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産総研、人工光合成における次亜塩素酸の生成を抑制する技術
~太陽光水素製造システムの実用化や天然光合成の理解を促進
2020年10月10日 09:30
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(産総研) ゼロエミッション国際共同研究センター 人工光合成研究チームは9日、光電極に太陽光を照射して水素と酸素を選択的に製造できる人工光合成技術を開発した。低い電解電圧で塩化物イオンを含む水溶液から取り出せる。
太陽光と光電極や光触媒を用いて水を分解し水素と酸素を製造する技術は、コストや環境負荷を抑えられる手法とされ、研究が進められている。低コスト化には反応溶液として海水の利用が望ましいが、塩化物イオンを含む水溶液を使用すると、酸素とともに次亜塩素酸(HClO)が生成される。HClOは殺菌や消毒の用途が期待される一方で、システムを大規模化したさいに腐食や劣化を促進する要因となるため、HClOの生成機構の解明や酸素だけを選択的に生成できる光電極の開発が求められてきた。
研究チームではこれまでに、太陽光を利用して低電圧かつ効率的に、水を水素と酸素に分解できる酸化物半導体光電極(BiVO4/WO3/FTO)開発しており、今回の研究ではこれを利用。BiVO4/WO3/FTO光電極にマンガン(Mn)などの各種金属イオンを含んだ前駆体溶液をスピンコート法で塗布・焼成して、さまざまな金属酸化物を触媒として修飾した光電極を作成。塩化ナトリウム(NaCl)水溶液中における水素、酸素、HClOの生成能力の評価を行なった。
その結果、何も修飾していない光電極を用いた場合では、酸素とHClOが同時に生成される一方で、Mnを修飾したものの場合では、HClOがほとんど生成されず、90%以上の高い選択性で酸素だけが生成できた。Mn以外の金属元素を修飾した場合については、前者と同様にどちらも生成され、水素はともに対極に生成される。
Mnを修飾したさいの挙動は、NaCl水溶液のpHや塩化物イオン濃度、Mnの前駆体や酸化物の結晶構造、異種元素との複合によっても変化が見られず、非常に広い条件下でHClOを抑制しつつ、酸素を発生させられる特性を持つことがわかった。この特性は、HClO生成の過電圧が酸素生成に比べて相対的に著しく高いというMn元素固有の触媒作用によるものだと考えられ、さまざまな共存イオンを含む人工海水でも同様の挙動が再現されることも確認された。
今回得られた成果は、海水と太陽光を利用した水素製造技術の実用化に貢献するだけでなく、今まで解明されていなかった天然光合成の酸素発生中心(葉緑体内部で水から酸素を効率的に発生させる部位)がMnの酸化物(Mn4CaO5)集合体で構成されている理由に対しても、「生物にとって有害なHClO生成を幅広い条件下で抑制できるというMnの特異的な性質が酸素発生中心の進化に関与している」という新たな仮説が提唱できたとする。
研究チームでは今後、太陽光水素製造システムの実用化に向けて今回開発した光電極の長期安定性向上などの研究開発を進めるとともに、今回提唱した天然光合成の仮説に関する立証を行なっていくとしている。