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次世代プリントヘッド「PrecisionCore」の最終組み立て工程を見る

~6軸ロボット活用の最先端工場 東北エプソン

山形県酒田市の東北エプソン

 セイコーエプソンは、「PrecisionCore(プレシジョンコア)プリントヘッド」を生産する山形県酒田市の東北エプソンの製造工程の様子を公開した。

 PrecisionCoreは、エプソン独自のマイクロピエゾ方式を進化。最新の要素技術やMEMS製造技術を融合させた次世代のインクジェットプリンティング技術だ。

 PrecisionCoreプリントヘッドでは、ヘッド幅を、従来の1インチから1.33インチへと広げ、さらにノズル密度を従来の2倍にして、1列あたりのノズル数を増大。1回の印刷動作(1パス)で印刷できる範囲を拡大して高速化すると同時に、モノクロもカラーも1パスで600dpiの高画質印刷を可能にしているのが特徴。産業プリンタやビジネスインクジェットプリンタのヘッド用に最適配列し、高速印刷と高印字品質を実現している。

 ページプリンタに匹敵する20ipm以上の印刷速度で、文字や線のエッジもなめらかに表現できるようになり、オフィスユースで必要とされる高速印刷と高画質印刷を両立している。

 東北エプソン 機器要素事業推進部の上沢大部長は、「PrecisionCoreによって、インクジェットプリンタでありながらも、電子写真方式のページプリンタと同等以上の印刷解像度を実現している。エプソン独自の精密かつ正確なインクコントロールで、インク滴がきれいに着弾し、テキストの輪郭が鮮明である。また、全色に水性顔料インクを採用。発色性を高め、インクの裏抜けもないという特徴を持つ」と自信を見せる。

 エプソンのインクジェットプリンタは、PrecisionCoreによって、オフィスでも十分活用できる製品へと一気に進化を遂げたというわけだ。

 エプソン販売 販売推進本部・鈴村文徳本部長は、「PrecisionCoreテクノロジは、エプソンのインクジェットイノベーションを支えるコア技術であり、インクジェット技術のプラットフォームでもある。同一のプリントチップを用いながらも、レイアウト次第で、産業印刷機向けのラインヘッドから、オフィス向けプリンタ用ヘッドまで、柔軟で多様なプリントヘッドの構成を可能し、幅広い拡張性を持つ。これまでのインクジェットプリンタでは対応できなかったような新たな市場にも広く展開していきたい」とする。

東北エプソン 機器要素事業推進部の上沢大部長
エプソン販売 販売推進本部・鈴村文徳本部長
産業用プリンタなどに利用されるラインヘッド
インクジェットプリンタはシンプルさが特徴である
環境面やコスト面でも強みを発揮できる

 特に、2016年において、同社が打ち出してきたのが、オフィス内での利用においても、ページプリンタに比べて強みを発揮できるようになったという点だ。

 エプソンのマイクロピエゾ方式を採用したインクジェットプリンタは、非接触であり、熱を使わないという特徴を持つ。これにより、用紙対応力や低環境負荷という点でのメリットがある。また、印刷プロセスは、ページプリンタが、帯電、露光、現像、転写、定着というプロセスを経るのに対して、インクジェットプリンタは、インクを噴射するというシンプルな構造であり、耐久性やインク対応性にも優れている。

 例えば、公共機関などが利用する窓付封筒や、金粉付き賞状などの用紙には、熱を使うページプリンタは、その特性上、印刷ができないが、インクジェットプリンタであれば印刷が可能だ。

 さらに、A4で75,000枚を印刷するのに、ページプリンタでは52個のトナーカートリッジが必要になるが、エプソンのオフィス向けインクジェットプリンタではインクパック4個で済む。こうした技術を進化させることで、エプソンは、複写機市場に参入することを発表している。今後、どんな製品が登場するのかが楽しみである。

前工程を諏訪南で、後工程を東北エプソンで生産

 PrecisionCoreは、エプソンの成長を支えるキーデバイスだ。これは、エプソンの国内生産拠点で、2013年6月から生産されている。

 マイクロTFPプリントチップを生産する前工程は、長野県諏訪市の諏訪南事業所で行ない、これを使用したプリントヘッドの生産は東北エプソンで行なうといった仕組みだ。

 なお、諏訪南事業所でのマイクロTFPプリントチップの生産工程については、こちらを参照して欲しい。

マイクロTFPプリントチップを4つ実装したプリントヘッド
マイクロTFPプリントチップを2つ実装したプリントヘッド

 今回公開した東北エプソンは、1985年に、セイコーエプソングループの国内2番目の生産拠点として、庄内電子工業として設立。1989年に現社名へと変更した。

 東京ドーム12個分の大きさにあたる54万平方mの敷地を持ち、プリントヘッドの生産のほか、半導体の生産や、産業向けプリンタで構成されるC&I(コマーシャル&インダストリアル)機器の生産も行なっている。半導体生産では、8インチプロセスおよび6インチプロセスウェハ製造工程を持ち、プリントヘッド生産を中心にロボットの導入を積極的に図っているのが特徴だ。さらに、金型や部品製造も東北エプソン内で行なっており、生産ラインで使用する治具も内製化している。

 かつてはカラリオシリーズの製造を行なっていたこともあるが、現在は海外生産へと移行。一方で、2014年からは産業用ラベル印刷機の生産を開始している。

 現在、1,749人の従業員を擁し、協力会社を含めて、2,251人が勤務している。技能五輪にも積極的に参加するなど、モノづくり技術の底上げにも取り組んでいる。さらに、2002年には知的障碍者雇用の特例子会社であるエプソンスワンを設立。同社にはアビリンピック(全国障害者技能競技大会)で銅賞を獲得した社員もいる。

東北エプソン 代表取締役社長の内堀眞司氏

 東北エプソンの内堀眞司社長は、「東北エプソンでは、これまでにエプソンブランドのさまざまな製品や、それに関わる各種部品の生産など、幅広い品目の生産を行なってきた経緯がある。それらのノウハウを活かして、安定した生産技術を確立し、それを海外へ移転させるという役割を果たしている。半導体プロセスを活用したMEMS技術や、マイクロTFPなどで培った超微細加工技術を持つこと、ロボットを活用した合理化および効率化を実現していること、車載品質や産業品質を確保する高信頼性を実現していること、そして、デバイス事業と完成品事業、生産技術部門の共存により、結束して課題解決に取り組む体制を持っていることが、東北エプソンの特徴である」とする。

 ロボットの生産活用ではエプソングループの中でも最先端と言え、エプソン製の6軸ロボットも数多く導入している。

 国内拠点の強みを活かし、同社が持つ金型工程や生産技術などを外販するといった自主事業の可能性もあるが、「現時点では、まったく考えていない。エプソン製品の生産だけで手一杯」(東北エプソン・内堀社長)だとする。セイコーエプソンのプリンティング事業の成長を担う戦略製品であるPrecisionCoreの生産に集中しているところだ。

 東北エプソン 機器要素事業推進部の上沢大部長は、「エプソン製ロボットを活用したオリジナル組立ラインによるプリントヘッドの高効率組立と完全自動化ラインを実現し、エプソンのロボティクス技術を結集したのが、東北エプソンのマイクロTFPヘッド組立ラインの特徴。ロボットと精密カメラ、メカトロニクス技術の融合による精密組立により、ハンドワークでは実現が困難な±1μmの高精度組立を実現している。マイクロTFPヘッドの組立で使用する部品の95%は内製化しており、画像処理やセンシング技術を採用することでのインライン全量検査、ロボットによる異物レス製造プロセスの実現や省人化も達成している」と、東北エプソンの特徴を強調して見せた。

東北エプソンのマイクロTFPプリントヘッド生産工程の様子

 では、東北エプソンにおけるマイクロTFPプリントヘッドの生産の様子を追ってみよう。

 東北エプソンのマイクロTFPプリントヘッドの生産は、5つの組立工程と最終検査工程によって構成される。まずは、ACTユニット工程だ。

 ここでは、諏訪南事業所で生産されたACTアセンブリ(マイクロTFPプリントチップ)とCOF(Chip On Film)、コンプライアンスプレート、ケースヘッドを組み合わせて、ACTユニットを完成させる。

 これらの部品は、接着剤を塗布し、加圧して固定。同社内で作った金属製の専用治具を使用して、40μmの細かい端子を1μm単位の誤差内で組み合わせる精密さを実現している。ピエゾ素子のたわみを支援する役割を持つコンプライアンスプレートは、カメラで位置を確認しながら、同時に異物が混入しないように接合する。この作業は7つのセルで構成されたクリーンルーム環境で行なわれており、全て自動化されている。ちなみに、東北エプソンのマイクロTFPプリントヘッド生産ラインのクリーン度は、設計ではクラス10,000だが、実力では100以下に留めている。組立ライン上では、乱流方式を採用しており、天井の吹き出し口から空気を送り込み、下方向に吐き出す仕組みをとっている。

 また、組立工程の中に検査工程を組み込んでいるのも特徴で、正確な接着の確認や電送試験が行なわれている。また、COFにはバーコードを印刷する作業も、ここで行なわれており、生産時や出荷後のトレーザビリティも管理できるようになっている。

 ACTユニットの生産ラインは4ラインとなっており、ここで完成したACTユニットを活用して、ACTユニットを2つ実装したヘッドモジュール、4つ実装したヘッドモジュール、産業分野向け製品ラインヘッドモジュールといった組立ラインにそれぞれ供給されることになる。これらのモジュール生産ラインは、現在、4ラインが用意されているという。

 モジュール生産の最初は、ヘッドサブアセンブリの生産だ。

 ACTユニットと、固定版を組み合わせて、ヘッドサブアセンブリを組み立てる。固定版も東北エプソン社内で生産しており、曲げやしぼりなどに高度な加工技術が活用されている。ほかのラインが内部を見やすい透明の窓にしているのに対して、ここではUV接着剤を使用して接合するため、オレンジ色の窓を使用している。また、ヘッドサブアセンブリにもQRコードを印刷して、同様にトレーサビリティの管理を行なえるようにしている。

 続いて行なうのがホルダーアセンブリ。ヘッドサブアセンブリと基板、ホルダー上カバー、ホルダーヘッドを組み合わせて、ホルダーアセンブルを作り上げる。ここでは、接着剤やカシメ、レーザーによる接合など、さまざまな接合方法を用いて組み上げる。基板は外部から調達したものだ。

 組み上がったホルダーアセンブリは、フィルタアセンブリラインに送り込まれる。ここでは、エプソン製の6軸ロボットが大活躍している。

 フィルタとボトムカバー、流路中間部品、針カートリッジを組み合わせて完成させるもので、ヘッドとインクカートリッジの間に入れて異物を除去するために使用するフィルタは外部から調達。フィルタは、エアプレスで抜いた20μmの金属製メッシュのもので、レーザーと熱を使用して接合。この際に、純水と圧風で、フィルタの接合時の異物を除去する洗浄工程を組み込んでおり、高い品質のもとで、接合が行なわれることになる。

 最後の工程がヘッドアセンブリ工程だ。フィルタアセンブリとホルダーアセンブリ、プッシュシール、バルブアセンブリを組み合わせて、ヘッドアセンブリ(マイクロTFPプリントヘッド)として完成させる。

 ここでは接着剤を使わずに、4カ所をネジで締めることになるが、これらの作業は全て6軸ロボットで行なう。その6軸ロボットはスライダーを使って場所を移動し、それぞれの場所で作業を行なうという仕組みを採用している。従来は単発機としての利用だったが、スライダーを利用することで、既存設備を組み合わせ、複数の場所で作業を行なうというユニークなロボット活用法である。これはエプソン製の6軸ロボットが、他社の6軸ロボットに比べて軽量であるというメリットを活かしたものだ。ロボットの先端活用事例の1つだと言える。

 なお、ヘッドアセンブリでのスライダーを利用した6軸ロボットの採用により、人手では15人分の作業がこれに置き換えられたほか、フィルタアセンブリおよびヘッドアセンブリに導入した合計15台の6軸ロボットによって、60人分の作業が置き換えられた計算になるという。ちなみに、同ラインでは設計段階からロボットの導入を検討しており、実際にその人数が削減されたわけではなく、これは、あくまでも試算した数字だ。

 完成したヘッドアセンブリは、最後に、最終検査工程に入る。全てのヘッドアセンブリが検査されており、ここで1個でも不良が見付かると、全てのラインが一度停止して、問題を解決するという徹底ぶりだ。

 検査は30mの長さを持った3つのラインで行なわれており、26のセルを使用して、電気特性試験や初期耐久機能試験を始めとして、各種試験を実施。人を配置すれば、1つのセルに1人が配置するという仕組みになるが、これを全て自動化している。

 ユニークなのは、印刷性能の試験だ。本来ならば、直接、紙に印刷を行なって、確実に印刷できることや、かすれがないことや確認するが、東北エプソンでは、空中に飛ばした液体を画像処理。それによって、合否判定を行なうという仕組みを採用している。

 液体にはインクを除いたものを使用しているほか、紙を使用しない検査という点でも、環境にやさしく、さらに、全てを画像処理によって自動化したことで、人の作業で発生しやすい合否判定の差を標準化できるというメリットもある。

 ここで完成したマイクロTFPプリントヘッドは、インドネシアやフィリピンにある同社の海外生産拠点に輸送され、最終製品に組み立てられることになる。

ACTユニットの生産ラインの様子
諏訪南事業所で生産されたPrecisionCoreマイクロTFPチップを投入
社内で生産した治具を使用して正確に接合する
ホルダアセンブリラインの様子。さまざまな接合方法が用いられている
フィルタアセンブリラインの様子。純水と圧風で洗浄する工程も組み込まれている
フィルタアセンブリラインで使用されている6軸ロボット
フィルタアセンブリラインは何台もの6軸ロボットが稼働している
最終組み立てとなるヘッドアセンブリライン
6軸ロボットがスライダーの上を稼働して作業する
完成したプリントヘッド

 ちなみに、東北エプソンでは、2016年11月末から、新たなマイクロTFPプリントヘッドの生産ラインを稼働させている。従来の生産ラインの約半分のスペースに縮小するとともに、生産能力を2倍に拡大。また、これまでの生産ラインでは、それぞれの工程で完成した部品を、次のラインに移送する作業は人手で行なっていたが、フィルタアセンブリとヘッドアセンブリのラインを上空部で連結し、自動で搬送できるようにし、効率化を図っている。

 マイクロTFPプリントヘッドの生産は、東北エプソンの最先端生産技術を活用した国内一環生産体制によって生み出されている。日本における生産技術の高さが支えている技術だということが分かるだろう。

東北エプソンの概要
敷地面積は54万平方m。近くには最上川が流れている
東北エプソンの構内図
工場の生産棟の様子
東北エプソンの歴史
これまでにもさまざまな製品を生産してきた
東北エプソンの強み
かつてはカラリオシリーズの生産も行なっていた
東北エプソンでは半導体の製造も行なっている