Hothotレビュー
中国製ゲーミングGPU「Moore Threads MTT S80」のパフォーマンスを検証する
2023年6月14日 06:21
昨年11月に発表された中国Moore Threads製GPU「Moore Threads MTT S80(以降MTT S80)」をPC Watch編集部が入手したというニュースがあったが、そのレビュー依頼が筆者のもとに舞い込んできた。GPUのIPがライセンス品でない完全中国産GPUの実力はいかなるものか、簡単ではあるが検証してみたい。
アーキテクチャはMoore Threadsオリジナルの「春暁(Chunxiao)」、FP32を担当する「MUSA」コアを4,096基で1.8GHz動作、FP32の演算性能は14TFLOPS、VRAMはGDDR6で16GBといったスペック。何より興味深いのはこのMTT S80がPCI Express Gen5に対応したGPUであることだ。GeForceやRadeonすらまだ採用していないGen5をいち早く採り入れたことになる。
MTT S80の購入は京東商城(JD.com)の公式フラグシップストアのみ、さらに編集部が入手した際はマザーボードとセットで売られていたというのは既報のとおり。これはMTT S80の対応チップセットがResiable BAR対応、かつMTT S80がPCI Express Gen5をサポートするGPUであるためことに起因する。
一応、京東商城にはサポートするマザー一覧が掲載されているが、PCI Express Gen5に対応したチップセットを採用していてもマザーのメーカーが限定されており、マザーのバンドル販売は確実に動かしてもらうためと考えるのが自然だ。
Moore Threads MTT S80の解説をライブ配信でもお届けします。仕様やベンチマーク結果の解説はもちろん、実際の動作もご覧に入れる予定です。実動状態を見る機会はなかなかないGPUなので、ぜひ一緒に楽しみましょう。解説はKTU・加藤勝明氏、MCは高橋敏也氏です。(ライブ配信終了後は即アーカイブをご覧いただけます)
現行ゲームは多くが動作せず、もしくは描画に難が
ベンチマークの前にお断りしておくが、MTT S80は普通のGPUとして評価できる完成度にまだ到達していない。「3DMark」のベーシックなテストですら完走しないというのは購入時のレポートにある通りだが、今回テストをはじめると、ゲームやベンチが普通に動かないことのほうが多いと気が付いた。
DirectX 12やVulkanベースのゲームが動かないのは序の口。DirectX 11ベースであっても、動作しても途中でフリーズ、あるいは起動時の互換性チェックで失敗するなどトラブル続きである。単にMoore Threadsがドライバのフラグを立て忘れているだけの可能性もあるが、ゲーミングGPUという割には、今時のゲームに耐えられるような出来とはいえない。
ゲームの起動チェックをくぐり抜けても、さらに試練が待っている。画面の描画不良というハードルだ。普通に描画されるものもあるが、「Rainbow Six Siege(DX11)」や「Apex Legends」、「The Elder Scroll V: Skyrim Special Edition」といった超メジャーなタイトルでも描画不良は発生する。
おそらく現状のMTT S80用ドライバはDirectXのファンクションをすべて網羅しているわけではなく、一部ファンクションを呼び出すと不具合が起こる、もしくはそこがボトルネックになるといった感じではないだろうか。
といったように現状のMTT S80はWindowsで動作するドライバができたというフェーズであり、(日本などの市場で)まだゲーミングGPUとして売り出せるフェーズではないのだ。
検証環境は?
では今回の検証環境を紹介しよう。ベースとなるシステムはMTT S80の対応マザー一覧に載っているものからピックアップした結果、「Core i9-13900K」ベースのものとした。比較対象のGPUは何にするか悩んだが、実力的に「GeForce GTX 1050 Ti」が順当だろうと判断した。補助電源不要でVRAM 4GBのGTX 1050 TiとVRAM 16GBに8ピン×2を使うMTT S80では格が違い過ぎると感じる方もいらっしゃると思うが、そこは検証結果を見て納得いただきたい。
検証に使用したドライバはMTT S80は221.31、GTX 1050 Tiは535.98となる。OSは紆余曲折した結果Windows 10、Resiable BARも有効化している。
【検証環境】 | |
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CPU | Intel Core i9-13900K |
CPUクーラー | ASUS ROG RYUJIN II 360(簡易水冷、360mmラジエータ) |
マザーボード | ASUS ROG MAXIMUS Z790 HERO(Intel Z790、BIOS 0816) |
メモリ | G.Skill F5-6000J3636F16GX2-TZ5NR(DDR5-5600、16GB×2) |
ビデオカード | Moore Threads MTT S80 玄人志向 GF-GTX1050Ti-E4GB/SF/P2(GeForce GTX 1050 Ti) |
ストレージ | Corsair CSSD-F1000GBMP600(NVMe M.2 SSD、1TB)+Silicon PowerSP002TBP34A80M28(NVMe M.2 SSD、2TB) |
電源ユニット | Super Flower LEADEX PLATINUM SE 1000W-BK(80PLUS Platinum、1,000W) |
OS | Microsoft Windows 10 Pro 64bit(22H2) |
単機能のテストでは勝っても総合で負ける
いつもなら定番3DMarkで始めるところだが、3DMarkも、その1つ前の世代の「3DMark 11」も完走しない。さらに昔の「3DMark06」は完走したので、これで検証してみたい。テストの解像度はデフォルトの1,280×1,024ドットとした。また、メインのテストとは別にFeature Testsの結果も比較する。
約17年前のベンチを1,280×1,024ドットで試すなんて、GPUにすれば負荷が足りな過ぎて差が出ないのでは……と思っていたが、実際にテストするとこのとおり。総合スコアではGTX 1050 Tiの半分以下という結果で終了した。パートごとの結果を見ると、SM2.0テストにおいても、SM3.0/HDRテストにおいてもGTX 1050 Tiに大きく後れをとっている。
フィルレートやPixel/ Vertex Shaderのシンプルなテストでは、GTX 1050 Tiの3~4倍という数値を叩き出している点から考えると、基本的なファンクションに対しては良好な性能(といってもGTX 1050 Ti基準だが)を発揮するものの、いざ現実のゲームやベンチが使うファンクションを使うと、未完成な部分が強く足を引っ張るといった感じだろうか。
もう1つ、非ゲーム系ベンチマークとして「Unigine Valley」でも試してみよう。設定は“Basic”とした。スコアのほかに、ベンチマークシーケンス全体のフレームレートを「FrameView」で計測している。ちなみにより新しい「Unigine Superposition」はMTT S80では起動すらしなかった。
Unigine Valleyでも状況は変わらず、GTX 1050 Tiの半分程度の性能であることが確認できた。
軽めのゲームでは実用範囲か?
では実ゲームにおけるベンチマークに入ろう。ここでの検証はすべて1,920×1,080ドットのみとし、特記なき限り「FrameView」を用いて実フレームレートを計測している。
まずは軽いゲームの代表格である「CS:GO」で検証する。画質は最高設定とし、ワークショップの“FPS Benchmark”再生中のフレームレートを計測した。
軽めのゲームだけあって平均フレームレートは十分高いが、それでもGTX 1050 Tiの半分以下のフレームレートにとどまる。
続いては「Payday 2」だ。画質は最高画質とし、キャリアモード序盤の「Let's Make Some Money」マップ内を移動した際のフレームレートを計測した。
GTX 1050 Tiとの差はだいぶ縮まったものの、それでもGTX 1050 Tiの最低フレームレートよりもMTT S80の平均フレームレートのほうが低い。ドライバがMTT S80のポテンシャルを引き出せていないのか、Chunxiaoアーキテクチャ自体に問題があるのか不明だが、まだ先行するGPUメーカーの製品に届くような存在ではないことは確かだ。
「ドラゴンクエストX」のベンチマークも試してみよう。画質は“最高品質”に設定した。スコアのほかにシーケンス全体のフレームレートも計測している。
MTT S80がGTX 1050 Tiに負けてしまうのはこれまで通りだが、スコアやフレームレートの開き方はPayday 2に近いものがある。ドラゴンクエストXやPayday 2のようなゲームであればMTT S80を使う意味もあるかもしれないが、であれば補助電源なしで動くGTX 1050 Tiのほうがまだ実用的だ。
DirectX 11ベースのゲームでは?
続いてDirectX 11ベースのゲームで検証してみよう。最初に試す「Rainbow Six Siege」は画質“低”設定とした。ゲーム内ベンチマーク再生中のフレームレートを計測した。ちなみにVulkan APIで動かそうとしてもゲームそのものが起動しない。
MTT S80環境におけるこのゲームの挙動は、まず盛大な描画不良の発生が目につく。そして、フレームレートはGTX 1050 Tiの5分の1程度にとどまる。特定のファンクションを叩いたことで描画不良とパフォーマンス低下が発生したと考えるのが自然だ。Rainbow Six Siegeほどのメジャータイトルでの不具合を解消できていない辺り、MTT S80のクオリティアップに向けての課題は多そうだ。
続いては「Apex Legends」でのテストだ。画質は最低設定とし、射撃訓練場における一定の行動をとった際のフレームレートを計測した。
こちらも描画不良が画面のあちこちで見つかり、フレームレートもGTX 1050 Tiの3分の1程度にとどまる。特定の距離にあるオブジェクトにボカしがかかるとか、銃を拾うとフリーズするといった誰でも分かる不具合が残っている辺り、まだ開発の手が十分に回っていないのではと想像してしまう。
続いては「The Elder Scrolls V: Skyrim Special Edition」で試す。画質は“ウルトラ”とし、.iniファイルの編集によりフレームレート60fps制限解除や物理演算の不具合回避といったフレームレートを出す改変を加えているが、Mod類のない“Vanilla”状態である。ゲーム中の街“Windhelm”周辺の一定のコースを移動した際のフレームレートを計測した。
このゲームも描画不良込みのためかMTT S80のフレームレートは低空飛行。マップを歩く程度はできるが、それ以上の行動は厳しい。何より不定期にフリーズするのでゲーム自体を楽しめるものではなかった。
ここまではなんらかの描画不良があってパフォーマンスが出ないと考えられたゲームだが、描画不良がなくても性能が極端に出ないゲームもあった、ということで「Assetto Corsa」の結果を紹介しよう。画質は最低とし、Mod類も未導入である。ゲーム内ベンチマーク再生中のフレームレートを計測した。
このゲームはMTT S80でも描画不良の起きなかったゲームだが、とにかくフレームレートが出ない。特定のファンクションを利用しようとすると盛大に処理が遅くなる説を推したい。そのファンクションが何か分かってもドライバ側で対策しないと意味がないのだが……。
購入時のレポートで動作確認がとれた「ファイナルファンタジーXIV: 暁月のフィナーレ」公式ベンチでも試しておこう。画質は“標準品質(ノートPC用)”とした。フレームレートはFrameViewなどで計測すると長いシーンのつなぎ目中のフレームレートも入ってしまうため、レポートでのみ確認できる値を採用している。
FF14はMTT S80が処理を滞らせてしまうようなファンクションを使っていないせいか、描画崩れも(パッとみた感じ)存在しない。だがフレームレートやスコアはここでもGTX 1050 Tiに及ばない。とくにフレームレートの落ち込みが激しく、時折激しいカクつきに襲われる。
最後に試すのは「Valheim」だ。画質は最高設定とし、マップ内の一定のコースを移動する際のフレームレートを計測した。
Valheimは近年出たゲームではあるが、MTT S80でも描画不良はなく普通にプレイでき“そうな”ゲームだった。しかしGTX 1050 Tiのフレームレートにはまだおよばない。
MTT S80の消費電力は?
最後にNVIDIAの電力計測デバイス「PCAT v2」を用いてMTT S80のTBP(Total Board Power)を計測してみよう。こうしたテストの場合ゲームをプレイ状態で放置して計測するのが筆者のやり方だが、実ゲームだと安定度に不安があり、突然フリーズすることもあるのでもっとも安定した動作が確認できたUnigine Valley実行中のTBPを計測することにした。
なお、Unigine ValleyのGPU負荷はそれほど大きくなく、MTT S80の場合GPU負荷が60~90%程度。やや余力を残した状態でのTBP計測である点はご承知おきいただきたい。
これによるとGTX 1050 TiのTBPが64W程度なのに対し、MTT S80は平均143W、ごく短時間ではあるが160Wに到達。225Wという公称値から大きくかけ離れているのはGPU負荷が低いUnigine Valleyを使っているためだ。
MTT S80のTBPをもう少し詳しく見てみると、PCI Expressスロットからの電力で60W、それ以外は補助電源ケーブルから取得していることが分かる。近年のビデオカードは(補助電源ケーブルを使うモデルに限り)PCI Expressスロットから電力をあまり使わない傾向にあるが、MTT S80は使えるものは使えというスタンスのようだ。
GPU温度はまだHWiNFOなどから取得できないが設定アプリPESからなら確認できる。GPU使用率は60~80%のところを変動していても、GPUクロック(GPU核心頻率)は1.8GHzで貼り付いたまま。GPU温度は52℃と非常に低い。GPUの消費電力(GPU功耗)は144Wと、PCAT v2で計測したTBPの実測値とほとんど変わらない点には驚かされた。
最後に、今回FrameViewを利用して検証したゲーム系ベンチマークについて、ベンチマーク中に観測された平均TBPと、そこから割り出した1ワットあたりの平均フレームレート(Perf/Watt)を見ておこう。
これによるとMTT S80はゲーム中でも130~170W消費している。Assetto Corsaのように極端に消費電力が少ないゲームもあるが、Assetto Corsaはフレームレートがまったく出なかったことを考え合わせると、GPU処理の何かが強烈なブレーキになり処理が円滑に進んでいないからTBPも少ないことを意味している。
まだ“飛び方を知らない雛鳥”か?
以上でMTT S80の検証は終了となる。さまざまなゲームやベンチマークを動かそうと奮闘してみたものの、安定動作するとは言えない。ゲームが動いてもプレイ中にフリーズする(Overwatch 2)とか、完走しても2回目に行こうとするとフリーズする(FF14ほか)、特定の行動をとるとフリーズする(Apex Legends)など、ゲームを安定して楽しめるものとは言い難い。
そして本稿での検証結果が示している通り、Pixel/ Vertex Shaderの基本的な性能はまあよいものの、実際に複雑なグラフィックスを描画させようとすると馬脚を現わす。Assetto CorsaのようにGPUの描画処理の何かが強烈なボトルネックになっていると思われるケースなど、まだまだGeForceやRadeonどころか、Arc Aシリーズの足元にもおよばない。性能の出ない原因がChunxiaoアーキテクチャ自体にあるのか、ドライバの出来にあるかまでは判断することはできないが、ゲームにより性能の出方が大きく変化することからドライバの出来ではないかと考えている。
現状のMTT S80は、まだ正しい飛び方を教わっていない雛鳥というのが正しい表現ではないかと筆者は感じている。MTT S80のドライバ配布サイトのURLが“developer.mthreads.com”であるとおり、MTT S80はまだ開発中の製品なのである。MTT S80はさまざまなハードルを乗り越えて購入するほどの価値は「PCゲーマーにとって」ないGPUだが、変なパーツ好きとしては別だ。今後の動向を注視し、折をみて検証し、成長を見守りたいGPUであることは間違いない。