森山和道の「ヒトと機械の境界面」

NICTオープンハウス・レポート

~初音ミク立体映像や脳科学と情報通信の融合から、防災や電波の安全性まで

 独立行政法人 情報通信研究機構(NICT)のオープンハウスが11月30日、12月1日の日程で行なわれた。NICTは情報通信技術(ICT)分野専門の公的研究機関である。ネットワーク基盤技術の開発や未開拓の電波帯であるテラヘルツ・ミリ波帯の研究開発のほか、電磁波センシングや電磁環境技術、またコミュニケーション技術や量子情報通信、脳科学の知見を利用したインターフェースなどの研究も行なわれている。また太陽活動等の宇宙環境の変動予測を行なう「宇宙天気予報」、原子時計を使った「日本標準時」の提供を行っているのもNICTである。

1秒を作る標準器

 1秒は、「セシウム133原子の基底状態の2つの超微細構造準位の間の遷移に対応する放射の周期の9,192,631,770倍の継続時間である」と定義されている。つまり、セシウム133にはエネルギーが低い状態(基底状態)と、ちょっとだけエネルギーを持った励起状態があり、その固有のエネルギー差に応じた周波数の電磁波を吸収、放出する。原子時計はその性質を使ってセシウムを選別してそれぞれの状態を検出し、それをもとに1秒が作られる。現在の原子時計は「原子泉型」と呼ばれるタイプで、これは2,000万年に1秒の誤差しかないという。

1998年まで使われていたセシウム原子時計と、その心臓部のセシウムビームチューブ
現在使われている原子泉型一次周波数標準器の初号機。周波数の「原器」。
NICT

脳科学と情報通信の融合

 さて、私がNICTオープンハウスに出向いた最大の理由は、NICTとATR(株式会社国際電気通信基礎技術研究所)、そして大阪大学の連携によって設立された「脳情報通信融合研究センター(CiNet)」の研究の一端を知るためだった。CiNetは、脳研究を次世代技術のシーズとして「脳の機能に学んだ新世代のネットワーク」や「「こころ」を伝えることができる情報通信」の実現を目指している。拠点は大阪大学吹田キャンパス。非侵襲の脳機能計測や、大阪大学医学部附属病院での臨床研究をすすめるとされている。メンバーもかなり面白く、脳科学と情報通信の融合分野で日本を代表する研究拠点の1つとなることは間違いない。

 具体的なミッションとしては、医療用以外では初めての国内導入となる7テスラのfMRI(機能的磁気共鳴)やfNIRS(近赤外光脳機能イメージング)、MEG(脳磁界計測)、EEG(脳波計測)のような脳の計測技術を基盤として、脳を模した知能システム、脳に学ぶ低消費電力の情報ネットワーク技術、脳と機械を直結して心を機械に直接伝える技術(BMI)などの開発を行なうという。

 今回の公開ではポスターが基本で、至って地味な展示しか行なわれていなかったのがやや残念ではあったが、せっかくなので、紹介されていた研究内容を簡単に紹介する。

 まず「ワイヤレスBMIシステム」だ。脳表面の皮質脳波を使ったBMIシステムで、脳の信号を解読して外部の機器をコントロールするというもの。今は完全埋め込み用システムを目指して、脳波信号の増幅システムや、高速無線通信システム、さらなる高密度化を目指した電極の開発を行なっているという。柔軟な材料を使った電極で、電極数128を目指している。臨床応用される日も遠くないかもしれない。

 「ウェアラブル・ブレインセンシング」は、文字通り着用可能な脳活動モニタを目指したワイヤレス多チャンネル脳波計の開発研究。てんかんや脳卒中の予兆を検知することができるほか、リハビリの効果を脳で確認することも将来はできるかもしれないという。

 このほか、自分自身の脳活動を意識的に変化させることができるという実験的事実をベースとして、注意欠陥多動性障害の緩和などへの応用を目指している「脳の活動の相関を変えるニューロフィードバック」の研究や、2つの珠を手で回転させる運動の前に100Hzの電気刺激を筋肉に加えると、既に頭打ちにあった運動技能であっても再び向上し始めるという「停滞した運動技能学習の促進」などの研究がポスター展示されていた。

皮質脳波を使うワイヤレスBMIシステム用の増幅チップ
ウェアラブル脳波計。24チャンネルまで拡張可能とのこと

次世代コミュニケーション技術

 このほか、主に実物展示があった研究を紹介しよう。入ってすぐの場所にはNICTの委託研究が出展されていた。「たくさんのスマートフォンで撮った映像を集めて任意の観客席で観たパノラマ映像を合成する技術」は福井大学大学院工学研究科 海彰吾研究室の委託研究で、1つのシーンを多数の人が携帯電話などで撮影した映像を収集・統合して、パノラマ映像へと合成して閲覧できるようにする技術。展示では、マスターとなる端末から、スレーブとなる20台の端末をコントロールして、撮影して重ねた画像が提示されていた。スタジアムのようなシーンの場合、撮影する人の座席も特定が可能なので、それらの情報と時刻情報などを使って合成すれば、かなりのところまできれいに合成できそうだ。

 「2面コーナーリフレタクタアレイ」というNICTが開発した光学素子を使った裸眼空中立体映像ディスプレイも出展されていた。空中に浮いているように見える像に対して、指の検出システムを組み合わせることで、虚像をさわったかのようなインタラクションを行なうことができる。キャラクターには「初音ミク」が使われていた。

多視点撮影システム
スレーブ側のカメラ
裸眼空中映像ディスプレイ
裸眼空中立体映像ディスプレイ
残念ながらカメラではほとんど捉えられていないが初音ミクが浮いて見える

 直径2mの「大型4次元デジタル地球儀」を使った視覚化の研究も目を引いた。デモされていたのは東日本大震災の津波によって大気上層の電離層が揺らされた様子を視覚化したものだ。

【動画】4次元デジタル地球儀。津波に伴った電離層の波の様子を表現

防災と情報通信

 東日本大震災を受けて、というわけでもないだろうが、防災に関連するシステムもいくつかあった。分散型地域ネットワーク「NerveNet」は、災害発生時にすぐに使えることを目指した無線マルチホップ技術を用いた分散ネットワークシステム。避難所等に立てて安否確認などにすぐに使える、アドホック・ネットワークシステムの1種だがサーバーも一体になっていて、ネットワークが寸断されてもサービスを継続できるという。緊急時だけではなく普段から自治体などでインフラとして活用されることを期待しているそうだ。

 「テラビット光無線通信装置」はレーザー光を用いた小型軽量、低電力な光無線通信装置。ファイバーを通じて伝わってきたレーザー光をそのまま空間に放射して受光するもので10Gbps以上の伝送が可能。衛星間通信技術を応用して大気のゆらぎや装置の振動を補償しており、500mの通信が可能だという。無線免許も不要だという。これも災害時に光ファイバ網を引く時間がないときや野外イベントなどで使えそうだ。

分散型地域ネットワーク「NerveNet」
テラビット光無線通信装置

 「Xバンド航空機搭載合成開口レーダー(Pi-SAR2)」という技術を使うことで、地表の様子を30cm解像度で計測して視覚化できる。カメラと違って雲や煙に邪魔されることもない。NICTでは東日本大震災の後、Pi-SAR2を使って被災地の観測を行なった。展示では仙台空港の様子がパネルで示されていた。

Pi-SARアンテナ部
Pi-SAR2で捉えた仙台空港の様子

電波の安全性

「省エネ家電のEMC」と題された展示も地味ながら興味深かった。EMCとは「Electro-Magnetic Compatibility(電磁両立性)」の略で、電子機器が動作するときに他のものに妨害波を出したりしないこと、またそれらの電磁ノイズに対する耐性を指す。

 さて現在、LED照明や太陽電池パネルのような省エネ家電が注目されている。これらは電力効率は高いが電磁雑音が広帯域化しており、要するに他の機器へのノイズとなってしまうことがあるのだという。展示では一例として、LED電球を点灯させるとノイズによって地デジが映らなくなる様子がデモされていた。今はまだこれらの機器のノイズ対策を進めるための基礎研究の段階で、具体的な防止対策などはないのだそうだ。

 なお、LED電球の価格とノイズ発生が比例しているわけではないとのこと。つまり高くてもノイズが発生する機器は発生するし、安くても発生しないものもあるという。いずれにしてもLED照明に変えてからテレビのノイズが気になるといった方は、疑ってみたほうがいいかもしれない。

 また、携帯電話等によるSARを計測するロボット・システムの展示もあった。SARとは「Specific Absorption Rate」の略。単位組織・単位時間あたりに吸収されるエネルギーの量である。つまり、携帯電話などから受ける電磁波エネルギーの量を示す値である。人体の多くは水からなるが、計測は人体と同じ形状と水分の「ファントム」と呼ばれる模型を使って行なう。実際には人体と同じ電気的性質を持つ「ファントム液」を人体形状の模型に入れて用いるのだそうだ。これらは国際規格で厳密に決められている。

省エネ機器のEMC。紙の筒を被せたLED電球を点灯させると、右手のTVが映らなくなる
SAR計測システム。国内で販売されている携帯電話には全てSAR計測が義務づけられている
電波の曝露評価に用いる数値人体モデル

 NICTではこのほかにも最先端の情報通信に関するさまざまな研究が行なわれている。次世代の光ファイバーや未利用の電波帯に関する研究などはもちろんだが、宇宙関連技術の展示などもあり、意外と穴場だと思うので、情報通信に興味がある人は来年のオープンハウスなどへ足を運んでみてはいかがだろうか。

超高速インターネット衛星「きずな」のアクティブ・フェイズド・アレイアンテナの電気モデル
高周波数帯域の高速通信実験に用いられる無人ソーラープレーンの一部
宇宙と地上を結ぶ光通信用の3軸ポータブル望遠鏡

(森山 和道)