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絶版本も買える。必要なときだけ製本するアマゾンの「プリント・オン・デマンド」の仕組み

アマゾン市川フルフィルメントセンター

 アマゾンジャパンは、書籍事業において、「プリント・オン・デマンド(POD)」サービスを提供している。PODサービスは、注文に応じて、書籍を印刷、製本、出荷するサービスで、出版社やユーザーの注文に応じて、絶版本や希少本、特注本、個人著者による本などを、1冊から印刷し、製本することができる。日本では、千葉県市川市に印刷、製本を行なう拠点がある。現場を訪れて、PODサービスの流れを追った。

 JR京葉線の市川塩浜駅から徒歩3分。アマゾン市川フルフィルメントセンターのなかに、「プリント・オン・デマンド(POD)」の印刷、製本を行なう拠点がある。

 購入者は、Amazon.co.jpのPODのサイトから、欲しい本を選び、カートに入れて、決済を行なうと、アマゾン市川フルフィルメントセンターのなかにある印刷、製本エリアにおいて、出版社から提供されたデジタルファイルから、書籍の印刷に必要なデジタルデータを、サーバーを通じてダウンロードし、これを専用の印刷機にかけて、本文の印刷を開始する。さらに表紙もデジタルデータをもとにカラー印刷を行い、印刷した表紙はラミネート加工する。これらを丁合して、三方を断裁し、製本工程で書籍に仕上げる。

PODサービスの印刷、製本を行なうエリア
本文を印刷するモノクロ印刷機
本文を印刷している様子
A4サイズで印刷した本文を断裁して一次加工
手間にあるのが表紙をラミネートする装置
三方を断裁する断裁機
製本機から出てくる書籍
製本が終わった書籍

 アマゾンジャパン合同会社 メディア事業本部 事業企画本部本部長の種茂正彦氏は、「関東近郊であれば、最短で注文したその日のうちに届けることができる」とする。

 アマゾンでは、PODサービスを書籍事業の重要な取り組みの1つに位置づけている。

 「アマゾンは、地球でもっとも豊富な品揃えを目指すとともに、地球上でもっともお客様を大切にする企業であることを目指している。これは、お客様が欲しいものを、いつでも、すぐに届ける状態を目指しているということでもある。PODサービスは、書籍事業において、すぐに届ける状態を実現するものになる」と位置づける。

アマゾンジャパン合同会社 メディア事業本部 事業企画本部本部長の種茂正彦氏

 アマゾンジャパンでは、書籍のオーダーがあると話題の新刊や、不朽の名作などは在庫のなかから出荷し、出版社に在庫がある書籍については、出版社から取り寄せ、それを購入者に届ける仕組みを構築している。だが、昔の雑誌が読みたいといった場合にはすでに絶版になっていたり、専門知識を得るための書籍が欲しいといった場合にも最適な本がなかったりといった問題が発生していた。

 「出版社に在庫がなかったり、専門的なものは出版していなかったりといったケースが多く、結果として、売れている本でなければ、手に入りにくい状況が起こっている。PODサービスに対応した書籍であれば、アマゾンサイト上で、常に『在庫あり』と表示される。ロングテール型の部数が見込めない書籍でも、いつでも購入できるようになる」とする。

 出版社にとっては、部数が見込めないコンテンツも出版できるようになるほか、既存の書籍流通では、3~4割が戻ってきてしまうという返品リスクを回避できたり、不要な在庫を持つ必要がないというメリットがある。また、著者にとっては、出版したい書籍が出版できるようになり、高額な自費出版の仕組みを使わずに済み、自費出版では広く読者のもとに届けられないという課題も解決できる。そして、読者は、欲しい本が出版されない、あるいは欲しい本が手に入らないという問題が解決するという。

 「PODサービスによって、個人出版のハードルが下がり、安価に少量多品種の出版が可能になる。出版社、著者、読者にとってメリットが大きい仕組みだ」とする。

 アマゾンのPODサービスは、2005年に米国で開始し、日本では、2010年からサービスを開始している。

 「まずは、洋書のサービスからスタートし、その後、日本で出版している書籍へと幅を広げ、2016年からはカラー印刷に対応している。現在、日本では、300万点以上のコンテンツがあり、そのうち9割が洋書になっている。2017年には、サービスを開始した2012年に比べて、21.7倍の売上げ規模となった。書籍事業のなかでは規模は小さいが、大きく成長している事業領域になっている。2018年には、前年比51%増と、1.5倍もの成長を引き続き遂げており、売上げ構成比の30%がカラーコンテンツになっている」とする。

 仕上げることができる書籍の仕様は、カバーなし、無線とじタイプのペーパーバック形式で、最大で296.9×215mm、最小で165×102mmのサイズでの印刷、製本が可能だという。表紙はカラー印刷が可能で、光沢ありと光沢なしのいずれかのラミネート加工を行なう。

 また、本文の印刷はモノクロおよびカラーから選択でき、画集や漫画のようなものも出版できる。本文の紙はホワイトまたはクリームが選択でき、紙の種類も選択できる。そして、印刷および製本ができる書籍のページ数は、24ページ以上、最大で828ページ以下となっており幅広い。

 特筆できるのが、売上げ構成比の76%をオリジナル商品が占めているという点だ。

 オリジナル商品とは、アマゾン上で販売する個人出版などを指す。ここでは、インプレスとも提携し、インプレスの出版社向け電子出版サービス「NextPublishing」を、著者が利用できるようにサービスを拡大。出版可能なPDFデータがあれば、アマゾンジャパンのPODサービスで、紙の本を出版できるようにしている。インプレスのほかにも、個人著者がPODサービスを利用できる仕組みを提供している出版社があり、こうした動きも、オリジナル商品の拡大に貢献しているという。

 たとえば、山本義徳氏による「アスリートのための最新栄養学」は、PODサービスを利用して紙での出版を行ない、個人出版にも関わらず、Amazon和書ランキングで上位にランクイン。限られた読者層にリーチしたベストセラーとして、安定した売上げを続けているという。

 また、戦争体験者がコンテンツ作成から入稿までを行なった宮澤大三郎氏の「戦前・戦中・戦後体験記」は、自身の戦争体験を後世に残すこと目的に出版したもので、「ITスキルがなくても、個人でPOD出版が可能になった例の1つ」と位置づける。

 さらに、広江克彦氏による「趣味で量子力学」は、量子力学という専門領域に特化した書籍として、専門家などの購入が多いほか、静岡県の特別支援学校では生徒たちが描いた絵を、Wonderful Art Communityと呼ぶコミュニティが「ART WORKS」のタイトルで画集を出版した例もある。

PODサービスで出版された書籍の数々
山本義徳著の「アスリートのための最新栄養学」
Wonderful Art Communityによる「ART WORKS」

 こうしたオリジナル商品のほか、「ファミコン通信」の創刊号などの絶版タイトルや、洋書テキスト、洋書の絵本といった一般的な書店に並んでいない書籍、ドローン検定テキストなどの特定分野向けのテキストなど、「絶版タイトルや、部数が少なく、書店に並びにくいタイトルも、POD化することで、いつでも入手できるようになる」という。

 アマゾン市川フルフィルメントセンター内にあるPODサービス向けの印刷、製本エリアは、バレーボールコート程度の広さで、そこに、オセのOcé VarioPrintシリーズによるモノクロ印刷機が2台のほか、表紙用のカラープリンタを1台導入。さらに、印刷した本文部分を断裁し一次加工する機器が1台、表紙用のラミネーターが3台、帳合するバインダーが2台、製本機が1台導入されている。

 基本構成は、米国で利用している仕組みと同じで、通常は18時間体制で稼働しているという。日本では、現在、市川だけに印刷、製本の設備を導入しているが、今後需要が増大すれば、複数箇所で印刷、製本を行なう予定だという。

 アマゾンジャパンの種茂本部長は、「欧米に比べると、日本では書籍のデジタル化がまだ進んでいない。デジタルネイティブの電子書籍を出版できるように働きかけるなど、今後、出版社との連携を強化し、コンテンツを増やしていきたい」としたほか、「PODサービスを、出版の可能性を広げることに使って欲しいと考えている。誰でも出版ができ、誰でも購入できる環境を作りたい」と抱負を述べた。

 なお、インプレスR&Dでは、「著者向けPOD出版サービス」を利用し、2018年1月以降にアマゾンにて出版済みの書籍のなかから優れたものを表彰する「ネクパブPODアワード2019」を実施中。