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無意識を人に伝えるインターフェイスの可能性
~ウェアラブル脳波計によるニューロマーケティング、学習評価
(2016/5/25 19:41)
2016年5月25日、世界最大の電気・電子技術の専門家集団であるIEEE(The Institute of Electrical and Electronic Engineers)によるプレスセミナーが行なわれ、国立研究開発法人 情報通信研究機構(NICT)監事の土井実和子氏、同 情報通信融合研究センターの成瀬康氏が講演を行った。ここでは成瀬氏らが開発した「ウェアラブル脳波計」を使ったヒューマン・インターフェイス技術を中心にレポートする。
ドライ電極を使ったウェアラブル脳波計
成瀬氏は無意識、あるいは言語化困難な情報を伝えるインターフェイスとして、「脳波」を使う研究を行なっている。脳波をヒューマン・インターフェイスとして利用するためには、学術的な裏付けやデータ解析はもちろんだが、まずは脳波計測を容易にしなければならない。
だが、これまでの脳波計を使うには頭部の電極が当たるところに導電性のジェルを塗らなければならなかった。健康診断で心電図をとるときに塗るのと同じようなものだが、ベタベタしているため、一度塗った後は髪を洗わなくてはならない。それもあって脳波計測は気軽に使えるものではなかった。
成瀬氏らは、かぶるだけで脳波が計測できるウェアラブル脳波計を開発した。脳波とは神経細胞の電気的な活動が、外部に出てきているものを電極で捉えたものだ。ジェルを塗るのは接触インピーダンス(接触抵抗)を下げるためだ。マイクロボルト(mV)オーダーの微弱なシグナルを計測するためには、ノイズを下げる必要がある。そのためにジェルを使うのだ。そこで、成瀬氏らは入力インピーダンスが非常に高い電極を採用することでこの問題を解決した。ジェルを使わずに電極を頭皮と密着させて接触させるためにはほかにも工夫が必要で、そのためにスプリングを使ったフレキシブル電極を開発した。
ドライ電極のほかヘッドギアや、ウェアラブルにするために脳波計自体も小型化するために独自に開発した。小型脳波計は技術移転し、株式会社ミユキ技研から製品化されている。データはBluetoothで飛ばせるので、スマートフォンで見ることもできる。
脳の無意識下の情報を人に伝えるインターフェイスの可能性
脳波を使ったインターフェイスとなると、「ブレイン・マシーン・インターフェイス(BMI)」ということになる。BMIの用途の多くは運動代償型で、例えば体が動かない人がBMIを使って考えるだけで車椅子を動かすといったものが多い。
だがほかにも使い道はあると成瀬氏は語った。脳の無意識下の情報を人に伝えるインターフェイス「Brain-to-Human-Interface」を目指しており、現在は、脳波を使ったニューロマーケティング、外国語学習、ワークロードの定量化に取り組んでいる。以下、それぞれ解説する。
・タレントイメージの評価
ニューロマーケティングでは以下のようなタレントイメージの評価に関する実験を行なった。まず8名の女優をピックアップし、名前を見せた後に、「女らしい」とか「さわやか」といった形容詞を見せて、ボタンを押させる。その時の脳波を見る。この時の指標になるのが「N400」と呼ばれる脳波だ。ある刺激を見せたあとに0.4秒後に出てくる脳波で、単語の間の意味的距離が大きいほど強く出る。例えばある人の顔を見せた後に、その人のイメージと違う言葉が出ると、N400が計測される。これを指標とすることができる。
そうすると、「女らしい」かどうかについては、脳波評価と主観評価は似ていた。だが、「面白いか面白くないか」については、脳波評価と主観評価とかがずれるという結果が得られたという。脳波で見ると女優の方が「面白い」と評価されており、バラエティタレントの方が評価が下がっていたという。
成瀬氏はこの結果について、あくまで推測としながらも、「面白い」という言葉自体に多義性があるので、好感度と重なってシグナルが出たのではないかと考えられると述べた。このように、主観評価を聞くアンケートとは異なることが聞ける可能性があると述べ、NTTデータ経営研究所が主催している応用脳科学コンソーシアムで産学連携で共同研究を進めていると紹介した。
・脳波強度で外国語の発音学習を
大阪大学大学院情報科学研究科前田研究室との共同研究では、外国語学習を行なっている。一般に日本人は「right」と「light」のような「R」と「L」の区別が付かないと言われている。だが実は意識では分かってなくても、脳のレベルでは違いが分かっているという先行研究がある。
ある刺激に対する脳の反応を示す事象関連電位の1つに「ミスマッチ陰性電位(MMN)」と呼ばれる反応がある。音の区別が聞き分けられない時は振幅が小さく、聞き分けられることは振幅が大きく出るため、MVNを指標として使えば、音の違いが分かっているかどうかが客観評価に使える。
成瀬氏らは逆の発想をした。このMMNの振幅を大きくするようにフィードバックするトレーニングを行なうと、音の違いが分かるようになるのではないかと考えたのだ。そして実験を行なった。その結果、わずかな純音の違いの識別ができるようになった。LとRの区別もつくようになることが確認されており、論文は間もなく出版されるという。
・作業負荷の定量化
ワークロードの定量化というのは、作業負荷、脳にどのくらい余裕があるのかを定量評価する研究だ。例えばドライバーが余裕があるかどうかといったことが分かるというものである。具体的には「N-backタスク」というワーキングメモリ(一時的な作業記憶)を使う実験と、40Hzの音を聞いたときに出るASSR(Auditory Steady State Response)という指標を用いて、実際に実環境で歩いている時の脳活動を計測できることを確認した。
今後は、VRと脳波を組み合わせた脳波ゲームの可能性なども今後は探っていきたいという。将来的には、ある計算課題をした時に出た脳波を使うといった特殊なやり方ではなく、より自然な活動での脳波からシグナルを取り出す方向を目指したいと述べた。科学的には、新たな事象関連電位を探索したいという。
従来の枠組みに囚われないさまざまなインターフェイスが必要
土井実和子氏は2年前までは東芝で研究を行なっていた。今回のプレスセミナーでは、土井氏はNICTの取り組みのほか、世界でのIoT取り組み事例紹介を行なった後、これからのヒューマン・インターフェイスにおける問題を挙げた。
機器は購入者と実際に使うエンドユーザーが異なる。エンドユーザーもそれぞれ立場が異なる。特定の人のニーズだけを聞いても十分良いものができるわけではない。「BtoB、BtoBtoCのモノを作るのは言うは易く行うは難しであり、その問題を解決するのがヒューマンインターフェイス」だと指摘した。
土井氏は、辞書と頻度をデジタル化した仮名漢字変換技術もAIの1つだと述べ、過去の研究をいろいろ紹介した。ビッグデータと計算資源がたくさんあるIoT時代に何をすべきかについては、自動運転車を例に挙げて、一目で自動運転かどうか分かるような外見のような従来の枠組みに囚われないさまざまなインターフェイスが必要なのではないかと述べた。