笠原一輝のユビキタス情報局

iPad ProはPCの代替となり得るのか

Appleが発表した9.7型のiPad Pro

 一度はかなり下火になりつつあったタブレット市場が再び活性化するかもしれない、その鍵は「生産性向上」にある、これが筆者がAppleの製品発表会を見ていて感じたことだ。

 別記事の通り、Appleは米国で発表会を行ない、従来12.9型のみだった「iPad Pro」に、9.7型の新モデルを追加した。この発表会の中で、Apple ワールドワイドマーケティング担当上級副社長 フィル・シラー氏は「iPad ProはPC代替として最高だ」と述べた。では、本当にiPad ProはPCの代替になり得るのだろうか。

iPad ProはPCの代替として最高の製品だとAppleはアピール

 今回のAppleの発表会で筆者にとって最も印象的だったのは、Appleの幹部がiPad Proを“PCの代替になる”と表現したことだ。CEOのティム・クック氏は「iPad Proをリリースした後、多くのユーザーからこれがプライマリコンピューティングデバイスになるとフィードバックを受けた」と述べた。つまり1台目のコンピュータとして、PCではなくiPad Proをユーザーは望んでいる、そういったのだ。

 ワールドワイドマーケティング担当上級副社長 フィル・シラー氏に至っては「5年以上前のPCが600万台もまだ使われている、悲しいことだ」と5年以上前のWindows PCがリプレースされていない現状を皮肉たっぷりで指摘した後で、「iPad ProはPCの代替として最高だ」とアピールしたのだ。

 Appleが言おうとしていることは明白だ。現在PCを所有して自宅で1台目のコンピュータとして利用しているユーザーに対してアピールし、PCからPCに乗り換えるのではなく、iPad Proに乗り換えて欲しいということだ。

キーボードとデジタイザペンと組み合わせて使うiPad Proは2in1そのもの

 今回Appleが発表したiPad Proの9.7型は、昨年(2015年)発表された12.9型液晶を搭載したiPad Proの小型版という扱いになる。SoCは12.9型と同じA9Xを採用しており、ディスプレイの解像度は2,048×1,536ドットで、iPad Air 2の液晶に比べて25%明るく、40%反射を抑え、25%ほど色域を広げた液晶パネルを採用している。なお、AppleはiPadのメインメモリ容量を明らかにしていない。12.9型のiPad Proは米国のサイトifixitが分解して調べた記事によれば4GBとなっているが、今回のモデルでもそうなのかは不明だ。

 Wi-Fiモデルだけでなく、セルラー内蔵モデルも用意されており、12.9型と同じように現在利用されているほとんどのLTEの帯域(バンド1/2/3/4/5/7/8/12/13/17/18/19/20/25/26/27/28/29/30/38/39/40/41)に対応しており、全世界で利用できる。日本でだけ使う人にとっては特に意味がないことだが、仕事で全世界へ飛び回る人にとっては、世界各国のLTEバンドに対応していることは、現地でプリペイドSIMカードを買って使うことができるという意味で、大きな意味がある。重量はWi-Fiモデルが437g、セルラーモデルが444gとなる。

 また、12.9型と同じく純正キーボードも用意されている。Smart Keyboardと呼ばれているこのキーボードは、本体の取り付けるとクラムシェル型ノートPCのような形で利用することができる。また、Apple Pencilと呼ばれるデジタイザペンもオプションで用意されており、それを利用しての入力や操作も可能だ。

 つまりSmartKeyboardと、Apple Pencilを購入すれば、iPad Proは2in1デバイスになると言っていいだろう。今PC業界は、モバイルデバイスを、伝統的なクラムシェル型ノートから2in1デバイスへの置き換えを目指しており、過去数年成長の止まっているPC市場で唯一成長著しいのがこの2in1デバイスの市場だ。MicrosoftのSurfaceシリーズを始めとして、さまざまな2in1デバイスになるWindows PCが販売され、従来のPCを置き換えているだけでなく、iPadの市場を浸食しつつある。iPad Proはそれへの対抗なのだ。

Windowsタブレットとの違いはフル機能を持つアプリが使えるかどうか

 ではそうしたiPad Proが、Windowsベースの2in1デバイスの置き換え、さらに言えば、Appleの言う「5年以上前に販売されたPC 600万台」の置き換えになるのかについて考えてみたい。

 Webサイトを見る、SNSを楽しむ、電子書籍を読むといったいわゆるコンテンツコンサンプション(コンテンツ消費)にだけPCを使っていたユーザーにとってはもはやPCは必須なデバイスではなく、ユーザーのニーズに応じてPCやタブレットなど自由に製品を選べる時代になっている。この意味であれば、iPad Proは、これまでもiPadがそうだったように十分に代替になりうる。

 だが、生産性向上のツールとして使っているユーザー、あるいはPCをクリエイティブツールとして使っているユーザーにとっても代替になり得るというというと別の議論だ。特にビジネスPCを使っているユーザーにとっては、現在ノートPC 1台と、スマートフォン1台という組み合わせが一般的だと考えられる。電車の中などノートPCを出せないときにはスマートフォンを使い、机があってPCが出せるところではノートPCを出して使うのが、一番生産性が高いからだ。

 例えば、筆者はなぜPCを使うかと言えば、単純に言えば競合他社の記者の人より、少しでも早く、少しでもいい記事を書きたいからだ。その時に、写真の編集や文章の執筆で、タブレットを使うと効率が落ちて時間がかかってしまい、ほかの記者に負けてしまう。だからPCはその時点でできるだけ最速のCPUやストレージを搭載したモノを買っている。長い目で見ればその仕事が評価されれば、そのコストは回収できるからだ。大なり小なり、生産性を重視してPCを導入しているユーザーは同じような理由でPCを選んでいると思われる。

 ここでの議論は、iPadのOSは、Mac OSではなく、iOSであるという点だ。このため、利用するアプリは、フルのPC用のアプリではなく、iOSのアプリであり、それで生産性が向上できるのかという点である。iOSやAndroid用の生産性向上向けアプリは最近増えつつある。例えば、Microsoftは同社のOffice 365サブスクリプション契約者向けにOfficeアプリを提供しているし、Adobeも同社のクラウド型サブスクリプションであるCreative Cloudのユーザー向けに、PhotoshopやLightroomのモバイル版を提供しており、従来よりも生産性向上やクリエイティブ系のアプリは増えつつある。

 しかし、これらのモバイルアプリは、依然としてPCと組み合わせて使うことを前提にしているアプリが多く、フル機能ではない。細かいことを指摘していけばキリはないのだが、例えばOfficeならExcelのマクロが使えないというのはよく知られているだろうし、Creative CloudのツールであればPhotoshopのアプリは複数が用意されており、それぞれに必要な機能が細分化されてしまっている。これに対して、PC用のOSであれば、フル機能のOfficeとCreative Cloudのツールが使える、この点が最大の違いになる。つまりそこをどれだけ重視するのか、それ次第とも言える。

iPad ProがPCの代替になるかは、ユーザーの生産性向上をどれだけ重視するか次第

 こうした現状があるので、冒頭の問いに筆者なりの答えを出すなら、なるとも言えるし、ならないとも言える、になる。Officeもフルに機能を使いこなす必要もないし、ある程度のクリエイティブ性が確保されれば十分なユーザーなら、iPad Proで十分かもしれない。あるいは、プライマリのPCではなく、出張時のバックアップのPCとして2台目のPCとして考えればありかもしれない。しかし、常に生産性を向上させ、競合他社に差をつけたいという環境でビジネスをしているユーザーであれば、やはりフル機能を持つアプリが使えるPCが必要という状況には依然として変わりないと思う。この意味ではやはりiPad ProはPCの代わりにはならないと思う。

 ただ1つだけ付け加えて起きたいのは、iPad Proのリリース以降、市場環境は大きく変わりつつあることだ。この“プロダクティビリティタブレット”とでも呼ぶべき生産性向上に活用するタブレット市場は、iPad Pro登場以前は、PCメーカーがリリースするWindowsタブレットとMicrosoftのSurfaceシリーズの市場と言い換えても良かった。しかし、iPad Proのリリース後、今年の1月のCESではSamsung ElectronicsがGalaxyブランドでWindowsタブレットを発表したし、2月のMWCではファーウェイがMateBookを、TCLがAlcatel Plus 10というWindowsタブレットを発表するなど、従来はAndroidのコンシューマ向けタブレットを出していたベンダもWindowsを搭載したプロダクティビティタブレットを続々とリリースしている。このように、PCメーカー以外の参入も始まって、プロダクティビティタブレットが次の重要な市場となりつつあると言える。

Samsung ElectronicsがCESで発表したGalaxy TabブランドのWindowsタブレット
HUAWEIがMWCで発表したMateBook
TCLがMWCで発表したAlcatel Plus 10

 そうした市場に、9.7型のiPad Proは新しい選択肢として登場する。価格もWi-Fiモデル/32GBストレージで66,800円からと12.9型のiPad Proに比べると低価格で登場する。キーボード(16,800円)やデジタイザペン(11,800円)も買うと、10万円近いコースとなるため、2in1デバイスとして使おうと思うと、決して安いとは言えなくなるのだが、例えば出張時の2台目として使えるなど、新しい選択肢として筆者も注目しており、発売が楽しみな製品だ。

(笠原 一輝)