笠原一輝のユビキタス情報局

3ステップでノートをリニューアルするUltrabook構想



 先週、ドイツで開催されたIFAにおいて、PCベンダー各社はIntelが提唱する“Ultrabook”構想に基づいたスリムノートPCを発表し、注目を集めた(IFAレポートを参照)。IFAや6月に行なわれたCOMPUTEX Taipeiで発表されたUltrabookも、薄型で魅力的な製品に仕上がっているが、ノートPCの設計という観点から見ればこの第1世代Ultrabookは“始まりに過ぎない”のだ。

 Ultrabookは、Intelが1月に発表したSandy BridgeベースのノートPCプラットフォームHuron River(ヒューロンリバー)ベースの製品となっているが、2012年の同時期にリリースされる予定の第2世代Ultrabookには22nmプロセスルールで製造されるIvy Bridge(アイビーブリッジ)ベースのChief River(チーフリバー)プラットフォームに更新され、さらに2013年には内部アーキテクチャもプラットフォームも完全に新しくなるHaswell(ハスウェル)ベースの製品が登場し、ノートPCのデザインもこれまでとはまったく違ったものになっていく。

 そうしたホップ、ステップ、ジャンプの3段階で計画されている、IntelのUltrabook構想に関して、解説していきたい。

●Intelが最も力を入れている“Ultrabook”

 Intelにとって、今後数年間で“イチオシ”の製品、つまり多額のマーケティング費用がつぎ込まれていくプロジェクトの1つが、このUltrabook構想だ。2012年IntelはIFAで記者向けにUltrabookに関する説明会を開催するなど、かなり力を入れている。Intel Developer Forum(IDF)においても、2日目に行なわれるムーリー・イーデン副社長の基調講演における主要テーマがUltrabookになる予定だ。

 Ultrabookは、いくつかの魅力的な製品を別にすれば、実のところ昨年(2010年)までのスリムノートPCと大きな差が無いじゃないか、と感じた読者も少なくないのではないだろう。というのもUltrabookは、元々CULV(Consumer ULV)と通称されていた低価格向け薄型ノートPCのブラッシュアップでしかないからだ。多くの製品に利用されているのは、従来“CULV向けSandy Bridge”で、昨年までCULVノートブックPCと言われていた製品と大きな差は無い。このため、一部関係者は“CULV 2.0”と呼んでいるぐらいだ。

COMPUTEX Taipeiで展示されたASUSのUX21すでに米国で1,500ドル前後で販売されているサムスンのSeries 9

●21mm以下の薄さがUltrabookの必要条件

 ただし、いわゆるCULVとはいくつかの点で異なっていることもある。1つはUltrabookではデザインに関する新しい定義が導入されていることだ。CULVの取り組みでは、基本的にIntelからデザインそのものに関する定義は“薄型であること”だけであったのに対して、Ultrabookでは具体的には薄さが決まっている。

 関係者の情報によれば、IntelがOEMメーカーに示したA4サイズのUltrabookの定義で、厚さが最低でも20mmを下回らなければならないという。COMPUTEX Taipeiの翌週に米国で行なわれたResearch@Intelというイベントにおいても、ノートブックPC戦略の説明を行なったIntel PCクライアント事業部マーケティング部長 アダム・キング氏にUltrabookの薄さのターゲットはどこに置いているのかという質問をしてみたところ、「最終決定ではないが20mm以下になると考えている」という答えが返ってきた。Intelの担当者がこうした答えを公式の場でするということは、この時点ではOEMメーカーに対してもそうした説明をしているということの裏返しだ。

 だが、7月の後半にOEMメーカー向けに示された新しいUltrabook構想のロードマップでは、この点は更新され、薄さは少なくとも21mm以下であると改訂されたのだという。

 なんだ、たった1mmの違いじゃないかと思うかもしれないが、実はこれは大きな意味がある。OEMメーカーによれば、バッテリと光学ドライブ、価格面で違いが出てくるという。

 まず、バッテリは20mm以下とした場合には、リチウムイオンのセルを入れることがほぼ不可能になる。リチウムイオンのセルを入れるだけで10mm台後半ぐらいになってしまうので、それに液晶ディスプレイの分の厚さを考えると20mmはほぼ不可能だ。このため、20mm以下にするためには、より薄型のリチウムポリマーを採用しなければならない。

 リチウムポリマーにするデメリットは、容量が少なくなってしまうことと、コストが上がってしまうことだ。現時点では依然としてリチウムイオンバッテリがメインストリームであり、コストはリチウムポリマーに比べて圧倒的に安価になっているのだ。

 もう1つのデメリットは、20mmでは標準の光学ドライブを入れられず、特殊設計の光学ドライブが必要になることだ。ただ、これはデメリットとは言いにくい部分もある。というのも、多くの読者も感じていると思うが、すでに光学ドライブはレガシーデバイスであり、アプリケーションのインストールもネットワーク経由で行なわれるようになっている時代には、必要ないと筆者は考えている。

 当初、IntelはUltrabook構想で、光学ドライブを無くすことを計画していた。COMPUTEX時にIntelのイーデン副社長にインタビューしたときに「Ultrabookのような薄型ノートPCではもう光学ドライブは必要ないと考えている」と述べていたことからもわかるように、やはり6月時点では光学ドライブは内蔵させない方向で検討していたのだ。だが、これも方針転換されたようだ。その理由は、OEMメーカー側のリクエストだったという。OEMメーカーの側ではまだまだ光学ドライブは必要で、それを入れられるようにすることは重要だと考えているのだという。

 そしてもう1つ変更されたのは、ターゲットとなるシステム価格だ。当初IntelはUltrabookの価格帯を1,000ドル~1,500ドルあたりの、現在のCULVノートブックPCよりも高めの価格帯を思い描いていたという。20mm以下というターゲットを実現するには、それだけの価格になってしまうと考えていたからだ。しかし、それも21mmに緩和されることで、スタンダードな部品を利用することが可能になり、価格ターゲットもCULVノートブックPCと同じような価格帯(1,000ドル未満)が現在のターゲットになっているのだ。

 この価格ターゲットの変更はエンドユーザーにとって大歓迎だが、日本メーカーのようにやや高めの価格帯のノートPC製品を展開しているメーカーにとっては悩みの種が1つ増えるという結果になるとも言えるだろう。薄型化は日本メーカーの十八番だったわけだが、それが標準品でできてしまうのであれば、そこはウリにならなくなる可能性があるからだ。従って、そうした1,000ドルオーバーの価格帯で勝負しようというメーカーは、薄型化だけではない何か新しい基軸を見つけていくことに迫られることになるだろう。

●ステップのIvy Bridge、ジャンプとなるHaswellでノートPCを再定義する

 IntelのUltrabook向けのプラットフォームは、基本的にはその年のノートPC向けのプラットフォームを流用することになる。今年で言えば、1月のCESで発表されたHuron Riverがそれで、IFAで発表された各社のUltrabookもすべてHuron Riverベースの製品となっている。IntelがOEMメーカー各社に示しているロードマップによれば、通常のノートブックPC向けのプラットフォームの立ち上げは第1四半期に予定されているが、Ultrabookのそれは「バックトゥスクール」と呼ばれ、欧米の学生が新学期となる9月にリリースすることが計画されている。

 2012年もそれは同様で、通常のノートPC向けのプラットフォームとなるCheif Riverのリリースは第1四半期に予定されているが、Ultrabook向けはやはり9月あたりが予定されている。基本的にUltrabook向けのChief Riverは、通常のノートPC向けのそれと大きな違いは無い。プロセッサは、Sandy Bridgeの22nm微細化版+機能拡張版となるIvy Bridgeで、内蔵GPUがいわゆるDirectX 11(Direct3D 11)に対応することが大きな拡張点となる。チップセットのPanther Pointの大きな強化ポイントはUSB 3.0コントローラの内蔵になる(Cheif RiverやIvy Bridgeの機能強化点に関しては以前の記事を参照のこと)。

 再来年、つまり2013年には、Lewis Riverと呼ばれる次々世代プラットフォームを導入する。Cheif RiverがHuron Riverの改良版という位置づけで“ステップ”であるのに対して、Lewis RiverはCPUのアーキテクチャも、プラットフォームとしても大改良が加えられる“ジャンプ”に相当する製品となる。

 Lewis RiverはHaswell(ハスウェル)というプロセッサと、Lynx Point(リンクスポイント)と呼ばれるチップセットから構成されている。IntelはLewis River世代で、現在の2チップ構成(CPU+PCH)に加えて、1チップ構成(SoC)も提供するが、Ultrabook向けは基本的にこの1チップ構成が採用されることになる。ただし、IntelのいうSoCがネイティブで1つのダイになったものなのか、それともCPUとPCHが別々に生産されチップ基板上に実装されるMCMになっているのかは現時点では明確ではない。

 仮にネイティブSoCであるとすれば、そのメリットは非常に大きい。というのも、現在のPCHは最新プロセッサの2世代前のプロセスルールで製造されており、チップサイズが機能に比べて大きくなってしまうため、消費電力が大きいからだ。しかし、それが最新プロセッサと同じプロセスルール、Haswell世代で利用される22nmプロセスルールで製造されるようになれば、大幅な消費電力削減が期待できる。

 しかし例えMCMであっても、チップの合計フットプリントは2チップ構成よりも小さくなる。1つのチップではピン数は増えることになるので、基板設計そのものは難しくなる可能性はあるが、基板のサイズはより小さくすることが可能になる。これにより、PCメーカーは基板をより小さくすることが可能になり、より薄型のノートPCを製造することが可能になる。

 さらに、現時点では詳細には言及されていないものの、Haswell世代ではプロセッサ内部のアーキテクチャも完全に一新されることになるとIntelの幹部は説明しており、おそらくHaswell/Lewis River世代のUltrabookは、我々が見ている現在のUltrabookと何もかもが変わるはずだ。

 このように、IntelにとってHaswell/Lewis River世代は、冒頭で述べたような“ジャンプ”に相当する製品なのだ。なお、Haswell/Lewis Riverも恒例にならい、通常のノートPC向けは2013年の第1四半期に、Ultrabook向けは同年9月にリリースされる予定となっているとのことだ。

●Intelがイニチアシブを取り続けるのかは2013年のUltrabook次第

 以上のように、IntelにとってUltrabook構想の本命、つまり10年前のCentrinoの成功を再び実現するための武器がHaswell/Lewis River世代なのだ。逆に言えば、IntelにとってHaswell/Lewis Riverこそが、“最後の砦”であるとも言える。仮に、Haswell/Lewis Riverを搭載したUltrabookがエンドユーザーにとって魅力的な製品でなければ、先進国市場ではPC市場はシュリンクしていくだけになる可能性がある。

 現在のPCマーケットは、新興市場が支えていると言っていい。要するに、PCを持っていないユーザーが多い新興市場で、PCを買ってくれている結果、依然としてPC市場は成長を続けている。しかし、それとて永遠ではない。Intelにとって、そしてPCベンダーにとって大きな課題となっているのは新興市場で、1人1台行き渡った時にどうするかという点だ。

 そうした時に参考になるのは、AppleのMacBook Airでの成功体験だろう。実際、エンドユーザーの中には、iPadからMacBook Airに乗り換えたユーザーも少なくないと聞く。同じようなことが、Windows PCでも繰り返せるのであれば、タブレットに興味が向かっていたユーザーの興味を再びPCに向かせることも不可能ではないだろう。

 その意味では、今後Ultrabookがどれだけ魅力的な製品であるかが重要になり、Intelにとっても、PCメーカーにとっても、2013年が正念場になるのは間違いないだろう。

バックナンバー

(2011年 9月 13日)

[Text by 笠原 一輝]