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東大生研、光で動くナノサイズのリニア/回転モーターを実現
2020年11月5日 04:00
東京大学 生産技術研究所 助教の田中嘉人氏、教授の志村努氏らの研究グループが、光で動くナノスケールのリニアモーターや回転モーターを実現したと発表した。金属ナノ粒子中の「局在プラズモン共鳴(自由電子の集団振動による共鳴)」により、光の運動量の変化を制御できることを見出し、そのナノ粒子を微細加工技術で配列することで、光の回折限界を超えた分解能で光圧を精密にデザインして制御する新手法を活用した。超小型化学分析システムやナノ医療への活用が期待できるという。11月4日(米国時間)に「Science Advances」のオンライン速報版で公開された。
金属ナノ粒子の形や向きを調節すると、光を照射したときに一方向に強い散乱光を生み出すことができる。田中氏らは、このとき散乱光とは逆向きの力がナノ粒子に働くことを理論的に解明し、このナノ粒子を整列させて微小マシンを作り、マシンに働く力の方向を精密に制御することにも成功。実際に光で動くナノスケールのリニアモーターや回転モーターを実現した。
照射する光を制御して微小マシンを動かす方法には、光の運動量変化の反作用として生じる光圧を利用した「光ピンセット」があるが、今回の新手法はそれとは異なり、光の「受け手」側を工夫することで、光の波長スケールより小さいナノ空間で駆動力を精密にデザインできた点が新しい。これにより、光駆動マシンの集積化が進み、光駆動ナノロボットやナノ工場の実現が期待される。
光の回折限界の壁
オンライン会見で田中氏は、光の運動量変化によって生じる「光圧」についての解説からはじめた。光はベクトルである運動量を持っている。今回の発表はこの運動量を利用した新技術だ。たとえば、光をミラーにあてると光が反射する。このような光の進行方向の変化が起こると、その反作用として光圧が生まれる。光圧は非常に小さい力なので日常で感じることはないが、ミクロの世界や微小重力環境である宇宙では有効に働く。
光ピンセットとは、レーザービームをレンズで集光すると生じる急峻な電場勾配によって、微粒子を非接触で集光位置に捕捉・操作する技術のことだ。提案者であるAshkin博士は、この光ピンセットに関する研究で2018年のノーベル物理学賞を受賞した。
光ピンセットは微粒子を扱うだけでなく、微小マシンを駆動することで応用範囲を拡大してきた。たとえば、レーザー集光部を高速で動かすことで光駆動ローターが作れ、マイクロフルイディクス(微小の液体を扱う技術)への応用が考えられている。また、複数の光ピンセットで鋭い先端を駆動する「光駆動表面走査プローブ顕微鏡」も開発されており、こちらは極微弱力で液中にある試料の表面形状をナノイメージング可能であることから、生物やソフトマテリアルの物性評価に使える。
しかしながら光ピンセットにはいくつかの制限や制約がある。光には波としての性質があるため、レンズなどを用いて集光しても、その波長より小さいスケールに光を絞り込むことができない。これを「光の回折限界」といい、光操作、光加工、光学顕微鏡における分解能の限界を決めている。光ピンセットも同様で、光の回折限界により、レンズでレーザービームを集光しても、光の波長よりも絞り込めず、集光位置のスポットサイズを光の波長よりも大きくする必要がある。つまり回折限界のため、光の波長よりも小さいナノ空間での操作を実現することができない。
また光ピンセットの原理上、集光レンズを用いる必要性があり、リモート操作が難しいといった制約もある。このような制限や制約が光駆動マシンの集積化や実装の課題となっていた。
金属ナノ粒子中の自由電子のさざ波「局在プラズモン共鳴」
そこで田中氏らは、従来のアプローチから発想を転換。光側ではなく、光の受け手側である金属ナノ粒子の「局在プラズモン共鳴」に着目した。局在プラズモン共鳴とは、金属ナノ粒子中に含まれる自由電子の集団振動による共鳴のことだ。近年、微細加工技術の発展により、高い精度で金属ナノ粒子の作製が可能になり、ナノ粒子のサイズや形状により局在プラズモン共鳴を高度に制御できるようになってきた。
田中氏は、局在プラズモン共鳴の応用例としてステンドグランスの発光を紹介した。ステンドグラスがさまざまな発色を示すのは、ガラス内に金属粒子が埋め込まれており、それぞれの波長(色)の光に応答している結果だ。つまり、局在プラズモン共鳴自体は400年以上前から利用されている。ではなぜ近年、再び活発に研究されているのか。それは高精度に金属ナノ構造を作成しうる技術の発達による。
日本が得意とする電子線リソグラフィ技術を用いることで、さまざまな金属ナノ構造を作れる。ナノスケールの構造のサイズ・配列を高い精度でコントロールできるのだ。これによって局在プラズモン共鳴の精密なデザインが可能になる。すなわち、自然界にないユニークな光学特性を人工的に作り出せる。
田中氏は、そのなかでも局在プラズモン共鳴による光の運動量の制御を考えた。光の波長よりも小さい金属ナノロッドに光を当てると光の散乱が起こる。通常、等方的に光を放出する。
一方、2本のナノロッドの長さやロッド間の距離を変えると、散乱パターンが急激に変化し、一方向だけに高強度の散乱が起きる。その結果、散乱とは逆方向に反作用として面内光圧が金属ロッドペアに働く。つまり、ロッドペアの向きで光圧の方向が制御可能になる。特定の方向自体の散乱が起こる現象自体は以前から知られていたが、田中氏らは理論化し、実験的に確かめることに成功した。
光の道に沿って走るリニアモーター、光駆動ナノモーター
現在は局在プラズモン共鳴による光圧を使うことで、おおよそ200nmの力の分布(分解能)を生み出せるという。田中氏らは、人の髪の毛の太さの100分の1程度のシリカ構造のなかに、コロナウイルスサイズの金ナノロッドペアを入れて、垂直な方向に光を当てたところ、光に沿って推進することを確認した。また、途中で偏光方向を90度回転すると停止し、元に戻すと再び進むことも確認した。この実験は液中で行なっているので「ミクロな潜水艦」と見なすこともできると田中氏は語った。
同様に、回折限界以下で金ナノロッドを環状に配列して「ナノモーター」を作ることにも成功した。ロッドの長さが等しいとブラウン運動しかしなかったが、長さを変えると一方向に回った。つまり、ナノロッドの作成技術が非常に重要であることを示している。次に、ロッドペア間の距離を5倍にしたところ、光強度が5分の1でも同程度に回転することがわかった。光の波長スケールよりも小さいナノ空間で光圧の位置と向きを精密にデザイン可能だとわかったので、さまざまな光駆動ナノモーターを創出できる可能性があるという。
原理的には波長でモーターを制御できる。局在プラズモン共鳴はナノロッドペアのサイズによって制御可能なので、外側と内側に異なるサイズの金属ナノロッドペアを配列すると、光の波長、すなわち色によって異なる運動を起こし制御することも可能だという。たとえば、赤の光をあてたときはリニアモーター、青では回転モーターとするようなことが可能ということだ。どういう力が生まれるのかは、金属によって異なるプラズマ周波数や、金属ナノロッドペアの長さの比率、ペア同士の間隔によって特性が異なるが、複数の理論を組みあわせることで光の放射を制御している。田中氏は「材料を変えることで、さらに多様性を示せると思っている」と答えた。
「ミクロの決死圏」や宇宙での活用可能性も
光ピンセットを用いた従来法と金属ナノ構造を用いた今回の方法を比較すると、従来方法では光の回折限界のため波長スケールよりも微細な操作は不可能だった。今回の方法では波長以下のエリアに光圧を精密にデザインできるので、微小マシンの小型化・集積化が可能になる。
また、従来法ではレーザー光の集光・走査が必要なために、系全体が複雑にならざるを得なかった。一方、この方法では光を全体に照明するだけで済むのでシンプルになる。また、集光レンズによって操作範囲が制限されることもなく、リモート制御ができるといった、従来法のさまざまな制約や制限を克服できるので、パラダイムシフトを引き起こすことができると田中氏は語った。
今後は、ごく微量な物質の分析を可能にする超小型分析システム(Lab on a chip)の流体制御ポンプ、バルブ、ミキサーなどへの展開のほか、生体分子モーターと同程度の大きさの力を出すことができるので、分子モーターが関わる生体機能の計測・制御への可能性があると考えていると語った。生体内の分子モーターをナノモーターに結合し、それぞれで綱引きさせたり動きを制御することで特性を調べる。分子モーターは一般に多くのモーターが連結して相互作用していると考えられているが、それの1つに作用すると全体がどういうふるまいをするか、分子モーターと今回のマイクロマシンを結合することで力を測定したり制御することを想定している。
また、現段階では夢物語だが、がんなどを対象にしたドラッグデリバリーなどの可能性を想定している。がん細胞にドラッグが吸着すると、光を当てるだけでがん細胞だけを選択的に潰すといった技術で、映画「ミクロの決死圏」をイメージして実験を行なっているという。
そのほか、宇宙技術についても展開できるのではないかと考えている。宇宙では重力が働かないので、極微の力でも加速することができるが、横方向に動かすのは難しかった。しかしこの技術を活用すれば、そのような制御も可能になるかもしれないと考えていると語った。