森山和道の「ヒトと機械の境界面」

脳情報を解読し次世代人工知能の基盤に

~空想でGoogle画像検索や夢の推定、人の世界観をAIに

 4月6日、国立研究開発法人 情報通信研究機構(NICT)による理事長記者説明会が行なわれ、NICTの新中長期計画が発表された。同時にNICTの脳情報通信融合研究センター(Ci-Net)脳情報通信融合研究室 主任研究員の西本伸志氏が「脳をリバース・エンジニアリングする - 次世代人工知能の基盤として -」と題して講演し、神経科学と人工知能研究との接点について紹介した。西本氏による昨今の脳情報解読の研究紹介を中心にレポートする。

脳の研究と人工知能研究の接点は中間情報表現

NICT 脳情報通信融合研究センター(Ci-Net)脳情報通信融合研究室 主任研究員 西本伸志氏

 脳は感覚器官をセンサーとして外界の情報を取り入れて情報を解釈している。脳における情報処理の過程や内部表現の理解は未解明の部分も多い。だが直近5年で大きく進歩したと西本氏は語った。また、最近何かと話題の深層学習にも似ている部分があるという。出力は人が設計するが、中間表現はデータから自動で学習されるし、また、解釈されない。結果はあるが、なぜそうなったかは分からないのが深層学習の特徴だからだ。

 研究室単位で出力だけを利用したり、エンターテインメント用途ならば、中間表現が未解明でも問題はない。だが医療分野などに応用しようとした場合は、なぜそういう判断をしたのか分からないと問題がある。ブラックボックス部分はない方が望ましい。このような観点から見ると「脳の研究と人工知能研究には接点がある」と西本氏は語った。どちらも情報の理解と解釈を行なっており、どちらもここ5年で大きな進展があったからだ。NICTでは両者の相互参照によって、さらなる発展を目指そうとしているという。

 最近の研究進展の具体的な例として、西本氏は、人が解釈できる動画を見ているときの全脳の活動をfMRI(機能的磁気共鳴映像装置)で記録する研究を紹介した。血流の変化を捉えるfMRIを使うことで知覚体験と脳活動の関係を知ることができる。

【動画】知覚体験と脳活動の関係を調べることで、暗号化されている「脳の言葉」を知る

 脳活動は暗号化された脳の言葉であるという。両者の関係を知ることができれば、「脳の言葉」を理解できる。知覚体験がどのように脳に符号化(エンコーディング)されているのか、そのモデルを作ることは人工脳を作ることそのものだという。また逆に、逆符号化(デコーディング)すること、脳活動が何をしているのか理解することは、脳活動の解読器を作っていることに他ならない。これは脳と機械を繋ぐブレイン・マシーン・インターフェース(BMI)の数理基盤として役に立つことが期待される。要するに、どのような中間情報表現が脳で実装されているのか、どういうものをモデルとして仮定すれば脳がしていることを理解できるかを探ることが研究戦略となる。

情報処理システムとしての脳と人工知能の共通点
中間情報表現を解読する

想像しただけでGoogle画像検索も可能に、夢の推定も

 脳では階層的情報処理が行なわれている。ディープラーニングのニューラルネットワークも、もともと脳の構造を模したものでもある。脳のモデル化の研究は、各段階のモデル化を進めることで行なわれている。階層を上がるに従って客観から主観、具象から抽象的なものへと情報は変化すると考えられている。

 脳情報処理の研究が進められた結果、今では視覚野の脳活動計測から、人が見たものをある程度推定できるようになっている。まずは人工脳のモデルを構築し、人の体験から学習させる。そして脳活動と脳のモデルから体験内容を推定する。これによって、知覚体験をある程度映像化することに成功した。西本氏はUCバークレーに在籍していた2011年当時の研究を示した

【動画】脳活動計測から再現した動画。左が人間に見せた画像で、右側が脳活動から読み取って再構成したもの

 さらに空想している時の脳活動から思い浮かべた画像を推定することもできており、ここからGoogle画像検索をすることも可能だという。つまり、想像しただけでその画像を検索することができるのである。SFに出てくるような「想起由来のBMI」が実現できることが実証されつつあるという。

 また、高次視覚野の脳活動を計測することで、見ている画像からどんな意味を抽出しているかを、文字でアウトプットすることもできている。人に動画を見せて、そのときに何を見ているかを解析し、システムの確信度に応じて表示するというシステムだ。人が知覚しているであろう意味内容を提示することができる。興味深い応用例として、寝ているときの脳活動にも応用できることから、夢の活動もある程度だが推定できる。

【動画】脳活動から推測した夢の内容(睡眠中の視覚イメージの神経デコーディング)
脳活動と人工脳モデルから見ているものを再構成する
脳活動からの知覚の意味内容の解読

人の持つ世界観を定量化、人の世界観をAIに持たせることも

 さらに、脳内意味空間で、脳内の表象がどのような距離にあるのかを示すこともできるようになっている。脳内ではさまざまな事物が表象されている。それの距離がどのようになっているのか、関係を示すことができるのだ。人が名前を付けられるような事物を3次元空間に落としてプロットすることができるのだという。

 脳内の事物を1つ1つの点とし、点間の距離を事物の類似度を示すことで、脳が近いと思っているものは近くに、遠いと思っているものは遠くに表示される。こうすることで、3次元空間に脳内意味空間を表現することができる。

 この結果、動物関係のものは近くにまとまってクラスターを形成し、人、また乗り物といったものがクラスターを形成することがわかった。具体的には「アスリート」や「バックパッカー」といった言葉は近くに表現される。

 興味深いことが西本氏らの研究から分かる。西本氏曰く「脳は現代生物学を理解していない」。人は動物の一種だが、脳はそうは思っていないらしい。生物学的には人は動物の一種だが、人と動物は乗り物と人が違うのと同じくらい別物として捉えているらしい。

 この研究を応用して「将来的には、人と接する人工知能が持つべき世界観や常識を抽出できるのではないか」という。脳が持つ世界観を定量化することで、人間と同じような世界観を持つ人工物を作ることができ、より親和性の高いAIを実現できるかもしれない。

 また、この脳内の意味空間は適応的に変化することも分かったという。事物の距離は必ずしも一定ではなく、状況に応じて変化するのだそうだ。物事を探している時はそれに関連する事物が近くなる。このように意味空間をワープさせて脳は最適化を行なっているらしい。情報表現の変化の一般則を探り、将来的にはより人に受け入れられやすい情報提供のかたちや、より柔軟なAIが実現できるかもしれない。また表象学習器による意味空間を使って、より柔軟な翻訳のような仕組みにも使えるかもしれないという。

脳内表象の意味空間から「脳の世界観」を知る
脳内意味空間は柔軟に変化する

主観的な情報を脳活動から推測する

人の認知内容は多様

 また、人は同じ画像を見てもさまざまなことを考える。同じシーンを自由記述させると、人はさまざまなことを描写する。主観的なことを書く人もいるし、客観的な人も書く人もいる。多様であること自体が人の特徴である。だが人の全ての知覚/認知内容は神経活動によるものなので、モデル化できるはずだという。

 西本氏らは多人数による自然言語アノテーションをベクトル空間にマップすることで、言語を介した脳活動の説明モデルを作ろうとしている。これにより広範な脳活動のデコードが可能になる。今までも客観的な活動は取れていたが、自然言語全体をモデルに入れることで、主観的な情報も脳活動からとることができるようになったという。

自然言語脳活動モデル
認知内容の解読例

 これを使うことで、ある種のサービスが実現できる。例えばCMを見た時に、どういう情報が脳に伝わっているのかを定量評価できる。2016年度から主要サービスを開始する予定で、NICTからは昨年「脳活動パターンの解読技術を活用する実証実験により、動画広告・コンテンツの評価で効果を確認」と題したプレスリリースが出ている

CM動画評価サービスも

 CM動画などを見た時の特定印象を評価することができるのだ。現在、株式会社NTTデータ/NTTデータ経営研究所へ技術移転しており改善中だという。2秒ごとに推定を行なうことができるという。システムの推定結果はだいたい一致するが、一部素材では個人差が現れるという。

 最後に西本氏は「脳には知覚だけではなく、ほかにもさまざまな機能がある。それらも人工知能で実現されることが期待される」と述べて研究紹介を締めくくった。脳と人工知能(表象学習器)の2つを相互参照することで、さらなる発展が期待できるという。

「かわいい」といった主観印象を評価することも
脳と人工知能の相互参照

NICTではソーシャルビッグデータ、人工知能研究開発を戦略的に

 なお、NICTの新中長期計画について、理事の伊丹俊八氏は、センシングや基盤技術、データ利活用、セキュリティ技術など5つの重点領域を通した「ソーシャルICT」を研究開発プロジェクト化し、政府戦略プロジェクトへの積極的参画などを通して研究の社会実装を重視して推進していくと語った。異業種との連携も積極的に行っていくという。

 また、オープンイノベーション推進本部を設立し、NICTをプラットフォームとしたプロジェクトを立ち上げて、特にけいはんなに設置されているNICTのユニバーサルコミュニケーション研究所や、統合ビッグデータ研究センターなどを中心に、ソーシャルビッグデータ、人工知能研究開発を戦略的に進めていくという。

5分野で「ソーシャルICT」関連技術を研究開発していく

(森山 和道)