笠原一輝のユビキタス情報局

「レッツノート」が秘めた伝統の哲学と最新の熱設計

左からパナソニック コネクト株式会社 モバイルソリューションズ事業部 技術統括部 ハード開発1部 開発1課 古川美徳氏、パナソニック コネクト株式会社 モバイルソリューションズ事業部 技術統括部 ハード開発1部 新規技術開発総括 横山有一氏、パナソニック コネクト株式会社 モバイルソリューションズ事業部 技術統括部 ハード開発1部開発3課 アシスタントマネージャー 用正博紀氏

 パナソニック コネクト株式会社(以下パナソニック コネクト)が販売するレッツノートシリーズは、1996年に最初の製品となる「AL-N1」が販売開始されて以来、27年間にわたって日本市場を中心に出荷されているノートPCのブランドとなる。先日報道発表によれば、2023年9月に神戸工場で生産したMicrosoft Windows OS搭載PC/タブレットの累計出荷台数が1,000万台になったと明らかにされている。

 レッツノートの特徴は、薄型軽量という現代のノートPCのトレンドを受け入れつつ、レッツノートの哲学である「ビジネスモバイル」を引き続き追求している製品として展開されている。

 交換できるバッテリ、丸形のタッチパッドなど、変わらないレッツノートの価値を提供しつつ、最新のノートPCとしての薄型、軽量を実現するという、相反する命題を実現しながらのパッケージングは見事というほかない。そうした製品の開発を担当する開発者にお話しを伺ってきた。

丸形タッチパッドに交換可能なバッテリ、豊富なポート類

レッツノート QR(12.4型/2in1)とレッツノート FV(14型/クラムシェル)

 パナソニック コネクトのレッツノートシリーズは、最初の製品としては「AL-N1」というモバイルノートとしてスタートし、そのすぐ後に登場したトラックボール搭載のレッツノート mini「AL-N0」などが話題を呼び人気を博すようになっていった。

 さすがにトラックボールは時代の大勢としてその後タッチパッドに変更されたが、そのタッチパッドも、2002年に登場して大ヒットとなったCF-R1以降は特徴的な丸形のタッチパッドを採用し、その後20年以上が経過した今でも継続してレッツノートの象徴として親しまれている。

 レッツノートが特徴的なのはそうした丸形のタッチパッドだけではない。2000年代の終わりに起きたAppleの「Macbook Air」の登場や、10年代にIntelが主導してUltrabookイニチアシブなどにより発生した薄型ノートPCのトレンドで、多くのノートPCはバッテリが取り外せないような仕組みになった。

 取り外し可能なバッテリは本体側を大きく切りかく必要があり、本体の剛性が弱くなってしまうため、本体側を補強したりする必要があるし、バッテリ側も単体で持ち歩かれることを考慮する必要があるため、中のバッテリセルを保護するための外装を必要とし、どちらも結果として薄さ、軽さにとってはマイナスに働いてしまう。

 しかし、そんな世の中のトレンドはなんのその、レッツノートだけは、いつまでもそうしたバッテリが取り外せる仕組みを採用し続けた。もちろん、薄型化、軽量化という「錦の御旗」の前にそれを続けるというのは決して簡単な決断ではなかったはずだ。

 つい最近、Dynabookが、内蔵バッテリをユーザー自身で交換可能にするというバッテリ交換方式の薄型ノートPC「dynabook X83 Changer」を発表したことは話題になった。

 交換バッテリというのは、日々交換できるようなバッテリではなく、CRU(Customer Replaceable Unit、顧客交換可能部品)と呼ばれるような、顧客が工具を使って交換できるという純正部品扱いであり、長期間使ってバッテリがへたってきたらメーカーに修理に出さなくてもユーザー自身が交換できるという種類の交換バッテリとなる。

 毎日持ち歩いてバッテリがなくなったら交換できるというレッツノートの交換バッテリとは目的も種類も違うのだが、Dynabookが開催した記者会見では記者から「レッツノートが競合か」という質問が相次いだ。つまり、それだけレッツノートの交換できるバッテリというのはレッツノートの象徴だと多くの人が認識しているということの裏返しだ。

 また、薄型ノートPCのトレンドが起きて以降、スッキリとしたデザインがグローバルではトレンドになっているため、USB Type-Cだけというポートのデザインを採用しているPCが増えている。

 それに対して、レッツノートは日本のビジネスシーンでは確実に必要になっていたミニD-Sub15ピンを採用し続け、Gigabit Ethernetなど最近の薄型ノートPCでは見られなくなったポートが多数搭載されている。それも日本のユーザーの実利用環境ではまだそれが必要だという確固たる意思を感じると言える。最近薄型ノートPCでも、USB Type-AやGbEなどを復活させることがトレンドになっており、見栄えよりも使い勝手という流れができている。

 そのように、レッツノートというノートPCのシリーズは、そうした独自のポジションを持っているノートPCだということができるだろう。

ビジネスモバイルの顧客に有益な製品を提供したいというレッツノートの哲学

交換式バッテリはレッツノートの象徴の1つになっている

 そうしたレッツノートの開発を行なっているのは、パナソニック コネクトが大阪京橋に構えている開発部門のエンジニアだ。レッツノートは、今や数少なくなった国内開発、国内生産を貫いているPCメーカーで、生産は神戸にあるパナソニック コネクトの工場で行なわれている。

 レッツノートの開発を担当しているパナソニック コネクト株式会社 モバイルソリューションズ事業部 技術統括部 ハード開発1部 新規技術開発総括 横山有一氏は「レッツノートの開発思想は、ビジネスモバイルのお客さまに役立っていく製品を作るという考えで一貫している。ただし、その時々の時代に合わせた変遷はあって、今であれば在宅モバイル、リモートワークといった使い方を重視する設計を心がけている」と述べ、レッツノートがそうした変わらない顧客が便利で生産性を上げられると感じられるような設計に特化していることを強調した。

 横山氏によれば、バッテリが交換式になっているのは、ユーザーの利便性を考えてとのことで、「内蔵したらどうかということはこれまでも何度も議論してきた。しかし、交換できることによる長時間バッテリ駆動やバッテリ交換のためにサービスセンターに出している間はPCを使えなくなるというダウンタイムを減らせるということを、ユーザーのメリットと考えて交換式のバッテリを維持している」と述べ、薄い軽いに不利なことは理解しつつも、ユーザーの生産性向上を実現するという観点から交換式バッテリにこだわってきたと説明した。

ラッチで簡単にバッテリを簡単に取り外せる

 横山氏の言うとおり、交換式バッテリのメリットは2つある。1つはUSB PDに対応したモバイルバッテリを持たなくても、交換式バッテリを用意しておけば、単純計算でバッテリ駆動時間が2倍になる点だ。もう1つは、バッテリがへたってきたら純正オプションとして販売されている換えのバッテリを購入して、交換すればいい。

 一般的な薄型ノートPCではバッテリはPCの内部にFRU(Field-Replaceable Unit、現場交換可能ユニット)として内蔵されているので、交換はPCメーカーのエンジニアしかできず、PCメーカーに送って修理扱いとして交換してもらう必要がある。当然、早くても1週間程度、長ければ2週間などの間PCが使えない期間(ダウンタイム)が発生する。レッツノートのような交換式であればユーザーが工具なども必要なくワンタッチで交換できるので、事実上ダウンタイムゼロとなるのがユーザーメリットだと言える。

丸形であって困ったという指摘は聞いたことがない、ユーザーに受け入れられている

レッツノート SR(12.4型クラムシェル)のタッチパッド、ユニークな丸形のパッド

 もう1つレッツノートの象徴となっているのが丸形のタッチパッドだ。レッツノートはタッチパッドを搭載し始めた当初こそ四角のタッチパッドであったが、2002年に登場したCF-R1およびその後継製品から丸形のタッチパッドになり、今に至るまでほとんどの製品がこの丸形のタッチパッドを採用している。

 この丸形のタッチパッドは、周囲をホイールと呼んで周辺部分で指をくるくると円を描くように滑らせると、縦方向のスクロール操作が行なえることなどが特徴になっている。そうした独特の操作性が人気を博しており、レッツノートユーザーには受け入れられている。

 横山氏によれば「丸いパッドに不満の声というのは伺ったことはない。むしろ不満点としては大きさが少々小さいのではという声があって、それもあってレッツノートFVなどの最近の世代では大型にしておりご好評いただいている」とのことで、丸だから四角だからということをユーザーはあまり気にしておらず、むしろ大きさを大きくしてほしいという声が強かったとのこと。

13型のThinkPad X1 Nano Gen 1と12.4型のレッツノート SRのタッチパッドを比較しているところ。レッツノート SRのタッチパッドが丸形としては大型になっていることが分かる
丸形タッチパッドの利便性は、周囲をくるくると指を滑らすとスクロールする。そうした機能がユーザーに支持されている

 ただ、丸という形そのものは、実は大きさを大きくするのではやや不利だ。というのもそもそもパッドは四角で、レッツノートの場合はその中心部を丸として使っていると考えられるからだ。つまり、丸の部分を大きくするにはパッドそのものを大きくする必要があり、タッチパッドの下部に入っているバッテリの容量に影響するという設計上課題があるからだ。

レッツノート SRの右側面に用意されているミニD-Sub15ピン
右側面のUSB Type-A×2とSDカードスロット
本体の左側面、HDMIやUSBだけでなく、Gigabit Ethernetも用意されている

 同様にI/Oポートに関しても、ユーザーのビジネスシーンの現状を常に検討しながら、「とる、とらない」の議論をしていると横山氏。「たとえばミニD-Sub15品はなくてもいいのではという議論はあるのだが、それがあることで4画面(筆者注:本体内蔵LCD、HDMI、USB Type-C/DP AltMode、ミニD-Sub15ピンの4つの出力を同時に利用すること)をドッキングステーションなしで実現できるなどのメリットもあり、今の時点では取らないという判断をしている。

 同じことはSDカードスロットにも言え、MicroSDカードスロットでいいのではないかなどは常に議論している」と述べ、毎世代、毎世代、ユーザーの利用シーンを設計者が詳細に検討しながら決め、現在のような充実したI/Oポートにしているのだと説明した。

スイッチは前面に用意されていて分かりやすい場所に
最近のノートPCでは珍しいLEDのインジケータ
オーディオポート

シングルファンとデュアルファンの2つの設計をそれぞれのシャシーで使っている

レッツノート SRの裏ぶたをあけたところ

 レッツノートシリーズのもう1つの特徴は、パナソニック コネクトが「Maxperformer」と呼んでいる熱設計技術だ。パナソニック コネクト株式会社 モバイルソリューションズ事業部 技術統括部 ハード開発1部開発3課 アシスタントマネージャー 用正博紀氏は「熱設計はモバイルワーカー向けの製品であるという基本的なコンセプトにあった形で行なっている。重視しているのは高性能とバッテリ駆動時間のバランスで、かつ高い信頼性を実現することだ」と、信頼性を犠牲にすることなく、CPUが持つ性能を最大限引き出す設計を目指していると説明した。

熱はCPUからヒートパイプを通じてヒートシンクに送られてファンで冷却される
タッチパッドの裏側

 用正氏によれば、高性能という観点では、CPUがTurbo Boost(CPUのスペックを超えてオーバークロックとして動いているモード、CPUの発熱に余裕があるときはスペック以上の周波数/電力で動き、発熱量が増えるとスペックのクロック周波数に落ち着く)に入っている時に、その熱を受け止めて、ヒートパイプを利用してCPUからヒートシンクに熱を素早く運び、それをファンで冷却するという基本的な仕組みを充実させているという。

 具体的にはヒートパイプの径を太くして、CPUができるだけTurbo Boostの状態にとどまる時間を長くするような設計にしているという。

上がレッツノート FVのデュアルファン、下がSR/QRのシングルファン

 「設計によっては細いヒートパイプを2本という場合もあるが、重量的にはデメリットがある。そこで、効率の良いより太いヒートパイプで熱をできるだけ早くヒートシンクに送れるような設計にしている」(用正氏)との通り、太いヒートパイプを採用することで、結果的によりCPUが高いクロック周波数でとどまるようになっていると説明した。

 なお、ファンはレッツノートのうちFVシリーズ(14型)がデュアルファン、SRシリーズ(12.4型)とQRシリーズ(12.4型/2in1)はシングルファンとなっている。写真を見て分かるがシングルファンの方はやや大きめのファンになっており、デュアルファンの方はヒートシンクそのものがシングルファンのそれに比べて大きくなっている。

 用正氏によれば、デュアルファンも、シングルファンも、対応できるCPU(第13世代Core Pシリーズ/28W)としては同等でそこには差がないという。SR/QR用のシングルファンは性能としてはデュアルファンに匹敵するものの、課題は薄型化の実現だったという。

 薄型化を実現しようとすると、ファンの通風抵抗が大きくなってしまい、結果的に早くファンを回しても十分な風量がヒートシンクに当たらなくなり、システムにホットスポット(一部分だけ熱が高い部分)ができてしまい、そこをユーザーが触ったりすれば低温やけどのリスクが高まってしまう。そのため「SRやQRでは、ファンの排気をヒートパイプと筐体の間に流すことで、筐体側の温度が上がらないように工夫している」(用正氏)という工夫を入れていると説明した。

背面に用意されている「お掃除口」
2年使ったレッツノートにたまっていたほこり、これだけ詰まっているとCPUの性能は低下する

 また、レッツノートシリーズが以前から採用している工夫として、ヒートパイプやファン、ヒートシンクに溜まるチリやホコリなどを受け止める通称「お掃除口」が用意されている。

 たとえば、布団の上でノートPCを使っていると、吸気口から糸くずや綿ぼこりなどを吸ってしまい、それがヒートシンクやファンについてしまうと、本来期待している熱設計の性能が出せなくなってしまい、CPUを冷やすことが難しくなる。そこで、このお掃除口をユーザー自身が掃除機で吸ってもらうなどで定期的に掃除してもらうことで、そうしたゴミがファンやヒートシンクにたまってしまって性能が低下し、最悪の場合ファンが壊れるなどの事態を避けることが可能になる。

 ノートPCが故障する要因はさまざまあるが、筆者個人の体験では、長期間たったノートPCが壊れて使えなくなる2大原因は、バッテリの膨張と、冷却ファンの故障だ。そのどちらにも対応できるような、交換バッテリ、お掃除口の2つを用意していることは、レッツノートがそうした長期間使える可能性があるノートPCであることを示していると思う。

TeamsやZoomを使っているときには、必要な性能を確保しつつ長時間バッテリ駆動を実現する仕組みを導入

レッツノート SRのカメラ、光っているのがIR、その隣が赤外線/AI兼用カメラ、右側がRGBカメラ

 最新のレッツノートでは、性能と消費電力のバランスを取る取り組みも行なわれている。第12世代Coreプロセッサ(開発コードネーム:Alder Lake)を搭載した製品の世代から、IntelがOEMメーカーに提供している、パワーマネージメントの仕組みであるIntel DTT(Dynamic Tuning Technology)の新機能を導入するようになっているという。

 Intel DTTは、対応するIntel SoCとシステムが連携して、最大限の性能、あるいは適切な性能とバッテリ駆動時間の延長を実現するフレームワークになる。具体的には、Windows 11のパワーモード(最適なパフォーマンス/バランス/トップクラスの電力効率)に連動して制御方針を切り替えることができるようになっている。

 パナソニック コネクト株式会社 モバイルソリューションズ事業部 技術統括部 ハード開発1部 開発1課 古川美徳氏は「Intel DTTと第13世代Coreプロセッサを利用することにより、高性能とよりよいバッテリ駆動時間のバランスを取ることが可能になる。特にTeamsやZoomのようなWeb会議を行なっている時に、必要な性能を実現しながら同時に最適なバッテリ駆動時間を実現している」と述べた。

 また、そのWeb会議で多用されるカメラだが、最新のSR/QRシリーズなどのカメラはRGB(通常のWebカメラのこと)と顔認証用のIRとAI機能の兼用カメラという2眼構成になっているというそのAIのカメラがユニークなのは、カメラが捉えている画像をAIチップが判別し、ユーザーが離席した、逆に着席した、PCの前にユーザー以外の別の顔が見えるなどを判定し、ユーザーが離席したら画面をロックし、逆にユーザーが戻ってきたらWindows Helloの顔認証を行なって自動ログイン、さらにはほかの顔が見えたら画面をぼかすなどの設定をしておける。

【おわびと訂正】初出時にFVが「顔認証用のIRとAI機能の兼用カメラ搭載」としておりましたが、このモデルは対応しておりませんでした。おわびして訂正させていただきます。

 このカメラとAIチップはI2Cという微力な電力のバスで接続されており、動いている状態でも2桁mW程度の電力しか消費していないため、バッテリ駆動時にこの機能を使ってもバッテリ駆動時間に大きく影響を与えることはないという。

 なお、RGBカメラはUSB接続のカメラになるが、エンコード時のクオリティを引き上げているため、従来モデルに比べて画質も改善されているということだった。また、今回のモデルではスピーカーの音量も従来よりも大きくなるようなスピーカーを採用しており、そうしたリモートワーク向けの機能拡張が現在のモデルでの特徴になっている。

 このように、レッツノートシリーズは、変わらないところ(たとえば交換式バッテリ、丸いタッチパッド、VGAも含む豊富なI/Oポート)は変わらず維持しながら、Maxperformerのような熱設計技術を活用して高いCPU性能を実現していること、そしてリモートワーク向けの機能が実装されるなど、モダンなノートPCに必要な機能が搭載されている。それが今のレッツノートの姿であるということが理解できたことが、今回お話しを伺って分かった最大の収穫だった。

レッツノート SR