笠原一輝のユビキタス情報局

30周年を迎えたThinkPadシリーズのこれまでとこれからを、日米のリーダーたちに聞く

新しいThinkPad X1 Foldを紹介する塚本氏

 Lenovoのグローバルに販売しているコマーシャル向けノートPC「ThinkPad」が今年の10月に30歳を迎えた。ThinkPadの最初の製品であるThinkPad 700Cがリリースされたのが1992年10月5日だったということで、そこから30年が経過して、今年がアニバーサリーイヤーということになった。

 そうしたThinkPadの30周年に関して、これまでのThinkPadの歴史を振り返り、そして現在のLenovoのThinkPad事業を率いているリーダーたちにインタビューした内容を紹介していきたい。そのキーワードは「黒い弁当箱」、「TrackPoint」、「6列キーボード」などなどThinkPadの歴史を彩った数々のブランドアイデンティティーや新しい技術革新などに関して、だ。

ThinkPad 30周年を記念して作られた各時代の製品リスト

日本ではPS/55noteとして始まったThinkPadの歴史、かつてはThinkPad 220などの日本専売モデルも

初代ThinkPadとなるThinkPad 700C

 ThinkPad30年の歴史を書き起こそうとすると、それこそこの記事1本分の分量では全く足りず、何回にもわたって説明していく必要がある(というよりも1冊の本にする必要がある分量になる……)。そうした歴史にはやや敬意を欠いた行ないであることは認めるが、できるだけコンパクトにまとめてみたいと思うので、以下お付き合いを願いたい。

 ThinkPadの始まりは、公式には1992年にIBMから「ThinkPad 700C」が発売された日(1992年10月5日)とされている。しかし、実際には日本ではThinkPad 700Cという製品は発売されておらず、同月(1992年10月20日)に発売されたのは「PS/55note C52 486SLC」という製品だった。ThinkPad 700Cで「ThinkPad」というブランドが使われる前に、IBMが販売するノートPCのブランドがPS/55noteで、国内では既に認知度が高かったなどの理由で、日本だけはThinkPad 700Cの発売に当たってPS/55noteのブランドが使われたのだ。日本でもThinkPadにブランドが変更されたのは、その後継として翌年(1993年)の5月に発表された「ThinkPad 720C」など以降となる。

ThinkPad 220、乾電池で動くというユニークな構造がマニアに受けた

 そうしたThinkPadの認知度が日本で広がったきっかけになったのが、1993年の5月に発表された「ThinkPad 220」だ。このThinkPad 220は、7.7型モノクロディスプレイを採用して、Intel 386SL/16MHzという省電力向けのCPU、2MB/80MB HDDという、当時としても比較的「低スペック」を思い切って選択することで、単3アルカリ電池6本で1時間駆動できるというユニークな製品になっていた(オプションでニッカドバッテリも用意されていた)。

 そして、翌年にはその延長線上にあるがWindowsが動く「ThinkPad 230Cs」が発売され、モバイルノート=ThinkPadのブランドを確立させていった。

ThinkPad 240Z
ThinkPad s30
ThinkPadブランドではないがウルトラマンPCことPalm Top PC110も日本専売モデル

 ただ、これらの製品は、実は日本専売モデルで、IBMの日本法人となる日本IBMが企画して製品にこぎ着けた製品になる。その後200番台の製品は、「ThinkPad 235」、「ThinkPad 240」、「ThinkPad 245」などを経て、最終的には「ThinkPad i-Series s30」(ピアノブラック版)/「s30」(コマーシャル版)というピアノブラックと呼ばれる光沢の天板を持つモバイルノートに結実することになる。

バタフライことThinkPad 701Cはラーレイ開発

 これに対してグローバル向けのモデルとして開発されていたThinkPadは、7xx(ハイエンド)、5xx(メインストリーム)、3xx(普及モデル)という3つのグレードに分けられていた。この7、5、3のグレードが用意されていたのは、ドイツの自動車メーカーBMWの番号スキームを意識していたからと言われており、それらの製品は米国ノースカロラナイナ州ラーレイにあるIBMの事業所、あるいは日本の大和市にあった日本IBM 大和事業所のどちらかで開発されてきた。

 例えば、後に「バタフライ」の愛称で知られるような収納型のキーボードを採用した「ThinkPad 701C/Cs」はラーレイ開発製品として知られている。ただ、徐々にThinkPadの開発拠点は日本IBMの大和事業所に集約され、最終的にはラーレイは製品企画やマーケティングを担当し、大和事業所は製品の研究開発を行なうと役割が分担された。

 その後、2004年にIBMはPC事業を、中国のPCメーカーで「Legend」から社名変更をしていた「Lenovo」に譲渡し、新たにPCメーカーとして再出発した。買収時には3位だったPCのシェアは、今では1位になり、文字通りトップPCメーカーに成長している。そのLenovoの中で、ThinkPadは企業向け製品のブランドと位置づけられており、ビジネスパーソンやSMB、エンタープライズが一括導入するノートPCとしておなじみの製品と言える。

【おわびと訂正】初出時に、LegendのLenovoの社名についての時系列に誤りがありました。おわびして訂正させていただきます。

大和研究所の内部、音響、電波などさまざまな測定器やいわゆる拷問テストなどが行なわれている

 買収後もThinkPadの設計は日本IBM大和事業所内にある研究所で続けられてきたが、2010年12月に現在の「みなとみらい21」に移転し、その名称を「大和研究所」として再スタートを切っている。ThinkPadの開発は大和研究所で行なわれ、ラーレイでグローバルのマーケティングと製品企画が行なわれているという体制は今も全く変わっていない。

現在のThinkPad事業は米国ラーレイの事業所と日本の大和研究所が協力して開発する体制になっている

Lenovoのラーレイ事業所、厳密にはモーリスビル市にある(撮影:2015年8月)

 なぜここまで、IBM PC時代からのThinkPad、そしてLenovoになってからのThinkPadのマーケティング・企画の拠点と開発拠点がそれぞれ、ノースカロライナのラーレイと横浜の大和研究所にあることを長々と説明してきたのかと言えば、それは今回の記事でインタビューしている人たちが、それぞれラーレイと大和研究所の責任者たちだからだ。

 Lenovo 副社長 兼 インテリジェントデバイス事業部 コマーシャルポートフォリオ・製品管理担当 ジェリー・パラダイス氏は、ThinkPadの製品企画の総責任者。今後ThinkPad製品をどのような方向性に導いていくかを決定するリーダーになる。Lenovo 副社長 兼 インテリジェントデバイス事業部 コマーシャル製品ソリューション開発担当 ルイス・フェルナンデス氏は、ラーレイ側の製品開発の責任者になり、ThinkPadのロードマップ策定などに関わっている。日本の大和研究所はフェルナンデス氏に直結している形になる。Lenovo デザイン担当副社長 ブライアン・レオノルド氏は、Lenovo製品のデザインのトップとして、ThinkPadに限らずLenovo製品全般のデザインを統括している。

 そして、日本のThinkPadユーザーには既におなじみだと思うが、大和研究所のリーダーであるレノボ・ジャパン 執行役員 兼 Distinguished Engineer 塚本泰通氏。塚本氏は、前任者の横田聡一氏、さらに「ThinkPadの父」と呼ばれた初代責任者である内藤在正氏という2人のリーダーの後を継いで、3代目の大和研究所の責任者になっている。

 Lenovoという会社はとても面白い構造になっていて、良くも悪くも事業部の力が強く、独立性が非常に高い。ThinkPadは米国ラーレイのリーダーたちがビジネスも含めてコントロールしており、開発は大和研究所で、本社はほとんどそれに関与していない。このため、ThinkPadだけを切り取って見てみると、完全に米国企業であるかのように管理・運営されており、本社で開発が行なわれているコンシューマ向け製品の運営とも完全に独立しているように見える。

 ただ、もちろん同じ会社という傘の下にあるため、北京の本社と横浜の大和研究所の交流も盛んに行なわれている。有名なところでは、北京が開発したYoga Bookのタッチキーボードの開発には大和研究所の日本のエンジニアが関わっていたことなどだ。

 しかし、ThinkPadの開発は完全に日本を中心に行なわれており、そこにフェルナンデス氏などラーレイ側の担当者も入って製品化が行なわれていく体制になっている。それでは、まずラーレイのお三方と塚本氏も入ったThinkPad開発トップ4のインタビューを紹介していきたい。

これからもThinkPadは黒であり続けるが、ThinkPad Zのような新しい挑戦も続けて行く

左からLenovo 副社長 兼 インテリジェントデバイス事業部 コマーシャル製品ソリューション開発担当 ルイス・フェルナンデス氏、Lenovo 副社長 兼 インテリジェントデバイス事業部 コマーシャルポートフォリオ・製品管理担当 ジェリー・パラダイス氏、Lenovo デザイン担当副社長 ブライアン・レオノルド氏、レノボ・ジャパン 執行役員 兼 Distinguished Engineer 塚本泰通氏

Q:30年前の10月に、LenovoはThinkPad 700Cを発表した。Lenovoにとって、そしてThinkPadシリーズにとってこの30年は何が重要なのだろうか?

パラダイス氏:我々は常にお客さまと対話しており、その中で何がお客さまにとって重要なのかを日々考えている。今のThinkPadは、複数の世代にわたってそうしてお客さまから学んだ事の集大成というのが我々の考え方だ。30周年の意義はまさにそこにあると考えている。

 我々はThinkPadのビジネスを通じてモバイルコンピューティングとは何かということを再定義してきた。そうしたThinkPadの歴史を通じて我々が学んできた、お客さまの課題は何なのかを理解してそれを解決するソリューションを提供してきた。それが、今の最新の製品に適用されているのだ。

Q:もし今皆さんがThinkPad 700Cの製品企画や開発担当だとして、その後30年もこんなにThinkPadが発展していくと予想できたと思うか?

フェルナンデス氏:私は1987年にフロリダ州ボカラトンでIBMでのキャリアをスタートさせた(筆者注:IBMのボカラロンの事業所は、初代IBM PC、つまり今のWindows PC、昔の言い方をするならPC/AT互換機の規格がスタートしたところだ)。当時はPCの黎明期で、日本にもPCの開発の話を日本IBMとするために1991年頃始めてきた。

 その頃の自分はデスクトップPCのチップを担当していたので、別の部署になるが日本IBMでそうしたものが作られつつあることは知っていた。そしてThinkPadがデビューした時には、これが象徴的なブランドになることは間違いないと思った。その高い携帯性により、ユーザーが新しい使い方、新しいユーザー体験をすることができると感じたからだ。

 なので、チャンスさえあればThinkPadのチームに移動したい、そう考えていてチャンスを得てThinkPadのチームで働きはじめたのだ。このチームで働き始めてから、私たちが長年にわたって開発してきたテクノロジーは、顧客体験とユーザーの課題解決を中心に据え、積極的な活動やビジネスを行なってきた。そのプロフェッショナルリズムが、ThinkPad部門の、そしてこの会社の特徴だと我々は考えている。この30年間にわたって、私たちが守り抜いてきたコアバリューはとてもユニークだと感じている。

Q:ThinkPad 700Cを今見ると、その特徴的な「黒い弁当箱」というデザインコンセプトが、今とほとんど変わっていないことに驚かされる。

歴代のThinkPad。X20、X30、X300を写真で並べみると、サイズや細かな違いはあるが、大きなアウトラインは変わっていないことが分かる

レオノルド氏:私自身IBMのThinkPadの開発に参加したのは、まだ私がインターンとしてThinkPadの原型の開発に参加した1990年にさかのぼる。その時期のノートPCはみな白やそれに類する色(筆者注:例えばベージュなど)を利用していた時代だった。その時に黒い弁当箱というデザインを採用したことは、PC産業に大きなインパクトを与えた。ブランド名(ThinkPad)と同列に、そのデザインも破壊力を持っていたということだ。そのフォルム、キーボードに至るまでさまざまなデザインすべてがそうだったと言っていいだろう。

 多くのブランドが自分たちのブランドを象徴する色を探している。PC業界では、黒の直方体というフォルムを持つThinkPadほどアイコニック(象徴的)なものを探すのは難しい。そしてもう1つThinkPadを象徴する色が赤であり、それは皆さんに支持していただいているTrackPointにほかならない。

Q:多くのPCメーカーがそうしたアイコニックな色を探しているが、なかなかそれを見つけられていない、つまり世代ごとに色を変えているのが現状だ。紆余曲折はあったにせよ、ThinkPadが黒を維持できているのはなぜだと思うか?

レオノルド氏:非常に重要なことは、我々はこの黒を採用することで、デザイン、ブランド認知、色彩などほとんどのメーカーがその一生をかけて達成するようなものを、一貫して採用することで実現してきたということだ。

Q:とはいえ、ThinkPadも過去には例えばi-Seriesのような製品でやや異なる色調、例えばブラウンのようなカラーを採用していた。また、現代のThinkPadでもZシリーズのような製品ではレザー柄を採用している。今後もThinkPadは黒が中心であり続けるのか、それとも異なる色も採用していくことになるのだろうか?

ThinkPad Z13では新しいカラーに積極的に取り組んでいる

パラダイス氏:黒はこれまで通りThinkPadにとって重要な色であり続ける、それがThinkPadのブランドであり象徴だからだ。だが、だからといって新しい挑戦を否定するということではない。先ほども申し上げた通り、ThinkPadは顧客が持つ課題を解決し、新しいユーザー体験を提案することだ。それこそが我々がThinkPad Zシリーズでやろうとしていることだ。

 実際、ThinkPad Zシリーズでは新しい取り組みをいくつもしている。リサイクルされたアルミニウムを使ってアルミニウムを鋳造するというのもそうだし、ヴィーガンレザーを利用して新しい色彩を選択できるようになっている、そうしたことからPCの新しいトレンドが生まれつつあるのだ。これは非常にエキサイティングなプログラムだと我々は感じている。

 しかし、Zシリーズで色や素材が変わっても、デザインでは常に弁当箱の原型に戻っている。それは我々がとても大事にしているものの1つだ。

ThinkPadがある限り「TrackPointは永遠に不滅です」というのが現時点のThinkPadチームの考え方

ThinkPadの赤いポッチことTrackPoint(ThinkPad Z13)

Q:ThinkPadのアイコニックなモノと言えば、黒、弁当箱と並び、赤いポッチ、つまりTrackPointがあげられると思う。今後もTrackPointはThinkPadのアイコンであり続けるのか?

パラダイス氏:もちろんその通りだ。だからこそ、我々はZシリーズでTrackPointに新しい機能を追加した。これには多くの時間を割いて開発をしてきたものだ。我々の目標はTrackPointをずっと使っていないユーザーの方にも、何らかの利益をもたらし、それを価値として提供したいということだった。Zシリーズで追加されたTrackPointの追加機能はそうした機能になっていると考えている(筆者注:ThinkPad Zシリーズで追加されたTrackPointの新機能とは、TrackPointをダブルタップすると表示されるクイックメニューのこと)。

 また、新しいZシリーズでは幅120mmの超大型感圧式クリックパッドが導入されている。従来は上部にTrackPointのボタンがあったことで、クリックパッドの底面積を大きくとることが難しかった。しかし、今回感圧式のクリックパッドにしたことで、上部をTrackPointのボタンとして使うことを可能にしながら、クリックパッドを大型化することに成功したのだ。

Q:今度もTrackPointはThinkPadに実装され続けるという理解でよいか?

パラダイス氏:その通りだ。TrackPointはThinkPadがあり続ける限りは永遠に実装されると我々は考えている。それが我々のお客さまに対する約束だし、ThinkPadブランドの象徴的な存在であり、デザインの一部になっていることには変わりがないと考えている。

Q:第2世代のThinkPad X1 Foldでは、外付けキーボードにTrackPointが採用されていた。第1世代ではそれがなかっただけに大きな進化だと考えるが……

初代ThinkPad X1 FoldのキーボードにはTrackPointがない
2代目ThinkPad X1 FoldのキーボードにはTrackPointがある

パラダイス氏:おっしゃる通りで、それは我々が第1世代を出して学んだことの1つだ。ユーザーからのフィードバックで多かったもの1つがTrackPointの存在であり、ほかにもフルサイズのキーボードが必要だという声が多く、今回の第2世代ではそれを実装するようにした。

Q:私にとってはThinkPadという製品はコンサバな製品に見えます、ユーザーが生産性向上に使うデバイスとして、ユーザーの使い勝手に配慮すると、新しいチャレンジはなかなかしにくいという側面があると思う。このThinkPad X1 Foldもそうだと思うが、ThinkPadには新しいフォームファクターという意味で新しいトライをした製品が数々あったと思う。なぜThinkPadはそうしたチャレンジを続けているのか?

パラダイス氏:我々は常にコンピューティングの限界を超えていかなければいけないと考えている。それはしばしばお客さまのご意見を取り入れ、お客さまのニーズを理解し、そしてそれを最新のテクノロジーと融合させながら、なおかつThinkPadの哲学に忠実である必要がある、こう考えている。

 実際、ThinkPadではYogaシリーズのフォームファクター(筆者注:360度回転ヒンジを備えた2in1型デバイスのこと)を導入し、新しい使い方をご提案させていただいた。それによりお客さまの課題を解決することができるのであれば、我々はそれにリスクをとって取り組まないといけない、そう考えている。

Q:これまで開発した中で、これは大変だったとか、よく覚えているみたいな製品について教えてほしい。

塚本氏:ThinkPad X240世代でバッテリブリッジと呼ばれる仕組みを導入した。お客さまが最大24時間バッテリで使えるように、内蔵バッテリと交換可能な外付けバッテリという二つのバッテリを利用できるようにした。当初はその仕組みを実現するのが大変だったが、実際に製品として送り出すと多くのお客さまにご好評いただいたため、よく覚えている。

Q:Lenovoは大和研究所でのThinkPadの開発を続けている。これはなぜか?

フェルナンデス氏:Lenovoでは技術革新を実現するため、エンジニアリングとその人材確保に力を入れている。ご存じの通り、我々には米国、日本、中国と3カ所に研究所を持っている。なぜかと言えば、イノベーションは異なる視点から生まれると考えているからで、この3カ所はトライアングルとして構築されている。

 こうした文化の違う3カ所に拠点を持つというのはこの業界では非常にユニークな試みで、多くの技術革新を成し遂げてきた。長年にわたり築いて着た文化、素晴らしい才能、優秀な人材を引きつける力があるからこそ、こうしたことを実現できたのだと考えている。

 そしてもう1つ重要なことは、それぞれの拠点における他社とのコラボレーションだ。日本の研究所であれば、日本のパートナーと多くの協業を行なっており、例えばThinkPad X1 Carbonであれば東レ、ThinkPad X1 Foldであればシャープと協業を行なっている。同じことは中国でも行なっており、中国ではより一般消費者向けの技術に重点を置いている。

 私はこうした世界中に研究所やエンジニアを持っていることが、Lenovoが持つ重要なアドバンテージだと考えている。そしてジュリーのようなマーケティングチームと協力してお客さまの声を聞き、それを製品開発に統合していっているのだ。

保守と革新が同居するThinkPad、新しい取り組みをするときには段階的に

Q:2004年にLenovoがIBM PC部門を買収すると発表し、その後ThinkPadも含めてLenovoに統合された。そこから18年たって、あの統合を今からはどう考えているか?

パラダイス氏:2004年にLenovoが買収を決めたとき、当時のLenovoの経営陣はIBM PC部門の資産と価値を冷静に認識していたと考えている。その結果、統合にあたり我々のチームは無傷のままで温存され、それがLenovoと融合することで新しいLenovoの文化が生まれることになった。

 我々がこれまで築いてきたブランドとは、お客さまが私たちに求めているものを一貫して提供していることにある。IBM時代も、Lenovoになってからもそれは何も変わっていない。むしろそれを維持し、さらに洗練させる、そういうことを行なってきた18年だと考えている。

 我々のコアバリューは信頼される品質、革新的な技術、そしてお客さまの問題を解決する製品であり、常にそれを改善していく必要があり、30年にわたってThinkPadはそれをお客さまに提供し続けてきた、我々はそう信じている。

塚本氏:大和研究所のメンバーとも、その時点でいろいろな話をした。多くのメンバーが新しいPCセントリックな企業になるLenovoにいって、よりグローバルな企業として活動したいそういう思いをもっていて、結局多くのメンバーがLenovoに参加することになった。そうしたチームとともにLenovoに参加したこともあって、これまで18年間引き続きThinkPadの開発を続けてくることができ、かつ新しいLenovoの大和研究所としての文化を育ててくることができた。

 毎年、実は先日も日本に新卒の社員が入ってきて研究所で働くことを始めているのだが、そうした新しいメンバーを迎えることできて、この文化の良いところを学び、新しい視点でさらにそれを発展させてもらえると考えている。

Q:ThinkPadの開発哲学について教えてほしい

塚本氏:製品に関して言えば、デザインをするということはエンジニアがすべてのことに「それはなぜ必要なのか」ということを説明することだ。デザイン、機構設計、ソフトウエア……すべてのことに関して、この設計が我々のお客さまにとってなぜ必要なのかを説明する必要があるということだ。

パラダイス氏:その通りだ。我々として重要なのはお客さまの成功だ。すべての機能を搭載するかどうかはすべてそれがお客さまの成功につながる、それが必要だと考えている。その意味でThinkPadの設計というのは常にそうした目的を意識した設計であり、決して流行に流されるのではなく、お客さまが抱えている課題を解決することだと言うことだ。

Q:ThinkPadのデザイン責任者として、キーボードレスPCの可能性をどう考えているか?

レオノルド氏:キーボードをどうしていくか、これはPCをデザインする上で重要な要素だ。キーボードがあれば生産性はあがる。ユーザーはスクリーンを開ければ、すぐにキーをタイプして仕事を始まることができる。

 しかし、タッチタイプができるPCであれば、若い世代ならちょっとしたことはスクリーンを触って操作する方が心地よいというユーザーも多いかもしれない。しかし、実際には仕事の能率を上げようとしたらキーボードを取り出して操作するだろう。現状では生産性を考えるとキーボードよりも優れたデバイスはないからだ。

 このため、現状を変えるイノベーションを起こすことは本当に難しいことだと考えることができ、それが実現できない限りキーボードはなくならないだろう。

 しかし、デザイン面から考えると全く別の話で、言ってみればトレードオフの関係にあると言える。しかし、今や私にとってはペンを使って多くの時間を過ごしているので、タッチやペンというデバイスはかなり有益になりつつある。

Q:確かに、物理キーボードは生産性を高めるにはかなり有効だ。しかし、デザイン面はまったく別の話なので、トレードオフの関係にある。

レオノルド氏:その通りだ。だから私はペンを使って多くの時間をすごしている、このようなデバイスはユーザーにとってもとても有益だと考えているからだ。これを利用してコンテンツを編集したり、コンテンツを作ったり、今となってはキーボードと同じぐらい有益なツールになっている。

Q:では将来はどうなるだろうか? やはりキーボードありがメインストリームのままなのか、それともキーボードなしがメインストリームなのか?

レオノルド氏:既に述べたとおり、キーボードを外すというのは非常にハードルが高いというのが私個人の考え方だ。もちろん神様ではないので、将来どうなるのかを予言することはできないが、依然として私たちが仕事をする時に、キーボードは重要な部分を占め続けるだろう。

 それは自動車のアクセルとブレーキペダルを取り去るようなもので、それを取り去って素晴らしい代用品があるかと言えばそうではないのが現状だ。少し時間はかかるのではないだろうか。あなたはどう思うか?

Q:少なくとも10年は無理だろう、20年後には保証の限りではないが……というのが私の意見だ。

レオノルド氏:それは良い解凍だ。現状ではキーボードをなくしていくことにはそのビジョンすら見つかっていないというのが現状だ。しかし、ハプティックなど新しい技術は登場しつつあり、今後はそれらの技術が進化し、よりよい技術が発明される可能性がある。我々もそうした技術を開発するために多くの時間を費やす必要があるだろう。

 また、若い世代がPCをどう使っていくのか、引き続きそのことに注意を払っていく必要があるだろう。

Q:デザインとキーボードという意味では、ThinkPadでは2012年のClassic ThinkPadから7列配列から6列配列に変更した時期があった。その時期にも7列から6列に変えるなという顧客は一定数いらっしゃったと記憶している。

パラダイス氏:まず、我々はこれを開発するにわたって社内でも議論し、そして実際に自分たちでも使ってみた。その結果としてはお客さまの使い方に大きな影響を与えるものではないと評価して導入を決めた。

 しかし、それは一挙に従来キーボードのお客さまが多いClassic ThinkPadに導入するのではなく、まずは2010年に発売したThinkPad Edgeに導入した。デザイン面での自由度が増すというお客さまにメリットがある変更だと我々は考えていたが、まずは新しいシリーズであり、新しいお客さまに向けた製品でもあったThinkPad Edgeに導入したのだ。その結果は上々で、お客さまの反応も上々だった。それを確認してから2011年に発表したThinkPad X1 Carbonに採用し、そして2012年にClassic ThinkPadにと段階的に導入したのだ。

 大事なことは、社内でテストしてお客さまのベネフィットになると確認し、そして実際に出した後もお客さまの声に耳を傾けることだ。ルイーズがTrackPointの物理ボタンを外したThinkPad Zシリーズのクリックパッドの話をしたが、パッドからボタンを取り外しことはクリックパッドが大きくなるという意味でお客さま全体にとって利益になる、そう判断して我々はそのデザインを採用した。

 今もお客さまからのフィードバックをいただいている段階だが、全体的には好意的な反応が多くなっている。そうして段階的に導入し、それが成功すれば他の製品にも展開して製品ラインアップを充実させていく、それが我々のやり方だと言える。

次の30年に向けて、新しいユーザー体験と技術革新のバランスをとりながら開発していく

レノボ・ジャパン 執行役員 兼 Distinguished Engineer 塚本泰通氏

 インタビューの後半は、大和研究所の責任者であるレノボ・ジャパン 執行役員 兼 Distinguished Engineer 塚本泰通氏にお話しを伺ってきた。

Q:塚本氏が当時のIBM PCの大和事業所に加入したのはいつ頃なのか?

ThinkPad T20

塚本氏:2002年に加入したので今年で20年になる。入社してすぐもらったPCが「ThinkPad T20」で、自分が入ったチームが開発をしていたのが「ThinkPad A30」シリーズだった。最初は研修期間だったので、設計をやっているというよりは、入ったチームが設計しているのを横目でみながら自分は勉強しているという形だった。実際にエンジニアとして関わった最初の製品は「ThinkPad T40」だったと記憶している。

Q:それから20年でThinkPadが変わったところはどこか?

塚本氏:良い意味で変わった部分と変わっていない部分があると思う。変わった部分はもちろん技術自体が進化したりすることで、良くなった部分はもちろんある。それに対して変わらない部分は、常にお客さまの成功は何かということを定義して変化していくかという姿勢で、変化をどう取り入れていくかというは刻々と変わってきていると感じている。

 昔はノートPCの設計と言えば薄い、軽いだけを目指していた。しかし、今はフォームファクターにも新しいトレンドが出てきており、そうしたトレンドを把握しながらそれをいち早く取り入れて設計していくことが大事になっている。

 重要なことはお客さまの声を聞くことはもちろんだが、それと同時にお客さまが本当に欲しいものは何かを予測しながら設計することだ。今のニーズだけでなく、将来のニーズをきちんと捉えて、製品を発売したときにお客さまに欲しいと思ってもらえるモノを考えていくことだ。

 1年後に製品を出すときに自分たちの設計とそうしたニーズがズレていたと気がついた時にはもう遅いので、そこをちゃんと捉えることが大事だと考えている。そういうスピード感はLenovoのThinkPadになってから大きく変わった部分だと考えている。

 そうした取り組みが変わってきたことの1つとして、PoC(ピーオーシー、Proof of Concept、簡単に言えば自社が持っている技術でそのコンセプトが成り立つかを検証すること)やプロタイプ制作は以前に増して積極的にやるようになっている、これは非常に大きな変化だ。そうしたプロトタイプを重ねていくことで、逆に我々の方から業界に積極的に働きかけて行き、自分たちの中でも熟成させていくことでお客さまに出せるレベルに高めていく、それが「業界初」の技術を製品に積極的に搭載していくことにつながっている。

Q:以前はそうしたことは大和研究所ではやっていなかったのか?

塚本氏:やっていなかったわけではなく、研究所のメンバーが製品の開発をしながら同時にPoCもやっていた。それだとどうしても中途半端になってしまうので、今はPoC専任のチームがあり、パートナー企業と一緒に常に新しい技術の開発に取り組んでいる。

Q:ThinkPadでは、SoCにAMD、Intelと両社のプラットホームを用意しているだけでなく、X13sのようにQualcommのArm版Windows向けのプラットホームもビジネス向けとしてリリースしている。

塚本氏:プラットホームにはそれぞれ技術的な特徴がある。例えばQualcommであれば消費電力が低いからバッテリ駆動時間が長くなるというのはその例だろう。我々はそうしたプラットホームを、企業・法人のお客さまに対してどういうご提案をするのかに関する長い経験がある。プラットホームを提供する半導体メーカーさまはその経験がある訳ではないので、そこをどのように製品に落とし込んでいくかが我々の腕の見せ所となる。その観点でプラットホームを提供される半導体メーカーさまとは密接にやりとりをさせていただいている。

Q:Lenovoにある3つの研究所の中で大和研究所の位置づけは20年前と変わっている部分はあるのか?

塚本氏:Lenovoの中でもコマーシャル向け製品であるThinkPadを開発することを担っているという基本的な位置づけは変わっていない。ただし、大和研究所の中にもいろいろなチームがあって、社内では先進技術と呼んでいる未来の基礎的な技術を開発する部門があり、そこで開発している技術はThinkPadに限らず、Lenovoの一般消費者向けの製品にも搭載されている例もある。

Q:Yoga Bookに採用されたスクリーンキーボードなどのことか?

塚本氏:そうだ。あのYoga Bookの時は、北京の研究所が中心になって当初は開発しており、スクリーンキーボードも彼らが開発していた。しかし、どうも最後になかなか解けない課題があるとなって、その技術を開発していた日本のチームが参加することになった最後の仕上げを担当したという形になる。

 お客さまの成功を助けるというのは、ThinkPadだけがそれを担っているわけではないと考えているので、大和研究所の中ではさまざまな研究を行なっているのだ。このため、クラウド側の開発みたいなものもやっているし、Think Smart(Teamsの電話会議クライアントなど)のようなコラボレーションツールの開発も行なっている。

Q:20年前だと日本向けのノートPCと、グローバルのノートPCと必要とされるニーズが異なっているという議論もあった。IBMの時代にも、日本専売モデルがあり、常にそういう議論をしていた記憶があるが今は割と縮まったなという印象があるがそのあたりはどうか?

塚本氏:20年前には確かによくそういう議論はしていた。日本では昔は12型で薄く軽く……みたいなご要望がほとんどで、あとは据え置きとしての15型でいいから低価格で……といったニーズがほとんどだった。また、充実したポート構成を求められるのも特徴で、VGAをつけてほしいという要望が最後までなくならなかったのが日本市場だった。

 しかし、ThinkPad X1 Carbonが導入されてから、14型を使ってみると、実は大きなサイズのディスプレイがよかったとご理解いただき、しかも軽いということで好評を博すようになってきた。それまで日本のお客さまはとにかく小さく、軽くということを重視するお客さまが多かったのだが、今はそのトレンドが生産性を重視する方にシフトしてきていると感じている。

 それが明確になったのがコロナ禍の時期だったと思う。皆がリモートワークになって、会社のPCが15型の大きなPCを持って帰るのは厳しいとなって、14型への移行が進んだそういう側面はあると思う。

 ただ、1つだけ言えることは、日本のお客さまは品質に対する期待値は世界的に見ても非常に高い点。その意味で、日本のお客さまの声をしっかり聞くことは、我々の製品レベルを上げるのに大きく貢献していて、そこは本当にありがたいことだと思っている。

Q:昨年ThinkPad X1 Nanoをリリースして、1kgを切るThinkPadが久々に登場した。今年に入って競合のDellも「Latitude 7330 Ultralight」で1kgを切るビジネスノートPCをリリースしている。そういうのも、日本のニーズとグローバルのニーズが近づいてきたことを意味しているのか?

ThinkPad X1 Nano

塚本氏:その通りだ。グローバルなトレンドが日本のトレンドをフォローしているというのが見てとれる。その背景としては、コロナ禍になってリモートワークになって、自宅や出先で仕事をして、PCを荷物に入れて車で移動する、あるいはPCを持って会社に行くというのが当たり前になりつつあり、そうしたユーザーが「重いのはいやだ」という意見が出ているということはあると思う。そのため、急にグローバルの市場でPCの重量が注目され始めたということがあると考えている。これは日本にとっても良い傾向だと思う。

Q:そうしたグローバルの意見はどのように集約されていくのか?

塚本氏:実際、我々の所にもグローバルなお客さまのフィードバックやご意見などはシステムを通じて入ってくるのだが、そうしたご意見を参考にしながら次にお客さまが解決したいポイントは何か常に考えている。もちろん、ニーズは地域ごとに違っていて、例えば東アジアはみんな小さくて軽いのが欲しいとか、そういう傾向はある程度分かるようになっている。そうしたことを参考にしながら常に新しい製品を考えている。

Q:それはバランスとるのが大変そうだ……

塚本氏:簡単ではないが、逆に言えばそれができることがLenovoの強みだ。LenovoにはThinkPadのようなコマーシャル向けのPCだけでなく、一般消費者向けのPCやタブレット、スマートフォンなどさまざまな製品があり、世界各地で販売している。そうしたユーザーからのフィードバックは本当に参考になるし、そうした別の開発チームからのフィードバックもある。

 また、ユーザー体験を専門に研究しているチームもあるので、そうした世界各地の研究開発チームと連携しながら、常に次のトレンドを考えながらThinkPadの設計を行なっている。

Q:個人的には技術革新は大事だと思うのだが、その一方慣れたものが使いやすいから新しいものは導入しなくて良いというコンサバなユーザーが多いのもまた事実。そのバランスをとるのは大変で、ThinkPadでもThinkPad X1 Carbon Gen 4で6列目のファンクションキーをタッチキーにしたが、次の世代では元の物理キーに戻ったことなどがあった。そういうイノベーションのジレンマとでも言うべき課題をどう考えているか?

塚本氏:そういう葛藤があることは常に感じている。新しいアイデアは常に出てきて、エンジニアとしてはすぐに新しい製品に載せたいと思うモノだが、ThinkPadでは一気に全部やらないということを常に気をつけている。

 先ほど6列配列のキーボードをEdgeで導入し、X1 Carbonで導入して、その後にClassic ThinkPadに導入したというお話しをさせてもらった。我々としては何かを大きく変えるときには常にそういう考え方で導入している。

 ThinkPad Zシリーズで導入したTrackPointボタンのないクリックパッドも同様だ。実は以前もこのデザインは試していて、お客さまからのフィードバックを元に技術の選択をした結果、元の形に戻った経緯がある。では今回なぜZシリーズでこれを導入したのかというと、新しい技術(筆者注:ハプティックによるフィードバックのこと)が導入されたので、TrackPointのボタンとしての使い勝手と、パットを中心に利用する若いユーザーさまのベネフィットが両立できると考えたからだ。これも一挙にすべてのThinkPadに導入するのではなく、まずは新しいユーザーさま向けの製品であるThinkPad Z13で導入したのは既にご説明させていただいた段階的に導入するという考え方に基づいている。

 お客差から選択肢を奪うこともないように、そこはコンサバに行くべきだと考えている。

ThinkPad Z13

Q:最後に次の30年に向けて、今後のThinkPadの開発をどうなっていくか教えてほしい。

塚本氏:大きく言うと2つある。1つはユーザー体験が重要になってきているので、我々の研究所がきちんとそうした時代の流れをつかんで見極めることだ。もう1つはそれを支える技術を開発していくことで、技術革新により世界を変えてお客さまのビジネスを支えていくことが我々の使命でもあるので

 。ただ、技術、技術といっても技術革新という言葉に溺れないように、お客さまのビジネスの成功のために本当に必要な技術は何なのかをきちんと見極めて開発していく必要があると考えている。それらを継続的にやっていくことが、これからのThinkPadの開発で重要になると考えている。