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IDFでIntelがARMとのファウンドリビジネスでの提携を発表

IntelがIDFの技術セッションで提携を電撃発表

 IntelがARMコアのSoC(System on a Chip)を製造する……ファウンドリとして。IntelはARMとのパートナーシップを電撃的に発表した。ARMのフィジカルIPをIntelの10nmプロセスに載せて、Intelのカスタムファウンドリの顧客が利用できるようにする。シンプルに言えば、QualcommやMediaTekなどが、スマートフォン向けのARM SoCをIntelで設計し易くなる。

IntelはARMをファウンドリビジネスのパートナーとして発表

 Intelは、米サンフランシスコで開催している同社の技術カンファレンス「Intel Developer Forum(IDF) 16 San Francisco」で、ARMとの提携を発表した。Intelは、ファウンドリ事業のIPパートナーとしてARMと提携。ARMのフィジカルIPプラットフォームである「ARM Artisan」をIntelファブに載せる。Artisanには、ARMプロセッサなどのセルライブラリやメモリコンパイラなどが含まれる。また、ARMコアの物理設計をIntelのプロセスに最適化する「POP(Process Optimization Pack)」も提供される。

 ちょっと混乱するかも知れないが、この提携はファウンドリのエコシステムパートナーとしてのものだ。IntelがARMコアのライセンスを受けて、自社のARMコア製品を開発するという発表ではない。AMDやNVIDIAがARMからライセンスを受けて、ARMコアのチップを作っている関係とは異なる。もちろん、IntelブランドのARMチップもやろうと思えば容易になったが、今回の話には含まれていない。

 Intelの目的は、ファウンドリ顧客をより多く掴み、Intelファブで製造する他社のチップの量を増やすこと。PC市場が冷え込み、PCへの性能要求も低迷していることから、PC向けチップは個数は頭打ちである上に、チップのダイが微細化とともに縮小しつつある。そのため、Intelは自社ファブを、自社チップだけで埋め尽くすことが難しくなっている。しかし、PC&サーバー以外の市場は、Intelにとって難しく、それらの新市場に向けたIntel自社製品のウェハニーズは低迷している。そのため、Intelは自社ファブの生産ラインを埋めるためのファウンドリ顧客を切実に必要としている。

ARMのフィジカルIPが載ったことで開発が容易に

 ファウンドリビジネスでのARMとの提携で、IntelはファウンドリとしてTSMCやSamsung/GLOBALFOUNDRIESと同じ地点に立つことになる。つまり、ARMベースのモバイルSoCを作るチップベンダーが、TSMCやSamsungと同列にIntelを検討できるようになる。あるいは、Altera FPGAに、最新のARMのハードコアを統合したチップが提供されるようになるだろう。

 もちろん、これまでも、Intelのカスタムファウンドリが本当にオープンなら、ARMからライセンスを受けたチップベンダーが、IntelファブでARMベースのチップを製造することはできたはずだ。ARMは通常はCPUコアなどのIPを「RTL(Register Transfer Level:レジスタ転送レベル)」でライセンスする。ソフトマクロであるRTLは、どのプロセスにも乗るので、原理的にはIntelのプロセスに持って来ることはできた。

設計フローとライセンス形態
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ARMのライセンスモデル
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 では、今回のARMとIntelのファウンドリパートナーシップでは、何が違うのか。重要な点は、ARMのPOPを含むArtisan IPが提供されることだ。RTLでライセンスを受けたチップベンダーは、製造するプロセス技術への最適化を自力で行なわなければならない。これには、かなりの開発労力が必要となる。最適なPPA(電力、性能、面積)のコアを設計するには、ある程度のノウハウも必要となる。

 それに対して、ARMのArtisanが載っていて、使用するコアのPOPが提供されている場合は、チップベンダーの開発労力は大幅に軽減される。プロセスに最適化されたライブラリや設計、ノウハウを利用することで、短時間で、高いPPA(電力、性能、面積)のコアを比較的容易に設計することができる。言い換えれば、消費電力とコストが低く、パフォーマンスが高いチップを簡単に設計できる。

 ARMは高性能なCortex-AファミリコアについてPOPを提供している。つまり、Intelファブで、Cortex-Aの高性能コアを載せたSoCを設計し易くなったことを示している。Cortex-MやCortex-Rについては、POPは提供されていない。また、POPが提供されるということは、IntelがARMコアの自社プロセスへの移植に深く協力していることを示している。

 POPが提供されることから、ARMコアをIntelプロセス向けに設計したハードマクロも提供されると見られる。物理設計のハードマクロとしてIPが提供される場合は、さらに簡単で、そのままマクロを自社のSoCに組み込むことができる。ハードマクロも提供するなら、ARMコアを使いたいが、設計労力は最小にしたいという顧客も引き込むことができる。

IDMモデルから普通のファウンドリモデルへと転換を進める

 現在、ファウンドリ各社にとって先端プロセスをけん引する製品分野はモバイルとネットワークとなっている。そして、その分野では、ARMが圧倒的な強味を持っている。そして、ARMベースのチップを製造するファウンドリは、いずれもArtisanのアクセスが可能で、主要なプロセスでARMの主要なCortex-AコアのPOPも提供されている。

 簡単に言うと、先端プロセスのファウンドリ顧客には、ARMのIPプラットフォームが整っていることが前提となっている。それが、今までのIntelファウンドリに欠けていた。そのため、これまでは、ARMベースのチップをIntelの先端プロセスで製造したいという顧客があっても、簡単に使うことができなかった。今回の提携によってそれが解消されることで、Intelのファウンドリ事業は、ようやく“真の”ファウンドリらしい体裁が整い始めた。

 これは、Intelのファウンドリ事業の本気度も示している。Intelは、自社で設計したチップを自社で製造する「IDM(Integrated Device Manufacturer)」だった。ファウンドリビジネスを展開し始めてからも、IDMを引きずったモデルの色彩が濃かった。つまり、自社IPの強味を活かしたファウンドリビジネスを展開しようと試みているように見えた。

IntelはこれまでIDMとファウンドの中間のようなアプローチを試みていた
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 それを端的に示すのは、CPUコアだ。Intelは、自社のAtom系CPUコアをファウンドリ顧客にIPとして提供するとしていた。その一方で、他のファウンドリと横並びとなる、ARMのArtisanの提供には踏み込んでいなかった。つまり、自社の設計したコアIP資産を活かしたビジネスへと持って行こうとしていた。

 今回のIntelとARMの提携によって、Intelは“普通のファウンドリ”のように、ARMのArtisan IPやPOPを揃えるようになった。自社IPを顧客に使わせることにこだわらずに、業界で標準的なIPを提供するモデルだ。逆を言えば、もはやIntelは、自社IPにこだわったファウンドリビジネスができないところまで追い込まれたという見方もできる。ARM IPを揃えなければ、顧客をつかむことができない状況ということだ。Intelのコアは、当初Intelが思っていたほど、顧客にとって魅力ではなかったことにもなる。

純粋にプロセスやパッケージの技術で闘うことが可能に

 ARM IPが揃うことで、Intelはほかのファウンドリと、純粋にプロセス技術や製造サービスで闘うことができるようになる。これには利点と不利がある。利点は、Intelの優れたプロセス技術、特に性能/電力の面で優れた点をアピールしやすくなる。同じARMコアを載せたSoCが、他社の10nmプロセスより、Intelの10nmの方が電力が低く性能が高ければ、強力なアピールとなる。

 また、Intelは独自の2.5Dパッケージソリューション「Embedded Multi-die Interconnect Bridge(EMIB)」も持っている。この技術は、シリコンインタポーザを使わずに、低コストにFPGA同士や、HBM(High Bandwidth Memory)などの高密度配線を可能にする。こうした独自パッケージ技術も強味となる。さらに、Intelが得意とする高速なSerDes(シリアライザ/デシリアライザ)などのハードマクロも魅力となる。

2.5D実装時代の切り札になる可能性があるEMIB
高速なSerDesもIntelは顧客に提供

 そうした利点の反面、Intelは製造サービスの価格モデルをほかのファウンドリにある程度合わせなければならない。IDMとして、超高付加価値のx86 CPUを少品種大量生産して来たIntelは、ウェハあたりのコストが高くても、これまではそれほど大きな問題とならなかった。Intelのプロセス済みウェハコストは、非常に高いと業界アナリストの間では見積もられていた。しかし、ファウンドリとして他社と闘うには、コストを下げて価格を低く抑える必要がある。IPの面で差別化ができないとなれば、価格面での競争力を付けるしかなくなる。

AppleがiPhoneチップをIntelファブで製造する可能性

 さまざまなチャレンジはあるものの、ARMとの提携は、Intelにとって、新しい顧客への道を開く。今回のIntelの発表では、新しいファウンドリ顧客にLG Electronicsが含まれている。LGがARMベースのモバイルSoCの製造にIntelファブを選んだ可能性が高い。モバイルSoCでは出遅れ組のLGが、逆転の手段としてIntelのプロセス技術を選んだというストーリが想定される。

Intelは新しいファウンドリパートナーの1社としてLGを紹介

 では、ハイエンドモバイルの超大物、AppleとQualcommはどうなのか。Intelは数年前、ファウンドリビジネスをスタートする前後に、AppleのモバイルSoCをIntelファブで製造する交渉を行なっていると噂された。

 しかし、AppleのAシリーズやQualcommのハイエンドチップは、ARMからアーキテクチャルライセンスを受けたカスタムマイクロアーキテクチャのコアを使っている。そうなると、ARMのCortex-AコアのPOPなどは意味をなさない。ただし、Intelが他社IPの取り込みに熱心な戦略に転じたことは重要で、さまざまなIPが揃うことで、使いやすいファウンドリとなって行く。例えば、AppleがAシリーズで使っているPowerVR GPUコアのImagination Technologiesも、ソフトマクロではあるが、Intelのパートナーとなっている。

 また、IntelもEDAツールベンダーとの関係作りにも熱心だ。かつてはIntelとEDAツールベンダーの間は疎遠だったが、ファウンドリビジネスではEDAベンダーなどエコシステムのパートナーを強調している。

主要EDAツールベンダーとも、10nmプロセスで提携をアナウンス

 では、Intel自身が、自社ブランドのARMベースチップを開発する可能性はどうなのか。POPを開発するということは、Intelが自社でいつでもARMコアを実装できる準備を整えることに他ならない。しかし、Intelが自社製品を作るとなると、ファウンドリ顧客と競合してしまうことになる。以前、Samsungが自社でARMコアサーバーチップを開発した時、チップの発売を取りやめたのは、顧客との競合問題のためだったと言われている。Intelも、同じ問題を抱えるようになる。

プロセス技術では「+」ジェネレーションを投入

 Intelは今回、プロセス技術とファウンドリビジネスについて、ARMとの提携以外にも多くの発表を行っている。例えば、14nm以降のプロセスについては、最初に提供するプロセスに続いて、性能エンハンス版のプロセスバリエーションを段階的に提供することも明らかにした。

Intelの新しいプロセスデリバティブ戦略

 10nmでは、10に続いて「10+」、「10++」と3波の派生プロセスを提供するという。14nmにも14+が登場し、これは次世代CPU「Kaby Lake(ケイビーレイク)」で使われているという。Intelのプロセスは、これまでも小数点下のバージョンアップがあり、同じプロセス世代でも何回か改良が加えられていた。今後は、それがより明確に、おそらくはより深い部分で革新されるようになると見られる。ちなみに、TSMCやSamsungも同様に、同じプロセスノードで複数の派生プロセスを持つ。

 また、Intelは今後のプロセス技術の大きな課題である露光技術についても明らかにした。現状では、10nmは液浸多重露光で、7nmも少なくとも最初の世代は液浸多重露光になることが示唆された。ただし、EUVについては、これまでよりポジティブな発言が出た。EUVは導入される場合は、まず少数のレイヤから導入される見通しも明らかにされた。また、プロセスデリバティブでは、低コストのオファリングに力を入れて行くことも明瞭となった。

メタル配線層オプションでもローコストが意識されるようになった