山田祥平のRe:config.sys

言語はそのまま推敲支援~AIで修正を修整に深化させるDeepLのチャレンジ

 こんなものを作りたい(描きたい、書きたい)願いを誰もがかなえる。PCはそれを支援してくれる。ただ、今まではその道の才能が求められると同時に、道具を使うためのトレーニングも必要だった。AIの時代には、それが緩和される。AIの支援を、さほど努力することなく誰もが得られるようになり、すべての人が平均点以上をとれるようになる。

ワープロの達人は文章が上手いとは限らない

 コンピュータを使えないと将来的に自分が困ることになるだろうと言われていた時代があった。その当時、困るだろうとされていたのは自分だった。時を経て、それは、さらにエスカレート、コンピュータを使えないと人に迷惑をかける時代にまでなってしまったのはご存じの通りだ。

 だからこそ、人は誰もがコンピュータ的な道具を使えるようになるために努力した。ハードウェアのみならず、OSやアプリの使い方を身につけた。

 最初のうちは、努力してアプリの使い方を身につけた層がコンピュータの達人としてもてはやされたが、そのうち、生成対象についての専門知識を持つ層のほうが、コンピュータを使うことで多くの恩恵を得るようになった。

 会計の専門家、音楽の専門家、絵画の専門家などがコンピュータを使ったことによる成果物を想像してほしい。すべてを手作業でやっていたことの多くをコンピュータに頼ることができるようになり、著しい生産性を得たはずだ。

 ワープロの登場で文章の加筆修正がとても容易になり、誰もがワープロは便利と認識し、その使い方を身につけようとしたし、実際に使い方を修得したものの、最終的に、ワープロを使い尽くして素晴らしい作品を生み出したのは創造性に富んだ発想のできる、もともと文章の上手い小説家や詩人だった。彼らにとっては道具が変わったのにすぎないようにも見える。

 結局のところ、AIというのもそれに近い存在なのではないか。今、ものすごいスピードでAIは進化を続けているが、人間を超えられるかどうかは大きな問題ではない。人間を超えるのは既定事実だろうし時間の問題だ。

 AIを使えば、これまでよりもコンピュータを役立てることができるようになる。今まではその道の専門家でなければ導き出せなかった真理が、AIの助けを借りることで、世の中の多くの普通の人が得られるようになる。だから、人々は、AIに何ができるかを考えることよりも、AIを何に役立たせることができるのかを考え始めている。それは、ワープロの機能を学ぶことよりも、ワープロを使って文章を作ればどのような恩恵が得られるかを考えることに似ている。実際問題、「ワープロの達人≠小説の達人」であるとは限らないし、どちらがもてはやされるかといえば、やはり、小説の達人のほうではないか。

 AIの使い方も同じで、プロンプトエンジニアリングのようなテクニックに長けた使い手が、膨大な知識を持つAIから最適な生成結果を引き出す技術を身につけて重宝される時期はとても短く、それよりも、AIにどんな指示を出せるかが問われるようになる。英知に富んだ質問や指示ができるかどうかで得られるものが変わってくるわけだ。

添削ではなくあくまでも推敲を手助け

 DeepLはドイツの企業で言語AIによる翻訳サービスで知られているが、その Japan Business Conferenceの場で、多言語コミュニケーションを支援する最新AI製品「DeepL Write Pro」を発表した。

 AIがビジネスコミュニケーションのコンテキストを理解し、適切な言い回しや文体、語調をリアルタイムに提案するというもので、執筆者の真の意図をくみ取りながら文章に反映していくことができるという。

 興味深いのはこのソリューションが1言語間のトランスレーションである点だ。翻訳ではないのだ。一般的な文章校正ツールと同様に同じ言語を洗練されたものにするものらしい。サービスイン時の対応言語は英語とドイツ語だけだ。日本語は含まれない。なのに発表の場に日本を選んだのは、ニーズとして日本人が英語で情報発信をすることが多いからだという。

 つまり、からきし英語の苦手な人が、四苦八苦して書いたつたない英語を、その文脈や用途に応じて対話的に洗練されたものに逐次書き換えてくれるわけだ。イメージとしてはコンパイラーがインタプリタになった感じか。

 当然、将来的には日本語にも対応し、誰もが洗練された日本語の文章を書くための支援ができるようになる。小説だって書けるかもしれないし、作曲したメロディに歌詞をあててくれるかもしれない。「ワープロの達人≠小説の達人」と同様の構図が成立するかもしれない。

 先日、SamsungがGalaxy S24シリーズを発表したが、そのAI活用でGalaxy AIをアピール、数々のAI機能の実装をお披露目した。その中で、キーボードのAI活用例として「チャットアシスト」と呼ばれる機能が紹介されている。この機能を使えば、誤字脱字の訂正はもちろん、文章のスタイルをビジネスシーン、SNS投稿などの用途に応じた複数のスタイルを提案してくれる。いつも通りに適当に書けば、あとはAIにおまかせで洗練された文章ができあがる。

 今回のDeepL Write ProのAI活用はそれをさらにビジネス寄りに洗練させたものだともいえる。

 DeepLの創業者でありCEOでもあるヤロスワフ・クテロフスキー氏も来日し、前回来日した1年前を振り返り、当時、AIブームは始まったばかりだったと回顧、今、実におもしろいステージに突入していると語った。世の中は生産性の時代に入り、AIが何に使えるのかを考える段階であることを指摘、導入するかどうかではなく、どのように活用するかに話題が移っていると述べた。

 人間にとっても言語は欠かせない存在で、気持ちの上でも大事だし、産業や経済にとっても重要であるとクテロフスキー氏はいう。人は言語を介さないとコミュニケーションできない以上、AIが最初に投入されるのが言語というのは興味深いことであり、それは世の中を変える技術と考えられるからこそ、AIで言語の壁を取り払おうと思ったのだという。

 どのように発信するのかが大切ななかで、ビジネスコミュニケーションをワンステップ向上させるために、最適な表現を見つけるためにDeepL Write Proは役にたつ、大切なのはインタラクティブな要素であり、文章を書いてくれるだけではなく、自分らしさをつむぎだすツールであるべきだとクテロフスキー氏。プロフェッショナルな自分らしい、その企業らしい文体であることが大事で、それを同社のAIがサポートするという。

 同社によればライティングの不備が企業に与えるコストは年間数十億ドルに達しているそうだ。知らないうちに損失をうみだしているかもしれない。また、ほぼ半数の労働者は非効率なコミュニケーションが生産性と仕事の満足度に影響を与えたと回答するらしい。

人間に饒舌はいらない?

 ちょっとした違和感を感じたのは、このCEOの一連の英語スピーチが人間の通訳者によって同時通訳され、その音声が聴衆に貸し出されたレシーバーに無線配信されたたことだ。また、講演後の質疑応答セッションでは逐次通訳者が同席し、CEOの英語と質問者の日本語を相互通訳した。

 同社のビジネスとしてはテキストの翻訳が主役で、今のところは書き言葉がいちばん重要だというが、日本ではしゃべられた言葉も重要で、それも取り込みたいとクテロフスキー氏はいう。実際、DeepLは音声翻訳サービスも準備中のようだ。

 その正式発表の時には、発表のために壇上に立つクテロフスキー氏の英語が映画の字幕のように背後のスクリーンに映し出されたり、クテロフスキー氏のコメント訳の字幕はもちろん、質疑応答では記者席の質問者の日本語質問をクテロフスキー氏の手元のタブレット等に翻訳して表示するような仕掛けを期待したい。

 ちなみにDeepLの創業の地、ドイツでは映画の字幕というのはありえないときいたことがある。なぜなら、1つ1つの単語の文字数が多いドイツ語を字幕にすると、ほとんどの場合、画面が文字で覆い尽くされてしまうからだという。だからドイツでは必ず吹き替えで映画が上映されるそうだ。もしかしたら、そんな経緯もあって、技術的には今日からでもできることが先送りになっているのかもしれない。AIに期待したいのは、そういう提案なのだけれども……。

 いや、そもそも、長い文章を誰もがAIの力で要約させるのが新しい当たり前なら、饒舌な文章を生成する必要はなかったりしないのか、書きたいことを箇条書きすれば洗練された饒舌な文章が生成されるのなら人間が饒舌な文章を書く必要はないのではないかなどなど、AIについては考えることが多くて時間がどんなにあっても足りない。