三浦優子のIT業界通信
特殊要因重なった2020年を踏まえ、2021年のPC市場はどうなる? 日本マイクロソフトのコンシューマ市場戦略を探る
2021年3月18日 06:55
2020年、PC市場は新型コロナウイルスをはじめ、イレギュラーな出来事が次々に起こった。「2020年のキーワードはモダンPC」としていた日本マイクロソフトにとっても、予想外の1年となったようだ。
それは日本だけではなかったようで、2020年4月、Microsoftの決算発表(2020年1~3月期)でCEOのサティア・ナデラ氏は、「この2カ月で2年分に匹敵するほどのデジタルトランスフォーメーションが起こった」とコメントしている。これはおもにエンタープライズ市場を指しての言葉だろうが、コンシューマ市場も同様に大きく変化したのが2020年だった。
こうした変化を日本マイクロソフトではどう捉え、2021年のPC市場をどのように見ているのか。日本マイクロソフト株式会社 執行役員 コンシューマ&デバイス事業本部 デバイスパートナー営業統括本部長 梅田成二氏に話を聞いた。
2020年はWindows 7サポート終了後もコロナ禍でPC需要増
2021年がスタートしたころ、自分が書いた以下のコラムを読み返した。ありがたいことに、2020年のコラムアクセスランキングで7位を獲得していた。
読み進めるうちに、うなってしまった。2020年がスタートするころに予測していた市場とは、大きく環境が変わったことで激変している。
果たして日本マイクロソフトではその変化をどう捉えているのか、そして2021年はどういう市場となると見ているのか。日本マイクロソフトの梅田成二氏に話を聞いた。
「前回、取材を受けたのは1年数カ月前のことでしたが、とてもそうは思えないですね。5年くらい前のことのような気がする。それくらいこの1年は変化が大きかったですから」。
取材の冒頭、梅田氏はこう話して苦笑いした。前回のインタビューは日本マイクロソフトの社内で行なわれたが、今回のインタビューはオンラインで行なった。これも変化の1つだ。
「2020年はPC業界全体が潤った1年でした。2020年1月14日にWindows 7のサポートが終了しましたが、Windows XPのサポート終了時とWindows PCの出荷状況を比較すると、明らかに異なる動きとなっています」。
Windows XPはサポート終了前にPC買替えが集中した。その結果、サポート終了後、PC出荷台数は大きく落ち込んだ。この落差の大きさは、PCビジネスにマイナス影響を与えたため、Windows 7のサポート終了にあたっては、「買替え需要をできるだけ平常化する」ことがMicrosoftの課題となっていた。
サポートが終了することを早い段階からアナウンスし、できるだけ早期にPCを買い換えるようアナウンスを行なったのだ。
ちょうど2019年10月に消費税が8%から10%に増税されたことで、この増税前が買替え需要の1つのピークとなった。サポート終了よりも前倒しでの買替えが進んでいた。
さらに、「サポート終了直後も買替えのピークではあったのですが、XPと異なるのはその後に需要が大きく増したことです。ご存じのように新型コロナウイルスの影響でWindows 7のサポート終了後もリモートワーク、リモート学習によってPCの買い増し需要がありました」と梅田氏は指摘する。
2020年春、緊急事態宣言によって会社に出社することができなくなり、PCを買い足した会社も多かった。また、2020年春の緊急事態宣言時には学校への登校ができなくなり、オンライン授業を模索する動きもあったが、「家にPCはあるが、お父さん、お母さんが仕事でPCを使うことになると家庭内で利用するPCが足りない。子供達はスマートフォンでオンライン授業に参加した」という話しも耳にした。
家族それぞれが作業をするため、家庭内でPCが足りなくなるというこれまでは考えられないことが起こったのが2020年だった。
変化はPC販売チャネルでも起こっている。日本のコンシューマPCは、量販店実店舗での製品購入比率が高い。新型コロナウイルスで、買い物に出ることが難しくなったこともあって、オンラインでPCを購入する比率が増したのだという。
「これまでリアル店舗に対し10~15%がオンラインチャネルだったものが20~30%まで拡大したと言われていますが、これはPCも同じ変化が起きました」
とくに緊急事態宣言のタイミングでPCを購入した人はオンラインでの購入も多かったようだ。
モダンPCへの切り替えも順調に進展
日本マイクロソフトが進めていたモダンPCへの切り替えはどうだったのだろう。
前回のコラムでは日本のコンシューマユーザーは最新テクノロジを搭載したノートPCを選ばず、価格も手頃で購入しやすい、大画面でHDDとDVDドライブを搭載したノートPCを選ぶことが多いことを紹介した。
そしてそれを変えるために日本マイクロソフトでは、モダンPCへの買替えを推奨している理由を紹介した。最新テクノロジを搭載したモダンPCは、薄く、軽く、記憶装置としてHDDではなくSSDを搭載しているため起動スピードが速く、快適に利用することができる。
PCを買い換えているのに新しいテクノロジの恩恵を教授しないユーザーが多いことから、日本マイクロソフトではPCベンダーに報奨金を出すなど、ラインナップをモダンPCに切り替えることを支援してきた。
「2020年はその成果が出てきたと思います。たとえばDynabookさんはほとんどのモデルがモダンPCになりました。NECパーソナルコンピュータさん、富士通クライアントコンピューティングさんのPCは100%がモダンPCに切り替わったわけではありませんが、主流は大きく、重いPCではなくなりつつあります。こうしたPCメーカーのラインナップの変化が顕著となりました」。
現在でも郊外の家電量販店では、大画面で重くHDD、DVDドライブ搭載のPCがなくなったわけではないが、状況は変わりつつあるという。「1年前に29%だったモダンPCの比率は、1年経って42%まで拡大しました」。
この変化を後押しするもう1つの要因がテレワークの普及だ。マイク、スピーカー搭載をはじめ、いかにテレワークを快適にできるPCとするのか、各社がテレワークを意識したさまざまな機能を搭載している。
「Microsoftが提供するTeamsは、CPUがCeleron、メモリが4GBでも動きますというスペックではありますが、大人数が参加するミーティングやバーチャル背景を利用するとなるとやはりハイスペックのPCのほうがスムーズに動きます。テレワークを体験した上で、ハイスペックで、移動しても利用できる軽いPCを選ぶことで自然とモダンPCが選ばれるといった流れもあると思います」。
テレワークはユーザーがモダンPCを選ぶことに直結しているわけではないが、ハイスペックで、テレワークを実行する際に使いやすいPCが選ばれる。しかも家の中だけでなく、たとえば喫茶店のような場所でも利用することを想定し、軽く、見栄えの良いPCを選んだ結果、自然とモダンPCが選ばれるという流れもあったようだ。
市場に大きな影響をおよぼしたGIGAスクール
もう1つ、2020年の日本のPC市場に影響を与えることになったのがGIGAスクール構想だ。一見するとGIGAスクールとコンシューマPC市場はまったく無関係に思える。ところが2020年は思わぬ事態が起こった。
当初、GIGAスクール構想は、国が4.5万円という補助金をつけて小・中学生にPC1人1台環境を実現する施策だが、当初は段階的に導入し、令和5年度までに児童生徒1人1台端末の整備する予定だった。
ところが、「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」として、2020年4月、1,951億円の予算がついて計画が前倒しで端末導入されることが決まったのだ。急遽、2021年度から小・中学生に1人1台環境が整うようPCが整備されることになったのだ。
「2020年の初頭はGIGAスクールで1,000万台のPC需要とされていたものが、840万台がプラスされ、おおよそ2,000万台の端末市場が急に出現したことになります。しかも、新型コロナウイルスの影響でPCが必要になったのは日本だけでなく、全世界でした。これだけPCのニーズができたことで、さまざまな部材が足りなくなりました」。
もともと供給不足だったCPUに加え、液晶、IC系チップ、グラフィックコントロール用チップなど複数の部材が足りなくなった。これまで部材の一部が需給不足となることはあったがこれだけ複数の部材が足りなくなった。
さらに、これだけ大量の端末を導入することになると、卸売業者の与信額を超える規模となることもあったそうだ。
「2020年の8月、9月が学校への端末導入のための入札のピークとなりました。大きな都市では10万台を超える入札となります。さらに締め切りが2021年4月の授業開始までにということになっていたので、入札から納入までの時間が長い。半年、売掛が回収できず流通事業者は苦労したようです」。
このようにコンシューマ市場に直接関係はないように見えるものの、間接的な影響があることも多かったようだ。
2021年のPC市場は引き続きモダンPCとGIGAスクール
それでは2021年のPC市場について、日本マイクロソフトではどう捉え、どんな観点で市場を拡大していこうとしているのか。
「まず、モダンPCの推進は引き続き行なっていきます。とくに2020年はわれわれの競合となる企業の躍進が目立ちました。Googleは文教市場でChromebookが躍進し、その勢いでコンシューマ市場でのシェア拡大にも意欲を見せています。Appleは自身が設計したApple M1チップを搭載した端末を発売し、高い評価を得ています。Windows PCもこれに負けない端末を投入しなければなりません」。
モダンPCは技術進化とともに要件は変わる。2020年は新しい要件が加わる可能性などがあるのだろうか。
「現段階では具体的なことはお話できませんが、Microsoft自身も、Windows PCを作ってくれるOEMベンダーの皆さんもより魅力的な端末を提供していきますから、期待してくださいとだけ言っておきます」。
もう1つ、2021年のPC市場に大きな影響をおよぼしそうなのがGIGAスクール構想だ。ただし、2020年とは異なり、もっと直接的にコンシューマ市場に影響する可能性があるという。
「2022年4月に向けて高校生向けの1人1台環境実現に向け、導入が進められることが決定しています。高校は、小中学校とは異なり、全員分の端末予算を国が出すのではなく、経済的に厳しい家庭の分のみを政府が負担することになっています。おおよそ15%から20%程度は国からの予算で端末が用意されます。残りは各都道府県がどういうスタイルで端末を用意するのか決定することになります」
都道府県がどんな方針で端末を用意するのか、おおよそ次の4つのパターンが考えられるという。
- 都道府県が予算も含め、一括で端末を用意する方式
- 予算は親の負担となるが、教育委員会が予算を預かり、端末も一括購入する方式
- 親が自身の資金で、体操着等と同様に指定されたもののなかから端末を購入する方式(CYOD)
- 資金、端末選択ともに親が主導し、好きなものを用意する方式(BYOD)
この4つのパターンのうち、(1)、(2)、(3)は学校向け/法人用からの選択となるが、(4)はコンシューマPCが利用されることになる。
「4つのパターン、それぞれ一長一短があるという声を聞いています。たとえば(3)の場合、教育委員会が主導で機種選択などを行なう必要があり、規模の大きな大都市ではかなり負担が重くなるという声があがっています。一方、(4)は同じ教室でさまざまなスペックのPCが使われることになることから、トラブルが起こった場合の切り分け等が容易ではなく、教員側の負担が大きくなるのではないかという声があがっています」。
とは言え、今後は毎年、高校生が新入学する度に端末を用意する需要が生まれることになる。日本のPC業界にとっては大きなマーケットが生まれたことは間違いない。しかし、現在はPCに必要な部材が足りない状況が続く。しかも、日本だけでなくグローバルでPC需要が増えているという声もある。供給不足という事態にはならないのだろうか?
「昨年のほうが供給不足はより深刻だったと思います。それに高校での需要が生まれるのは、2021年夏頃からですからまだ少し先の話になります。そう大きな問題にはならないのではないでしょうか」。
高校生向けマーケットを活性化させるために、日本マイクロソフトではさまざまな施策を打っていく計画だ。たとえば無料でOfficeコンテンツを利用できる「楽しもうOffice」では、高校生向け特集を3月下旬から公開していく。
「Microsoft自身が年賀状素材などを提供し、多くの皆様にはおなじみのサイトですが、高校生向けということで勉強、部活動などに役立つコンテンツに加え、Teamsで利用できる背景を提供します。自分好みの背景を使ってオンラインコミュニケーションをとっていただくことができます」。
こうした利用者にとってメリットとなるコンテンツ提供といった地道な活動に加え、Windows PCをアピールする活動を進めていくことで、ユーザー獲得拡大を進めていく計画だ。