後藤弘茂のWeekly海外ニュース

解像度を高めたAppleの新iPadとそのコア「Apple A5X」のポイント



●画面解像度もグラフィックス能力も増えた新iPad
米国での新iPadの発表会場

 Appleは、ウワサの新iPadを米サンフランシスコの発表会でお披露目した。デバイスとしての大きなポイントは、ディスプレイ解像度が2048x1536ドットのRetinaディスプレイになったこと、SOC(System on a Chip)が「Apple A5X」になったこと。この2つは密接に結びついている。それは、Apple A5Xがグラフィックスパイプラインの数を2倍にしたからだ。縦横倍になった画面に合わせて、グラフィックスのピークプロセッシング性能も増強するというわかりやすい進化だ。

 Apple A5Xは、名前からiPad 2/iPhone 4Sに使われているApple A5 SoCの進化形であることがわかる。CPUコアはApple A5とApple A5Xとも、デュアルのCortex-A9と見られる。ARMには次世代のCortex-A15コアがあるが、搭載製品を投入できるのは2012年後半となる。GPUコアはA5が「PowerVR SGX543MP2」でデュアルコア。A5Xでは、PowerVRコアがクアッド構成のPowerVR SGX543M4となっていると推定される。Imagination TechnologiesのPowerVRの新アーキテクチャ6シリーズは、まだ間に合わないため、PowerVR SGX5世代に留まるはずだ。

 このように、プロセッサアーキテクチャ的に見ると、今回のiPadのタイミングは、ちょうどコアアーキテクチャの変わり目の前であり、現行世代を拡張するしかない時期にあることがわかる。チップのコアアーキテクチャ的には革新のない製品である可能性が高い。

 プロセス技術世代ではどうなのか。現行のA5はSamsungの45nmプロセスで製造されている。大手のファウンドリは昨年(2011年)から28nmプロセスを立ち上げているが、iPadほどのボリュームが出る製品を28nmプロセスに賭けるのは、まだリスキーだ。そうなると、選択肢は45nm、40nm、32nmとなる。Samsungで製造する場合は、Samsungのプロセスは45nm→32nm→28nmなので、45nmか32nmという選択となる。

 ある業界関係者は、昨年の秋に、Samsungが32nmプロセスをAppleに推奨していると語っていた。それは、2012年春の製品では28nmは間に合わないが、32nmなら間に合うからだと説明していた。時期的に考えれば、Samsungの32nmであってもおかしくはない。しかし、一部の報道では45nmのままだとされている。

Cortex-A9のブロックダイアグラム
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●Appleの次世代SoC A6との絡み

 Samsungの32nmに移行すると、利点はいくつもある。iPad 2/iPhone 4SのA5は45nmプロセスで、そのためにダイが非常に大きかった。携帯デバイスのアプリケーションプロセッサSoCは、50〜70平方mm程度が普通なのに、A5は120平方mmを越えていた。ダイが大きければコストが増える。A5Xは、GPUコアとしては比較的ユニットが大きいPowerVR SGX5系のコアを2個増やすため、さらにダイ面積は増えてしまう。その分、コストが上がる。

 消費電力でも利点がある。チップのトランジスタ規模が増えれば、電力も増大する。しかし、Samsungのプロセスでは、32nmからHigh-k/Metal Gate(HKMG)を採用してリーク電流(Leakage)を抑制する。そのため、45nm世代に対して32nmは電力の面で有利になる。下は、Samsungの32nmプロセスのパフォーマンスとリーク電流で、優れていることがわかる。

HKMGの特徴

 さらに、Samsungは32nmでは、ボディバイアシングを採用したCortex-A9のマクロを持っており、さらにリーク電流が抑えられ、パフォーマンスを高めた実装できる。つまり、プロセス技術だけでなく、回路設計技術の面でも優れている。そのため、Samsungの32nmでA5Xを作ることは、それなりに魅力的だ。こうした利点を考えると、Samsungの32nmを使うのは自然に思える。

 だが、そうした利点があるにもかかわらず、もし、AppleがSamsungの45nmプロセスをA5Xに使うとしたら、その意味は1つだ。Appleが、新iPadには、半導体チップの設計労力をかけたくなかったということだ。例えば、社内の開発リソースを、次の「A6」に集中させており、A5Xにはコストも人も抑えるというなら、そういう展開もありうる。

●苦しいA5X世代のメモリ回り

 新iPadのディスプレイ解像度は2,048×1,536ドットで、従来のiPadのリニアに2倍で面積4倍だ。当然、生ピクセル打ち込みパフォーマンスはより必要になるため、グラフィックスプロセッシング能力が増えるのは理にかなっている。ピクセル解像度が増えても頂点演算が4倍は必要ないので、4倍のGPUパフォーマンスまでは必要がない。2倍では苦しいのは確かだが、何とかなる。

 しかし、ここには、基本的な問題もある。それは、メモリ帯域が追いつくかどうかという問題だ。

 現在のモバイルSoCではLPDDR2のデュアルチャネル(x64)構成でも、6.4GB/secのメモリ帯域がせいぜい。LPDDR2を1,066Mbpsに上げるか、メモリチャネル数を増やせば帯域を上げることができるが、消費電力やチップ個数(チャネルを増やした場合)で不利となる。PCで言えば、6.4GB/secはDDR-400 2ch(x128)のメモリ帯域で、それをCPUとグラフィックスで共有しているため、非常に苦しい。

モバイル向けメモリの帯域幅
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 もちろん、PowerVRアーキテクチャはタイリングでグラフィックスパイプライン中でもっとも帯域を食うROP(Rendering Output Pipeline)回りの帯域が大幅にセーブされている。それでも、解像度が上がれば、メモリ帯域は必要になる。そのため、もし、新iPadでメモリ帯域が上がっていなければ、せっかくの超高解像度は、2Dや動画では恩恵があっても、3Dグラフィックスで埋め尽くすことは難しくなる。つまり、高解像度の3Dゲームは難しい可能性が高い。

 もっとも、ゲームでは当面はRetinaディスプレイの解像度は対応しない、または、必要ないかもしれない。Appleも、それを予期している可能性がある。それは、ちゃんと解像度がオリジナルiPadの整数倍になっており縦横比も同じだからだ。オリジナルiPadのゲームを、縦横をそれぞれ2倍にスケールすれば新iPadの解像度になるからだ。

 これが、縦横比が違ったり、解像度が綺麗にかけ算できないと、問題が生じる。余白を調整しなければならなかったり、アンチエイリアシングが汚くかかったりといった問題だ。新iPadのやり方なら、そうした問題は一切生じない。つまり、4倍の高解像度は、まずは2Dのブックなどのコンテンツをターゲットにしたもので、ゲームはあとで半導体が進歩したらついてくればいいとAppleは考えている可能性がある。

 モバイルメモリの帯域に関しては、現在、JEDEC(米国の電子工業会EIAの下部組織で、半導体の標準化団体)のメモリ規格では、LPDDR3がオントラックで製造に向かっており、今年の後半から来年にはデュアルチャネルで12.8GB/secの帯域が実用になると見られている。LPDDR3では、LPDDR2より消費電力が上がってしまうが、2013年後半から2014年には、LPDDR2から消費電力を上げずに12.8GB/secを実現できるWide I/O SDRメモリが立ち上がる。Wide I/Oの問題はSoCチップとDRAMのコストが上がってしまうことだが、Appleくらいのボリュームがあれば、それも希釈されるかもしれない。

 もう1つの手は、RambusのMobile XDR DRAMを採用することだ。Mobile XDR DRAMならx32構成で12.8〜17.1GB/sec、x64構成で25.6〜34.1GB/secの帯域を実現できる。ただし、この選択の場合は、DRAMを供給してくれるベンダーもセットで見つける必要がある。

 いずれにせよ、AppleがA6世代でこうした技術を採用すれば、メモリ帯域の制約は緩和され解像度に見合ったピクセルパフォーマンスを得られるようになる。しかし、A5X世代では、おそらくメモリ回りはきついままだと推測される。

●名前に意味があるThe new iPad

 Appleは、今回の新製品に「The new iPad」という単純極まりない名前を選んだ。事前にウワサされていた「iPad 3」でも「iPad HD」でもなく、単に、新しいiPadだ。日本語的にはわかりにくいが、英語的に見ると、ここで「The」という定冠詞と、「new」という形容詞がついたことに意味がある。

 まず、newを付けると、英語の規則として定冠詞のTheを付けざるを得ないので、文法的には正しい。しかし、英語的には、原則として固有名詞には冠詞はつかないので、本来ならiPadに冠詞はつけない。もちろん、newまでが製品固有名詞であっても同じだ。それに、theという冠詞をつけたのは、AppleがiPadを一般名詞と考えていることを、知らしめようとしていると考えられる。

 つまり、それは、iPadがすでに固有の商品名ではなく、一般名詞物として認知されるような普遍的なものになったというメッセージだ。それだけ、Appleは、iPadという製品に自信を持っている。タブレットという一般名詞の中のiPadという製品固有名詞ではなく、iPadはiPadというカテゴリを示す一般名詞なのだ。

 これは、かつて、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)がPlayStationにTheをつけて、The playstationと打ち出した時とよく似ている。