森山和道の「ヒトと機械の境界面」
生体材料を工業部品のように扱って構造を作る
~東大・山中研+竹内研「Elegant Cell」展
(2016/2/24 12:53)
バイオエンジニアリングをテーマにしたアート展示、あるいは細胞を用いた「ものづくり」への新しい挑戦として、東京大学山中研究室とERATO竹内バイオ融合プロジェクトが主催する「ELEGANT CELL 細胞とバイオマテリアルの小さな実験室」が2016年2月17日(水)~2月23日(火)の日程で東京大学生産技術研究所にて行なわれた。会期中には3回のトークイベントも行なわれた。筆者は21日に行なわれたトークセッションを聴講することができたので、展示と合わせてレポートしたい。
21日のトークセッション「細胞のかたち」は、ゲストアーティストとして「Elegant Cell」展に参加した現代アーティストの鈴木康広氏と、山中研の学生たちに指導を行なった竹内研究室の助教・森本雄矢氏、そして山中俊治教授の3者で行なわれた。
「細胞でものを作る」とはどういうこと?
まず工業デザイナーの山中俊治教授から、山中研と今回の展示の簡単な紹介が行なわれた。山中研究室は3年前に設置された。研究者と共同でプロトタイプを作って世の中に問うことと、デザインと工学の双方ができる人材を養成することをミッションとしている。これまでに「Bio-likeness 生命の片鱗展」や「チタン/3Dプリンティング マテリアルの原石」、プロトタイピング展「PLAYFUL」、「スキマのかたち」などの展示を行なってきた。本連載でも何度かレポートしてきている。
中でも研究紹介とプロトタイプ展示を同時に行なうタイプを「リサーチ・ポートレート」と呼んでいる。最先端の夢を紹介しつつ、デザイナーがプロトタイプを披露するのが「リサーチ・ポートレート」だという。今回は、カールツァイスの顕微鏡やシリンジポンプ、パナソニックヘルスケア協力の元で山中氏がデザインしたインキュベーター(恒温培養器)、セーフティキャビネットなどさまざまな実験器具を並べ、会場を実験室に見立てたスタイルで、「細胞を使って新しい何かをつくる」という研究の展示が行なわれていた。なお、インキュベーターもセーフティキャビネットも特別に作られた一品モノで販売の予定はない。
共同研究が始まったのは1年前から。学生たちがそもそもバイオがどういうものなのか、細胞の培養方を学ぶところからスタートしたという。何しろ時間がそれほど経ってないため、今回の展示自体も、展示そのものというよりは、むしろ可能性を味わうような色彩が強かった。山中教授は今後数年は続けていきたいと語っていた。
さて、竹内研究室では、生物の組織・臓器・細胞を機能部品として扱い、全体を設計するというアプローチで研究を行なっている。特に通常の細胞培養とは異なり、機械加工技術を応用して、細胞からユニットを作り上げて、それらから緻密な立体組織を作ろうとしているところが面白い。山中氏は、人工物を作るときと同様のアプローチを生物素材に対して行ない、何らかの役に立つモノを作っていこうというところに新鮮さを感じ、デザイナーとしてもやれることがあるんじゃないかと考えて共同研究を行なったという。
そこでさまざまなものを組み上げるために、細胞の塊(スフェロイド)を使って、かたちを作っていくということを色々と提案。「それはできないよと言われながらいろんな取り組みをしてきた」と紹介した。
一方、山中研究室のアーティストたちは、細胞を包摂したゲル材料などを使って、人型などのかたちを「細胞彫刻」として作ってみるという試みを行なった。生きている細胞でできているので、形がだんだん変わっていったりする。「細胞でものを作るってこういうことなんじゃないのと問題提起をする」ということが目的で、人工的なフレームの上で細胞コロニーが新しいかたちを持っていくのを眺めたりする「彫刻」だ。そのために白衣もデザインしたという。そのほか、バイオ系の研究器具にはかっこよくて「萌える」ものがたくさんあるので、それも作ろうとクリーンベンチとインキュベーターなどの機器や、対象だけではなく、研究環境のデザインも手がけている。
また、竹内研究室には科学コミュニケーションのためのアーティストがいて、そのためにスムーズに共同研究が進んだという面もあると、ERATO竹内バイオ融合プロジェクトの専属デザイナーである佐藤暁子氏の作品を紹介した。研究者がアーティストを研究員として雇う例は日本では少ないが、海外ではしばしばある形態だ。美的感覚と研究とをすりあわせることで新しい知見を得たり、社会とのすり合わせを行なうことが目的だという。
さらに外部アーティストが加わることで、デザイナーと研究者だけでは持てない広がりがさらに広がると考えて、インスパイアされたものを作ってもらえないかということで依頼したのが鈴木康広氏の「細胞を生ける器」だと解説した。
生体組織は細胞ブロックの組み合わせでできている
竹内研究室助教の森本雄矢氏は、まず、1つの細胞が10~20μmくらいの大きさであることや、さまざまな種類の細胞が集まって臓器・器官が形成されていることなど、生物学の基本をレクチャー。続けて、実際の生体組織の構造は機能を持つ細胞塊とチューブが組み合わされたようなユニットからなっていること、それらが複数連続した形になっていると紹介し、このユニットを規格化し「細胞ブロック」として捉えて組んでいくことができれば、細胞を集めて部品を作るように臓器が作れるのではないかと、生体と機械工学を融合させて体内埋め込みデバイスや細胞の3次元構築などを行なっている竹内研究室の研究アプローチを紹介した。
実際の細胞は「足場」となる材料や、「フィーダー」と呼ばれる環境を整えるための細胞などを組み合わせることで培養できるようになる。その足場や環境をどう整えるか、どのように作るかが研究のポイントの1つ。森本氏はコラーゲンをいかにして球形状や線形状にするかについて紹介した。例えば球形状は、油と水を流すことでドロップ形状を作ることができる。また異なる水溶液同士だと線形状を作ることができる。このようなやり方を組み合わせることで、色々な形状の細胞の構造体を作ることができるという。今回の展示の構造体は、その中に細胞を入れて育てたものだ。
将来的には再生医療や、体外での薬の評価、味覚や嗅覚のセンサーなどとして応用することを目標にしているという。また、食用肉を純粋に細胞培養だけで作ることもできるようになるかもと研究を紹介した。また「授業では生物や物理といったカテゴリに分かれているが、研究現場では分野関係なくミックスされていて進んでいるんだということを感じて欲しい」と語った。
頭で考えたコンセプトよりも「現実」の方が面白くて正解
今回、ゲストアーティストとして参加した鈴木康広氏は、「細胞を生ける器」という作品を出展した。生きた細胞を含んだゲルを接着剤にして(鈴木氏はこれに「時間接着剤」という名前をつけた)、葉っぱに見立てた紙をガラスの枝に付けた作品である。もともとはプログラムされた細胞死によって葉が落ちるという話を中学生の時に習ったことを思い出して制作したそうで、細胞が死んだら葉が落ちる、「落ちる瞬間を目撃して欲しい」というコンセプトで作ったものの、実際には落ちなかったという。
インキュベーターに入れてコラーゲンを固めて、ガラスの枝につけるときに、それがガラスによく着くこと自体が初めての体験で新鮮だったそうだ。また、生物学の「in vitro(=試験管内で)」という表現を新鮮に感じ、スタティックだけどいつ落ちるか分からない状態を試験管のなかで見て欲しいなと考えたという。今回の展示物もケースに入っているが、それを1つの理想的な世界、あるいは、その空間の中がある活動が許される美術館かもしれないと見立てたのだと述べた。
このほか鈴木氏はこれまでに制作してきた開いた眼と閉じた眼をプリントした葉っぱのかたちの紙がクルクルと宙を舞う「まばたきの葉」や、水滴による波紋を時間スケールの異なる樹木の年輪と重ねて見る「バケツの切り株」、蛇口から飛び出る水に蛇の姿を探す「口の起原」、水面を切り裂く船の航跡を水面を開くためのファスナーと見る「ファスナーの船」、人型のバルーンを使った「空気の人」、「りんごのけん玉」などの作品群や、背景となる発想を軽妙な語り口で次々に紹介した。会場からは何度も笑いが起きていた。
「細胞を生ける器」で、水分が抜けてしまって細胞が死んでも紙の葉が落ちなかったことについては、「ショックだった」が「考え方を変えよう」と思ったと述べた。本来は水分が抜けたら細胞が死に、はらりと紙の葉っぱが落ちるという想定だったが、実際には水分が抜けることで、よりくっついてしまったらしい。これについて鈴木氏は「『コンセプトはこうだけど、こうなった』となった時、『こうなった』現実の方が面白い」と語った。「現実の方が面白い。現実が正解と見なして、意外な考え方や誰もいいねといってないことを見つける。(山中教授らの取り組みである)プロトタイプ制作はその範疇なのかなと思っている」と述べた。
今回の展示全体に対する筆者の個人的感想だが、前述のように展示それ自体はまだまだという印象の方が強かった。ただ、それは共同研究を始めて1年程度と短い一方で、何かと時間も手間もかかる生物を相手にしている以上、ある程度は仕方ないのかなという気もする。ただ、竹内研究室ではMEMS加工や流体デバイス技術を用いて、細胞のような脂質二重膜カプセルや、体内に埋め込める血糖値モニタリングシステム、人工神経や匂いセンサーなどの各種デバイスを既に作製している。一般人にとっても非常に刺激的に感じる成果だ。
このような分野に対して、科学コミュニケーション分野はともかくとして、研究内容そのものに対して、デザインが入り込む余地がどれだけあるのか、どれくらいインスピレーションを与えることができるのか。もちろん筆者はそちらを期待しているのだが、今のところは未知数で、よく分からない。今後の共同研究がどれだけ深いレベルで行なわれるかによって、その答えが見えてくるのだろう。形で山中研究室だけでなく竹内研究室のアプローチも「ハイブリッド」というところに重点が置いているように筆者は思っているので、今後に期待したい。
ただ、刺激的な成果をつい期待してしまうのは筆者の悪い癖なのだが、もしかするとそれは、無理に急がず、ふんわりした共同作業の中で、「こうなった」というかたちで生まれ出てくるようなものかもしれない。アーティストと研究者、そして多くの経験を持ったプロダクトデザイナーによる3者のトークを聞いていて、なんとなくそう思った。