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【ESSDERC/ESSCIRC 2016レポート】IntelとSTMicroのSoC用超高速レギュレータ

 大規模マイクロプロセッサや大規模SoC(System on a Chip)などでは、シリコンダイを数多くの電源ドメインに区分けするとともに、電源電圧をダイナミックに調整することが多い。動作性能と消費電力のバランスを最適なポイントに維持するためである。

 電源ドメインに一定電圧の電力を供給するレギュレータは、プロセッサやSoCなどのシリコンダイに近い位置にレイアウトすることが望ましい。レギュレータと負荷(プロセッサやSoCなどの内部回路)の距離が長いと、電圧と電流が無駄に変動するとともに、電圧を最適な値に調整するための時間(応答時間)が長くなるからだ。

 するとレギュレータの最適なレイアウトは、プロセッサやSoCなどと同じシリコンダイ、すなわちオンチップであることが分かる。あるいは同じパッケージに近接して内蔵する。こういったレギュレータ回路は、「IVR(Integrated Voltage Regulator)」と呼ぶことが多い。

 9月12日~15日にスイスのローザンヌで開催された欧州最大の半導体国際学会「ESSDERC/ESSCIRC」では、Intelらの共同研究チームとSTMicroelectronicsらの共同研究チームがそれぞれ、新しいIVR技術を発表した。いずれも、負荷変動に素早く対応する、目標電圧の変化に素早く追随するといった、高速応答を特長とするオンチップレギュレータ(DC-DCコンバータ)である。

負荷変動に対する応答時間を2.5分の1に短縮

 Intelは米国のGeorgia Institute of Technologyと共同でIVR技術を開発し、その成果を発表した(ESSCIRC、C3L-J)。マイクロプロセッサとオンチップあるいは同一パッケージに組み込むことを想定して開発した。

 開発したIVR(DC-DCコンバータ)の基本構成は、インダクタとキャパシタ、スイッチングFET(PWM出力)で構成する一般的なもの。ただし、インダクタとキャパシタを小型化するため、スイッチング周波数を125MHzと非常に高くするとともに、PWM出力回路や制御回路などをフルデジタルで設計した。さらに、受動素子の定数変動を素早く補償するため、クロック周波数が250MHzと極めて高いデジタル補償回路を搭載した。

 また、パッケージのボンディングワイヤの一部をインダクタに流用することで、インダクタの追加を省いた。ボンディングワイヤによるインダクタンスは約12nHである。キャパシタは、別のダイに構成したMIM(金属/絶縁体/金属)キャパシタを積層した。MIMキャパシタの容量は3.2nFである。

開発したIVR(DC-DCコンバータ)の回路ブロックとシリコンダイ写真。製造技術は130nmのCMOSプロセスでかなり緩い。シリコンダイ寸法は2×1mm。Intelらの発表論文から

 試作したシリコンダイを実際に測定して評価したところ、応答の高速性を確認できた。負荷変動に対する回復時間(セトリング時間)は2.5分の1に短縮された。また、電源電圧降下の幅は15%ほど小さくなった。目標電圧の変化に対する追随時間(セトリング時間)は、2.25分の1に短くできた。

 さらに、軽い負荷における変換効率を5%(5ポイント)ほど向上できた。ただし、最大効率は71%なので、それほど高いとは言えない。変換効率の値そのものは、改良が強く望まれる。

試作したシリコンダイの応答特性。赤色の波形(RTA Disabled)が従来の回路、黒色の波形(RTA Enabled)が今回の回路。左は負荷変動による電圧降下と回復の波形。右は設定電圧の変化に追随していった時の波形。いずれもセトリング時間が大幅に短くなっていることが分かる。Intelらの発表論文から
試作したシリコンダイの負荷電流と変換効率。紫色のプロットが従来の回路。黄緑色のプロットが今回の回路。負荷電流が低い場合、今回の回路は効率が5%(5ポイント)ほど高くなっている。Intelらの発表論文から

DC-DCコンバータを内蔵した64bit RISCプロセッサ

 STMicroelectronicsは米国のUniversity of California, Berkeley(UCB)と共同で開発した、IVR(DC-DCコンバータ)を内蔵する「RISC-Ⅴプロセッサ」SoCを発表した(ESSCIRC、B2L-G)。「RISC-Ⅴ(リスクファイブ)」とは、UCBが主導して進めているオープンアーキテクチャのプロセッサ開発プロジェクトである。プロジェクトの一環としてDC-DCコンバータを内蔵するプロセッサを開発し、これにSTMicroelectronicsが製造面などで協力したものと思われる。

 内蔵したDC-DCコンバータの基本構成はスイッチドキャパシタ(チャージポンプ)である。スイッチドキャパシタでは、数多くの微小なキャパシタとスイッチを組み合わせることで、さまざまな定電圧を出力する。利点は、半導体プロセスでは不得手なインダクタンスを使わないのでCMOSプロセスとの互換性を維持しやすいこと、PWM出力のスイッチング電源に比べて雑音が比較的小さいこと、などである。弱点は、出力電圧の変更が連続的ではなく、キャパシタの最小容量で決まる離散的な値をとること、それから大きな電力を出せないことである。

 なお出力電圧が離散的な値を取るとはいっても、プロセッサやSoCなどの電圧スケーリングには十分な細かさである。これに対し、大電力を出せないという弱点はかなり問題で、例えばサーバー、デスクトップPC、ノートPCなどのメインプロセッサには適用できないと考えるべきだろう。モバイル機器、それもバッテリ駆動が前提の低消費電力プロセッサが、スイッチドキャパシタを活かせる用途だ。今回の「RISC-Ⅴプロセッサ」も、消費電力はCPUコア部分で最大231mWとかなり低い。

IVR(DC-DCコンバータ)を内蔵した「RISC-Ⅴプロセッサ」SoCの内部ブロック。左端にある縦長のブロックがDC-DCコンバータ(スイッチドキャパシタ、バックバイアス発生回路、クロック発生回路などを含む)。STMicroelectronicsらの発表論文から
試作したシリコンダイの写真(左)とシリコンダイの概要(右)。STMicroelectronicsらの発表論文から

 試作したシリコンダイでDC-DCコンバータの性能を評価したところ、かなり良好な結果を得た。例えばCPUコアの電源電圧を負荷に応じて変化させたところ、応答時間は電圧を下げる時に800ns、電圧を上げる時に500nsだった。電源電圧を一定にした場合に比べ、消費電力は39.8%削減できた。またDC-DCコンバータの変換効率は最大で88.7%だった。

負荷に応じてCPUコアの電源電圧を変化させた時の電圧波形。上のグラフは、電源電圧を一定にした時の波形(赤色)と負荷に応じて電源電圧を上げ下げした時の波形(青色)。下のグラフは、電源電圧を下げた時(左図)と電源電圧を上げた時(右図)の詳細な波形。STMicroelectronicsらの発表論文から