ニュース
エプソン、PrecisionCoreプリントヘッドの新生産工場が竣工
~開発から生産までの一貫体制を構築し、3倍の生産能力向上を見込む
2018年7月10日 13:51
セイコーエプソンは、長野県塩尻市の同社広丘事業所内に、同社独自のインクジェットプリントヘッド「PrecisionCore(プレシジョンコア)プリントヘッド」を生産する新工場を竣工。2018年7月9日、同社・碓井稔社長など同社関係者が出席し、竣工式と記者会見を行なった。新工場は、2018年度内の稼働を予定している。
また、会見のなかで、PrecisionCoreプリントヘッドの外販を2018年度下期から開始することも明らかにした。
セイコーエプソンの碓井稔社長は、「当社が取り組むインクジェットイノベーションの中核をなすのがPrecisionCoreプリントヘッド。広丘事業所の新工場は、エプソンの今後の成長を支える重要な工場になる。生産体制の方向づけができたのは大きな区切りである。次の道筋ができた」と語った。
新工場は、インクジェットプリンタのコアデバイスとなるPrecisionCoreプリントヘッドの前工程生産を行なう拠点で、約255億円を投資して、2016年秋から建設を開始。ここで生産された同プリントヘッドは、ビジネスインクジェットプリンタや大容量インクタンク搭載プリンタ、商業・産業分野向け印刷機などに搭載する。
現在、プリントヘッド生産の前工程は、長野県諏訪郡富士見町のセイコーエプソン諏訪南事業所、後工程は、山形県酒田市の東北エプソンおよび秋田県湯沢市の秋田エプソンで行なっている。
新工場の稼働によって、前工程の生産体制を強化。すでに、東北エプソンおよび秋田エプソンの後工程は増強済みとなっており、将来的には、プリントヘッドの生産能力を、現在の約3倍にまで向上させることができるという。
さらに、本体組立を行なうフィリピン、インドネシアの生産拠点を増強済みであり、2019年度末の竣工を予定している広丘事業所内のイノベーションセンターB棟でも一部プリンタの生産を行なう予定だ。中国・深セン、イタリアの工場も含めて、組立体制の強化を進める。
エプソンでは、2017年度に、同社の戦略製品と位置づけるオフィス向け高速ラインインクジェット複合機/プリンタを投入したのに続き、サイネージなどの商業分野、捺染やラベル印刷などの産業分野向けプリンタのラインナップ強化を推進。
また、現在の成長ドライバーとしている大容量インクタンク搭載インクジェットプリンタが、新興国を中心に需要が拡大するとともに、日本でも販売を開始するなど、先進国でも注目を集めており、2018年度には前年比170万台増の950万台の販売を計画している。
碓井社長は、「新工場の稼働によって、エプソンの中期的な売上拡大に対応できる生産能力をほぼ構築できる」とした。
同社では海外生産拠点で、コンシューマ向けプリンタに搭載しているMACHプリントヘッドを生産しているが、碓井社長は、「エントリークラス向けを中心に根強い需要がある。これも生産量を落とさずに維持をしていきたい。
PrecisionCoreプリントヘッドの生産量が3倍になっても、エプソンのプリンタの販売量が3倍になるわけではない。産業・商業用では、1台あたりのヘッド使用数量が8倍、10倍と増加するためだ。だが、プリンタの売上は、出るならば中期的には2倍規模にはしていきたい」などと語った。
2018年度下期から外販も開始
また、2018年度下期から、PrecisionCoreプリントヘッドの外販を開始することも発表した。
「これまでにもMACHプリントヘッドの外販を行なってきたが、新工場の稼働により、競合他社製品に対する優位性が高く、顧客からの要望が高いPrecisionCoreプリントヘッドの需要にあわせた生産体制が整うことになる。このため、従来のプリントヘッドに加えて、PrecisionCoreプリントヘッドの外販も行なう。今後は、産業・商業領域に最適化したヘッドの技術を開発し、外販向けヘッドのラインナップと活用領域の拡大を図ることで、パートナーとともに産業・商業領域でのデジタル印刷へのシフトを加速させたい」と述べた。
また、「チップの構成を変えるだけでさまざまなヘッドに対応できるため、柔軟にカスタマイズできる。外販は、これまでお付き合いがあった企業を中心にスタートすることになるが、こうしたヘッドがほしいという要望にも前向きに対応できる。とくに、産業・商業領域では、インクジェットを活用した印刷のデジタル化といった動きが進んでおり、それに伴い、アプリが急速に広がっている。ヘッドによるビジネスチャンスはある」とした。
外販の事業規模にはふれなかったが、「新工場は外販専用で作ったものではないが、外販事業は、片手間でやるものではなく、それなりの体制を整え、ある程度の柱になると考えている。その点では、期待はしており、競争力の源泉になる。だが、ヘッド全体の半分を外販が占めるといった規模にはならない。具体的な計画について、中期経営計画のなかで話をしたい」と語った。
新工場の稼働は、こうした新たな市場開拓や旺盛な需要に対応するものになる。
PrecisionCoreの高い技術
エプソンのPrecisionCoreプリントヘッドは、ノズルの1つ1つが異なる制御を行ない、1秒間に最大5万回の微振動を繰り返して、正確なコントロールのもとにインクを吐出するのが特徴だ。
そのため、生産においても非常に高度な技術が必要だという。
エプソンは20年以上にわたって蓄積してきたインクジェット技術と、1,000分の1mm単位の超微細加工が可能なMEMS技術を融合。さらに自社の持つ産業用ロボットを駆使することで、高い品質と生産性を両立する完全自動生産ラインを実現しているという。
セイコーエプソンの碓井社長は、「長期ビジョンであるEpson25で掲げたインクジェットイノベーションにおいては、独自のマイクロピエゾ技術を磨き上げ、より高生産性領域に飛躍し、高い環境性能と循環型の印刷環境を顧客に提供するというビジョンを掲げている。
その核となるのがインクジェットプリンタのコアデバイスであるPrecisionCoreプリンタヘッドとなる。これは、エプソンの独自技術によって高速、高画質な印刷を可能にしたプリントヘッドである。ヘッドのコア部品となるPrecisionCoreプリントチップは、1枚から複数枚までを機種に応じて配列して構成することができる。
さらに、半導体製造プロセスを用いて微細加工したアクチュエータープレート、インクチャネルプレート、ノズルプレートの3枚のプレートが重要な構成部品になる。
なかでも、アクチュエータープレートは、インクを噴射する動力源としての役割をはたすもので、約1μmという非常に薄いピエゾ膜を形成。噴射するノズルごとに超精密にインクのコントロールを行なう。ノズル間隔は、76.3μmという人の髪の毛とほぼ同じサイズとなっており、プリントの高解像度を実現している」とする。
また、「2013年に開発したPrecisionCoreプリントヘッドは、エプソン独自の高変位ピエゾの開発により、ノズル噴射能力と高いノズル解像度を実現。他社ピエゾ方式と比べても、さらに優位性が高まっている。また、家庭向け、企業向け、商業・産業向けまでを自社で大量生産することができるため、コストダウンと品質の安定を両立している」などと説明した。
延床面積46,915平方mを誇る新工場
新工場は、広丘事業所において、「9号館」と呼ばれている建物であり、建築面積は、10,653平方m。制振・耐震構造を採用した鉄骨造の地下1階、地上5階建てで、延床面積は46,915平方mとなっている。
「新工場は、既存工場と比較してスペース生産性で20%増を見込んでいる。効率性を実現したのは、既存の諏訪南工場では、プロジェクタ向けパネルの生産を行なっていた経緯があり、装置の配置などに制約があったのに対して、新たな工場は専用でヘッドを生産することを前提として建設したため、生産性の高いラインを構築できた。今後、技術開発によってさらなる生産性向上を見込んでいる」という。
新工場では、広丘事業所内に研究開発機能も備えていることから、工場内で生産技術などの開発を推進し、プリントヘッドの品質、生産性の向上に直結させることができるという。
一方で、主要エネルギーは12,000kwで、これまでの広丘事業所全体で7,000kwだったのに比べて多くの電力を使用する。「同じプリントヘッドの前工程を行なう諏訪南事業所を、まるまる1つ移動させてきた規模になる」。だが、「諏訪南事業所の2倍規模の生産量で、同じエネルギー使用量にするためにエネルギー効率を高めた」という。防災発電機に加えて、BCP発電機を設置しており、事業継続性にも配慮している。
また、4階までを生産ラインとする4層構造のクリーンルームとなっており、1フロアあたり71m×106mという大空間を実現。2層および3層部分には諏訪南事業所と同じラインを構築可能で、4層には1号館のクリーンルームを移設して作れるようにしているという。
クリーンルーム棟は、制震構造を採用。「決裁を取る2週間前に熊本地震が発生し、それを教訓に、同じ規模の地震が10回きても壊れないものを作れと、碓井社長からの指示があった」(同社)との逸話も披露され、大型オイルダンパーの採用や、750×750mmの角型鋼管柱の導入などを図ったという。また、階上の漏水が下のクリーンルームに影響をおよぼさないように床にも防水加工を行なっているという。
さらに、建屋の高さは30.5mとしており、「これは、建築法、消防法から見ても、制限が緩和される高さになる。ダクトを極限まで潰すなどの工夫によって実現している。また、機械室も3次元的に設備を設置して効率的にレイアウトしている」という。
施工は清水建設が行なったが、いくつかの新たな手法が導入されているという。たとえば、壁を作る前に、大物空調機やタンクを先に導入。一戸建て2軒分ほどの大きさになる大物配管架台も、事前に組んで、それをクレーンで吊り上げて設置したという。
先行地下工事では、地下水位が高いため、地下部分は遮水壁を作ったが、地盤を構成している砂利が大きいため、日本で数台しかない大型掘削機を使用。2016年10月に行なわれた起工式のあと、地下躯体工事を開始。地下7mまで掘削し、2016年末にはマットスラブの配筋を完了した。
2017年1月には、地下立ち上がり、1階床躯体工事を開始。1階の実験室やクリーンルームは、先行でキット部分だけを現場で作るサイトPCを活用して効率的に作業を進めたという。
この時期に、ほかの事業所で発生した不具合事例や、運用後に保守および点検がしやすい建物の実現、さらには、エプソンならではのクリーンルームの実現に向けて、細かい部分などを決定していった。
じつは、このタイミングで地上躯体の施工手順を変更している。従来は、小型重機で片側から5階まで鉄骨を建てていく屏風建て工法を予定していたが、下から順番に躯体の床を作る積層工法を採用。これにより、躯体工事と並行して、大型タンクや設備機器を搬入、設置ができるようになり、プラント工事に早期着手により、全体工程の圧縮や作業の効率化が図れたという。
先行して大型タンク、設備機器の搬入、据え付けを行なうという前例がない躯体工事に挑戦したため、この時点で、すべての材料の発注を行なうことになった。
2017年3月からは、地上躯体工事を開始。立柱式を行なって、鉄骨を建てはじめた。4月には1階の床躯体もじょじょに完成していった。
2017年5月から積層工法を開始。最大14台のクレーンを使用し、作業はスムーズに進んだ。
地上躯体のかたちができあがったところで、ほかの事業所を含むエプソンの現場社員が訪れ、クリーンルームやエネルギー棟、機械室などを見学し、さまざまな意見を得て、改善提案を行なった。
地上躯体を無事故無災害で完成。2017年8月には上棟式を行ない、ベートーベンの第九が流れるなかで最後の棟上げを行なった。
このあとに、エプソン仕様のクリーンルームの作り込みがはじまることになる。性能、品質などをヒアリングするととともに、運用している人にしかわらないノウハウなどを、毎週の会議を通じて共有化。同時に、外装・設備工事や内装・設備工事も順調に進んでいったという。
2017年10月には受電式を行ない、クリーンルームの床下配管工事や内装工事などが進められていった。
2018年1月には、諸検査・機能出しを行なうために火入れ式を行ない、ボイラーを稼働させたという。
躯体工事計画の見直しで4カ月前倒し
清水建設によると、「通常ならば、検査月前まで工事を行ない、行政検査後に、エプソンの完成検査を経て、引き渡しを受け、枯らし運転(試運転)は、エプソンの検査後となる。そのため、生産装置の搬入や据え付けが終わる数カ月後にならなくては、クリーンルームの性能確保が取りにくいという問題があった。
だが、躯体工事計画を見直すことで、設備工事、プラント工事に先行で着手。建屋本体工事と同時施工により、効率的に本工事期間を見直すことができ、早期に行政検査を実施することができた。それにあわせて、エプソンによる検査を、出来形検査と機能検査の2回に分けることもでき、出来形検査の結果を是正する間に、枯らし運転を行ない、すべてのデバイス性能のチェックを行なうことができるとともに、クリーンルームの性能確保を見届けた後に、機能検査を実施して、合格後に引き渡すことができた。また、引き渡し後の保守、メンテナンスに関わる説明会に十分な期間を確保することができ、2018年1月から各種機器の試運転も開始できた」という。
当初計画では、クリーンルーム製造面積はそのままで、延床面積を3分の2にするという計画変更が伴ったというが、こうした数々の取り組みの結果、4カ月の工期短縮を実現した。
今回の新工場の稼働により、広丘事業所はインクジェットプリンタの企画設計拠点およびコアデバイスの研究開発拠点としての役割に加えて、新たな生産拠点としても位置づけられることになる。
碓井社長は、「日本国内において、PrecisionCoreのプリントヘッドの開発から生産までの一貫体制を構築。国内生産拠点の競争優位性を向上させるほか、長期ビジョンである『Epson 25』に基づくプリンティングソリューションズ事業の中長期的な成長実現に向けて、2020年度までに、研究開発の強化、生産基盤の強化を進める」とした。