三浦優子のIT業界通信

30周年を迎えたATOKにかける思い
~ジャストシステム福良伴昭社長インタビュー



 ジャストシステムのATOKは、2012年2月10日に発売された「ATOK 2012 for Windows」で30周年を迎えた。

 1982年10月に展示会で発表された、8bitマイコン用OS「CP/M」のための日本語処理システム「KTIS」(Kana-kanji Transfer Input System)が初代ATOKである。それ以来、バージョンを重ね、機能的にも大きく進化し、対応デバイスもPCに留まらず、携帯電話、ゲーム機と拡大しつつある。

 30年の間ATOKはどのように進化し、そしてこれからどう発展しようとしているのか。ATOKの黎明期からその開発過程を見てきた福良伴昭社長、現在のATOKの製品作りに関わるコンシューマ事業部企画部の佐藤洋之部長、大野統己氏(以下、敬称略)にATOKの昨日、今日、明日について聞いた。

●初代KTISはアセンブラで開発

--福良社長は、ATOKというか、その前進製品であるKTISが開発された当時からジャストシステムに在籍されていたんですね。

ジャストシステム代表取締役社長 福良伴昭氏

【福良】そうですね。正式な入社は1983年になりますが、アルバイトでジャストシステムに入ったのが1982年ですから、まさに「KTIS」開発の真っ直中の頃だと思います。いや、当時は開発段階ですから正式にそういう名称がついていなかったんじゃないかと記憶していますが……(笑)。

--ジャストシステムでアルバイトをすることになったのは、日本語変換やワープロソフト開発に興味があったからなんでしょうか。

【福良】いやいや、そんなことではなくて。当時、別なアルバイトをして貯めたお金でPC-8800シリーズを買ったんです。なんとか、自分でプログラムをしてゲームソフトを作りたい。しかし、当時は現在のように教本があるわけではありません。なんとかプログラム開発を勉強したいと思っていたところに、工学部の同級生がジャストシステムというところでアルバイトをするから一緒にやらないかと誘ってきたんですよ。「アルバイトしながら、プログラムが勉強できるぞ」と。

--当時、福良社長は徳島大学の歯学部で歯科医になる勉強をされていたんですよね。

【福良】そうだったんですが、すっかりプログラム作りが面白くなってしまった。そのため、1983年にジャストシステムに正式入社するわけです。

--当時のATOKというか、前身のKTISはどのように開発されていたのでしょうか。現在の開発環境とはかなり違うのではないかと思いますが。

【福良】開発環境も違いますが、利用するハードウェアも現在とは全く異なります。最初は8bit CPU向けソフトウェアとして開発が始まっていたと思います。メモリも限られていますし、出来ることにも制限が多かった時代です。

 KTISの開発は、浮川初子専務(当時)を中心に進められていました。開発言語はアセンブラでしたね。

 で、KTISを発表したすぐ後に「ワープロを作ろう!」という話になりました。私自身はワープロの開発を担当することになりました。最初に製品として発売したのが、「JS-WORD」でそこにKTISが搭載されました。

 最初に発表されたKTISは、「単漢字変換」でした。現在では想像も出来ないでしょうが、漢字を1文字づつ変換するわけです。現在のシステムからすると不便なシステムに見えるでしょうが、漢字が利用できずカタカナしかなかった時代に登場したのが単漢字変換でした。

 とはいえ単漢字変換ではやはり使いにくいということで、JS-WORDに搭載したKTISは「先読み単語・熟語変換方式」を採用していました。

 単漢字変換は、「あ」と1文字入力して変換すると、「亜」や「阿」などの文字が表示されます。「新しい」と変換するためには、「あたらしい」と文字を入力する必要がありました。しかし、それでは入力スピードが遅くなりますから、「あ」と入力するだけで「新しい」も変換候補となるよう予測するわけです。

 しかも、入力スピードを早くするために、ローマ字での変換を可能にしました。「a」と入力すれば、「あ」と変換しなくても、「a」から漢字変換ができるようにしました。さらに、変換のための操作にスペースキーを使うことも当時はないものでした。その後、1つの文節ごとに変換する「単文節変換」を経て、「連文節変換」を実現します。

●連文節変換が大きな話題に

--連文節変換は、現在では当たり前ですが、当時は大変なインパクトがあったという声を聞きます。入力した文字が一気に正しく変換されるデモンストレーションをすると、歓声があがったそうですね。

【福良】連文節変換を実現したATOKをバンドルした「jX-WORD太郎」が発売されたのは1985年です。「連文節変換が出来ます」と言っても、誤変換があちこちにあったら直すのに時間がかかります。むしろ、単文節変換の方が使い勝手いいということになってしまう。

 できるだけ自然に間違いのない変換を実現するアルゴリズムを実現することは容易ではありませんでした。こちらが良くなれば、あっちが悪くなるといった具合で。簡単に実現したわけではなく、色々と苦労して実現したものです。

--「ATOK30周年記念サイト」を見ると、当時の主流だったOS「MS-DOS」用のFEPは「ATOK以外にもたくさんのFEPが登場」とあります。確かに当時からPCを使っていた人に話を聞くと、「自分はこの会社のこのワープロとFEPを使っていた」とジャストシステム以外の製品の名前を挙げる人がたくさんいます。それだけライバルがたくさんいた中で一太郎 & ATOKが大きな支持を受けた要因はどこにあったのでしょうか。

【福良】日本語変換システム、日本語ワープロソフト開発に取り組んだことが他社よりも早かったことが1つ。さらに、そこにかける情熱があったということだと思います。

 「情熱とはなんだ」と思われるかもしれませんが、例えば「FEPには辞書が大事だ。辞書をどうしようか」といった議論が日本語変換システムを開発し始めた、かなり早い段階からありました。他社がそういうものを作っているからとか、ビジネス的にそれが必要という前に、日本語変換システムとはどうあるべきか、真剣に考え、検討したから、早い段階から辞書を用意する必要があるという発想になったのだと思います。

 それから大きなパワーになったのは、お客様の反応ですね。良い反応は励みになりますし、厳しい叱咤の声もバージョンアップして成長していきますしね。

--福良社長が携わっていた一太郎もATOK同様、大きな変化をしていきますね。初代は一太郎ではなく、JS-WORD、それからjX-WORD太郎になって、1985年8月に発売になったATOK4を搭載した製品から、「一太郎」という名称になります。

【福良】機能的にも色々な挑戦をしています。例えば、色々な機能を使うために、ファンクションキーを使うのが当たり前でしたが、機能が増えていくとファンクションキーだけでは足りなくなってきます。それではどうする。ということで、Escキーを使うことにしました。

 Escキーは現在でも一太郎の機能として残っています。使われている方にとっては当たり前の機能になっていると思いますが、そういった機能1つとっても自分達で創り出さなければなりません。

 JS-WORD太郎ではマウスを利用できるようにしたり、マルチウィンドウ、マルチ文書が表示できる機能を搭載したり、1980年代からすでに色々なチャレンジをしてきました。こうしたチャレンジがあったからこそ、現在まで一太郎が続いているのだと思います。

●Microsoftからの搭載依頼を断り独自製品にこだわる

--その後、一太郎とATOKはバージョンを重ねていくにつれて、日本語ワープロソフト&日本語変換システムのトップシェア製品となりました。

【福良】1987年に発売しました「一太郎Ver.3」がヒット商品となりまして、当時トップシェアだったNECのPC-98シリーズにおける一太郎の占有率はかなりの高さだったと思います。当時はPCのことを一太郎と呼ぶ人がいたという話があるくらいですから。

 次の一太郎Ver.4はバグを出して回収騒ぎが起こるといったトラブルもありましたが、ATOKを単体製品として提供し始めたのもこのバージョンからです。お客様の叱咤激励のありがたさをあらためて痛感したのもこのバージョンでした。

--1990年代に入ると、Windowsという新しい波が日本でも台頭し始めます。MS-DOS用の世界でトップシェアだった一太郎 & ATOKにとって、Windowsはどういう存在だったのでしょうか。

【福良】DOSとWindowsではかなり作法が異なります。例えば操作性についてもキーアサインからして全く違う。「どちらを選んでもらうべきなのか。」といったことも考えました。結局はどちらも搭載して、使われる方がどちらか選ぶ、現在のスタイルとなりました。

 実は一太郎自身も、Ver.4から「ジャストウィンドウ」という独自の操作体系を開発し、アプリケーション連携などができる環境を作ってきていました。続けて発売したVer.5でも一太郎として初めてプロポーショナルフォントを搭載するといった試みもしていましたし。

--Windows時代になると、それまで日本ではOSメーカーとして活動してきたMicrosoftがWordやExcelといったアプリケーションの提供を始めます。MS-DOSの時代には、一太郎とATOKのライバルとして複数の日本語ワープロとFEPを開発する日本のソフトメーカーがいましたが、Windows化に対応できずにほとんどのメーカーがなくなっていきました。競争が激しくなった上に、開発コストが増大したためではないかと思いますが。

【福良】一太郎とATOKにはたくさんのお客様がいましたから。ですから、1994年にWindows版の提供を始めました。

--以前、MicrosoftのOBの方から、「Wordに搭載するFEPとして、エー・アイ・ソフトが開発したWXシリーズを搭載したが、本当はATOKを搭載することができないか、ジャストシステムに交渉に行ったことがある」という話を聞いたことがあります。

【福良】(苦笑)

--これが実現していたら、ATOKの方向性は大きく変わっていたんではないかと思いますが。

【福良】それについてはノーコメントで。ただ、現在もこうしてジャストシステムのATOKとして製品を提供できているというのは、決して悪い環境だとは思いません。自分の会社の製品を開発し、販売していくことができるということがやはり大切だと思います。

●携帯での日本語変換にも果敢に挑戦

--その後、ATOKとしての進化を続けると共に、2001年からは携帯電話など各種デバイスへの搭載が始まります。携帯電話用となると、ハードウェア環境も、操作体系もDOSからWindowsどころではない変化だと思いますが。

【福良】ATOKに関しては、「ATOK anytime anywhere」が社内での合い言葉になっています。日本語入力が必要になるところであれば、どこへでもATOKの対応先を広げていこうという考え方です。だから、それが携帯電話であっても、Windowsだけでなく、Mac OSであっても、Linuxであっても対応していきます。

 もちろん、それぞれ環境は厳しいですよ。携帯電話の場合、最初に搭載を始めた2001年頃は32KBで、少ないキー操作、少ないメモリで入力しなければなりません。PCで培ってきたATOKの価値を見直す必要もありました。

--同じATOKと名乗っている以上、「PCのATOKは使いやすいが、携帯電話のATOKは使いにくい」といった声が上がってはマルチデバイス展開をしたことが逆にマイナスになりますよね。そうした事態を起こさないために、開発を行なっていく上でどんな対策をとっているのでしょうか。

ジャストシステムコンシューマ事業部 企画部 佐藤洋之部長

【佐藤】ハードウェア環境に左右される部分はありますが、その環境の中で最高のものを作る、というのが第一です。さらに、現在では「共通技術開発部」の名称になっているATOK製品開発部が、コンセプトをぶらさずに開発が進められているのかコントロールする体制となっています。ATOK 30周年記念サイトのインタビューを見て頂ければわかりますが、徳島での開発部隊に加え、一部東京の開発部隊が加わって開発が進められています。

【福良】インターネット、携帯電話が当たり前になった2000年以降は、仕事であれ、プライベートであれ、人が物を考えて、文字にしていく機会がどんどん増えているのだから、そこに向けてATOKを提供していくという方向性が明確になったように思います。

--その一方で、インターネットが普及し、Googleのようにこれまでのソフトメーカーとは全く異なるアプローチで日本語変換システムを提供する競合企業も出てきました。こうした動きに対してはどう思われますか。

【福良】Googleさんだけでなく、Baiduさんも日本語変換システムの提供を始めましたし、決して珍しい動きではないと思っています。

【佐藤】検索技術と日本語変換は表裏一体の関係にありますから、Googleさんが日本語変換システムを提供するのは決して驚くべきことではないと思っています。日本語検索システムの背後にはたくさんの技術者の方が開発を進めているからでしょうし。

 ただ、ATOKとの違いもあると思います。Googleさんが統計的な判断から日本語変換システムを作っているのに対し、ATOKは日本語の研究をしてきた技術者が開発していますから、状況によって同じ言葉でも意味が異なる日本語の特性といったところはよく反映されていると思います。

【福良】ATOK開発者の机を見ますと、普通の技術者とは異なる参考書がたくさん並んでいます。開発に関する技術書だけでなく、日本語研究の本がずらりと並んでいる。そういう研究があるからATOKは成立しているのだと思います。

●ATOKの進化はまだ止まらない
ATOK 30周年ロゴ

--さまざまな進化を経て2012年にATOKは30周年を迎えたわけですが、現在のATOKについての課題はどんなことだと思われていますか。

【福良】ATOKの場合、その強みは使ってもらわないと理解してもらえないんです。使ってもらう環境を広げることが大切です。

 そこで30周年ということで、最大10台まで利用してもらえる「ATOK Passport」の提供を始めました。Windowsでも、MacintoshでもAndroidでも利用が可能ですから。

【佐藤】企画部からしますと、これまでWindows版だけで月額300円で提供していたサービスを対応プラットフォームを増やして同額で提供するわけですから、最初は「ええ」となりましたが(笑)。

--Android版のATOKの価格は1,500円。Windows版の価格と比較するとアグレッシブな価格設定になっていますが。

【佐藤】実際に蓋を開けてみますと、PCの台数とスマートフォンでは利用者の数がずいぶん違うというのが実感です。具体的な数は申し上げられませんが、予想以上にたくさんのお客様がいると感じています。

--お客さんの数が多くても、Android対応とすることで、動作テストする端末の数などがかなりの数にのぼり、手間がかかるビジネスのような気がしますが。

【佐藤】全てのAndroid端末に対応することはできませんが、ご要望がある機種に関してはテストができるよう環境を整えています。テスト環境があるからこそ、新機種発売のタイミングで絵文字も含めて動作確認ができましたといったアナウンスができるようになりました。これもATOKならではの強みの1つと考えています。

【福良】ATOKが必要な環境があれば、Windowsだけ、Androidだけといった限定をするつもりはありません。すでに3DSにも、カーナビにもATOKが入っているものがありますし、日本語環境が必要であれば、冷蔵庫のような家電製品にも対応しますよ。iOSのようにこちらからラブコールを送っても搭載が実現しないものもありますが、それもあきらめたくはないですし。

--2月10日には、「ATOK 2012」が発売になります。

【福良】少ないキータッチで入力できるように、推測変換エンジンを大幅に強化しましたし、旬なことばを週次くらいのペースで配信する「ATOKキーワードExpress」という新しいサービスも始めます。これまでは製品開発が終わったら、次のバージョンに向けて用語の収集を行なっていたわけですが、Expressは全く逆で新しいことばを発信していくわけです。どうすれば新しいことばを毎週発信することができるのか。毎週新しいことばを発信するという仕組みは全自動でできるものではありません。開発者にとっても新しいチャレンジになります。

 同時に発売する「一太郎2012」は「一太郎2012承」という製品名としました。

日本語を伝承するという意味で名付けられた「一太郎2012承」ATOK2012、一太郎2012の発表会写真

ジャストシステムコンシューマ事業部 企画部 大野統己氏

【大野】「承」には、日本語文化を継承するという点に注力したという意味が込められています。準仮名や漢文ツールにも対応し、日本語独特の表現に対応しました。入力したものについては、すでに発表の通り、電子書籍フォーマット「EPUB 3.0」に対応していますので、発表することも可能です。

 お客様からの反応も上々で、当社のオンラインショップでは前バージョンと比べて120%と好調です。

--気が早い話ですが、ATOKの未来について話を伺うと、今後のATOKにはどんな可能性があるのでしょうか。

【福良】やることはまだまだたくさんあると思っています。現行の日本語変換をもっと強化していくことも必要です。それ以外にも音声入力や手書き入力についても研究しています。先ほど、ATOKはカーナビゲーションシステムやゲーム機にも搭載されるようになったとお話ししましたが、カーナビのようなものの場合、音声入力による入力の方が適しているでしょう。キーボードのATOKは使えなかった人が、音声入力版を提供することによってATOKを使って貰えるようになるかもしれない。当社の技術だけでは実現が難しいのであれば、他社と組んでそれを実現するという方向性もありだと思いますし。

 おかげさまで会社としても利益が出る体制は出来てきました。あとは売り上げを拡大していくことができればというところまで来ました。会社としても、ATOKとしてもまだやるべきことはたくさんあると思います。