笠原一輝のユビキタス情報局
All about VAIO Z
~VAIO Z開発者インタビュー詳報
(2015/3/10 06:00)
2月16日にVAIO株式会社(以下VAIO)より発表された「VAIO Z」だが、発表当日より受注が開始され、この記事が載る頃には既にユーザーの手元に到着している頃だろう。VAIO Zに関しては、本連載でもその開発を主導したVAIO株式会社 商品ユニット2 部長笠井貴光氏のインタビュー記事を既に掲載しているが、今回の記事ではそのフォローアップとして、VAIO Zの各部に関してのより詳細な部分を取り上げて紹介していきたい。
VAIO Zは見た目がソニー時代の「VAIO Fit 13A」に似ているということもあり、その焼き直しではないかと誤解している読者も少なくないと思うが、その中身は、"99%新設計"という笠井氏の言葉を借りずとも、全く違った製品であることが見えてくだろう。
マルチフリップヒンジが作り出す隙間を逆にスペースとみて使うという逆転の発想
VAIO Zの基本的な筐体の構造は、マルチフリップヒンジとVAIOが呼んでいる液晶背面の中央近くに用意されているヒンジを起点として、液晶ディスプレイが360度回転するという変形機構を備えている。
VAIO Zの前機種に相当するのは、実はVAIO Duo 13なのだが、そのVAIO Duo 13ではサーフスライダー構造という、スライド型の変形機構を持っていた。サーフスライダー構造は、タブレットからクラムシェルへ、その逆にクラムシェルからタブレットへと変形する時間が2-in-1デバイスの変形機構の中では一番速いという特徴があるのだが、クラムシェルモードの時には液晶の角度が変えられないという弱点を抱えていた。
それを改善する機構としてVAIOが開発してきたのがマルチフリップヒンジで、サーフスライダー構造ほど高速には変形できないものの、360度回転型ヒンジや脱着型に比べると、より高速にタブレットとクラムシェルで変形が可能であり、かつサーフスライダー構造で弱点となっていた液晶の角度が変えられないことを克服した。
しかし、マルチフリップヒンジにも、決定的ではないが、弱点がある。具体的には、液晶の裏側に液晶自体を支えるヒンジ構造を持たなければならないため、ほかの変形機構よりも液晶部分の厚さが出てしまう点だ。実際、VAIOがソニー時代に設計したVAIO Fitシリーズはそうした問題を抱えており、他のUltrabookに比べるとやや厚いという印象が否めなかった。
そこで、今回のVAIO Zではそれをカバーするためにいくつかの工夫がなされている。1つは、通常であれば液晶ディスプレイ部の下部に置かれている液晶の制御基板を、液晶ディスプレイの裏側に入れてしまうという荒技だ。VAIO株式会社 商品ユニット2 メカニカルプロジェクトリーダーの原田真吾氏は「通常であれば、液晶の制御部分をシステム側に置くのが常道。しかし、今回の製品ではそれを天地逆にしておき、かつ制御基板はマルチフリップヒンジにより何もない液晶の裏側に置いている」と述べている。
通常とは逆の位置に液晶を置き、かつ液晶の制御基板は液晶の裏側に置いているというのだ。というのも、マルチフリップヒンジではデザインの都合で、液晶裏側の上半分はカバーだけになっており、そこには何も部品が置かれていない。言ってみればそこがデッドスペースになっているので、そこをうまく使おうというのがこのデザインの目的だ。
しかも、原田氏以下VAIOのチームは、WindowsのグラフィックスドライバがデフォルトでRGBの順で描画するのを、BGRの順で表示するようにできる方法を発見したのだという。というのも、VAIO Zでは液晶が通常とは反対方向(つまり一般的な2-in-1で言えばクラムシェル時がタブレットモード時の方向になっている)なので、RGBではなくBGRの順で描画しないと正しく描画できないからだ。ドライバレベルでもそうした工夫を加えた結果、きちんと正しい方向で描画できるようになったのだという。
こうした設計をしたことにはもう1つの狙いがあった。「通常は液晶の表側に液晶の駆動回路が来るために、ここの部分の発熱がどうしても出てしまう。ユーザーがペンで描画する時などにはそれを感じてしまう場合があるが、今回の製品では駆動回路が裏側に回っているため、そうした心配が無い」という。液晶部分に手をついてペンで入力をしていても熱を感じる可能性が低いというのは、ユーザー体験の観点から、そうした設計にしたとのことだった。
マルチフリップヒンジは、従来製品よりも強度を増して約1mm薄く
そうしたデザインをした上で、液晶ディスプレイ部分の厚さを最小限とするため、VAIO Fit 13Aの時には2.5mmあったヒンジの厚さを、約1mm削って1.6mmにまで削減した。「Fit 13Aの時には海外の協力工場で製造していたが、VAIO Zの時には自社工場である安曇野工場で組み立てることになった。ODMメーカーの工場ではできなかった接着剤の選定や、接着剤自体の塗り方の工夫などに取り組むことができたため、約1mm薄くすることができた」(原田氏)との通りで、自社工場で設計、製造できるようになったアドバンテージを最大限活かせたという。
実際、国内産を謳う工業製品というのは最近少なくないが、マーケティング的な意味はともかくとして、筆者個人としてはODMの工場で生産する場合と、国内の自社工場で生産することの差というのは基本的にはないと考えている(もしそうならAppleはなぜODM/EMSの工場であれだけ高品質なモノを作れるのかという答えを誰も持ち合わせていないからだ)。しかし、VAIOが言うところの"安曇野産"というのはそうした安直な"国内産"ということではなく、設計と製造が近くにいることのメリットだと筆者は理解している。
要するに、工場で何か問題があった時に設計者が飛んで行って直せる、それこそがVAIO Zが安曇野工場で生産されているメリットだ(VAIO的には上流から下流までの一体設計と呼んでいる)。原田氏の言うヒンジの厚さを約1mm薄くすることができたのは、海外のODMの工場だったらそんな面倒なことはやってくれないが、自社工場であれば工夫してやってくれちゃう、そういうところにあるということだ。
ヒンジ部分は薄くしているが、セット全体としての剛性は、従来製品よりも格段に増しているのだという。原田氏によれば「剛性に関してはさまざまな指標があるが、今回はお客様の実利用環境を意識して、パームレストを片手持ちした時にたわまないということを1つの基準にしている」とのこと。
原田氏によれば、そうした基準を満たす上で問題になったのは、システム側の底面の蓋となる部分の強度だったのだという。ボトムカバーをどのように強くするか、それが問題だと考えた。素材も含めてさまざまな検討を行なったほか、コンピュータを利用したシミュレーションも含めて何度も行ない、現在のカバーの設計を行なったのだという。「素材に関してはマグネシウムリチウム、マグネシウム、カーボンなどを含めて色々と検討した。マグネシウムリチウムを選べば15gぐらい軽くなるのは分かったが、剛性感の観点で不安があって見送った。その時点でマグネシウムかカーボンの2択になったが、軽さを優先してカーボンにした。今回はいろいろなカーボンを試してみて、カーボン繊維の方向も縦と横の両方を試した結果、縦方向のカーボンを採用している」と、素材選びの苦労を語る。
「カーボンは繊維の方向の違いで、セットとしての反り具合が違ってくる。それをセット全体でどのように押さえ込むのかを考えながら設計した。例えば、空気の取り入れ口を、底面に持たせるのか、キーボード面に持たせるのか、ここは悩ましかった。キーボード面に持たせれば、底面をより強固にできるのだが、その代わりセットにした時に底面側が強くなり過ぎてしまって反りを押さえることが難しくなる。そこで、底面に吸気口を持たせることでバランスを取るようにしている」との通りで、そうした実に繊細な工夫をしながらキーボード面、底面の設計を行なったそうだ。
その結果として、製品としてのVAIO Zは、13.3型液晶を搭載した2-in-1デバイスとしては15mm~16.8mmという十分な薄型化を実現しながら、従来製品に比べて明らかに強度を増した。実際、原田氏が公開した過去のVAIOとの比較では、たわみが少ないことが確認できている。また、筆者自身もVAIO Zを実際に片手持ちしてみたが、"全くたわまないなー"というのが正直な感想だ。
Z-Enzineを実現できた理由の1つはVAIOが安曇野工場で蓄積してきた高密度実装基板の技術
VAIOが"Z-Enzine"というブランド名をつけて盛んにアピールしているのが、高密度実装基板と熱設計に関する設計技術だ。
高密度実装基板というのは、PCBと呼ばれるプリント基板の層を多くし、配線をできるだけ内部を通すようにして、実装する部品のための最小限の場所だけを表面に確保することで、基板のフットプリント(表面積)を小さくするという技術のことを指している。こう言うと、基板を小さくできるのはメリットだと思うかもしれないが、一般的にPCBというのは層数を増やせば増やすほどコストが増えるので、ノートPCなら6層基板、デスクトップPCなら4層基板で設計するのが一般的。高密度実装基板と呼ばれるPCBは8層以上を指すのだが、VAIO株式会社 商品ユニット2 エレクトリカルプロジェクトリーダーの土田敏正氏によればVAIO Zは「10層基板」であるという。
高密度な基板を採用するメリットは、基板に割く面積を小さくすることができ、その結果としてバッテリなどほかの部品に割く面積を増やすことができる点(写真でVAIO Fit 13Aの基板との大きさの差を確認してみて欲しい)。実際、VAIO Duo 13では、バッテリ容量が50Whだったのが、VAIO Zでは58Whに増えている。一般的にCoreプロセッサを搭載したシステムは、液晶ディスプレイの消費電力に依存するため変動はあるが、4~6W程度の平均消費電力だと言われているので、単純計算でこれだけで1.5~2.5時間程度はバッテリ駆動時間が増えている計算になる。
土田氏によれば「部品を高密度に乗せることは難しくない。しかし、高密度基板の中にぎちぎちに配線を入れるとクロストークが発生してしまうのでそれを避けたり、コンデンサの位置により変わってくるインピーダンスが高いままにならないようシミュレーションで解析して位置を最適化することは難しい」という通り、VAIOの基板の設計は、ソニー時代からなのだが、コンピュータシミュレーションを多用して設計されている。
インピーダンスというのは電圧と電流の比のことで、それを一定に保ったり回路の入力と出力で同じレベルに整えたりする必要がある。基板の配線は、基板の内部の層を通って、SoCとメモリ、SoCとSSDなどといったパーツ同士の配線などが所狭しと這い回っている。その配線や、コンデンサの置き方などを、コンピュータでのシミュレーションで確認している。例えばコンデンサを横置きするのか、縦置きするのか、またVAIOの場合は他のメーカーの基板のように安易にSoCの裏側に電源コンデンサを置かず、薄型のためにCPUの横に置いているので、そうしたことも含めてシミュレーションで解析し、それを元に基板の設計を行なっている。
それだけでなく、落下衝撃時の部品の剥離などを防ぐための設計も、シミュレーションを利用して行なっているという。こうしたシミュレーションでは、例えば基板を本体に設置する時に必要なネジ穴をどこに開けるのか、あるいはどこに基板パターンを乗せると反りが少なくなるかなどを確認しているという。土田氏によれば「こうしたシミュレーションで重要なのは、シミュレーションで計算できることではなく、実際にできた後の現実とのデータの整合性。その点で弊社のノウハウは、他社に勝っていると考えている」との通りで、ソニー/VAIO時代から基板設計に関してはいち早くシミュレーションを導入し、その結果実際にできあがった製品とシミュレーション結果を比較できるノウハウが社内に蓄積されており、それが大きな強みになっていると説明した。
国内の部材メーカーと協業して開発した、放熱性能は上げつつもコンパクトなままの放熱機構
Z-Engineのもう1つの大事な要素が熱設計だ。熱設計というのは、要するにSoC(現在のCPUはチップセットもパッケージに封入されているので、SoCとなる)が発する熱を、うまく外部に逃がして、システムとして安定的に稼働するようにする設計のことで、突き詰めればファンとヒートシンク、さらには熱をファンまで伝導するヒートパイプの3つのパーツを駆使して行なう設計のことだ。
デスクトップPCの場合には筐体内部にスペースがあるため、CPUの上にヒートシンクを設置し、さらにその上にファンを乗せるという仕組みになっており、ファンの径や回転数程度しかパラメータがないため、設計は比較的シンプルだ。これに対してノートPCの場合は、SoCの上部にヒートシンクは設置できるが、さらにその上にファンを置くというのは、厚さが出てしまうので不可能。そこで、ヒートパイプでほかの場所に設置されたヒートシンクに熱を伝導させ、そのヒートシンクをファンで冷やす。この時に、ヒートシンクの大きさ、ファンの数、ヒートパイプの材質などを考慮して、質量を増やすことなくできるだけ静かに、多量の熱を排熱できるようにする。それが熱設計のポイントとなる。
特に今回のVAIO Zでは、一般的な薄型ノートPCに使われるTDP 15WのUプロセッサではなく、TDP 28WのUプロセッサを搭載しており、さらに、別記事でも説明した通り、cTDPで規定されているcTDP upの35Wにまで耐えうる設計にしている。つまり、ほかのUプロセッサよりも排熱できる熱量を多くする必要があるが、かといってシステムを厚くすることはできない、その二律背反の設計をする必要があるのだ。
VAIO株式会社 テクニカルユニット TG11 大池新氏によれば「今回の製品では従来製品と同じように2つのファンを入れてcTDPupの35Wにも対応できるようにしながら、かつ静音を実現するのが鍵になった。そこで、ファンに関しては日本電産と、ヒートパイプに関してはフジクラと協業することで、従来の製品では実現できなかったような薄型でかつ35Wを処理できる熱設計を可能にした」とした。
日本電産はNidecのブランド名で知られるファンメーカーで、自作PCが好きなユーザーには高品質なCPUファンを提供するメーカーとしてよく知られている、日本が誇るファンのトップメーカーだ。大池氏によれば、日本電産とVAIOが共同開発したファンは「2つの工夫があり、1つはファンの軸受けの部分をHDDなどに使われている流体動圧軸受をVAIO Z用に新規開発し採用した。もう1つは2つのファンの形状を工夫し、VAIO Z2の時と同じように素数のブレードにしてうなり音を抑制し、かつ羽根を不均等なピッチにしてピーク時の周波数をカットすることに成功した」と、新しい2つの技術が盛り込まれているという。
1つめの流体動圧軸受というのは、HDDの回転部分にも利用されている軸受けで、簡単に言ってしまえば油の中に軸が浮いている、そうした形状の軸受けだという。接触している部分がないため、従来の軸受けのように接地面がこすれて壊れてしまったり、異音が発生したりという故障が起こる可能性が従来製品に比べて圧倒的に低いという。HDDのモーターがあれだけずっと回っていても、壊れることが少ないということを考えれば、どれだけ信頼性の向上に役立つかというのはよく理解できるだろう。
もう1つは2つのファンの羽根の数を素数にして相互に共鳴することを避けること(この仕組みは従来のVAIOでも導入されていた工夫)と、その羽根の間隔を一般的なファンのように均等にするのでは無く不均等とすることで、ピーク時の周波数を低減して、ユーザーが不快に感じる音を削減していることだ。
また、ヒートパイプの素材は銅で従来製品と同じだが、内部に液体が封入されており、その液体が蒸発、凝縮を繰り返し行なうことで、より効率よく熱を送ることができるという仕組みが採用されている。通常、ヒートパイプというのは、その物質自体の容積を増やせばそれだけ送れる熱が増える。従って、シンプルにTDP 15WをTDP 35Wにしたいのであれば、ヒートパイプもそれに合わせてより大型、つまりより容積が大きなモノを使わなければならない。しかし、そうなると本体が厚くなったり、重量が増えてしまうことを避けることができない。そこで、今回はそうした特別な設計のヒートパイプを利用して熱を送る仕組みが採用されているのだ。
このように、一口でTDP 35Wにまで対応したと言うのは簡単だが、大事なのはシステムの厚みや、ユーザーの使い勝手(熱いとかうるさいとか)を損なうことなく、実現することだ。通常のノートPCでは想像ができないようなファンやヒートシンクなどを利用することで、他の薄型ノートPCとまったく変わらない薄型を実現し、かつ実際に使ってみると分かるが通常用途ではほとんどファンの音がしないという静音性まで実現している。そのことこそが、このVAIO Zの大きな価値だと筆者は感じている。
S/N比を上げることを目指して取り組んだWi-Fiアンテナ
VAIO Zのこだわりは、Wi-Fiのアンテナにも及んでいる。Wi-Fiのアンテナと言えば、一般的にはMIMOの技術を利用して3x3(3つのアンテナでシステムとアクセスポイントが相互にやりとりする方式)ないしは2x2などの実装がノートPCでは一般的。今回のVAIO Zでは、その常識に敢えて2x2で、3x3を上回るスループットを実現するという無茶にチャレンジしている。
VAIO株式会社 商品ユニット2 プロジェクトリーダーの鈴木陽輔氏は「今回のWi-Fiアンテナを設計する上で最大のチャレンジは、マルチフリップヒンジの採用を決めたことだった。通常であれば、アンテナはディスプレイ側に置いてやるのが一般的だが、強度の確保、同軸ケーブルをヒンジの中を通すことが難しいことなどから、早くからディスプレイ側に置くことは断念し、システム側に置くことを前提に設計してきた」と、そのWi-Fiアンテナの設計の困難さを説明する。
一般的なノートPCでは、液晶の左右や上部分などにアンテナを置くのが常識だ。それが一番効率が良いからなのだが、今回のVAIO Zではマルチフリップヒンジを採用したため、それが難しくなってしまったのだ。というのも、マルチフリップヒンジを採用した液晶ディスプレイ部分で十分な強度を得ようとすると、アンテナの為に一部分を切り掻いて樹脂にするということが難しかったからだ。また、ヒンジの中も、フレキケーブルであれば通すことができたのだが、アンテナに適した同軸ケーブルを通すのは不可能ではないが、耐久性を考えると不安があるというのだ。
そこで鈴木氏が検討したのは、システム側(つまり基板がある側)のどこにアンテナを置けば、よりよい受信環境になるのかという点。そして、そもそもアンテナ自体の素材なども見直してみることで、改善を図ったのだという。鈴木氏によれば「弊社が所有しているSatimoという電波測定器を利用して、どの場所が最善なのかを検討していった。まずは大きなレイアウトを決め、その後チューニングしていくという作業を行なった」とのことだった。
一般的に電波の特性を良くするには、S/N比(Signal Level/Noise Levelの比率)を上げていく必要がある。S/N比を上げるには、シンプルに言えば分母であるノイズを小さくして、分子であるシグナルのレベルを上げていく必要がある。今回のVAIO Zでは、ノイズを抑えるために基板のノイズ元となるSoCからできるだけアンテナを離したり、基板をシステムに固定するネジ穴の場所なども検討を加えて、できるだけ基板から流れる電流をグランドに落とすように配慮するなど、さまざまな検討を行なったのだという。
それに加えて、今度はシグナルの質を上げる試みとして、LDSアンテナという樹脂の上にレーザーでアンテナパターンを形成する新しい形状のアンテナを採用している。LDSアンテナはスマートフォン などでは一般的に採用されているアンテナだが、PCではまだ珍しいタイプのアンテナで、従来の板金でパターンを成形するアンテナに比べると、より複雑な形状にアンテナを成形でき、小型化しつつ、かつ特性を良くすることができるのだ。
「そうしたアンテナの設計も含めて、メカや基板担当と協力して行なうことで、S/N比を高めることに成功した」(鈴木氏)と、アンテナの信号特性を改善し、ノイズをできるだけ押さえることで、結果的に実効速度を上げることに大きな貢献があったそうだ。ではどの程度なのかと言えば、VAIO社が公開した資料によれば、木造2階建ての建物の2階にアクセスポイントを設置した状態で、1階からアクセスしてIEEE 802/11nの5GHzで、3x3アンテナを採用した競合他社の製品に比べて約8倍、2.4GHzで約4倍のスループットを実現したのだという。
高解像度化を実現しても消費電力は増えていない液晶ディスプレイ
ノートPCでユーザーが最も触れる時間が長いデバイスの1つがキーボードやポインティングデバイスだが、2-in-1デバイス時代になってからはタッチで操作することも増えたため、一番はディスプレイと言えるだろう。
今回のVAIO Zでは13.3型、WQHD(2,560×1,440ドット)の解像度を持つパナソニック液晶ディスプレイのIPSα液晶が採用されている。実は、VAIOとパナソニック液晶ディスプレイの関係は深く、2013年型にVAIO ProやVAIO Duo 13でもパナソニック液晶ディスプレイ社製のIPSα液晶が採用されているほか、VAIO Zの兄弟機となるVAIO Z Canvasでも同じように同社のIPSα液晶が採用されている。
VAIO株式会社 テクニカルユニットTG4 チーフLCDエンジニアの古川恵一氏は「今回のシステムを設計するにあたり重要視したのは、消費電力。高解像度を実現すると、どうしても消費電力が増えてしまう。そこで、消費電力をできるだけ増やすことなく、高解像度を実現することをターゲットに開発した」とする。古川氏によれば、一般的に高解像度化すると、液晶素子の開口部が狭くなったりして透過率が下がってしまい、バックライトの明るさを上げなければ十分な輝度が確保できないという。一般的なアプローチとしては、バックライトの明るさを増すのだが、そうすると消費電力が増えてしまい、バッテリ駆動時間への影響が大きくなる。よく知られていることだが、AppleがiPad3でRetinaディスプレイを導入した時に重量が増えたが、あれは高解像度になって消費電力が増えた分をカバーして、バッテリ駆動時間を減らさないためにバッテリ容量を増やさなければならなかったからだ。古川氏によれば、VAIOとしてはそういうアプローチは取らず、液晶ディスプレイの消費電力の増加を最小限に抑えながら高解像度を実現したい、それがスタートだったという。
結論から言えば、多数の工夫をした結果、ほぼ同等の輝度と消費電力で高解像度化に成功した。古川氏によれば「今回は液晶ベンダーと共同で、開発を行なった。通常のPCベンダーは、売っている液晶モジュールを液晶ベンダーから買ってくるが、VAIOの場合は、LEDの素材、カラーフィルター、バックライトなどの素材も含めて、部材の選定から関わった」とのこと。
例えば、液晶のLEDに関しては、一般的なLED液晶で採用されているYAG-LEDではなく、RG蛍光LEDと呼ばれる、RGBのうちR(赤)がやや強めなLEDを採用しているという。それにより、高解像度な液晶でも透過率が高く、結果的にバックライトの電力削減に成功したという。また、「バックライトもその種類によって、輝度が強いが視野角には厳しいもの、その逆なものとさまざまなバックライトがある。そこで、バックライトに関しても多数テストし、集光度と視野角に優しいものの選定に関わり、それを液晶メーカーに採用してもらっている」とバックライトを集光型と呼ばれるバックライトを選択し、輝度と視野角のバランスを取ることにも配慮されている。
そうした結果として、何も対策せずにFHD(1,920x1,080ドット)の液晶をWQHD化したパネルの消費電力がFHDに比べて33%も上昇してしまうのに対して、この対策したWQHDの液晶パネルは20%程度の消費電力向上で済んでいるという。かつVAIOの計測では、WQHDクラスのパネルということで、MacBook Proの13型と比較してみたところ、約40%低かったという結果も出ているとのことだった。
なお色域に関してはsRGB100%で、Adobe RGBに関してはVAIO Z Canvasほどは広くはないという。VAIO Z Canvasでは95%という非常に広い色域をサポートしているのだが、これはクリエイター向けということで、そうした設定になっている。その代わり、VAIO Z Canvasでは液晶ディスプレイの消費電力がどうしても高くなってしまうが、そこはクリエイター向けだからと割り切った設計にしているのだろう。これに対して、VAIO Zはビジネス向けの製品となるので、Adobe RGB 95%というのはオーバースペックになってしまう、であればその分消費電力を下げる方に振った方がいい、そうした判断がされていると考えることができるだろう。
ビジネスユーザー向けだから書き心地にこだわってソフトウェアを改良したVAIOペン
VAIO ZおよびVAIO Z Canvasは、その特徴の1つとして、デジタイザペンが標準搭載されていることが挙げられる。最近では、MicrosoftのSurface Proシリーズなどでデジタイザペンが標準搭載されるようになったこともあり、ビジネスユーザーでもペンというソリューションは、一般的とまでは言わなくても違和感のないものになりつつある。
例えば、MicrosoftのOneNoteや、MetaMojiのMetaMoji Noteなどのデジタイザペンをサポートしているソフトウェアは増えつつあり、そうしたソフトウェアを利用して、よりビジネスの効率を改善するという使い方は今後ますます一般的になると筆者は考えている。具体的なユースケースとしては、会議のメモはクラムシェルモードのキーボードで取り、会議終了後などにはタブレットモードに変形し、ホワイトボードをカメラで撮影してOneNoteへ取り込み、そこにペンを利用して自分のメモを書き込んでいく使い方などが考えられる。さらには、ちょっとした署名入りの書類をデジタル的に送りたい時に、OneNoteなどに取り込んでデジタイザペンで署名し、それをPDFに書き出して送るなどといった使い方も考えられる。筆者も実際にVAIO Duo 13でデジタイザペンをビジネスに利用しているが、非常に役立っている。
既によく知られている通り、VAIOのデジタイザペンは、MicrosoftのSurface Pro 3にも採用されたイスラエルのN-trigのものが採用されている。N-trigのデジタイザペンの特徴は、ペン先との視差が小さいこと、消費電力が少ないことが挙げられる。特にビジネスユーザーは、デザイナーなどと違ってメモを取ることが多いので、視差のことを考えて書くということに慣れていないと考えられるので、視差が小さいというのは大きなメリットだと言える。
VAIO株式会社 テクニカルユニットTG4 チーフタッチ&ペンソリューションエンジニアの池田治弘氏によれば「今回のVAIO Zに採用したペンは、ハードウェアそのものは従来のVAIO Duo 13などに採用していたモノと同じだが、ソフトウェアの面では大きく改善をしている」と、特にソフトウェア面での進化が大きかったと説明している。池田氏によれば、大きく言うとホバーカーソルの追従性向上と、筆圧検知のカスタマイズ性向上の2点が改善したという。
ホバーカーソルというのはペンをディスプレイに近付けた時に表示されるカーソルで、ペンをディスプレイに近づけたまま動かすと、そのカーソルも追従して動くことになる。池田氏によれば「従来のVAIO Duo 11/13ではホバーカーソルの追従性が悪いという指摘を頂いていた。そこで、今回の製品ではホバーカーソルの位置検出のアルゴリズムを改善し、VAIO Duo 13と比較して追従性を20%改善した」とのことで、従来よりもホバーカーソルが滑らかに表示されるようになったという。このホバーカーソルはペンから発する電波を受信して、そのポイントの平均から導き出しているとのことなのだが、その平均を取るポイントを精度に影響がない程度に減らして追従性を向上させたのだという。
そしてもう1つの改良は、筆圧検知の設定を、より個人の傾向に合わせることができるようになったという点だ。VAIOの設定という設定ツールの中に、筆圧検知を設定するユーティリティが導入されており、そこで、筆圧を具体的に設定できるようになっている。具体的には標準、堅い、柔らかいという3つの設定が用意されているほか、設定ツールを利用して、より詳細に設定することも可能だ。
池田氏によれば「VAIOのペンで検知できる筆圧の最大は470gだが、ユーザーの97%は370g以下の筆圧であることが調査で分かっている。そこで、標準出荷状態では最大値を370gに設定を変更して、より書き始めのところを細かく検知できるようにして、筆圧の低いレンジでも操作しやすくした」との通りで、より一般的な筆圧のユーザーに合わせた設定で出荷しているという。もちろん、筆圧が強いユーザーにとっては、470gに設定しておいた方がより快適に書けるので硬め設定に、そして370gよりも低い限界に設定した柔らかめの設定も用意し、ユーザーが自分の好みに合わせて設定できるようになっている。N-trigのペンのハードウェアとしての筆圧検知は256段階だが、ソフトウェア的には1,024段階が検知できるようになっているため、こうした仕組みが可能なのだ。
こうした設計により、従来よりもとトメやハネが書きやすくなっているほか、書き心地に関しても大幅に改善されると池田氏は説明した。実際筆者もVAIO Duo 13と書き比べてみたが、自分の筆圧に合わせた設定にすることで、明らかにVAIO Zの方が書き心地がより自然になったと感じた。こうしたペンの評価などは、キーボードのタッチと一緒で実際に触ってみないとなんとも言えないところで、ぜひとも店頭などで触って、試してみて欲しい。その時には必ず筆圧検知の設定をした方がいいだろう。
大事な事は見た目じゃない、性能、信頼性そして目に見えない部分こそがビジネスPCには重要
このように、VAIO Zは、見た目こそVAIO Fit 13Aにかなり似ているのは事実だが、中身は完全に別物(開発者の笠井氏の言葉を借りるなら99%別物)になっており、その中にはこだわりポイントが多数ある。
読者にとってのPCとはなんだろうか? 筆者にとってPCとは、仕事をする上で最も信頼できるパートナーであり、それが無ければ仕事にならないというデバイスである。かつ、仕事だけでなく、飛行機の中では2-in-1の変形機構を利用してタブレットになりコンテンツ(動画、電子書籍)を見る機械に大変身だし、それこそトイレとお風呂以外は常に一緒にいるパートナーのようなものだ。
そうしたパートナー選びに大事な事はなんだろうか? "美人は3日で飽きる"というのはちょっとした格言のようなものだが、ずっと一緒にいるパートナーに大事なのはやっぱり性格だったり相性だというのは多くの読者が賛同してくれるのではないだろうか……。筆者はPC選びもそれと同じだと考えている。もちろん持ち歩く製品であるモバイルPCは、見た目となるデザインも大事だと思うし、そこはある程度は重視したいが、それよりも何よりも大事なのは、性能だったり、使い勝手、信頼性だったりという部分にあるのではないだろうか。
そして、大事な事は、そのパートナーの信頼性が低かったり、性能が低かったりすれば、ビジネスは中断され、その被害というのはそれこそ"プライスレス"かもしれない、という点だ。筆者の仕事で言えば、締め切りまでに記事を書いて出版社に納品する……それがPCの性能が足りなくて、あるいはすぐ壊れてしまって原稿が書き上がらず納品できなければ、次からその出版社は筆者には仕事をくれないだろう。そういうことのないようにと考えれば、数万円高かろうが、より良いモノを選びたい、それがビジネスパーソナルユーザーの1人としての筆者にとってのPCを選ぶ基準だ。野球選手が安価なバットやグローブを買わないのも同じ理屈だろうし、それは言ってみれば将来への投資のようなものだ。そしてその数万円の投資が大きなリターンを呼ぶことを考えれば決して高い投資ではないと考えている。
筆者は日本のビジネスパーソナルの人達はこの理屈をきちんと理解していると思っているし、だからこそパナソニックのLet's noteシリーズのような製品が日本では売れている。そして、VAIOが発売したVAIO Zもそうした製品だとこの取材で理解できた、これを一連の記事のまとめとしたい。