の痕跡=バイオシグネチャーとはどういうものなのか。地球上の30億年以上前(太古代)の微生物化石はグラファイト化している。このような形態学的特徴は重要だ。生命体は様々な有機分子で構成されていて、特徴的な有機分子をバイオマーカーという。また、これらを構成する元素の同位体比は、非生物的に生成されたものとは異なることが知られている。
さらに火星上には非生物的に生成された有機物もある。これらも火星における化学進化の可能性を理解する上で重要な指標となる。
生命の痕跡や化学進化の歴史を保存するのは水質変性鉱物になるので、まずは有機物の濃集があるかどうかを光学的な手法などで調べていく。有機物濃集部を見つけたら、セカンドステップとして局所分析して、より詳細に調べていくことになる。
具体的には有機物の化学組成や空間分布、安定同位体比を分析する。有機物に十分な含有量があれば、さらに質量分析やガスクロマトグラフを使って調べていく。菅原氏は「火星粒子に含まれる有機物の多角的な情報は、火星生命の有無だけでなく、火星のハビタビリティを理解する上での重要な鍵となる」と語った。
以上は火星粒子からどのようにして痕跡を見つけていくのかという話だが、まずは火星粒子を見つけることが最も重要だ。ではどのようにして見つけるのか。10gのリターンサンプル中に、火星粒子は30粒子程度と想定され、その中から水質変成鉱物を探す必要がある。恐らくフォボスの粒子とは化学組成や鉱物組成が異なるので見つけることは可能だという。
ただ、ごくごく微量の火星粒子を見つけるための技術開発は必要だ。そこで研究グループでは、光学顕微鏡による粒子形状情報と分光学的手法による化学・鉱物学的情報(ラマン分光や赤外分光など)を組み合わせたスクリーニング分析の開発を進めている。疑わしい粒子が見つかれば、1粒子ごとに詳細な化学分析を行なって、火星粒子か否かの判定へ進めていく。
菅原氏は最後に、「火星圏からの初のサンプルリターンとなるMMXは火星生命探査の最前線といえる。MMXにより得られる科学的成果は後に続くMSRへの重要な橋渡しとなるため、MMXは火星生命探査において重要な位置付けにある」と語った。
2029年度、人類初の火星サンプルリターンを目指す
最後にプロジェクトマネージャの川勝氏が再び意義を述べた。川勝氏はMMXについて、これまで大きく2つの位置付けで話をしてきたという。1つは小天体探査戦略における位置付け。もう1つは国際宇宙探査における位置付けである。
いまアルテミス計画など月や火星への国際的な有人探査計画が始まっている。その中で日本は「はやぶさ2」に続くJAXAの小天体探査戦略の中核ミッション、国際宇宙探査の文脈において日本の火星探査への取り組みの一番手として位置付けられてきた。
MMXが持ち帰る、フォボスから採取するサンプルの0.1%は火星から飛来した物質であると期待されている。火星表面から直接サンプルリターンを行なうMSRとは相補的な関係にある。また、サンプル量は微量だが、そこから火星由来サンプルを見つけ出すための技術開発、サンプル分析技術開発も進めている。
いま、各国が火星圏に取り組んでいる。現在は周回探査やローバーによるミッションが続いているが、今後はさらにサンプルを持って帰ってくる時代になってくる。欧米のMRS、中国も2030年前後にサンプルリターンを計画している。MMXはこの中で日本独自で取り組むことになる。現在の計画では2024年度に打ち上げ、2029年に地球にサンプルを持ち帰る予定だ。
川勝氏は「先頭を走っているのはMMX。人類初の火星圏からのサンプルリターンを実現する」と述べ、探査機開発の現在の状況を紹介した。いまは2024年度打ち上げを目指して、2021年2月に基本設計を完了。EMの製作、試験、詳細設計を進めている。新型コロナ禍で海外とのコミュニケーションにも課題を抱える中での設計だったが、レゴリス飛散の実験そのほかを進め、着実な開発が進んでいるという。
最後に川勝氏は、MMXはJAXAの小天体探査戦略、国際宇宙探査、そして火星生命探査の3つの文脈において重要な役割を果たす計画だと改めて強調。「日本独自の火星圏探査計画としてアピールできる。2029年度、人類初のサンプルリターンを目指す」と語った。