■後藤弘茂のWeekly海外ニュース■
ゲーム機が売れているのに、任天堂は徐々に危険な淵へとさしかかっている。おそらく、任天堂自身が、切実に、こう感じているはずだ。なぜなら、任天堂が、これまでに自ら指摘した問題がほとんど解決されないまま、ゲーム機の台数だけが積み上げられつつあるからだ。つまり、ユーザーを飽きさせずにつなぎ止めることに成功しないまま、ハイプ(誇大な盛り上がり現象)で台数がどんどん膨らんでいる。
このまま進めば、最悪の場合は「アタリショック」ならぬ「任天堂ショック」現象が発生する可能性がある。絶好調だったゲーム機「Atari 2600」に対して、ユーザーが急速に関心を失い、拡大した市場が一気にしぼんだ'83年の事件が、Wii/ニンテンドーDSで再来するかもしれない。膨れあがったユーザーが、任天堂ゲーム機に飽きて、見向きもしなくなる時が来るかも知れない。
最大の懸念材料は、Wii/DSが売れすぎていることだ。前回の記事で指摘したように、両ゲーム機は、過去最高のペースで売れており、その普及曲線はPlayStation 2(PS2)を大きく凌駕している。デコボコはあるものの、ワールドワイドでの数字を見ると任天堂マシンは、まだハイペースで売れ続けている。
ゲーム機のハードウェア台数 |
しかし、日本だけを見ると状況が違う。任天堂プラットフォームは、今年(2009年)に入り急に減速した。経済状況の影響もあるかも知れないが、異変は起きている。その原因となる状況もある。ゲーム機はソフトウェアドリブンな世界だが、日本でのWiiは「タイトル日照り」現象となり、パっとしたタイトルが見あたらない状況が続いている。任天堂自身が発売するファーストパーティタイトルが弾切れした上に、任天堂ゲーム機ではやっぱりファーストパーティタイトルしか売れないと見なされるようになり、サードパーティも力が入らなくなりつつある。日本でのPLAYSTATION 3(PS3)が、「バイオハザード5」、「龍が如く3」といったサードパーティのビッグタイトル(バイオハザード5はXbox 360でも発売)で浮上し始めたこととは対照的だ。
任天堂にとって不安材料は、日本での急な停滞と同じ現象が、世界市場により深刻な規模で広まって行くことだ。Wiiが好調でPS3をはるかに抜いている米国や、DSが圧倒的な支持を得ているヨーロッパでも、突然の停滞が始まれば、それが次第に市場の瓦解にまで進む可能性もある。ゲーム機本体の価格切り下げという切り札もあるが、それはギリギリまで取っておきたいだろう。
任天堂のゲームソフトアタッチ率 |
もう1つの懸念材料は、携帯ゲーム機に対して、初めて携帯電話がゲームプラットフォームとして強力な対抗馬となったこと。これは、iPhoneの力が弱い日本では実感しにくいが、欧米では明確な現象となっている。例えば、DSファミリの新機種「DSi」が発売されたばかりの米国では、有力ゲーム情報メディアのIGNがDSiのメイン記事に「DSi vs. iPhone Grudge Match」という題した記事を持ってきた。もはや、DSを比較する対照はゲーム機ではなくiPhoneとなっていることを象徴している。北米では、DSファミリとiPhone/iPod touchは同レベルの台数のプラットフォームとなっている。
●一貫性と連続性があった任天堂の岩田氏のスピーチ任天堂の岩田聡氏(代表取締役社長)は、米サンフランシスコで開催されたゲーム開発者向けカンファレンス「GDC(Game Developers Conference)」(3月23~27日)でキーノートスピーチを行なった。そこで、任天堂が列挙する成功の中に、任天堂の戦略の“うまく行っていない”部分が見えてきた。それは、岩田氏が語った部分にではなく、岩田氏が語らなかった部分に浮かび上がっている。つまり、岩田氏が、これまで強調して来たポイントを、今回はあまり語らなかったことが、任天堂の戦略の問題点を明瞭にする結果となった。
岩田氏は、GDC、E3、東京ゲームショウ(TGS)といったゲーム業界の大イベントの度に積極的にスピーチを行ない、自社の戦略の説明に努めてきた。岩田氏のスピーチの特徴は、マーケティング色の強い扇動は極力抑え、できるだけ率直に戦略の狙いを説明する点にある。そして、戦略説明の最大のポイントは、ゲーム業界と任天堂の抱える問題を指摘し、それを解決するために、成し遂げるべき目標を掲げ、任天堂がその目標に向かって何を行ないつつあるのかを示す点にあった。それも、各スピーチの内容が、ほぼ一貫して連続したストーリになっており、それぞれのスピーチで、過去のスピーチの際に掲げた課題に対する進捗や、次の課題とアプローチが示されることが多かった。
岩田氏や任天堂のこれまでの説明を整理すると、次のようになる。
従来のゲーム業界の問題は、ゲーム人口が固定され、新規ユーザーへと拡大できなかったことにある。この問題を打破するためには、新規ユーザーを呼び込み、ゲームから離れてしまった人口を呼び戻すアプローチが必要だと任天堂は考えた。
そこで、WiiとDSでは、コンピュータとしてのマンマシンインターフェイスの改革をポイントにした。ハードウェアからの改革で、人間にとってより自然なインターフェイスにすることで、非ゲームユーザーにも受け入れてもらいやすく、かつ、ゲーム熟練者に新しい刺激を与えるためだった。
結果としてこの戦略は見事に成功し、任天堂はユーザー層を拡大することができた。しかし、マンマシンインターフェイスの改革によって、新規ユーザーを開拓することは第1ステップに過ぎない。ユーザーが継続してゲーム機で遊んでくれる基盤をしっかり作る必要がある。なぜなら、物珍しさに惹かれて来た、ゲームに慣れていない新規ユーザーは、そのままでは、すぐに飽きて離れてしまう可能性があるからだ。いったん離れたユーザーを、再びゲーム機に呼び戻すことは、新規にゲーム機に誘うより難しいだろう。
この事態を避けるためには、ゲーム機に“毎日触れて”もらい、遊びへと入ってもらうための仕掛けが必要だ。そこで、任天堂は非ゲームを含めた多彩なコンテンツを、他社も含めてWiiに向けて提供できるダウンロードコンテンツ戦略を打ち出した。また、ゲームについては、ゲームプレイヤを“熱中させること”が次の大きな課題であるとした。
●従来の流れからはずれた今回の任天堂の説明これが、昨年までの岩田氏の戦略説明や任天堂の発表の大まかな流れだ。ところが、今回は開発者に向けたスピーチであるにも関わらず、この文脈の話がほぼ出てこなかった。問題が解決し、目標に到達したからという見方もできるが、現実にはそうではない。任天堂が以前指摘してた、拡大したユーザー層を、任天堂プラットフォームに固着させ、毎日触ってもらうことは、まだ実現できていない。その目標への戦略は、今回のスピーチでは、ディストリビューションモデルの改革(ダウンロード販売の強化)などで暗に示されたももの、従来のように明確にされていない。
岩田氏のスピーチは、こうした、従来の文脈からは外れていたように見える。このことは、任天堂が攻めあぐねていることを示しているのか、それとも、次の手を講じつつあるものの、まだ公開できないだけなのか、まだわからない。しかし、任天堂の流れが変わり始めている気配が見える。
時期からすれば、任天堂も、DSやWiiの後継となるプラットフォームのためのプロジェクトチームを立ち上げているはずだ。実際に、ゲーム業界にはそういう噂が流れている。任天堂の最近のパターンからすれば、そこではハードウェアの検討ではなく、まずゲーム産業の問題とそれをいかに打破するのかという、コンセプトから詰めているはずだ。そのコンセプトは、これからの岩田氏のスピーチに反映され始めるのかも知れない。
●ダウンロードコンテンツとサービスをWii活性化の柱にもう少し任天堂のWii戦略を詳しく見てみよう。Wii戦略の大きなポイントは、ユーザーがゲームコンソールの電源を毎日入れるように誘うことだった。元々ゲーム好きのコアゲーマーは黙っていても毎日ゲームコンソールの電源を入れる。しかし、カジュアルなゲーマーは、いったん電源を入れなくなると、そのままゲームコンソールを放ってしまうことが多い。
ゲーム機が稼働しなければ、その上のビジネスも成り立たなくなってしまう。ゲームコンソール本体は売れたが、タイトルは1台当たり数本が売れただけで、本体はホコリをかぶってしまいかねない。そうなると、Wii旋風は一過性のものとなり、中途で失速して、Wii上のソフトウェアとサービスのビジネスは衰退してしまう。任天堂ショックが起こってしまう。
そこで、任天堂では、Wiiのコンセプト段階で「毎日何かが新しい」ことと「家族の全てに楽しみを与える」ことを軸にしたと説明した。毎日、ゲーム機に触ってもらえるように、新しいものを提供する。簡単に言えば、TVのように家族全員が楽しめて、毎日何か新しいものが提供されるものにしようとした。そのために、誰にでもわかりやすい直観的なマンマシンインターフェイスがあり、邪魔にならない静音小型の24時間稼働ハードがあり、ユーザーにコンテンツを配信するWiiチャンネルサービスがある。ここまでのコンセプトは非常に明快だ。下図は、昨年(2008年)のGDCで、こうしたWii開発のコンセプトを説明した任天堂のスライドをベースに作成したチャートだ。
Wiiのコンセプト |
しかし、中間地点にさしかかろうという現時点で、任天堂のこの戦略は、当初描いていたほどうまく行ってはいない。
例えば、当初の構想では、Wiiチャンネルには、従来ならゲームの枠に入らなかったものも含めて、幅広いサービスが花開いているはずだった。個々のユーザーが、誰でも、毎日触りたいサービスを見つけられるようにするというのが理想だった。しかし、任天堂自身の提供するWiiチャンネルサービスは、ずらりと並ぶという状況には遠い。
任天堂にしてみれば、Wiiチャンネルの開発に人員を割けば、その分、マリオやゼルダといった従来のゲームを開発するリソースが削れてしまうため、難しい。直接の収入にならないアプリケーションとなると、ますますリソースを割きにくい。また、成功に応じてソフトウェア開発リソースをガンガン拡充して行くことは、任天堂のやり方ではない。
●有料ダウンロードシステムで非ゲームのコンテンツを呼び込むそこで、任天堂は、他社の力を借りて打開する策を打ち出した。それが、有料のダウンロードコンテンツサービスの枠組みである「Wiiウェア」だった。Wiiウェアは、Wiiに対して、ダウンロードコンテンツとネットワーク経由のサービスで、課金ビジネスができるプラットフォームだ。
Wiiウェアは、ゲーム業界的な表向きは、Wiiに対する専用の有料ダウンロードゲームの提供の仕組みだ。しかし、任天堂は昨年(2008年)のGDCでのWiiウェアの説明の際に、非ゲームのコンテンツやサービスをWiiウェアで呼び込むというコンセプトを明かしている。昨年のGDCで説明した、任天堂のWiiのコンセプトとその実装を担当する「Wii本体機能具体化プロジェクト(Console Feature Realization Project)」のプロジェクトリーダー青山敬氏は次のように語った。
「Wiiウェアには、価格設定の自由度が大きい、在庫の制約がない、ネットワークとの親和性がよいなどの特徴がある。このことは、従来のパッケージビジネスでは障壁が高く、なかなか実現できなかった、ゲーム以外のビジネスの可能性を秘めていることを表している。
しかし、任天堂がそういったビジネスを単独で行なえるものではない。任天堂にはリソースやノウハウなどに限界があり、自身では幅広くビジネスを展開することはできない。一方で、Wiiウェアでは、他業種の方が参入していただき、ビジネス展開をされることも現実的になっている」
つまり、任天堂はWiiに対して、ゲームと非ゲームの両方にまたがる、多種多様なコンテンツやサービスを、任天堂以外のベンダーが提供できる土台としてWiiウェアを作った。Wiiウェアによって、巨大なインストールドベースのWiiに対して、多彩なサービスやコンテンツを提供するビジネスの道が開ける。うまく行けば、任天堂1社では提供できない、幅広いサービスやコンテンツが花開く。その結果、エンドユーザーが伝統的なゲーム以外のコンテンツを求めて、毎日Wiiに触るようになり、プラットフォームとしてのWiiが活性化されるというのがシナリオだろう。下は、昨年(2008年)のGDCで任天堂が説明したWiiウェア戦略のスライドをベースに作成したチャートだ。
Wiiウェアのコンセプト |
●任天堂にとって2009年が正念場となる
だが、現状では、まだWii向けの非ゲームのサービスはそれほど花開いてはいない。ようやく動き始めたという段階だ。例えば、Wiiウェアの動画配信サービスとして「みんなのシアターWii」が1月からスタートし、任天堂と電通が組んだ「Wiiの間チャンネル」も今春からスタートする予定だ。時間がかかるのは仕方がないが、任天堂がせっかくWiiで獲得した大量のユーザーを定着させようと考えているのなら、あまり時間がない。ゲーム機が飽きられるスピードは非常に速いからだ。任天堂の打つ手は、自社のゲーム機の異常な普及スピードに、追いついていないように見える。
また、こうしたネットワーク経由の展開をしようとする場合には、Wiiのハードウェアとネットワーク環境も障壁となる。ネットワーク接続がほぼ当たり前になっているPS3やXbox 360と較べると、Wiiはネットワーク接続率が低く、そのために、ダウンロードコンテンツが届くユーザー範囲が限られてしまう。つまり、ゲーム機をネットにつなぎたがる、熱心でスキルのあるユーザー層以外の、ネットに不慣れな人口にWiiが普及してしまったことで、そうしたユーザーをつなぎ止めるための手が届かないケースが出てきてしまっている。
また、WiiのストレージはNANDフラッシュで、HDDが前提のPS3やHDDがほぼ前提のXbox 360と較べると、相対的にダウンロード用のストレージ容量が小さい。この問題の解決のため、任天堂はSDカードにダウンロードしたコンテンツをストアできるようにしたが、PCに挿入できるカードにストアすることは、潜在的にセキュリティリスクを抱える。
このように、全体を概観すると、任天堂のWii戦略は、台数の成功の影で目立たないものの、じつは、かなり揺らいでいる。言ってみれば、綱渡りのような状態で進んでいる。もちろん、だからといって、ここで急にPS3やXbox 360が大逆転するというシナリオも考えにくい。だが、任天堂にとって今年(2009年)は、正念場となりつつあることは確かだ。
この点は、実はDSについても同じだ。DSも、ユーザーを飽きさせずに稼働させ続けるために、次々に手を打つ必要がある。DSを拡張したDSiはそのための手段だが、新たな敵には不十分かもしれない。いきなり現れたiPhoneという大敵に対しては。
これまでも、「携帯電話がゲームプラットフォームになり、携帯ゲーム機を駆逐する」と何度も言われた。しかし、これまでは、全くリアリティがなかった。ゲームを実際に作るプラットフォームとしては、携帯電話は向いていなかったからだ。しかし、今回は違う。携帯電話を巡る状況が一変し、少なくともiPhoneには小規模ゲームが溢れて、強力なライバルになりつつある。おそらく、任天堂自身も、社内的にはiPhoneなど携帯電話系デバイスを強く意識しているに違いない。
今年から来年(2010年)にかけては、おそらく、任天堂にとって重要な節目となる。ここでハンドリングを誤ると、せっかく積み上げた台数が意味を失ってしまうかもしれない。そして、任天堂の岩田氏は、2週間前のGDCのスピーチでは、この状況を乗り切るための道筋を示さなかった。任天堂の次のスピーチが注目される。
GDCでのニンテンドーDSの説明スライド |