後藤弘茂のWeekly海外ニュース

ゲーム機に挑む姿勢を鮮明にしたAppleのiPad戦略



●2年続けてGDCにぶつけたiPad新製品発表
米国での新iPadの発表会場

 Appleの新iPad(The new iPad)が、いよいよ16日から発売される。Appleは、この新デバイスでも、ますますゲームコンテンツでの攻勢を加速させる様子を見せている。そもそも、Appleは、ここ1~2年、iPadで既存のモバイルゲーム機を切り崩すことに意欲を見せて来た。それを象徴するのが、iPadの発表タイミングだ。

 今回、Appleは新iPadの発表を、ゲーム開発業界最大のカンファレンスGDC(Game Developers Conference)の初日にぶつけてきた。しかも、発表会場はGDCが開催されているサンフランシスコのコンベンションセンター「Moscone Center」の隣にある「Yerba Buena Center」。GDC会場から、歩道1本、ほんの十数m離れているだけの隣接ビルだ。iPad発表の中継に並ぶTV局の中継車や、メディアの大群衆は、GDC参加者からもよく見える。iPadが、いかに世間の注目を集めているのかを、ゲーム開発者に見せつける格好だ。

 Appleは、昨年(2011年)のiPad 2発表でも、GDCにタイミングと場所を合わせた。発表時間は、GDCでの任天堂の岩田聡代表取締役社長のキーノートスピーチにぶつけられた。そのため、その日の報道はiPad 2で埋め尽くされ、3DSでホットなはずの岩田氏のスピーチは米国ではすっかり影が薄くなってしまった。

 今年のGDCは、Appleの裏番組になることを恐れたのかどうか、GDCキーノートスピーチ自体がなくなってしまった。そして、GDCがキーノート代わりの全体セッションを行なっている時間にAppleが発表を行なうという展開となった。時間と場所のシンクロも1回なら偶然もありうるが、2回続けば、もはや偶然とは思えない。Apple側のゲーム開発者へのアピールと、既存ゲームプラットフォームへの競争心がうかがえる。


●ゲームコンテンツを重視するAppleのiPad戦略
ゲームコンテンツの一例(MetalStorm: Wingman)(C)2011,Z2Live Inc.

 また、新iPadの発表でも、Appleはゲームを重要コンテンツの一角としてフィーチャした。バンダイナムコゲームスのエースコンバットとおぼしきタイトルが紹介され、ゲーム向けの3DグラフィックスツールのパートナーとしてAutodeskが紹介され、米国でトップのゲームエンジンベンダであるEpic Gamesの新作「Infinity Blade Dungeons」の制作が発表された。Infinity Bladeは、Epic GamesグループがiOS向けにリリースしているAAAタイトル(ゲームコンソールなどの品質のゲームの通称)だ。同社のゲームエンジン「Unreal Engine 3」のiOS版のショーケースともなっている。

 もちろん、Appleにとってゲームはコンテンツの1つでしかない。しかし、ゲームの掘り起こしに力を入れていることも確かだ。Appleのこうした姿勢は、このコラムの前回の記事と矛盾するように見えるかもしれない。前回の記事では、新iPadのRetinaディスプレイの4倍の解像度(2,048×1,536ドット)と、現状据え置きが予想されるメモリ帯域のアンバランスから、Appleは、当面は3Dゲームの多くが新iPadのフル解像度に対応しないと予期しているだろうと書いた。

 しかし、このことは、Appleが新iPadでのゲームコンテンツに消極的であることを意味していない。むしろ積極的であるからこそ、解像度を従来iPadディスプレイ(1,024×768ドット)の整数倍にすることで、従来解像度でもRetinaディスプレイに問題なく表示できるようにしたと考えられる。ゲーム開発側に、無理にRetinaディスプレイの解像度を埋める必要はないというメッセージだ。Appleは同じ戦略をiPhoneでも採っており、そのため整数倍解像度がiOSデバイスの呪縛となっているが、ソフトウェア側に対しては優しい。そして、メモリ帯域が追いつけば、さらにAppleのゲーム攻勢は激しくなるだろう。iPadは、既存ゲーム機のように数年間スペック据え置きではなく、毎年スペックが向上する。

 なぜ、AppleはiOSデバイス、特にiPadでのゲームを重視するのか。その理由の1つは、ゲームがプラットフォームの大きな差別化要素になるからだ。他のコンテンツと違って、ゲームは技術的な面で移植にハードルがある。特に高度なグラフィックスのゲームになればなるほど、移植がやっかいになる。少なくとも、作る側にとっては、特定のデバイスにエクスクルージブに作った方がラクだ。そして、iPad上でのゲームビジネスのエコシステムが育ち、ゲーム専用デバイスの市場を食うようになれば、Appleにとって成功だろう。


●据え置きゲームコンソールにも対抗するiPad

 そして、任天堂にとっては、iPadは対「ニンテンドー3DS」というだけでなく、対「Wii U」でも嫌な相手になりつつある。それは、AppleがiPadとApple TVを組み合わせて、TV側でゲームをプレイできるソリューションまで進めているからだ。

Wii Uのタブレットコントローラ

 AppleのAirPlayを使ったシステムで、iPad側のSoC(System on a Chip)でレンダリングした3Dグラフィックスを、おそらくH.264で圧縮してWi-FiでApple TVに送ってTVに表示させる。Apple TV側が新型で1080Pなので、それに合わせてダウンスケールした画面を生成することになる。iPad側とTV側に別画面を表示させる、2画面表示が可能だ。つまり、任天堂がWii Uでやろうとしていることと、同じことがiPadでできてしまう。

 Wii Uは逆パターンで、Wii U本体でレンダリングしたグラフィックスをTV側と、複数可能と言われているタブレット型コントローラ側の両方に表示させることができる。任天堂は、ユーザーから1~2フィートの距離にあるタブレットが、入力デバイスとして重要だと考えて、タブレット型コントローラを導入することにした。タッチパネルによるインタラクティブな操作は1フィート(約300mm)の小画面で、ゲーム画面は10フィートの大画面で、という組み合わせだ。しかし、Appleはもともと1フィート距離のデバイスであるiPadから、10フィート(約3m)のTVへと広げる選択を採った。

 任天堂は据え置きコンソールの消費電力を抑える戦略を採っている。TDP(Thermal Design Power:熱設計消費電力)の枠で、そのデバイスのピークのコンピューティングパフォーマンスがある程度規定される。そのため、Wii Uは、iPadとのコンピューティングパフォーマンス差を一定以上には広げにくい。iPadとAirPlay、Apple TVの組み合わせは、その弱点を突く格好になっている。Appleについては、より拡張したApple TVで、据え置きゲームコンソールに対抗するというウワサもあるが、それ以前の段階で、すでに据え置きとの競合が始まっている。

 AppleのAirPlayによるゲームプレイは、別にWii Uに対抗したものではなく、それ以前から進められていた。見事にWii Uに対する対抗策になっているのは、発想の根本に共通する部分があるからだろう。もちろん、AppleのAirPlayベースのゲームにも、技術上のハードルはある。iPad側のレンダリング能力と伝送帯域とレイテンシだ。レイテンシは、物理的にどうにもならない部分があるため、ソフトウェア側の作りで、隠蔽するしかない。帯域も同様で、これはシステム側が対処するしかない。

 メモリ帯域については、現状はモバイルDRAM自体の転送レートが限られているため、2画面レンダリングは、かなり荷が重い場合がありうる。モバイルメモリは2年で2倍の急ペースで帯域が増えているため、将来はこの問題も解決するが、現状は3Dで2画面はきついことが予想される。やりやすいのは、iPad側にコントロール2D画面、TV側にゲーム画面といった組み合わせだが、実際にどうなって来るかはわからない。

 もっとも、メモリの問題は、アプリケーション側の最適化にも左右される。例えば、Epic Gamesの子会社のChAIR Entertainmentは、GDCで同社のInfinity Bladeシリーズの開発の背景などを説明している。その中で、同社は全般的なメモリ最適化についても簡単に触れている。Infinity Bladeでは、旧世代デバイスでメモリ最適化に苦労しているが、iPhone 4(Apple A4チップ)世代になると余裕がある。

メモリバス幅の進化
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●モバイルDRAMの動向とiPadのDRAM搭載量の動向

 ちなみに、新iPadではDRAMメモリが従来の倍の1GBに増量されたと一部で報じられ話題になっている。1GB DRAMは不思議ではない。なぜなら、LPDDRメモリでビットクロスが起きたからだ。

 従来のA5チップ(iPad 2/iPhone 4Sの中核SoCチップ)は、LPDDR2 x32の2G-bit品の2個のダイをプロセッサパッケージにPoP (Package-on-Package)で封止している。複数のDRAMが採用されていると報じられており、一種類はSamsungの「K4P2G324EC」とされていた。1ダイで2Gbits(256MB)のDRAMダイを2個載せているから、A5でのDRAM搭載量は512MBだった。この時点では、最も安いLPDDR2は2G-bit品だったから、自然なスペックだ。

 それに対して、新iPadのA5Xは1GBメモリを載せていると見られる。しかし、PoPでA5Xに封止できるDRAMチップ個数はある程度限られている。どうやって、Appleはメモリを増やしたのか。最も考えられるのは、DRAMチップの容量を2G-bit品から4G-bit品へと切り替えたことだ。そして、これは非常に理にかなった選択となる。なぜなら、その方がお買い得だからだ。

 現在のLPDDR2のコントラクト平均価格は、DRAMeXchangeの価格動向調査では4G-bit品が7ドル50セント、2G-bit品が4ドル50セントとなっている。しかも、DRAMeXchangeのトップページには4G-bit品はLPDDR2の価格がリストされているが、2G-bit品ではLPDDR1しかリストされていない。つまり、新iPadに使うLPDDR2では、すでに4G-bit品が主流で、2G-bit品は価格動向を監視のメインの対象から外れてしまっている。

 現在の価格は、エルピーダ破綻後の価格なので、参考にはなりにくい面もあるが、トレンドは明確だ。LPDDR2では、2G-bit品より4G-bit品の方がビット当たりの単価が安く、主流は4G-bitへと移っている。そのため、4G-bitへと移行することが経済的に自然な流れとなる。また、2G-bit 2個で512MBから4G-bit 2個で1GBに移行しても、コストは66%程度しか増えない計算となる。Appleの契約規模なら大ボリュームで長期なので、もっとコスト増が少ない可能性もある。

 Appleの選択肢としては、DRAMダイを4G-bit品を1個にしてDRAM搭載量を同じに保ちながらコストを下げる方法もある。しかし、その場合、通常のDRAM製品ではメモリチャネルがx32構成までであるため、メモリ帯域が半減してしまう。A5Xのx64のメモリチャネルに合わせるには、汎用品では2ダイが必要になる(モバイルDRAMのx64品は通常は2ダイの製品)。そのため、その選択は取れないだろう。つまり、LPDDRのビット単価が、2G-bit品より4G-bit品が安くなるビットクロスが起きた結果、iPadのメモリは増えると考えられる。

 この予想が当たっているかどうかは、新iPadのチップが解析されればすぐにわかるが、デバイスの動向からすれば、ごく自然な流れだ。もし今回、DRAMのチップ容量が増えていなかったとしても、すぐそうなるだろう。

 iPadのDRAM搭載量がどんどん増えているのは、モバイルDRAMでは、大容量品の価格が下がり、小容量品と入れ替わるビットクロスがきちんと機能しているためだ。PC向けのDDRでは、価格の低下が著しく、メモリ搭載量への要求も低いため、このメカニズムが働かなくなってしまっている。つまり、モバイルメモリは高速化でも大容量化でも、PC向けDDRより、ずっと早いペースで進んでいる。LPDDR2では、8G-bit品の価格も下がってきており、ビット単価で4G-bitを下回る日も近そうだ。そうすると、iPad/iPhoneのメモリ搭載量はさらに倍増することになる。iPadは、こうしたデバイスのトレンドの恩恵を受けている。