笠原一輝のユビキタス情報局

変わるThinkPad、変わらないThinkPad
~6列キーボードになった意図とは



 レノボ・ジャパンは、6月5日にThinkPadシリーズの2012年モデルを発表した。レノボ社内では“Classic ThinkPad”(従来から継続している意味)と呼ばれるThinkPad Tシリーズ(14/15型)、ThinkPad Xシリーズ(12型)、ThinkPad Wシリーズ(15型)で、スペックなどについては別記事を参照して頂くとして、ここではThinkPadの2012年モデルの特徴的な部分について紹介していきたい。

 Classic ThinkPadユーザーにとって最も気になる変更点は、キーボードが従来の7列配列から、ThinkPad X1やThinkPad Edgeなどで先行採用されていた6列配列、そしてアイソレーションタイプのキーボードに変更されたことではないだろうか。この7列配列のキーボードは、ThinkPadが、ThinkPadブランドになる前の「PS/55note」という名前で販売されていた時代から採用されてきたレイアウトで、Windowsキーの追加など若干の変更はあったものの、基本的には1990年代の初め頃から20年に渡りThinkPadのアイデンティティとして採用されてきた歴史がある配列だ。

 それがこの2012年モデルで大きく変更されたというのだから、ThinkPadのユーザーならずとも、“なぜ、どうして、そして実際どうなの?”という点には興味があるのではないだろうか。本記事ではレノボ・ジャパンへの取材などを元に、新しいThinkPadが新しい配列のキーボードを採用した背景や、既存のユーザーはどう受け止めるべきなのかなどについて考えていきたい。

●ThinkPadのキーボードが7列配列を採用し続けてきた歴史的な背景

 ThinkPadは、一部の例外を除けば、これまでほぼ例外なく7列配列のキーボードを採用してきた。他社のノートPCが一様に6列配列のキーボードを採用している昨今としては、その「こだわり」は際立っていたと言っていいだろう。

 では、そもそもなぜThinkPadのキーボードは7列配列になっていたのだろうか。それには、歴史を紐解く必要があるだろう。そもそも、ThinkPadシリーズの前身は、1991年に日本IBMが発売開始したPS/55noteというノートPCだった。1991年~1998年にかけてのThinkPadの歴史を解説した書籍“All about ThinkPad”(ソフトバンク刊)の中で、現在レノボ・ジャパンの取締役の1人でもある当時の開発者 米持健信氏は「当時、パソコンでもっともよく使われる機能はワープロだろうと考えて、ある程度、ワープロ専用機を意識して作りました」(前述書籍より抜粋)と説明している。

 そもそも、ノートPC以前には、デスクトップPCしか存在していなかった。IBMは互換機ではなく、オリジナルのメーカーだっただけあって、当時IBMのデスクトップ用キーボードの配列(今で言うところの106配列、英語なら101配列)が標準だったのだ。ただし、このキーボードは、テンキーなどもあり、かなりキー数が多かったため、ノートPCに入れるのはスペース的に無理だったのだ。

 そこで、日本IBMが作ったのが、テンキーを減らし、テンキーと文字入力キーの間にあったPageUp、PageDownなどのキーを、当時存在していたワープロ専用機のように右上に持って行ったのが89キー配列で、これが今で言うところの7列配列キーボードの元になっているのだ。要するに、当時デスクトップPCで、IBM PC/AT互換機を利用しているユーザーにとって、容易に馴染める配列がこの7列キーボードだったのだ。

 当時の背景を考えれば、この7列配列のキーボードが設計されたのは必然だったわけだが、1度できてしまえば、それがスタンダードになり、なかなか変えるのは難しくなる。やはり人間新しいモノを覚えるよりは、今あるモノを使う方が楽だからだ。実際、日本IBM時代に、ThinkPadの開発者達は何度か7列配列から6列配列にすることにトライしてみている。

 有名なところでは1999年に発表された「ThinkPad 240」シリーズが6列配列のキーボードを採用していた。この240の前モデルでは「ThinkPad 235」ではやはり7列配列を採用していたので、当時ThinkPadユーザーの間では賛否両論だったことをよく覚えている。実際、当時の日本IBMにThinkPad 240を見せていただいた時には、やはりキーボードが6列なのはどうなのという話をしたことを今でも覚えている。結果はどうだったのかと言えば、ThinkPad 240の後継は「ThinkPad s30」というシリーズになったのだが、この製品は液晶のベゼル部分に無線のアンテナをはみ出させるというユニークなデザインを採用することで、7列配列のキーボードを採用することになった。つまり、やはり7列がいいという声が大きかったということだろうし、実際当時の日本IBMの担当者からはそうした説明をされた。

 以来、ここ数年のThinkPad Edgeシリーズや一部の例外(ThinkPad X1とX100/121e)と除けば、ほとんどのThinkPadは7列配列を採用し続けてきた。ThinkPadの直接の祖先と言えるPS/55noteが発売されたのが1991年だから、実に20年以上に渡って採用されてきたわけだ。そのClassic ThinkPadのキーボードがすべて6列になるというのだから、このことがどれほど重大な事かご理解頂けるだろうか。

現行ThinkPad(T420si)の7列配列のキーボードThinkPad T430に採用されている新しい6列配列のキーボード。アイソレーション型のキートップを採用し、ThinkVantageボタンやエンターキーなどが青から黒に変更されている

●世の中の大勢は6列配列のキーボードに、企業導入時のコンペなどで不利になるという現状

 今回Lenovoは、ThinkPad Tシリーズ(T430/T430s/T530)、Xシリーズ(X230)、Wシリーズ(W530)のIvy Bridge搭載版を発表したが、そのいずれのモデルでも6列配列のキーボードを採用している。一部モデルに6列配列のキーボードが採用されていたが、廉価モデル(ThinkPad EdgeやX100e/121e)だったり、特別なモデル(ThinkPad X1)という位置づけである、という受け止め方が一般的だった。

 しかし、今回発表されたT/X/Wは、Classic ThinkPadと呼ばれるThinkPad保守本流の製品で、企業などに大量に投入されることも意識した製品群でもある。そうした製品で6列配列が採用されたということは、今後すべてのThinkPadが6列になるのだろうか?

 レノボ・ジャパン Think Client ブランドマネージャの土居憲太郎氏は「今後は基本的にはすべて6列配列になる」と説明する。つまり、今後発売されるThinkPadも、よほどの理由がない限りは、今回の新製品で採用された6列配列が採用されていくことになる。

 では、Lenovoはなぜ多くの既存ユーザーが慣れ親しんでいた7列配列を捨ててまで、6列配列を採用したのだろうか。

 これについて土居氏は「ThinkPadを長年ご愛用頂いているユーザー様が多く、そしてキーボードが重要な差別化ポイントになっていることはもちろん理解している。しかしながら、ThinkPadのメインターゲットでもある企業ユーザーの心理は変わりつつあり、キーボードに求められるニーズも以前とは変わりつつある。弊社の調査の結果、最近は企業内で若いIT管理者がPCを選定しており、そうした若いIT管理者は6列配列のキーボードに慣れ親しんでいる。また、現状世の中のノートPCの9割以上が6列配列になりつつある。さらに、7列目のキー(SysRq, Pause/Break等)を利用するユーザーは減ってきており、これらをFnと組み合わせて実現することにより、7列配列の必要性は決定した当時より減りつつあると判断した」と説明した。

 いくら7列に慣れ親しんでいるThinkPadユーザーが多いとは言っても、世の中の大勢(つまりThinkPad以外のユーザー)は6列配列に慣れ親しんでおり、逆に7列であることが“古くさい”というイメージを持たれることが多くなってきたという。確かに、現在市場にあるノートPCで7列キーボードを採用する製品は、ThinkPad以外に思いつかない状況だ。

 また、ThinkPadは、ビジネス向けのPCとして企業などに一括導入される製品だ。企業の中でITを担当している管理者がPCの選定を行なう際に、他社のPCからThinkPadに乗り換えるときに、ThinkPadが7列配列キーボードを採用していることにより、6列からの移行に社員が戸惑うのではないかと考えて、敬遠されてしまうことがあったというのだ。

 さらに、今回なくなったキーをThinkPadのユーザーがどれだけ利用しているか調べたところ、10%程度であることが分かったという。つまり、現行の7列配列に慣れ親しんでいるThinkPadユーザーであっても、90%まではインパクトを最小限に乗り換えることができるという調査結果があり、こうしたデータもあったことで6列配列への移行が決断されたのだという。

●ThinkPad T30でタッチパッドが導入された当時にも、同じような議論が

 実は、ThinkPadのもう1つのアイデンティティでもあるTrackPoint(スティック型のポインティングデバイス、例の赤いポッチだ)でも同じような問題が発生していた。ThinkPadには今でこそTrackPointとタッチパッドの両方がついているが、2002年に発売されたThinkPad T30より前の製品にはTrackPointしかついていなかったのだ。ところが、ThinkPad T30(別記事参照)でTrackPointに加えてタッチパッドが搭載されたことで、ThinkPadユーザーの間には今回と同じような衝撃が走った。つまり、“ついにTrackPoint消滅の始まりか!”ということだ。

 だが、実はThinkPadにタッチパッドがついたのも、今回の7列から6列への変更にかなり近い事情だった。筆者はThinkPad T30がリリースされたとき、現在の大和研究所(当時の日本IBMの大和研究所)のポインティングデバイスの担当者の方にお話を聞いたことがある。その時の担当者の方は「企業に売り込みに行ったときに、他社のノートPCにはタッチパッドがついているのに、ThinkPadにはTrackPointしかついていない。これだと社員が慣れるのが大変だから、タッチパッドつけてよという声をよく聞いた」と説明していた。どんなに使いやすいモノであっても、少数派になってしまえば、逆に使いにくいと判定されてしまうわけだ。

 その時(T30にタッチパッドが搭載された時)に担当者に話を聞いて良かったと思えたのは「タッチパッドが搭載されたといって、TrackPointがなくなるわけではない。よりよい使い方を今後も提案していきたい」といって、TrackPointの継続も、今後の改良もはっきり明言してくれたことだ。実際、それから10年が経過しているが、未だにThinkPadにはTrackPointはついており、既存のThinkPadユーザーも、そしてタッチパッドに慣れ親しんでいるユーザーもどちらも満足しているのではないだろうか。

●キータッチへのこだわりは何も変わっていない

 そして、今回もそうしたThinkPad開発陣の想いは何も変わっていない。「7列配列とキータッチは別物だと考えている。キータッチに関してはすでに6列配列を採用しているThinkPad X1において製品化を行なっているが、今までの7列キーボードと同様に指に触れる部分を大型化し、キーの下にカーブを持たせることでタイプミスを軽減することができている」(土居氏)と、ThinkPadのアイデンティティでもある使いやすいキーボードを実現するために、従来通りの取り組みが行なわれているという。

 配列が6列になったのと時を同じくして、キートップがアイソレーション(分離)型に変更されている。アイソレーションキーボードは、一見するとキートップが従来のタイプに比べてキートップが小さくなって見えるため、入力しくそうなイメージを持つかもしれないが、実はそうではないという。Lenovoの説明会でキーボードに関して説明したレノボ・ジャパン 横浜事業所 大和研究所 デザイン/ユーザーエクスペリエンス 研究・開発部長 高橋知之氏によれば「アイソレーションのキートップにすることにより、指が触れる面積はClassic型に比べて大きくなっている。かつ、ThinkPadキーボードの特徴であるスマイルシェープ(筆者注:四隅の下側2つに丸みを持たせるデザイン)を採用することで、他社のアイソレーションキーボードに比べて大きな間隔を確保できている」とのことで、ミスタッチが少ない入力が可能なのだ。

 実際、こればっかりは触ってみないとわからないのだが、確かにアイソレーションキートップ、先入観よりはるかに入力しやすいと筆者は感じた。アイソレーションタイプのキートップは、見た目でストロークがないように見えるため、確かなフィードバックがないように感じるのだが、実際には見た目以上にきちんとストロークが確保されており、かつ高橋氏が述べたようにしっかりと間隔が設けられていることで、ミスタッチは驚くほど少なくて済む。

【図】Classic ThinkPadにおけるキー配置の違い(筆者作成)

 キー配列の変更は、上の図に示したとおりで、すでに述べたとおり、廃止されたキー(正確にはFnとの組み合わせでは利用できるので物理的なキーがなくなったという意味)は、使用頻度が高くないものばかりで、PageUpとPageDownの位置が大きく変わったことを除けば、慣れるのにそんなに時間はかからないだろう。

 ただ、筆者が1つだけ個人的に不満を感じたのは、F4とF5、F8とF9の間に大きめの間隔が設けられていないことだ。日本人だけのニーズとも言えるが、特にATOKで日本語を入力するユーザーは、アルファベットの全角を半角に変換したり、その逆の変換などでF8やF9などを多用するユーザーも少なくないだろう。それも、F8とF9の間に大きめの間隔があればこそキー入力を誤らずにタイピングできるのだが、F8とF9の間にそれがなければ、1度位置を目で確認してからとワンステップ入るため、どうしても遅くなってしまうのだ。それ以外のファンクションを利用しているユーザーも、場所決めの目安にしている人も少なくないと思われるので、ぜひこれは今後の製品で改善して欲しいと思う。

 個人的な愚痴が過ぎたが、Classic ThinkPadとしてはこれが6列配列としては1世代目になるので、おそらくこれからもさまざまな調整が入るだろう。そういう意味では、その真価は数世代経てみないとわからないだろう。なにせ、“他社のユーザーがThinkPadに乗り換える垣根を低くする”ということは、イコール“ThinkPadのユーザーが他社のPCに乗り換える垣根を低くする”という諸刃の剣だ。そうした意味で、数世代を経たときにユーザーがどういう選択をしているのか、ThinkPadの開発陣としては、そこには自信があるからこそ、この選択をした、ということなのではないだろうか。

●専用IC「Think Engine」を搭載し30分で80%の充電が可能に

 今回のThinkPadは、キーボードだけでなく、中身の部分が実に渋く改善されている。よく見ないと、その改善がどういうものであるのか分からないものが多いので紹介していこう。

 まず、今回発表されたThinkPadには、「Think Engine」と呼ばれる専用のICコントローラが搭載されている。このThink Engineは、Windowsからは細かく制御ができない、電源周りや省電力関連のコントロールを専門に行なうチップで、マザーボード上に実装されているという。

 Windowsは、ACPIで動作が規定されているCPUなどのシステムの内部バス(PCI ExpressやPCIなど)に論理的に繋がっているデバイスはコントロールすることができるのだが、電源周りのコントロールは直接行なうことができない。

 そこで、Think EngineはカスタムICをLenovo自身が設計することで、電源周りのコントロールを行ない、マザーボードに対してより効率の良い電力供給を行ない、消費電力の低減を実現。ハイバネーション時に消費する電力は他社の10分の1程度であるとLenovoは説明する。

 電源回路周りの制御とも関係するのだが、この世代からRapid Chargeと呼ばれる急速充電の機能が入っている。Lenovoの説明によれば、30分でバッテリ全体の80%まで充電することが可能になるという。このため、Lenovoはこの世代からバッテリに専用のコントローラチップを内蔵しており、それが急速充電をコントロールする。

 なお、ThinkPad T/X/Wでは、65W、90W、120Wというシステム全体の消費電力応じて3種類のACアダプタが存在しているが、これまで65WのACアダプタを利用してきたモデルでもRapid Chargeを利用するには90WのACアダプタが必要になる。通常ノートPCのACアダプタは必要な電力+バッテリを充電する電力を必要とするのだが、急速充電を行なうとなるとバッテリを充電する電力量を増やす必要があり、1クラス上のACアダプタが必要になるのだ(Lenovoの関係者によれば90WのACアダプタがついているモデルはもともと余裕があるため、120Wにする必要は無いとのことだった)。

 なお、バッテリにICコントローラが入ったことにより、ThinkPadとバッテリが通信を行なってから充電などを行なう仕様になっているため、サードパーティ製のバッテリなどは今後利用することができなくなるほか、従来製品のバッテリも利用することができなくなるので注意したい。

 このほか、Think Engineはストレージを検知する機能を持っており、電源を入れ、OSが起動する前にストレージが抜かれ別のストレージに差し替えることで、HDDパスワードをハッキングすることなどを防ぐ機能などが用意されている(実際そうやってHDDパスワードのハッキングができるからだ)。

T430sのシステムボードの中央に搭載されているチップがThink EngineのIC。これにより電源周りのコントロールなどを行なうことができるT430sのバッテリ。バッテリの外形はT420s用と同じだが、T430s用かつRapid Charge対応のバッテリにはICが入っており、急速充電が可能になっている。USB 3.0に対応した新しいThinkPadのドッキングステーション。従来製品ではeSATAポートがあった位置にUSB 3.0ポートが1つ用意されているのが大きな違い。なお、従来のT420sなどもこれに接続することは可能だが、USB 3.0ポートを利用するにはPCHがPanther Pointである必要があるので、T430sなどIvy Bridge搭載ThinkPadが必要になる。

●Access Connectionsと省電力マネージャのバージョンアップで新機能搭載

 また、近年Lenovoが力を入れているWindowsの応答性をあげる取り組み「Enhanced Experience」も第3世代となりEE(Enhanced Experience)3.0へと進化している。EE 3.0の最大の特徴は、ユーザーが自分でアプリケーションをインストールしても、高速起動ができる仕組みを採用していることだ。従来のEE 2.0まででは、購入してきた状態では非常に高速なのだが、ユーザーがアプリケーションをインストールしていくと、起動時にロードするモノが増えて遅くなったりしていた。EE 3.0ではそのあたりの最適化の機能が用意され、ユーザーがアプリケーションをインストールした後、再度最適化が行なわれ、Windowsの起動を高速化する。

 ただし、プリインストールOSのブートイメージのUEFI化は今回も見送られており、Windows 7の起動は従来通りMBR(Master Boot Recoder)を利用して行なわれる。Lenovoは、すでに各種ツール(指紋認証、バックアップソフトウェアのRescue and Recoveryなど)のUEFI対応を終えているが、それでも今回はUEFI化は見送られたようだ。互換性の問題なのか、動作検証の問題なのかはわからないが、ビジネス向けという性格を考えると、急激な移行は避けたというのが正しいのかもしれない。いずれにせよWindows 8では各社ともUEFI化が避けられないので、Windows 8のリリース後に移行となるのではないだろうか。

 ハイバネーションの高速化も、今回の新製品の大きな特徴だ。Fast Hibernationと呼ばれる機能がそれで、具体的にはハイバネーションに入る時、ストレージにメモリの内容を書き出すときにメモリのうち使っていない部分のデータを圧縮して書き出すことで、ストレージに保存するデータの量を少なくすることができる。ハイバネーションから復帰するときには、その逆(ストレージからの読み出し)が行なわれるので、従来製品よりも高速に復帰が可能になるという。

 基本的にハイバネーションからの復帰を速くするには、ストレージの書き込み/読み出し速度をあげるか、メインメモリの容量を少なくすればいいのだが、メモリの容量を小さくすれば、今度は処理能力に影響を及ぼすことになるので、両方を両立できるこの機能はなかなか優れたやり方だと言える。なお、この機能はLenovoの省電力管理ツール(省電力マネージャ)のバージョン6.1以降でサポートされ、標準状態で有効になっている。

 このほか、Lenovoのネット接続管理ソフト「Access Connections」もバージョンアップが行なわれ、バージョン5.9となり、いくつかの新機能が追加されている。その代表はSoft APやテザリングなどと呼ばれる機能を設定する機能が追加されていることだ。

 Windows 7には標準でSoft APやテザリングと呼ばれる機能が含まれており、コマンドラインベースで設定すると使うことができる。しかし、言うまでも無くコマンドラインはユーザーフレンドリーなUIとは言いがたく、実際のところあることすら知られていないのが現状だ。Connectifyなどサードパーティによる設定ツールを使えば利用することができるのだが、やはり標準機能としてできるようになると嬉しいところだ。Access Connections 5.9以降ではそうしたユーザーインターフェイスが標準で搭載されており、それを利用してPCをWi-Fiルーターにしてテザリングすることができるようになるのだ。

 なお、省電力マネージャ 6.1以降およびAccess Connections 5.9以降は、いずれもLenovoのWebサイトで公開されており、既存のThinkPad T/X/Wのユーザーも新バージョンをインストールして利用することができる。ただし、今回紹介した新機能は機能によっては新しいハードウェアに依存している場合も有り、必ずしもすべてが動作するわけではないとLenovoでは説明している。筆者が試した限り、Soft AP機能はThinkPad T420sで動作した。

●変わらないためにこそ変わっていくというThinkPadの姿

 最後にこのキーボードの変更について、筆者の感想を率直に述べて今回の記事のまとめとしたい。正直にいって、7列配列のキーボードが廃止され、6列になると聞いたときには“失望しなかった”と言えば嘘になるだろう。筆者は1993年にPS/55noteを最初のPC/AT互換機ノートPC(それ以前はNECの98NOTEユーザーだった)として使って以来、いくつかの短い期間を除き、ずっとThinkPadの7列配列のキーボードを使い続けてきた。実際何度か乗り換えようとしてみたこともあるが、結局ThinkPadのキーボードがなかなかやめられなかったというのが正直なところだ。実際、筆者の業界の友人にもThinkPadキーボードのファンは少なくないのだが、そうした人の感想もみんな“失望した”、“がっかりした”という反応が多かったのは事実だ。

 だが、そうした考えも実際に新しい6列配列のキーボードを触ってからは大分変わりつつある。確かに、ファンクションキーのF4~F5間、F8~F9間に広い間隔がないことは気になるのだが、それ以外は特に違和感無く使えている。唯一慣れる必要があったのは、PageUp/PageDownの位置が変わったことぐらいだが、それも慣れの問題で(まだ新しい機種は入手していないので長時間触ったわけではないが)数時間もあれば慣れるだろう。

 それよりも、筆者にとって最も重要なことは、この変更が決してコストダウンが理由というわけではないことだ。昨今、ノートPCの価格下落は著しい。このため、ノートPCベンダーはさまざまなコスト削減を行なっており、正直“こりゃキーボードにはコストかけてないな”と思う製品があることは否定できないし、実際に存在している。しかし、ThinkPadのキーボードはそうではない。それはレノボ・ジャパンの土居氏が言うとおり、むしろ世の中のニーズに合わせて変更したという側面が強いのだ。そもそも、キーボードのコストダウンというのは、有りモノ(つまりキーボードのベンダーが標準品として用意しているキーボード)のグレードを下げるということは意味するのだが、TrackPointを装着する必要があるThinkPadのキーボードはそもそもが特注品で、それを考えても7列から6列にしたからといって劇的なコストダウンにはつながらないだろう(もちろんキーの数は減るので若干のコストダウンにはつながるとは思うが……)。

 言ってみれば、今回の6列配列への変更は、ThinkPadがThinkPadでいるために積極的に行なわれた変更だととらえるのが正しいだろう。確かに6列に変更されたのは事実だが、だがキータッチなどへのThinkPad開発陣のこだわりは何も変わっていないことは、これまで説明してきたとおりだ。そうしたこだわりの根幹部分を変えずに、ThinkPadが次の20年にも生き残るために、こうした選択をしたのだと筆者は考えている。本当に大事な部分を変えないために、積極的に変わった、そうした評価こそ、今回の変更の正しいとらえ方なのではないだろうか。

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(2012年 6月 5日)

[Text by 笠原 一輝]