三浦優子のIT業界通信

インテルCPU供給不足は日本市場にどんな変化を起こしたのか

 ちょうど1年前2019年1月、SNSを見ると、秋葉原パーツショップから苦しい声をあげていた。「ものがない。売りたくてもIntelのCPUがない」――2018年秋頃から目立っていたCPU不足が、2018年年末から2019年の年始商戦で大きく顕在化したのだ。

 これはパーツショップだけの問題ではなかった。PCメーカーにとっても品不足は深刻な問題となり、「この仕事を20年してきたが、こんな事態は初めて」といった声を漏らす関係者もいた。それも無理はない、2020年1月14日にWindows 7のサポート終了が告知されていたことで、2019年はPC需要が高まることは確実だった。さらに、10月に消費税が8%から10%へと増税されることが政府からアナウンスされ、増税前に需要が高まることも確実視され、CPU不足という事態が起こるには最悪の年だったからだ。

 2020年に入った今、改めて2019年のPC不足を振り返ってみよう。

戦略の違いが明らかになったIntelとAMDのCPU単体販売

 BCNランキングによる、2019年1年間のCPU単体販売シェア。2019年1年間、CPU単体ではAMDが40%を超えるシェアを維持し続けたことがわかる。

 とくに7月は、第3世代のRyzenデスクトッププロセッサを発売したこともあって、62.0%のシェアを獲得。続く8月、9月と3か月は過半数を超えるシェアとなっている。

BCN集計によるCPU単体販売シェアのデータ(BCNに参加している企業の売上データに基づく)

 Intel CPU供給不足でパーツショップで売る商品がないことが大きく影響した。Intel自身も、米国時間で2020年1月23日に発表した2019年の決算で、生産施設に投資を行ない供給量を増加させたものの需要がそれを上回ったことを発表している。2019年のIntelの事業を振り返るなかで、「供給不足」は自身も認める大きな問題となったのである。

 「IntelのCPU不足となっていますが、影響はありますか」。

 2018年の後半から、PCメーカーの記者会見に出席するさいには必ずこの質問をしている。質問を続けるうちに、センシティブな問題ゆえ、現場責任者レベルでは質問しても回答がなかなか難しいこともわかった。そこで、経営陣が出席する会見でこの質問を投げかけた。

 2019年1月23日に開催された日本HPの事業戦略説明会では、岡隆史代表取締役社長執行役員が、「(製品調達数は)国と国の力関係で決まる部分もある。日本市場で製品が必要なことを強く訴えていることから、必要な数を用意していく」とコメント。グローバルベンダーとしては、CPU供給不足で、会社として確保したCPUを搭載したPCを、どの国が多く製品を確保できるのかという課題があることがうかがえる。

 もちろん、Intel自身の会見でも同じように質問した。Intelの日本法人では2018年11月1日付けで、ソニー出身の鈴木国正氏が社長に就任。鈴木氏は社長就任と同時に、CPU供給不足という非常事態に直面することとなった。

インテル 代表取締役社長 鈴木国正氏

 社長就任直後からプレス向け説明会に鈴木氏が登場したさいには、「CPU供給不足ではご迷惑をかけています。供給不足を解消できるよう、増産体制をとっています」とアピールした。ただし、供給不足解消する時期はどんどん伸びていった。2019年の半ばには、「2019年12月には供給不足は解消する」とアナウンスされるようになった。だが、実際には需要が上回ったことで、増産しても足りないという結果となったわけだ。

 また、供給不足が続くなか、Intelは秋葉原などパーツショップよりもPCメーカーを優先する傾向があったようだ。秋葉原のパーツショップからは、「Intel CPUが足りない」という声が聞こえてきた。CPU単体でAMDのシェアが通年で4割を上回ったのは、Intel、AMD両社のパーツ販売に対する戦略の違いが影響したのではないか。

 AMDに、シェア拡大となった要因はどこにあると分析しているのか問い合わせたところ、「とくに2019年6月のCOMPUTEXで発表させていただきました、7nmの製造プロセスを用いた第3世代Ryzenプロセッサ、そしてRadeon RX 5700シリーズが登場してから、市場のAMDに対するイメージが大きく変わったと思っています。そして、第2世代EPYCと続いて先日は第3世代Ryzen ThreadripperシリーズとAMDの製品ロードマップの強さ、そしてそれら製品群に搭載されている技術に市場は反応をしてくださっており、たくさんの応援のお声をいただいています。2019年は飛躍の年でした」(日本 AMD株式会社 ストラテジック・アカウントセールス本部 シニアマネージャー 小澤俊行氏)という返答が返ってきた。

 とはいえ、その第3世代Ryzenも潤沢といえるほど市場に出回っているとは言いがたく、AMD採用デスクトップPCやノートPCの割合はまだまだ低い。ソフトウェアの互換性を重視する企業では、Intel CPUへの需要が高い。よって、需給状況は相変わらず緊迫した状態が続いている。

Windows 7サポート終了で日本需要増加が重なる

 2019年にIntelのCPU供給不足だったことに対しては、「タイミングが悪い」という声が多かった。2020年1月14日にWindows 7のサポートが終了することから、PC買替えが進むことが明らかだったからだ。さらに日本では2019年10月に消費増税が実施され、消費税が8%から10%になったこともあって、10月の増税前の購入が増えることも明らかだった。

 「このタイミングでWindows 7のサポートが終了するのはタイミングが悪すぎる。CPU供給が戻るまで、サポート終了を延期するというアナウンスを、Microsoftがしてくれないものか」――あるPCメーカー幹部は、苦笑いしながらこんな本音を明らかにした。

日本マイクロソフト 執行役員常務 檜山太郎氏

 日本マイクロソフトが2019年1月に開催した事業戦略説明会で、Windows 7搭載PCの買替えを促進するにあたり、Intel CPUの供給不足問題はどう影響するのかを質問すると、執行役員常務の檜山太郎氏は、「2020年度頭までに、春商戦、夏商戦、10月の消費税増税と3つの商戦がある。これらすべての商戦を包括的に管理して買い換えを促進していきたい。商戦期前後などで需給バランスが変動しているので、短期的・中長期的な対応の両方を行なっている。これまでは行なっていなかった、『モデル別に供給が足りないのはどれか』という情報についても、Intelと共有しながら各メーカーと話し合い、対応している」と説明した。Intelだけでなく、PCメーカー各社ともかなり綿密に話し合いを進めて、供給不足の中でも買替え需要に対応する体制を取ったようだ。

 そんななか、増えていったのがAMDのCPUを搭載モデルがPCメーカー各社に増えていった。現在では数少なくなった日本のとあるPCメーカーでは、「(AMD搭載PCについては)モデル数、台数ともに増加しました。デスクトップではプラットフォームが増加することで販売セグメントが広がり、ノートブックはAMD CPU搭載の新型モバイルノートを発売しました」とデスクトップ、ノートの両方のラインアップでAMD搭載が増えたという。

 こうした実績が如実にあらわれているのが、BCNランキングのPC搭載CPUシェアだ。1月時点では2.8%にとどまっていったAMDのシェアが、2019年12月時点では21.2%と大幅に拡大している。

 こうしたさまざまな施策が功を奏したのか、Windows 7サポート終了で商戦が大きく盛り上がったなかで、一部、購入者への納入遅れといった事態は発生したものの、なんとか乗り切ったようだ。2019年11月に日本マイクロソフトが開催したモダンPCに関する記者説明会では、主要PCメーカーも揃って、大きな混乱なく乗り切ることができた見通しをアピールした。

BCN集計によるPC搭載CPUシェア(BCNに参加している企業の売上データに基づく)

両社のCPU不足ではじまった2020年

 Windows 7サポート終了はなんとか乗り切ったものの、CPUは相変わらず供給不足が続いている。それもIntelだけでなく、AMD製品も同様だ。

 Intelは冒頭で紹介したように、2020年になっても供給不足が続く見通しであることを決算発表のなかで明らかにしている。「2020年中に、CPUの在庫をより標準レベルまで回復させられる」とアナウンスしていることから、すぐに供給不足解消とはならないと見られる。

 AMDに供給不足に関して問い合わせたところ、「想定以上の需要に対してCPUの供給が足りておらずご迷惑をおかけしています。7nmの製造プロセス、そしてZen2アーキテクチャともに順調に立ち上がっておりますので、近い将来に潤沢に供給できると確信しています」という回答が返ってきた。こちらも、供給不足解消時期が具体的に示されていない。

 2020年は前年とはまったく市場環境が異なるわけだが、CPU供給不足がどんな影響を及ぼすことになるのか。陳腐な締め方となるが、きちんと市場動向を見極めていく必要があると感じる2020年PC市場である。