簡単に作れるソフトウェアラジオでJJYを見てみよう



 今回はまず動画を見てください。普通のWindowsマシンの画面を撮影したものです。

【動画】日本標準時を送信する無線局(JJY)からの電波を表示しています。信号の有無を音に変えて、耳で聞けるようにもしています。後半に「JJY」というコールサインを表すモールス信号が流れます。「・--- ・--- -・--」という画像と音が確認できますね

 PCにわずかな部品をつなぐだけで、こんなことが可能になります。

 受信した電波をAD変換(アナログからデジタルへの変換)し、ソフトウェアを使って我々が利用可能な形式に「復調」する技術を総称してSoftware Defined Radio (SDR)といいます。

 今回のテーマはSDRです。ただ、SDRという言葉はちょっと難しいので、記事中ではソフトウェアラジオという表現も使います。PCのアプリで電波を見たり聞いたりしてみましょう。

 なお、この記事に登場する機材や画面写真は、SDRの技術と動向に詳しい笠作貴弥(JI1ETF)さんよりご提供いただいたものです。我々の撮影場所でいくつかのデモをしていただいて、それをまとめる形で記事化しました。専門家の手で次々と電波が可視化されていく様子を見ることはとても愉快でした。

 それでは1つ目のデモであるJJY受信の様子を見てください。

普通のノートPCに、USBオーディオインターフェイスを介して、電波時計用のバーアンテナをつないでいます。電波条件が良ければこれだけで福島県のおおたかどや山送信所からの電波を受信できます
USBオーディオインターフェイスはSound Blaster X-Fi Surround 5.1を使用。24bit/96kHzのサンプリングに対応するものなら他の製品も使えます。バーアンテナの端子を咥えるクリップ付きケーブルは自作したものですが、オーディオ入力端子につないでいるだけなので、他の方法でも問題ありません
電波時計用のバーアンテナは秋月電子で購入可能です。700円。ただし、このアンテナには60KHz用のコンデンサ(12,000pF)がハンダ付けされているので、もう1つ15,000pFのコンデンサを並列につないで27,000pFとし、40KHzに同調するよう調整しています
システムの核心部はこのWindowsアプリ。DL4YHFさんのSpectrum Labを使用しました。ノイズの中に1本の黄色い点線が見えますね。これが福島からのJJYです。微弱な信号を処理して読み取りやすく視覚化するのがこのアプリの役目です

 JJYの送信所は2カ所にあり、福島県からの40KHzと佐賀県からの60KHzという2つの周波数を使用しています。市販の電波時計が利用しているのも、この2波。今回のターゲットを40KHzにしたのは、96KHzサンプリングのオーディオインターフェイスで処理できる周波数の上限(48KHz)を考慮してのことです。

 オーディオインターフェイスでAD変換された信号は、アプリにとってはマイクから入力された音声信号と同じ。つまり音声処理と同様のテクニックで扱うことができます。ラジオ放送や各種データ通信を受信する場合、デジタル化した信号から利用したい情報を取り出す複雑な処理も必要ですが、近年のマイクロプロセッサが持つ能力で十分それが可能です。

 携帯電話に代表される近年の高機能な無線機はSDRをベースにしているものが多いようです。ソフトウェア化することで、専用のアナログ回路に依存しない、柔軟で低コストな無線機が実現できます。ノートPCにバーアンテナを直接つないで作るソフトウェアラジオは、携帯電話と比較したらかなり野蛮ですけれども、基本的な仕組みは共通。高度な技術が身近に感じられてきますね。

素のバーアンテナだけでは信号が弱くてノイズに埋もれてしまう場合があります。より実用的にするため、FET1石の増幅回路を追加します。(ブレッドボードの右側に見えているICは笠作さんが実験した名残で、今回は使用していません)
1石増幅回路の回路図。33mHの高周波チョークコイルはサトー電気で入手可能です。共立電子で扱っている10mHのものでも代用できます。チョークコイル以外の部品はすべて秋月電子で取り扱っています。C1は27,000pFを目安に、複数のコンデンサを並列にして作ります
増幅回路の威力で、信号がよりハッキリと読み取れるようになりました。ただ、この回路を実験しているときに、謎の信号源からノイズが混入し、JJYの点線の横に強いシグナルが現れてしまいました

 この実験を自分で再現する場合、バーアンテナ周辺のノイズ源に注意が必要です。液晶ディスプレイや電池の充電器などから発せられるノイズによって、JJYの信号が埋もれてしまう可能性があります。周囲の不要な機器の電源を落とし、窓際の開けた場所にバーアンテナを置いて試してみましょう。

 我々もデモを見た翌日から追試を行ないました。笠作さんの機器構成と違うのは、Windows PCの代わりにMacBookを使った点と、増幅回路の高周波チョークコイルの入手が間に合わなかったので、笠作さんのアドバイスに従って1KΩの抵抗器で代用した点です。また、回路図中のC1の容量は、バーアンテナに付属する12,000pFに15,000pFを並列接続しただけでは信号が弱かったため、さらに2,200pFのコンデンサを加えて29,200pFとしたところ、快調に受信できるようになりました。

我々は24bit/96KHz対応のオーディオ入力を標準で備えているMacBook(Late 2008)を使って試してみました。USBオーディオインターフェイスは使用せず、MacBookのオーディオ入力端子に直接、先述の増幅回路をつないでいます。アプリケーションはDL2SDRさんのDSP Radio。試行錯誤の末に、JJYの信号が見えたときはちょっと感動しました。

 アプリのツマミを動かしてパラメータをいくらか調整するだけで、ノイズの中から情報が浮き上がってくる様子をみると、コンピュータの威力を実感できます。もちろん、まったく受信できていなかったり、最初から完全にノイズに埋もれていては処理のしようがありません。最善の受信状態を得るためには、やはりアンテナの性能が重要です。

 電波時計用のバーアンテナはJJYの受信に最適ですが、笠作さんは別の方法も試していました。

bar-antenna.comという名前のサイトで、バーアンテナのオーダーメイドを頼むことができます。写真のT字型アンテナはJJY受信用にあつらえたもの
バーアンテナをカスタマイズするときは、インダクタンスの測定が必要です。写真はLCメータを使ってバーアンテナを測定しているところ。持っていたい測定器の1つです。

 2つ目のデモに進みましょう。

 使用するのは、PCのUSBポートに挿すだけで64MHzから1,700MHzまでの広い範囲を受信できるドングル型SDRモジュールFUNcube Dongle Proです。イギリスのアマチュア人工衛星団体AMSAT-UKのためにハワード・ロングさんが開発し、販売もしているこのハードウエアの魅力は、専門家でなくとも扱える簡単さと、価格の安さにあります。イギリス国内での値段は104.9ポンド(約13,500円)。海外発送にも対応していて、世界的にユーザーが増えているようです。

ちょっと昔のUSBメモリのような形をしたFUNcube Dongle Pro。アンテナ端子がなかったら無線機器には見えません。USBドングル型のTVチューナに使われるチップを利用することで、このサイズにまとめているようです
Windows PCのUSBポートに接続すると、サウンドデバイスとして認識されます(OS標準のデバイスドライバで動作)。手前のオーディオケーブルは、複数のアプリケーションを動かすデモのために、サウンド出力をマイク入力へ戻しています
ACARSを受信中。ACARSとは飛行中の航空機と地上の間でデータ通信を行なうためのシステム。それに含まれる位置情報を基に航路をプロットするKG-ACARSというアプリケーションを使用しています。FUNcubeの感度は十分で、小さなアンテナでも確実に受信できます
動いているプログラムは3つ。FUNcubeのコントローラ、SDRソフトウェアのSpectra Vue、そしてKG-ACARSです。これらのプログラムが連携することで、受信した電波からデータが取り出され、視覚化されます。先述のオーディオケーブルはSpectra Vueの出力(サウンド)をKG-ACARSへ渡しています

 FUNcubeの開発者ハワード・ロングさんは、普段、ロンドンの金融街でシステム開発をしているそうです。つまり、FUNcubeの開発は本業ではないということですね。連携して動くアプリも、多くは有志がアマチュアの立場で開発したものです。世界中にソフトウェアラジオの世界を探求している人たちがいて、その成果が着々と積み上げられている気配がします。

 次はさらに高度なSDR受信機のデモです。

 Kinetic SBS-3は、ADS-Bと呼ばれるACARSよりもリアルタイム性の高い航空機情報を受信できるデバイス。ADS-B受信機のほかに、さまざまな通信を受信できる2基の広帯域SDRチューナを内蔵していて、航空ファンのニーズを1台で満たすことが可能です。

SBS-3の価格は416.62ポンド。国内ではアペックスラジオが、簡易アンテナと専用ソフト(CD-ROM)のセット価格59,900円で販売しています
少量生産を感じさせる金属シャーシ。この製品もFUNcube同様、イギリス生まれです
PCとはUSBケーブルで接続します。SBS-3は本体内でデコードまでできるので、PC側のソフトウェアはユーザーインターフェイスの役割を担います
専用ソフトBasestationの画面。レーダー風のマップにいくつかの機影が表示されています。駿河湾上空を飛行する機体からの電波まで受信できたことに驚きました

 SBS-3はLANインターフェイスも内蔵していて、ネットワーク越しに受信データを取得することができます。SDRに限った話ではありませんが、散在する受信機からのデータをネットワーク経由で集約し、Webベースのアプリケーションとして提供する試みが世界的に広がっています。その1つが、Flightradar24。世界各地の有志が運用する受信機からADS-Bのデータを集約し、1つのマップにリアルタイム表示します。SBS-3を使って、このサイトにデータを提供している人もいる模様。新しいラジオの新しい活用法ですね。

世界中の航空機の位置が分かるFlightradar24。ほぼリアルタイムにアイコンが飛んでいます。見ていて飽きません

 笠作さんの大きなスーツケースから最後に現れたデバイスがSignal Hound USB-SA44Bです。1Hzから4.4GHzに対応するスペクトラムアナライザ。残念ながら時間切れでゆっくりデモしてもらうことができませんでしたが、これを使うと一層強力なソフトウェアラジオを構築できるようです。

かわいいプリントが施されたSignal Hound USB-SA44B。919ドルと安くはありませんが、同程度の能力を持つ従来の機材と比べれば、桁違いに低コストとのこと。無線野郎の琴線に触れるデバイスのようです

 シンプルなハードと便利なアプリを組み合わせ、SDRの技術を使って使い慣れたPCの画面からさまざまな電波を捉え、聴いたり見たりすることは、とても楽しいということが我々にも分かりました。このジャンルは継続的にトライしていきたいと思います。