笠原一輝のユビキタス情報局
市場の需要に合わせて脱皮し続けるNVIDIA
(2016/4/11 06:00)
既に記事でご覧になって頂いた方も多いと思うが、筆者は先週米国カリフォルニア州サンノゼ市で開催されたNVIDIAの開発者向けイベントGTC 2016に参加してきた。NVIDIAのGTCは、毎年驚くような発表や講演内容で、毎年行くことを心待ちにしているイベントの1つなのだが、今年もNVIDIAの今後数年を担う新しいGPUアーキテクチャのPascalの概要と、その最初の製品となるTesla P100(開発コードネーム:GP100)が発表された。
そのGTCの期間中に、NVIDIAは投資アナリスト向けの説明会を行ない、同社の2016年会計年度(2015年2月~2016年1月期)の結果に関する説明を行なった。その中でNVIDIAは、2013年会計年度(2012年2月~2013年1月)には同社のビジネスのうち42%を占めていたPC OEM向け/Tegraのビジネスが、2016年会計年度第4四半期(2015年11月~2016年1月)には9%に下がっていることを明らかにした。その代わり、ゲーミング向け、HPCサーバー、自動車などの新しいビジネスの割合が上昇しており、同社の構造改革が成功していることを印象付けた。
PC/スマートフォン/タブレットのOEMメーカー向けビジネスは減少傾向にあるNVIDIA
2000年代の終わり頃、NVIDIAの売り上げの数十%を占めていたのに、今はないビジネスはなんだかご存じだろうか? 答えはPC用のチップセットである「nForce」のビジネスだ。AMD、Intel向けにNVIDIAの統合型GPU(以下iGPU)を提供する製品だったnForceはもともとNVIDIAの売り上げの数十%を占めている重要な製品だったが、AMDとIntelが相次いでCPUにiGPUを統合する時代となり、市場環境の変化により需要が消滅し、現在ではNVIDIAの決算書を見てもその売り上げはどこにも書いていない。つまりそのビジネスは消滅したのだ。
今それと同じような道を経ようとしているのが、OEMメーカー(PCメーカーやスマートフォン/タブレットメーカー)向けのGeForceやTegraのビジネスだ。NVIDIAが投資アナリスト向け説明会で公開した資料によれば、2013年にはNVIDIAのビジネスのうち、PCとTegraのOEMメーカー向けのビジネスは2013年会計年度(2012年2月~2013年1月、NVIDIAの会計年度は例年2月に始まり1月に終わる)では42%を占めていたのに対して、2016年会計年度第4四半期(2015年11月~2016年1月)にはわずか9%に縮少している。それだけほかのビジネスの割合が増えているということだ。
その背景には、市場環境の変化がある。現在ノートPC市場の主役は、A4サイズのノートPCから、薄型ノートPC、さらには2in1デバイスへと移行がどんどん進んでいる。これらの製品は熱設計(製品の温度を半導体が動作できる規定以内に納めること)的にNVIDIAがPC OEMメーカーに提供している単体型GPU(以下dGPU)を入れるのは難しく、AMDなりIntelなりのCPUに内蔵されたiGPUのみを利用するというのが一般的だ。むろん、そうしたニーズがなくなったわけではなく、今後も例えばモバイルワークステーションやMacBook ProのようなハイエンドノートPCでは依然として需要があるが、それでも全体としては減少傾向と言って良い。
そして、スマートフォン/タブレットOEMメーカー向けのTegraビジネスに関しては、以前よりNVIDIA自身も明らかにしているように、Google/HTCのNexus 9(Tegra K1搭載)のような例外はあるが、基本的には自社ブランド製品であるShield向けにフォーカスしており、スマートフォンに関しては既に採用例もない。こうしたスマートデバイス向け、特にスマートフォン向けSoC市場では、セルラーモデムを最初から統合したSoCが非常に強く、セルラーモデムビジネスで出遅れ、最終的にはビジネスを終えることを決断したNVIDIAとしては、こちらも減少傾向となるのは無理もないところだ。
ゲーミング向けの売り上げが前年同期に比べて37%も増える、背景にはPCゲーミングとVRの興隆が
そうしたOEMメーカー向けのビジネスが減少して、NVIDIAは傾いたのだろうかというとそうではない。NVIDIAの2016会計年度(2015年2月~2016年1月期)は50億ドル(1ドル=110円換算で5,500億円)と、NVIDIAにとって過去最高の売り上げ高を記録し、会社としてはむしろ成長しているのだ。かつ、粗利益率も56.6%に上昇し、営業利益も11億ドルといずれも過去最高を記録している。俗な言葉で表現すれば“絶好調”な業績である。
その売り上げの半分以上を占めているのは、同社がゲーミングビジネスと呼ぶ、ゲーミング向けのGeForceビジネスだ。なんだ、さっきはGeForceが減少していると言ったじゃないかという人もいるかもしれないが、ここで言っているGeForceビジネスというのは、NVIDIAがAiCパートナーと呼ばれるボードメーカー向けに提供しているGeForce GTX 980などの拡張カードを中心としたゲーミングビジネスだ。
公表した資料によれば、2016会計年度(2015年2月~2016年1月期)のゲーミング関連の売り上げは280億ドルと、前年同期に比べて37%増えており、NVIDIA全体の売り上げ(500億ドル)の半分以上を占めている。2016会計年度第4四半期(2015年11月~2016年1月期)の決算資料でNVIDIAは、特にGeForce GTXシリーズのようなハイエンド製品の売り上げが伸びていると説明しており、それがこうした結果に繋がっていると考えられる。
この背景としては、2つある。1つは世界的なPCゲーミングのブーム。ソニーや任天堂のお膝元でコンソルールゲームが非常に強い日本にいるとあまり感じないことではあるが、現在PCゲーミングは毎年成長を続けている。ここ数年は、数量的にはほぼフラットのPC産業において、2in1デバイスと並んで例外的に成長しているジャンルの製品となっている。いわゆるEスポーツと呼ばれる、プロのゲーミング大会が活況で、Twitchやニコ生のようなSNSや動画配信サイトを利用したゲーム中継が大きな盛り上がりを見せている。そこで使われているのが、NVIDIAのGeForceシリーズというストーリーだ。
もう1つはVRだ。VRゴーグルの中にはフルHDクラスのパネルが両目用ということで2つ用意されている。そこに、90fpsの画面を、レンダリングからディスプレイまで20ns以内のレイテンシ(遅延)で出力する必要がある。このため、GPUにかかる負荷は大きく、画面がちらついたりすることなく高品質で楽しむには、GeForce GTX 980クラスのハイエンドなGPUが必須となる。
こうした市場環境の後押しもあり、NVIDIAのMaxwell世代のGPUは、NVIDIAの歴史上最も成功したGPUになった。その結果としてのこの決算なのだ。
Tegraは自動車向けとスタートアップ向けにフォーカス、Jetson TX1搭載のIoTが多数展示される
では、スマートフォン向けからは撤退したTegraはどうか。実は、Tegraに関しても一時期は凹んだことは事実だが、ここ1~2年で売り上げは再び上昇傾向にある。
その最大の理由は自動車向けのビジネスが高率で成長を続けている為だ。2014年会計年度(2013年2月~2014年1月)から2015年会計年度(2014年2月~2015年1月)では85%、2015年会計年度から2016年会計年度(2015年2月~2016年1月)では75%という成長を見せている。NVIDIAの自動車事業の強みは、GPUコンピューティングで実現される強力な処理能力が必要になるADAS(先進安全運転システム)や自律/自動運転などで、他社に大きな差をつけていることだ。いわゆるIVI(車載情報システム、日本で言えばカーナビ)市場では他社に追い上げられているが、そうしたADAS、自律/自動運転は今後自動車における半導体の最も重要なアプリケーションになると考えられているだけに、今後も成長は続くと考えられる。
また、NVIDIAは今後Tegraの新しい市場として、いわゆるメイカーやスタートアップなどと呼ばれることの多い小規模のハードウェア事業者向けのJetsonブランドのボードにも力を入れている。その最新製品であるJetson TX1(別記事参照)は、同社の最新SoCとなるTegra X1が搭載されており、その開発用のキットは昨年末から米国で今年の春から日本を含む複数の地域で販売が行なわれている。
今回NVIDIAはJetson TX1の開発キットを利用して作られた各種のIoT(Internet of Things)機器を展示した。NVIDIA自身が展示した電子レンジ、ビジュアル処理に強いという強みを活かしたドローンや小型自動運転車など多数のIoT機器が展示された。今後はJetson TX1の製品版を出荷して、実際の製品に搭載されることを狙っている。
Tesla P100を8つ搭載したDGX-1は6月に出荷、GeForce版の登場はいつ?
そして、ゲーミング、自動車と並ぶNVIDIAのもう1つの柱が、HPC(High Performance Computing)向けのデータセンタービジネスだ。NVIDIAがCUDAを導入して以降、GPUは単なるグラフィックスチップから汎用コンピューティングの演算器としても利用されるようになっているのは本誌の読者であればよくご存じだろう。今回NVIDIAは、自社ブランドのHPCサーバーである「DGX-1」の投入を明らかにした。
今回NVIDIAはこれまでも、NVIDIA GRID(GPU仮想化向け)、NVIDIA VCA(Visual Computing Appliance、レンダリング用サーバーアプライアンス)などは自社ブランドで販売してきたが、HPCサーバーに関してはOEMメーカーへPCI Expressタイプの拡張カードの形で提供するだけにしてきた。DGX-1で初めて自社ブランドでHPCサーバーを投入することになる。DGX-1は、8つのTesla P100を搭載しており、そこにPCI Expressで接続されるデュアルXeonプロセッサが搭載される、HPCサーバーとなっている。その価格は129,000ドル(日本円で約1,500万円)という価格がついているが、半精度で170TFLOPSという性能を考えれば、演算性能を必要としている企業や団体などにとっては非常にお買い得な価格設定になっている。
さて、PCユーザーとして気になるのは、このTesla P100に使われている、Pascalの最初のダイとなるGP100を採用したGeForceはあるのかどうかだろう。今回NVIDIAは、Tesla P100以外のPascalについて驚くほど口が堅く、一切の説明をしなかった。OEMメーカー筋の情報によれば、NVIDIAはGP100ベース、そしてそれとは別のダイとなるGP104ベースのGeForceを計画しているという。
ではなぜ今回発表されなかったのかと言えば、1つには製品の供給の問題だと情報筋は説明する。GP100自体は生産も順調に行っているのだが、GP100に利用されているHBM2メモリの供給が十分ではないという。NVIDIAはGP100のHBM2はSamsung Electronics製だと説明しており、現時点ではワンソースだと認めている。つまり、Samsungからの供給が遅れれば、それが製品の出荷の遅れに繋がってしまう。
それを裏付ける状況証拠はある。同じTesla P100を搭載したHPCサーバーなのに、NVIDIA自身のブランドであるDGX-1は6月から出荷が開始される予定であるが、OEMメーカーから発売されるTesla P100を搭載したシステムは来年(2017年)の第1四半期になるとフアン氏は発表した。このことについてNVIDIA NVIDIA ソリューションアーキテクチャエンジニアリング担当副社長 マーク・ハミルトン氏は「Tesla P100では新しいNVLinkが採用されており、それに対応したPCBをOEMメーカーが開発するのに時間がかかっている」という、やや苦しい説明をしている。現在のOEMメーカーはどこもODMメーカーを利用して製造しており、それはNVIDIA自身のブランドで発売されるDGX-1も同様だ。であれば、その基板デザインを使い回せるのは言うまでもなく、OEMメーカーの製品だけが半年も遅れるというのは不可解としか言いようがない。つまり、実態としてはHBM2のサプライに不安があるので、そうした余裕があるスケジュールにしていると考えるのが妥当だ。
ただ、それもある程度解消の見通しが立っているので、DGX-1は6月に出荷されるのだろうし、その後になればGeForceとして販売していくことも可能になるだろう。また、GP104の方はHBM2ではないという情報も入ってきているので、GP104の方はHBM2供給には影響されず発表できる可能性が高い。とすれば、6月に台湾で行なわれるCOMPUTEXあたりで何らかの発表があっても不思議ではないのだろうか。
最後に少し話が脱線してしまったが、このようにNVIDIAの投資アナリスト向けの資料を読み進めていくと、NVIDIAがGPUをPCメーカー向けに売る会社から、ゲーミング、自動車、そしてHPCサーバーという3つの事業を柱として成り立ちつつある会社へと変貌を遂げていることがよく分かる。NVIDIAが最初の3DチップとなるNV1の販売を開始した1990年代半ばに戻れるタイムマシンがあったとして、その時点の投資家の人に将来NVIDIAがサーバー向けの半導体を売る会社になると予言したら、なんと言われるだろうか……たぶん笑い飛ばされると思うが、それをやってのけたNVIDIAという会社、恐るべしだ。