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Wii 5,000万台とDS 1億台は任天堂にとって何を意味するのか



●ゲーム開発者に向けて再びメッセージを繰り出す任天堂

 任天堂の岩田聡氏(代表取締役社長)は、米サンフランシスコで開催されたゲーム開発者向けカンファレンス「GDC (Game Developers Conference)」でキーノートスピーチを行なった。岩田氏のスピーチを、コンピュータ業界的な視点から見ると、ポイントは次の3つとなる。

任天堂の岩田聡氏

(1) WiiとニンテンドーDSの出荷が堅調で、その上のビジネスも育っている
(2) WiiとDSの特徴は継続的なマンマシンインターフェイスの改革にある(再確認)
(3) ゲームソフトウェア開発で重要な点はアイデアとゲームデザイン(設計)にある

 任天堂は、GDCの前にニンテンドーDSファミリが1億台、Wiiが5,000万台の出荷を突破したと発表した。DSはライバルのPSPに2倍近い差をつけ、WiiもXbox 360とPS3それぞれに対して1.6~2倍前後の差をつけている。WiiとDSとも、過去最高だったPlayStation 2(PS2)の台数ペースを上回っている。つまり、WiiとDSは、今世代機での勝者であり、ゲーム機の歴史で、もっともハイペースで売れつつあるプラットフォームということになる。

 任天堂の今世代の成功の最大の根源は、ゲーム機の設計において、人間とコンピュータの仲立ちをするマンマシンインターフェイスの改革にポイントを置いた点だ。言うまでもなく、DSはタッチパネル、Wiiはモーションセンサコントローラで、ゲーム機に新機軸を持ち込んだ。PLAYSTATION 3(PS3)やXbox 360のように、コンピューティング(&グラフィックス)パフォーマンスの向上に最重点を置かなかった。

ニンテンドーDSファミリが1億台、Wiiが5,000万台の出荷を突破各プラットフォームにおけるサードパーティタイトルの販売台数

 今回のGDCでは、DSファミリの新ハードウェア「DSi」のカメラと、Wiiの周辺機器「Wiiバランスボード」によって、さらにマンマシンインターフェイスの幅が広がったことが実例を挙げて説明された。マンマシンインターフェイスのハードウェア面での改革が、止まらずに続いていることが再確認された。つまり、コンセプトが継続されていることが強調され、それによって、今後も、コンピューティングの強化偏重へと戻らないことが暗示された。

 3つ目のゲーム作りのポイントは、実際にはキーノートスピーチの主題そのものだった。簡単に説明すると次のようになる。任天堂プラットフォームはサードパーティゲームが売れないと言われるが、岩田氏はチャンスがあると強調。そのヒントとして、任天堂がどうやってゲームを開発しているのかを明かした。そのポイントは、新奇なアイデアとそれを活かしたゲームデザイン(設計)を行なうことができる態勢にあると説明された。

 一方、スピーチでは触れられなかったが、そのために明瞭になったこともあった。それは、次の2点だ。

(1) 任天堂はWiiやDSで開拓した新ユーザー層を固着させることにまだ成功しきっていない
(2) DSにとっての最大の敵は他のゲーム機ではなく携帯電話になった

●5,000万台の壁をゲーム機では最速で突破したWii

 今回のGDCの岩田氏スピーチで、数字的に目立ったのは1億台と5,000万台という2つのスコアだ。DSは今年(2009年)3月6日に1億台、WiiはGDCの時点までに5,000万台に到達したという。GDCでは、通常ゲーム機ベンダーはマーケティング的な数字は強調せず、ゲーム開発に集中したスピーチをする。任天堂もこれまではその流儀に沿っていたが、今回は、記録的な数字を強調せずにはいられなかったようだ。

 これらの数字のポイントは3つ。1つ目は、市場調査会社等から度々出される、任天堂が失速するという予測を覆し、いまだにWiiとDSの本体出荷は順調に伸び続けていること。2つ目は、出荷台数のペースが歴代のゲーム機で最高のペースである点。つまり、WiiとDSの売れ方は、数字だけを見ればエポックメイキングな記録となる。3つ目はWiiとDSの台数の伸びに加速度がついていること。

 こうしたポイントはグラフにするとよくわかる。下は現行のゲームコンソール(据え置きゲーム機)3機種と、ニンテンドーDS、そして過去に最も売れたコンソールであるPlayStation 2(PS2)の台数の伸びを比較したグラフだ。誤解がないように説明すると、このグラフは、基本的に各社の発表数字をベースにしており、そのため、台数のカウント方式はそれぞれ異なっている。例えば、PS2は生産出荷台数であるのに対して、PS3は売上台数で、任天堂は販売台数と呼んでいる。また、任天堂とSCEは定期的に数字を発表しているのに対して、Microsoftは不定期だ。

 こうした事情があるため、このグラフで厳密に台数を比較することはできない。あくまでも、ラフな比較だ。しかし、各ゲーム機の台数の伸びのカーブと傾向を比較することはできる。そして、今回の場合、そのカーブの違いに、面白い傾向が見て取れる。

ゲーム機ハードウェア台数(各社発表数字ベース)

●1年間でほぼ2倍に台数を増やしPS3にダブルスコアで差をつける

 任天堂発表によるWiiのワールドワイドの販売台数は昨年(2008年)12月末時点で4,496万台、そして、今年(2009年)3月に5,000万台に到達した。ほぼ同時期にスタートしたPS3が、SCE発表の売上台数の累計では2008年末に2,130万台。Xbox 360はMicrosoftの1月頭発表の2008年末の数字が2,800万台。つまり、2008年末の時点でならすと、発表数字ベースでは、WiiはPS3の2倍強、Xbox 360の1.6倍売れていることになる。Wiiは、Xbox 360とPS3の台数の合計に近づきつつあると言い換えてもいい。

2008年末時点のゲームコンソールの総販売台数

 さらに遡ると、Wiiの販売台数は、1年前の2008年3月末の時点で2,445万台。この時点で、すでに前世代のGAMECUBEの2,100万台を超えている。そして、6月末に2,962万台、9月末に3,455万台と増やし、12月末には4,496万台へと年末商戦の四半期だけで1,000万台を上乗せしたことがわかる。過去1年間で見ると、2400万から5,000万へと、ほぼ2倍に急伸した。これが意味することは、Wiiの販売台数の伸びには、ますます加速度がついていることだ。

 これを他の2プラットフォームと較べると、さらに傾向が見えてくる。PS3は昨年(2008年)3月末で売上台数の発表数字は1,285万台と、Wiiの販売台数2,445万台に2倍近い差をつけられていた。両社の台数のカウント方法などを細かく見れば、同列の比較は難しいかもしれないが、それでも、このダブルスコアは目立つ。そして、その比率は現在でもほとんど変わっていないことがわかる。つまり、数量的にはPS3は差を広げられつつある。差を縮めたり、一定の数量差で推移しているのではなく、一定比率で差が開きつつあるのが現状だ。

 Xbox 360は1年分先行している利があるため、PS3ほどWiiとの差は目立たない。Microsoftは2008年末の時点で2,800万台を達成したと発表している。しかし、発売以来の月数で比較すれば、やはり、WiiはXbox 360の2倍以上のペースで売れていることになる。これは、2006年と2007年の年末商戦で、Microsoftの当初の期待ほど台数を伸ばせなかったためだ。

 Xbox 360は発売後1年半の2007年前半まではWiiを台数で上回っていたが、2007年末商戦でWiiに抜かれている。Wiiは2007年末の時点で2,000万台に到達したのに対して、2007年末にやや失速したXbox 360は、2008年の6月(約31カ月)まで2,000万台に達しなかった。Wiiはそれより3カ月前に5,000万台を突破している。発売日からの月数で比較すれば、Xbox 360もWiiにダブルスコア以上の比率で離されている。

●PS2よりもハイペースで進むWiiとDSの普及カーブ

 過去にハイペースで売れたPS2と比較しても、Wiiの方がペースが速いことがわかる。PS2の生産出荷台数が5,000万台を突破したのは2003年の第1四半期で約34カ月後(約2年10カ月)。それに対してWiiは約28カ月後(約2年4カ月)に5,000万を達成している。PS2の数字は出荷台数なので厳密な比較はできないが、それでも差は歴然としている。公表されている数字を発売開始時点からの月数で比較すると、全ての時期に渡ってWiiがPS2を台数で凌駕していることがわかる。台数比率で言えば、WiiはPS2を約30%以上も上回るハイペースで移行している。

 もっとも、ゲームコンソール(据え置きゲーム機)が一番売れる年末商戦を考慮すると、数字の見方はやや異なる。PS2の発売は3月だったので、3回の年末商戦を経て5,000万台。Wiiも同様に3回の年末商戦を経て5,000万台となる。いずれにせよ、WiiはPS2と同等かそれ以上のペースで売れていることになる。

 初めから飛ばしていたWiiと較べると、ニンテンドーDSファミリの方はやや遅咲きだ。DSの販売台数は、中盤まではPS2のそれとほぼ同レベルだった。例えば、発売約16カ月(約1年4カ月)の2006年3月末で累計1,673万台で、これは発売約15カ月(約1年3カ月)の2001年6月末で1,495万台だったPS2とほぼ並ぶ。5,000万台突破は2007年の第3四半期で約33カ月(約2年9カ月)で、これもPS2とほぼ揃う。

 ところが、後ろへ行くに従って、DSの販売台数は、PS2普及カーブより急激に伸び始める。2007年末商戦で一気に台数を積み上げて2007年末には6,479万台、2008年末までにさらに3,000万台強を増やして1.5倍の9,622万台に引き上げた。PS2が1億台を突破したのは約68カ月(約5年8カ月)後の2005年11月29日であったのに対して、DSは約52カ月(約4年4カ月)で、PS2を大きく抜き去った。つまり、Wiiだけでなく、DSの販売台数の増加も加速されている。

 こうして数字を較べると、WiiとDSの普及が、これまでにないペースになりつつあることが明瞭にわかる。面白いのは、DSの5,000万台突破以降の快進撃のペースは、Wiiの現在のペースとほぼ重なることだ。それがよくわかるように、任天堂のWiiと6,500万台以降のDSの線に重なるようにオレンジ色の矢印を敷いてみた。このオレンジの矢印を、PS2の線の下に敷いた水色の矢印を較べると、角度の違いがよくわかる。もし、Wiiが現在のペースでオレンジの矢印を維持できれば、DSに続いて4年ほどで1億台を達成できることになる。ただし、1人1台の携帯ゲーム機と、1家に1台のゲームコンソールでは飽和点は異なるため、予測は難しい。

●半導体のセオリーからすればWiiの伸びは止まるはず

 Wiiの台数増加に加速度がついていることは、いくつかの予想を裏切るものだ。ゲーム業界や市場調査会社の一部の予測には、任天堂の伸びが次第にフラットになり、PS3やXbox 360が追い上げるというものがあった。つまり、3プラットフォームが鼎立するという予測だ。これは予想というより、ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)とMicrosoftの願望かもしれないが、それには納得できる根拠もあった。

 半導体産業な発想からすれば、Wiiの好調は次第に失速していいはずだ。なぜなら、Wiiは半導体技術の進歩によるコストダウンの恩恵を受けにくいシステムだからだ。Wiiは、最初から最小限のチップダイサイズ(半導体本体の面積)で、最小限に近いメインチップ個数で構成している。そのため、半導体技術が進歩しても、ダイサイズの縮小やチップ個数の縮小によるコストダウン効果を得にくい。これ以下にできないほどチップが小さく、個数も少ないからだ。

 それに対して、PS3やXbox 360は、半導体技術が進歩すればコストをダウンできる余地がある。大きなダイサイズのチップは、プロセスの微細化で小さくして、チップあたりの製造コストを下げ、歩留まりを上げることができる。多数のチップをワンチップに統合することで、チップ個数と実装面積を減らし、製造コストを引き下げ、小型化を可能にすることができる。また、消費電力の低減が進むと、コストがかかる廃熱機構も簡略化できるため、さらにコストダウンが可能になる。

 その結果、PS3やXbox 360の製造コストは、時とともに低減して行き、SCEやMicrosoftには価格引き下げの余裕が産まれる。すると、PS3やXbox 360の価格は、次第にWiiに近づき、Wiiの価格面での利が薄くなり、PS3やXbox 360の比率が伸びる、というのが半導体的シナリオだ。実際、SCEとMicrosoftは、四苦八苦しながらも価格をある程度は下げている。PS2の時のパターンでは、価格を下げるとともに出荷が伸び、普及曲線が上向いていった。これが、ハイパフォーマンス&高コストでスタートする、従来ゲーム機の半導体戦略だった。

 しかし、現実は、Wiiがブレはあってもリードを広げつつあり、半導体シナリオとは異なる展開をしている。つまり、ユーザーが安いことだけを理由にWiiを選んでいるわけではないことが明瞭になった。ゲーム機は本質的にソフトウェアドリブンなので、半導体上のシナリオと異なる結果になることも不思議はない。

 しかし、WiiはコンピューティングとグラフィックスのパフォーマンスでPS3とXbox 360に大差をつけられたことで、ソフトウェアの“質”が異なるはずなのに、勝ち進んでいる。PS3が今年に入ってからの大型タイトルの成功で、台数を上乗せしても、その差は埋めきれないだろう。このことは、任天堂のWii/DSでのコンセプト作りが台数の成功の源であることを明瞭に示している。

●チャレンジはユーザーの定着と携帯電話への対抗

 ゲーム機史上最高のペースで台数を伸ばし続けるWiiとDS。しかし、任天堂も、ユーザーの増加を単純には喜べない理由がある。それは、ユーザーをプラットフォームに固着させることに成功したかどうか、まだわからないからだ。

 従来のゲーム機の中核ユーザーであるコアゲーマー層は、黙っていてもゲーム機の電源を入れ、連綿とゲームタイトルを買い続ける。しかし、WiiやDSで掴んだ新ユーザー層は、ゲームを日常的にプレイする習慣を持っていなかった(あるいは離れていた)層であるため、すぐに飽きてしまう可能性がある。つまり、任天堂が伸ばしている台数は、単に、稼働しないで埋もれてしまうハードウェアを増やしているだけかもしれない。

 ゲームビジネスで一番おいしい部分は、ハードウェアそのものではなく、その上のソフトウェア。そのため、稼働率を上げて、ソフトウェアを買ってもらわなければ意味がない。この点で、任天堂プラットフォームには不安がある。

 もっとも、ゲーム機1台当たりの売れているソフトウェアの本数、ゲーム業界用語で言えば、タイトルのアタッチ率は、Wiiも順調に向上している。任天堂の発表では、2008年末の時点で本体4,496万台に対してソフトは3億1,222万本、つまり、ソフトとハードの比率は7本に近づいている。この7本という数字は、そのゲームプラットフォームの上で、ソフトウェアビジネスが繁栄していることを示す指標で、各社とも7本を達成したかしないかを議論する。例えば、昨年3月にはMicrosoftがヨーロッパ地区のアタッチ率で7本を達成して、PS3の3.8本とWiiの3.5本に水を空けたと発表している。Wiiも現在はこの7本というラインに近づきつつある。

任天堂プラットフォームの地域別台数とソフトウェア/ハードウェア比率(2008年末)

 ただし、Wiiのソフトウェア販売本数には地域差があって、任天堂の数字を見ても日本だけは4.1本(780万台に対して3,210万本)と異様に比率が低い。米大陸が8.3本、その他地区が6.6本となっている。同じ任天堂のプラットフォームでも、DSは3地区とも5本台で、この低さもおそらく任天堂にとって心配の種のはずだが、地域性はない。つまり、Wiiに関しては、日本でだけ稼働率が低いことになる。もし、この現象が日本特有のものではなく、台数が伸びるとともに他の地域でもDSのように稼働率が落ちて行くとすれば、任天堂にとって不安のタネとなる。

 もっとも、現在のようにソフトウェアのディストリビューションモデルが複合するようになると、このアタッチ率も万能の指標ではなくなるだろう。任天堂のソフトウェア本数も、ダウンロードコンテンツ販売の「Wiiウェア」と「DSiウェア」「バーチャルコンソール」の数は含んでいない。そして、任天堂の新しい道は、このダウンロードコンテンツから開ける可能性があるため、将来的には、従来のパッケージ販売の本数だけからは簡単に判断はできなくなる。

米国ゲーム市場売上高の推移任天堂と他社を区別したもの
欧州ゲーム市場売上高の推移任天堂と他社を区別したもの

 DSに対しては、もうひとつ、重大な懸念材料がある。それは、ゲームプラットフォームとして携帯電話が立ちふさがる可能性が高くなってきたことだ。SCEは次世代の携帯ゲーム機PSP2で、iPhone&スマートフォン対抗を鮮明にすると見られるが、任天堂も同様に携帯電話系デバイスへの対策をしなければならないだろう。iPhone&iPod touchのインストールドベースの台数は今やDSの1/3に届こうとしており、DSの足元まで迫っている。

 半導体技術の進歩のおかげで、今では、前世代のゲームコンソールDreamcastとほぼ同じ能力を持つiPhoneを、ほとんど汎用のチップ群だけで作ることができる。PS2と同レベルを狙ったPSPを、SCEは4年半前にカスタムチップで実現した。しかし、今はPS2と同世代のDreamcastの性能を、汎用品で誰でも実現できる。もちろん、DSのコンピューティング性能は、軽く凌駕してしまう。

 GDCでもモバイルゲームのセッションはiPhoneゲーム開発で一気に盛り上がっていた。iPhoneやスマートフォン、高機能携帯電話は、DSと激突コースにある。

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(2009年 4月 8日)