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「新型コロナのシミュレーションだけじゃない」。3期連続スパコン世界一「富岳」の成果

富岳

 理化学研究所は、富岳が、スーバーコンピュータ世界ランキングの「TOP500」、「HPCG(High Performance Conjugate Gradient)」、「HPL-AI」、「Graph500」の4冠を、3期連続で獲得したことを受けて、2021年6月29日、オンラインで記者会見を行なった。

富岳の成果は新型コロナウイルスの飛沫シミュレーションだけではない

理化学研究所計算科学研究センターの松岡聡センター長

 理化学研究所計算科学研究センターの松岡聡センター長は、「シミュレーション、AI、ビッグデータのすべての領域で、2位に対して、約1.7倍から5.5倍の性能差を達成した。最近のランキングは、GPU搭載スパコンや、特殊なアクセラレータを使ったスーパーカーのような米国/中国のスパコンが上位を占めており、その結果、アプリケーションが動かせなかったり、特殊な用途にしか使えないものばかりだった。

 富岳は汎用CPUを搭載しながら、スマホのアプリが動くほど、裾野が広く、3期連続で圧倒的な性能を発揮した」と述べ、「2位じゃダメなのかという話もあるが、富岳が、裾野の広さを謳うのであれば、様々なベンチマークで高性能を発揮すべきである。一部のベンチマークだけが高いようでは意味がない。すべてのベンチマークで世界一を達成したのは、性能の高さだけでなく、裾野の広さを示し、SDGsのためのアプリケーションを動かす基盤になることを証明したことに繋がる」とした。

 さらに、「富岳は、新型コロナウイルスの飛沫シミュレーションばかりをやっていると、テレビのコメンテータからお叱りを受けることもあるが、それは私たちの宣伝不足のため」と前置きし、富岳成果創出加速プログラムとして、SDGs関連課題や、ブレークスルー基礎科学など、19課題が進行中であることを強調した。航空機や船舶をデジタルで設計したり、精緻な天候予測や地球温暖化などのシミュレーションができる成果が、世界的に評価されている例があるという。

 また、「スパコンは、創ってナンボ、使ってナンボである。最先端のITを牽引し、半導体産業やITシステム産業にも、スパコンで利用された数々の技術が活用されることになる一方、Society5.0やSDGsでの活用、関連産業分野でも活用されているということが大切である。そして、この2つが融合して、DXを生むという点でも富岳が貢献している。新型コロナウイルスに関する成果も、本来ならば数年かけて進めるものであるが、1~3カ月で成果を出している。

 富岳は、ある意味、ハイリスクな国家プロジェクトとして開発されたが、官民一体となって取り組み、スマホ2,000万台分の性能に匹敵し、京に比べて数十倍、最大100倍以上という目標を達成した。富岳の15%のリソースだけで、各国トップのスパコンに匹敵する性能を持っており、そのリソースを、企業が産業利用できる環境を整えている点も特徴である」と説明した。

 なお、今回のTOP500では、富岳のほか、各大学にあるスパコンを含めた日本の性能総量が、米国に次いで2位になっている。

世界一はいつまで維持できるのか

 注目されるのは、富岳の4冠がいつまで続くのかという点だ。「TOP500」、「HPCG」、「HPL-AI」、「Graph500」のうち、Graph500は通信性能の最適化などにより、性能向上の余地はあるが、すでにフルスペックとなっている富岳の性能は限界レベルにまで達している。「アプリケーションごとの高速化については、まだ向上させることができるが、ベンチマークについては、これ以上できることはないほどチューニングしている」という。

 一方で、米国では2023年までに約5,500億円以上をかけて、富岳を超えるスパコンを開発中であり、早ければ2021年中に「Frontier」と呼ばれるスパコンが稼働する。スパコンの性能競争に遅れていた欧州も、2026年までに1兆円以上をかけて、スパコンの世界的リーダーを目指して開発に取り組んでいる。中国でもエクサスケールのスパコンの開発を推進しており、数千億円規模の投資をしているとみられている。ちなみに、富岳は1,300億円の投資で完成させている。

 松岡センター長は、「米国がかなり準備をしている。Frontierが、2021年11月のランキングに間に合うと、一部のベンチマークでは1位を取られるかもしれない。2022年にずれ込めば、2021年は4冠を維持できる。中国からはなかなか情報が出てこないが、次世代機が完成に近づいているという情報もある。この分野の競争は激しい。そのなかで、3期連続で4冠を獲得し、しかもそれが欧米の数分の1の予算で達成できたことは、スパコン開発そのものをDXしたともいえる」と語った。

 また、松岡センター長は、「技術は進歩するものであり、いずれは1位ではなくなる部門も出てくるだろう。富岳は、ランキングで1位を取ることが目的ではない。アプリケーションでの成果を出すことと、このIT技術を日本の技術として活用することが大切である」と述べた。

 なお、NVIDIAのスパコンが世界6位の性能を発揮しているほか、Microsoft、Amazon、Teslaなどが高性能スパコンを所有していることに触れながら、「スパコンは国家レベルの争いではなく、私企業が参戦する分野になっている」とも指摘した。

富岳の次世代機は?

 富岳の次世代機については、「まだ具体的な計画は開始していないが、理化学研究所では、パートナーとともに、基礎的な研究をスタートし、次世代はどうあるべきかという検討も開始している。京が稼働する前から、富岳の基礎研究を行なっていたのと同じである」とし、「今後は半導体の微細化が限界になってきており、微細化に頼らない『ポストムーア』世代の性能向上の手段を含めて検討している。

 また、一部のベンチマークはその時代に重要な指標ではない可能性もあるので、あくまでもアプリケーションファーストで開発していく。そして、日本の強みを生かし、弱い部分は、国際的パートナーと手を組むことも重要である。この1~2年で次世代に取り組む必要がある。次世代機で、富岳の何10倍の大幅な性能向上を目指す」とした。

 ポストムーア時代の技術を持ち込むことで特殊性が生まれるが、「次世代機の目的は、世の中をサスティナブルにすることであり、様々な分野でDXを起こしていくことである。それに必要とされるアプリケーションを向上させるためにはどうするかということを考え、そのために汎用性を持たせ、一部の特殊性を持ち込むことが大切である。特殊なものを作ることは前提にはしない」と語った。

富岳を利用した社会課題の解決への取り組み

富士通理事未来社会&テクノロジー本部長代理の新庄直樹氏

 会見では、富士通理事未来社会&テクノロジー本部長代理の新庄直樹氏が、「スーパーコンピュータは、社会課題解決の重要なインフラである。そして、富士通の目標実現のキーにも位置付けられる」とし、富岳を利用した社会課題の解決への取り組みについて説明した。

 富士通は、富岳および富岳のテクノロジーを活用して商品化したPRIMEHPC FX1000/FX700で活用するアプリケーションに関して、多くのベンダーと協業。化学、電磁界、構造、流体といった分野において商用アプリケーションを移植、チューニングをしてきたことを紹介。富岳を活用した事例について具体的に説明した。

 熱流体解析アプリケーションである「CONVERGE」では、従来のRANSと呼ばれる解析手法では、自動車のエンジン筒内の流体挙動や化学反応を詳細に表現できなかったものが、富岳の大規模リソースを活用することで、細かい流体挙動を表現可能なLESと呼ばれる解析手法を採用。これにより、燃焼解析を実施し、しわ状化した火炎構造や、筒内の異常燃焼に影響を及ぼす中間生成物の分布など、従来手法で表現できなかった現象が明らかになった。エンジンにおけるエネルギー効率向上により、自動車などの燃費向上や環境性能改善につながるという。

 汎用熱流体解析システムである「Cradle CFD | scFLOW」は、航空機の設計に活用。RANSでは、機体の振動現象の予測につながる翼表面上の圧力振動や、細かい渦を捉えられなかったが、LESによる解析手法により、最大19万2,000並列で、2億3,700万要素の高精細なモデルによって、細かな渦を表現。圧力振動や細かい渦を詳細に観測し、数日間で機体の振動を予測できるフィージビリティを確認できたという。

 さらに、富士通と東京大学では、富岳を活用して、新型コロナウイルス治療薬開発につながる感染阻害分子機構を解明。阻害化合物を獲得すると同時に、将来の変異株にも有効な治療薬を目指し、変異株の性質予測を可能にするシミュレーションも実施する。富岳の豊富な計算機資源により、多様な条件下でのシミュレーションを同時並行で実行。仮説構築と検証を繰り返すことで、研究プロセス全体を加速しているという。

 また、富士通と東北大学、東京大学が共同で、富岳を活用して、沿岸域の津波浸水を高解像度、リアルタイムに予測するAIモデルを構築する。ここでは、富岳が、3m解像度のシミュュレーションを2万件実施し、これをもとに教師データを作成して、AIが学習。このAIモデルを活用することで、一般的なPCでも津波浸水を数秒で高解像度に予測できるという。

 富士通の新庄理事は、「富士通はスパコンの生み出す成果を通じて、豊かで、夢のある未来を世界中の人々に提供することを目指す。デジタル時代を迎え、 高いシミュレーションおよびAI処理能力を有するスパコンは、より一層、様々な分野での活用が広がる」とした。

海外に負けない創薬など富岳の新たな取り組み

 今回の会見では、富岳に関わる新たな取り組みについても紹介した。1つは、HPC/AI駆動型医薬プラットフォーム部門の創設と、ライフインテリジェンスコンソーシアム「LINC」との連携である。HPC/AI駆動型医薬プラットフォーム部門は、医薬に特化した組織として、2021年4月に、理化学研究所 計算科学研究センター内に設置した。

 富岳では、新型コロナウイルスの治療薬候補の同定を行ない、有力候補として同定した「niclosamide」は、米国などで2020年10月末から治験を開始しているほか、2020年8月には、新型コロナウイルス感染による生体内の遺伝子発現ネットワークの推定を行なった成果も上がっている。

理化学研究所計算科学研究センターHPC/AI駆動型医薬プラットフォーム部門の奥野恭史氏

 理化学研究所計算科学研究センターHPC/AI駆動型医薬プラットフォーム部門の奥野恭史氏は、「創薬の世界においては、医薬品開発の成功確率は2万5,000分の1以下であり、開発費用は1,200億円、開発期間は10年以上が常識であったが、新型コロナウイルスによって、欧米の企業はこの常識を壊し、1年以内にワクチンなどを開発した。

 これに対して、日本の創薬における課題は、富岳の活用などによって、世界トップレベルの研究開発拠点の形成し、技術力はあるが、いざというときに研究機関や企業が統合化できず、総合力で負けるという実態があること、日本の製薬企業は規模や資本力が弱く、スピード力がないこと、治験や承認プロセスに課題があること。こうした課題によって、欧米のメガファーマに太刀打ちできないのが現状である。そのためには、DXを本気でやらないといけない。世界一のスパコンを産業界で本気で使う必要がある。富岳を使って、少人数、低コスト、超効率化を実現する日本の創薬DXを推進する必要がある」とした。

 HPC/AI駆動型医薬プラットフォーム部門は、創薬、医療、生命科学のためのシミュレーション、AI技術の開発と、その現場応用を行なう組織として設置。将来は、創薬だけでなく、生命科学の創成にも展開。ワクチンなどの高分子にも展開する。「AIとシミュレーションを組み合わせた活動が特徴となる。富岳はその両方に優れたスーパーコンピュータであり、世界に先行できる」などと述べた。

 また、LINCとの連携では、創薬現場や医療現場を意識した富岳の活用を一緒に進め、LINCが開発した30種類の創薬AIプロセスを活用。AIとシミュレーション、実験の統合による富岳創薬DXプラットフォームを提供する。「人や資金が少ない日本の製薬業界が、スパコンを基軸にして、賢く勝てる環境を作りたい」とした。

 もう1つが、2021年4月に、理化学研究所 計算科学研究センター内に新設したSociety5.0推進拠点である。東京・日本橋に設置し、松岡センター長が拠点長を兼務。Society5.0を担うための新たな主体となる企業などとの連携窓口として活動。富岳の産業利用の促進にも繋げる。

理化学研究所計算科学研究センター副センター長兼富岳Society5.0推進拠点長代理の松尾浩道氏

 理化学研究所計算科学研究センター副センター長兼富岳 Society5.0推進拠点長代理の松尾浩道氏は、「2020年6月に、科学技術基本法が、科学技術・イノベーション基本法に変わり、イノベーションの概念が、社会の変革を指向するものになった。Society5.0も、提唱の時代から、実現の時代になることが示された。富岳は、Society5.0の実現に貢献するポテンシャルを有しており、産業界をはじめとする幅広い主体と、富岳を舞台にした連携を進める」という。

 すでに、新型コロナウイルスの飛沫シミュレーションにおいて、迅速な産学官連携によって、成果を社会発信。富岳の政策対応枠で4件のプロジェクトが始動したり、富岳の利用制度の1つとして、「Society5.0推進枠」を設定したりといった取り組みがあることを示した。