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Microsoft、「トポロジカル量子ビット」の実現で汎用量子コンピュータの実現に近づく
2017年10月16日 19:39
日本マイクロソフト株式会社は16日、都内にてプレス向けラウンドテーブルを開催した。
同社最高技術責任者の榊原彰氏は、9月25日(米国時間)に行なわれた、「Microsoft Ignite 2017」の基調講演で発表された内容についての解説を行なった。
まずはAIに関して、同氏は「Microsoftでは、AI(人工知能)について、プラットフォームの提供、既存製品への取り込み、ビジネスソリューションという3つの取り組みを行なっていく」と述べ、プレビュー公開された「Azure Machine Learning Workbench」の紹介などを行なった。
専用アクセラレータを用いてAI処理を高速実行させるという「Project Brainwave」については、専用ハードウェアを開発するのではなく、市販製品を組み合わせてアクセラレータを組み上げることで、スケーリングを実現していると解説した。プロセッサにはIntel製のFPGAが用いられているという。
なお、Brainwaveは学習向けではなく、推論処理を高速かつ低遅延で実行する必要のある場合の利用を想定して開発されている。今後はAzure上で利用可能となる予定だという。
Igniteでは、データの暗号化を保持したまま処理を行なえるデータセキュリティ機能「Azure Confidential Computing」(公式ブログの解説)も紹介されていた。
正確には処理のために「暗号化していない」データをTrusted Execution Environment(TEE)と称するサンドボックス内で保護し、外部から閲覧/操作を不可能にするというもので、ソフトウェア(Hyper-V)およびハードウェア(Intel SGX)、どちらのレベルでも機能を利用できる。
世界初のトポロジカル量子コンピュータを開発
Ignite基調講演で米Microsoft CEOのサティア・ナデラ氏は、量子コンピューティングについても最新の開発成果を紹介した。
量子コンピュータは従来のコンピュータと異なり、量子をビットとして扱うことで、0と1だけでなく「0かつ1」という重ね合わせの状態を取れることから、劇的な並列処理性能の進化が期待されているが、Microsoftの研究機関であるMicrosoft Researchでは、拠点の1つである「Station Q」で、量子コンピュータに関しての専門的な研究開発を十数年に渡り行なっている。
量子コンピュータには、量子アニーリング方式と量子ゲート方式の2つの方式がある。量子アニーリング方式は量子ゲート方式に比べて開発が進んでいる(過去記事)が、組み合わせ最適化問題に特化しているのに対し、量子ゲート方式は汎用計算が可能で、既存のコンピュータに置き換わるものとなる。
Microsoftでは汎用性計算が可能な量子ゲート方式のコンピュータを開発しており、同社のほかにGoogleやIBMなども量子ゲート方式のコンピュータ実現に向け研究開発を行なっている。
今回Igniteで発表されたのは、量子ゲート方式のコンピュータを実現する「トポロジカル量子ビット」とハード/ソフトウェアのエコシステムについてのもの。
量子コンピュータ実現の壁となっているのが、量子ビットが極めて不安定であるという点で、量子ビットは、ごくわずかな干渉でも量子力学的性質を失ってしまう「デコヒーレンス」を起こし、計算ができなくなってしまう。同社によれば、信頼に足る計算結果を提供するには、1つの論理量子ビットに対して1万の物理量子ビットが必要だという。
トポロジカル量子ビットでは、トポロジカルな属性が量子ビットの安定性を高め、エラー保護を実現できるという。トポロジカル量子ビットは、電子と同じくフェルミ粒子であり、電気的に中性というマヨラナ粒子を用いて実現しているとする。
物質がトポロジカルな状態とは、定義上、電子が細分化されてシステム内のさまざまな場所に存在しうる状態を指す。電子が細分化されると、情報が複数の異なる場所に保存され、その状態を変化させるために保存されたすべての情報を変える必要があるため、安定性が向上するという。
しかし、トポロジカル量子ビットでもまだ不安定であることは変わらないため、外部からの干渉から保護する方法として、極低温環境下で動作させる必要がある。
Microsoftでは冷却システムをBlueforsと共同開発し、30mK(ミリケルビン)という絶対零度に近い温度で動作させつつ、室温で動作するコンピュータとデータを交換できるシステムアーキテクチャを構築。システムでは磁場の制御なども行なわれているという。
現在は1量子ビット(qubit)での実験を行なっている段階だが、同社ではトポロジカル量子ビットがスケーラブルな量子コンピュータの実現への道に繋がるとしている。
ソフトウェアについては、量子コンピュータのための新しいプログラミング言語の開発が発表された。
同言語は量子シミュレータ上でアプリを開発、デバッグ可能にし、将来的にトポロジカル量子コンピュータで実行できるようになるという。
Visual Studioに統合され、オートコンプリートなどのツールも機能するという。榊原氏によると、F#やC#、Pythonなどをベースに可読性の高い言語になっているとのことだ。
榊原氏は、Microsoftの掲げる「技術の民主化」の1つが量子コンピュータであり、量子コンピュータによってAIが大きく加速することから注力してきたと説明。
また個人的な見解として、IBMが商用提供している量子コンピュータ「IBM Q」が1年で量子ビットを3倍に増やしたことなど、研究開発の進化の速度を考えると、今後5年程度で実用的な量子コンピュータが出てくるのではないかとの考えを語った。