福田昭のセミコン業界最前線
AI特需による異常な半導体不足がもたらす個人向け市場の「ディストピア」
2026年10月13日 09:01
メモリとストレージの供給不足と値上がりが個人向け市場(コンシューマ市場)で目立ち始めたのは、2025年第4四半期(2025年10月から12月期)のことだ(参考記事)。2026年に入っても状況は良くなるどころか、さらに悪化しつつある。
「AI特需」が引き起こした「AIスーパーサイクル」
供給不足の主な要因は、すでによく知られている。AIハードウェア需要の急激な増加だ。クラウドデータセンターのサービス企業(ハイパースケーラ)が、AIサーバーを含めたデータセンターへの投資を急拡大させた。この結果、大容量メモリと大容量ストレージの需要が短期間に拡大し、供給が追いつかない。当然のことだが、供給不足によって価格が高騰した。この状態が2026年の年初から続いている。
メモリとストレージのイベント「FMS(フューチャー(オブ)メモリアンドストレージ)」(2026年8月4日から6日、米国カリフォルニア州のシリコンバレーで開催)で市場調査会社IDCは、エンタープライズ向けインフラ投資の金額は2025年から2030年にかけて年率24%で増えるとの予測を述べていた。予測通りであれば、2030年の投資金額は2025年の3倍近くに拡大する。
同じイベントでIBMのサプライチェーン担当幹部は、AI最適化データセンターへの投資金額が2026年に5,000億ドルを超える見通しだと講演で述べていた。
DRAMはHBM需要、ストレージはエンタープライズSSD需要が爆発
「FMS」の一般講演セッションでIBMのサプライチェーン担当幹部は、AIインフラへの巨額投資がメモリの極端な供給不足を引き起こしており、従来のメモリ需給循環「シリコンサイクル」とは性質の異なる「AIスーパーサイクル」と呼ぶ状態にあると解説した。
足りないのはメモリとストレージだけではない
供給不足になっているのはメモリとストレージだけではない。積層セラミックコンデンサ(MLCC)は2025年以前から、供給不足の状態が続いている。AIサーバーでは、スイッチング電流による電源電圧変動を緩和するため、大量のMLCCをGPUやCPUなどの実装基板に配置する。最新世代のAIサーバー基板が搭載するMLCCの数は最大1万2,000個に達し、この数は前世代の2倍近くに達する。納期は大容量品だと20週を超える。
電源関連では、AIハードウェアにおける電源管理の複雑化と供給電圧の高電圧化により、電源管理IC(PMIC)とパワー半導体の需要急増と供給不足が発生した。特にPMICは全応用分野にわたって構造的な供給不足が続いており、AIハードウェアが要望する高性能品を増産しづらい。
また動作周波数の向上によって信号品質(シグナルインテグリティ)が問題となった。高精度薄膜抵抗とコンポジットインダクタの需要が急速に増加し、供給不足を招いた。
信号品質の確保、動作周波数の向上、スイッチング雑音などの課題に対処するため、プリント基板にもしわ寄せがきている。高周波対応かつ低損失の多層配線のプリント基板(PCB)の需要が急激に増加した。
大手サプライヤは長期供給契約や民生向け供給の削減などで対応
極端な供給不足に対し、半導体や電子部品などのサプライヤ(メーカー)は、いくつかの方策を打ち出している。それは粗くいってしまうと「顧客の選別」だ。エンタープライズ(企業ユーザー)向けの供給を優先し、コンシューマ(個人ユーザー)向けの供給を後回しにする。
「顧客の選別」の象徴といえるのが、契約方式の変更だろう。これまで大口の企業ユーザー向け価格は、半年から1年程度の期間を置いてサプライヤとユーザーが交渉して決めてきた。この価格はコントラクト(契約)価格と呼ばれている。
コントラクトに代わって最近では「長期供給契約(LTA: Long Term Agreements)」あるいは「戦略的顧客協定(SCA: Strategic Customer Agreements)」と呼ばれる契約方式が台頭してきた。5年あるいは3年の供給期間をサプライヤが保証するのと引き換えに、ユーザーは一定値以上の価格を保証する。ここで「一定値」とは底値を意味しており、たとえば2026年4月から6月期の市場価格を「底値」とする。言い換えるとLTAあるいはSCAの下では、契約期間中に「底値以上」で購買することがユーザーに求められる。
LTAあるいはSCAの内容はかなり細かいようだ。5年契約では5年間の微細化ロードマップ(技術ノード)と生産計画をサプライヤがユーザーに開示する。ユーザーに出荷する製品(HBM、LPDDR DRAM、NANDフラッシュメモリなど)の仕様と数量の予定も合意内容に含まれる。サプライヤが提示した出荷予定に基づき、ユーザーはハードウェアの将来仕様と生産予定を安定的に構築できるようになるとする。
LTAあるいはSCAで最も重要なのは、「デポジット」(手付金あるいは前受金)の存在だろう。Micron Technologyは2026年6月24日に発表した四半期決算の中で、16社とSCAを結んだことで220億ドルを「デポジット」として受け取る予定だと述べている。また同年9月30日に発表した四半期決算ではSCAを結んだユーザーが26社に、「デポジット」が320億ドルに増えたと報告した。「デポジット」がMicronの開発投資と設備投資を支える一助となることは明らかだ。
過去、半導体メモリ業界では需給バランスが緩むたびに値引き合戦という過当競争が起き、数多くの半導体メーカーがメモリからの撤退ないしは企業自体の倒産に追い込まれてきた。生き残った半導体メモリメーカーはようやく、「価格崩壊」の恐怖から解放されたように見える。
SCAを支える柱は供給不足だけではない。もう1つの柱は「量産の技術的な難しさ」だろう。技術的な難度が新規参入を阻む。参入障壁の確保には、開発リソースの継続的な投入が欠かせない。SCAに持ち込まれた「デポジット」は、技術的な難度を将来にわたって維持する有力な手段となりそうだ。


























