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富岳の7倍超のAI性能、次世代スパコン「理究」稼働で科学研究の産業革命へ

理化学研究所に設置されているスーパーコンピュータ「ROQUO」(©RIKEN)

 理化学研究所(理研)計算科学研究センター(R-CCS)は、AI for Science開発用スーパーコンピュータ「理究(りきゅう)」と、量子HPC連携プラットフォーム向けスーパーコンピュータ「ROQUO(ろっこう)」について説明した。

 いずれも兵庫県神戸市の理研R-CCSに設置し、「理究」は2026年10月からの本稼働を予定しており、現在最終テスト段階にある。「ROQUO」は6月から運用を開始している。理研では「理究」と「ROQUO」を総称して「R2」とも呼んでいる。

科学研究の産業革命を起こす「ミニ富岳NEXT」

理究のシステム全景(©RIKEN)

 理化学研究所 計算科学研究センターの松岡聡センター長は次のように述べている。

 「理究とROQUOは、富岳の補助的なスーパーコンピュータとして導入したのではなく、日本のAI for Scienceの実現や日本の産業のイノベーションに向けて、スーパーコンピュータが辿る本質的な方向転換の第一歩になるものだ。

 これまでの科学研究は、人手による実験であり、家内制手工業のようなものであった。これが、AI for Scienceによって多くのプロセスが自動化されることになる。我々は、科学研究の産業革命を起こす。

 そして、これは富岳NEXTや将来の量子コンピュータにつながるものである。その点では、理究は『ミニ富岳NEXT』ともいえる」。

理化学研究所 計算科学研究センターの松岡聡センター長

 これまでのスーパーコンピュータだけでは実現できなかった計算可能領域の拡大に向けた実証を行なうほか、日米双方に利益をもたらす「Made with Japan」の考え方によって、次世代の「スパコン-AI-QC(量子コンピューティング)」プラットフォームを実現。科学技術と産業の発展、地球規模の課題の解決に貢献できると位置づけた。

AIによる科学研究の革新を目指す「理究」のシステムと性能

 「理究」は、AIとスパコンを組み合わせることで、「AIによる科学研究の革新」を目的として設計。AI for Scienceを推進するための新たなスーパーコンピュータとなる。

 松岡センター長は、「富士通、NVIDIA、Supermicroとの協力により、最新のGrace Blackwellを搭載し、高速ネットワークで接続した」と胸を張る。

 システムは、NVIDIA GB200 NVL4 搭載の 400ノードのシステム構成とし、1,600基のNVIDIA Blackwell GPUによる計算ノードを実現。1ノードあたり4基のGPUと、2基のGrace CPUを搭載している。

 ノード間ネットワークにはNVIDIA Quantum-X800 InfiniBandを利用し、4本の800Gbpsの通信ネットワークをスイッチに接続し、最大3.2Tbpsを達成。AIの分散学習に効果的な超高速結合を実現している。

 ストレージは約12PBで、1.9PBの高速SSDと10PBの大容量HDDで構成。外部との接続は、学術ネットワークであるSINETによる400Gbpsの通信環境を活用し、全国の研究機関からも高速アクセスができる。

 性能は、15.539 EFLOPS(FP8)/64.16 PFLOPS(FP64)を達成している。なお、計算ノードラックは20ラックで、ネットワークラックは2ラック。温水冷却対応のサーバーを採用し、30℃の冷却水で冷やし、35℃の水を取り出す仕組みとなっている。

 これにより、計算機室内の温度は35℃でも運用でき、エネルギー効率が高い。ちなみに富岳の計算機室は20℃で運用しており、その点でも、理究は高性能と省エネを両立した仕組みとなっていることが分かる。

 理化学研究所 計算科学研究センター AI for Science プラットフォーム部門AI 開発計算環境運用技術ユニット 上級研究員の山本啓二氏は、「FP8演算性能は、富岳の約7.23倍だが、FP64では富岳の8分の1である。つまり、理究と富岳が得意とする計算領域が異なる。理究は、現時点において、日本最高水準のAI性能を持った計算機であり、FP64を得意とする富岳との協調によって、AIとScienceを融合した新たな科学研究を加速することができる。

 理究は、GPU計算資源、基盤モデル、AIソフトウェアスタック、運用サービスを、1つの基盤で実現。同じマシン、同じアカウント、同じデータを使って、シミュレーションも、AIの学習および推論も、切り替えなしで利用できる。スパコンのサービスを、AIユーザー向けに拡張する予定であり、専門家によるバッチジョブだけでなく、社会科学や人文科学の研究者などもAI利用ができるようにする」という。

AIユーザー向けに拡張された「理究」の3つのサービス

 理究では、「ノートブック」「OpenAI互換API」「バッチジョブサービス」の3つのサービスを提供する予定だ。

 「ノートブック」では、ブラウザからの利用を可能とし、PythonやRがすぐ使える対話型分析環境を提供。自然言語を通じて、AIにプログラムを書かせることができる。また、GPU付き環境をワンクリックで起動させることができ、端末設定やインストールが不要で、スパコンのコマンド操作を知らなくても研究が始められる。さらに、すぐに利用可能なAIソフトウェアスタックも整備している。

 「OpenAI互換API」では、既存のAIツールから、理究の上で動作する最先端オープンAIモデルを、それぞれの端末から呼び出すことができる。利用者の需要動向を見ながら、理研側が、必要なAIモデルやAIエージェント、解析ツールを用意したり、更新したりすることから、研究者は、AIの利用に集中でき、低コストで、24時間にわたってAIを活用し続ける研究も可能になる。

 「バッチジョブサービス」では、ノートブックで試した研究を、同じ基盤の上で大規模化できるのが特徴だ。小さく試した研究を、数十~数100GPUの環境を利用し、並列処理や分散処理が可能になる。理究での小規模な試行を、そのまま理究を活用しながら、本格計算へと展開できるというわけだ。

 理究では、「最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)事業本部科学研究基盤モデル開発プログラム(AGIS)内における科学研究基盤モデル開発」での活用だけでなく、国内外のAI for Science 研究など、幅広い研究で活用されることを期待しているという。

 山本上級研究員は、「これまでのスパコンとは異なる幅広い領域での利用が想定される。創薬、材料、ロボット実験、物理、画像解析などのテーマに対応できる」と述べた。

「理究」の稼働スケジュールと名称の由来

理究を設置している様子(©RIKEN)

 理究は、2026年3月末に、理研神戸キャンパスに設置され、4月からセットアップを開始。5月から試験的に先行利用を開始しており、10月からの本稼働を予定している。まずは、文科省のAI for Science事業の課題から取り組むことになり、進化するオープンモデルも随時取り込むことになる。

 なお、理研では、2026年6月23日に「理究」の名称決定を発表している。

 松岡センター長は、「理は、理化学研究所の理でもあり、自然の原理、法則を表している。また、究は、深く探究することを意味している。つまり、理究の名称は、AI を用いて既存の知識から学び、科学の新たなフロンティアを切り拓くという目標を表現している」と説明した。

 名称は1,019件の公募の中から選定。茶人である千利休と同音で親しみやすく、「守・破・離」の精神を体現すべく、既存知の学習(守)、新知見の開拓(破)、AIと人類による新領域の共創(離)を目指すという。

量子コンピューティングと連携する「ROQUO」

 一方、「ROQUO」は、量子コンピューティングと高性能計算が可能なスパコンとの連携を加速するため、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の委託事業である「計算可能領域の開拓のための量子・スパコン連携プラットフォームの研究開発」プロジェクト(Jスパコン-quantum プロジェクト)の一環として、開発、導入したもので、同プロジェクトには、ソフトバンクや東京⼤学、⼤阪⼤学も参画している。

 プロジェクトの実施期間は、2023年11⽉から2028年10⽉までの5年間となっており、量⼦HPCハイブリッドアプリケーションの優位性を実証するとともに、ポスト5G時代に向けて、同プラットフォーム上での量⼦HPCハイブリッドアプリケーションをサービスとして展開する技術開発を進めている。

 松岡センター長は「ROQUOの中身は、理究とそれほど変わりはない。今後、理究とROQUOは一体運用していく方向性で検討を進めている。2台合わせた最新GPUの数は2140基となり、今後はこれを拡張していく計画である」とした。

 ROQUOは、台湾Giga Computing Technologyのサーバーにより、NVIDIA Blackwell GPUを540基搭載。NVIDIA Grace Blackwellスーパーチップ搭載ノード 135台で構成する。1ノードあたり4基のGPUと、2基のCPUを搭載する構成は「理究」と同じだ。

 また、NVIDIA InfiniBand XDR(最大3.2Tbps)でノード間接続を行ない、理究と同様に、温水冷却対応により、高性能と省エネを両立している。

 性能は、FP8で5EFLOPS以上、FP64で21PFLOPS以上を達成している。

 「富岳」と同じ建物に設置しており、低遅延の高速ネットワークで密結合した計算環境を整備。「富岳」を含む複数のスパコンや超伝導型量子コンピュータの「ibm_kobe」(IBM Quantum System Two)のほか、埼玉県和光市の理研和光キャンパスに設置しているクオンティニュアムのイオントラップ型量子コンピュータ「黎明」とも高速ネットワークで接続し、ハイブリッド計算の実証を行なうことができる。

 まずは、鉄硫黄クラスタの電子構造を正確にモデル化するためのサンプルベースの量子対角化(SQD)を実施するなど、先端研究での利活用が行なわれる。なお、「黎明」は、現在の20量子ビットの環境から、2026年10月を目標に56量子ビットにアップデートする予定だ。

 理化学研究所 計算科学研究センター 量子HPC 連携プラットフォーム部門の児玉祐悦副部門長は「スパコンだけでは実現できなかった分野に対しても、量子コンピュータとの組み合わせによって新たな研究開発が行なえるようになる。これは、ハードウェアを開発するプロジェクトではなく、量子とスパコンを連携させて活用するソフトウェアのプロジェクトである。

 量⼦HPCハイブリッドアプリケーションの優位性を実証するとともに、将来に向けて、量⼦HPCハイブリッドアプリケーションをサービスとして展開する技術開発を行なうことを目指している。

 これまでの量⼦HPC連携プラットフォームにおいては、スパコンには富岳を主力として利用してきたが、2025年3月からは、ROQUOをスパコン側の主力に使うことになる」と説明した。

 具体的な用途として、量⼦機械学習での活用を想定しているほか、GPUによる機械学習によって量⼦回路を最適化したり、量子アルゴリズムの開発においてAIを活用したり、GPUクラスタによる量⼦シミュレーションへの活用を見込んでいる。

 なお、「ROQUO」の名称は、設置場所である神戸市を象徴する六甲山に由来しており、「神戸の地に根ざし、麓の街の発展を見守ってきた六甲山のように、R-CCSの計算基盤として、あるいは日本の量子スパコン連携プラットフォームの中核として、長く社会と研究に貢献することへの願いを込めて命名した」という。

2030年度稼働予定の「富岳NEXT」と新計算機棟の整備

 「理究」と「ROQUO」は、2030年度の稼働を予定している「富岳NEXT」の開発にも生かされることになる。

 富岳NEXTは、2025年度から基本設計を開始。2026年度からは詳細設計フェーズに入っており、各コンポーネントの設計や製造、今後の設計するコンポネートに対するパラメータの開発などを進めている。2028年度以降に、製造、設置、調整を行ない、2030年度から稼働することになる。

 また、富岳への移行時に課題となっていた日本のフラグシップスパコンがなくなる空白期間を作らないため、富岳と富岳NEXTは、しばらく同時に運用する計画であり、そのために、富岳とは別の建屋の整備を計画している。

 現在、建屋整備の事業者選定も同時に進めており、2026年度には、新計算機棟の設計および施工を行ない、富岳NEXTの導入開始前に竣工し、2030年度から新棟の運用を開始する予定だ。現在、富岳が設置されている棟の南側の土地に建屋を建設することになる。

開発を加速させる「富岳NEXTテストベッド」としての活用

 実は、今回の「理究」と「ROQUO」の稼働は、「富岳NEXTテストベッド」の取り組みの1つとしても位置づけられている。

 富岳NEXTの実現に向けては、さまざまなアプリケーションおよびシステムソフトウェアを開発しており、それらの実証および評価を行なう環境が必要となる。

 これまでは、理研R-CCSの小規模な計算機群である「R-CCS Cloud」を使用して、実証や評価を行なってきたが、「理究」と「ROQUO」の稼働により、富岳NEXTテストベッドが第2フェーズへと移行。富岳NEXTのアプリケーションおよびシステムソフトウェアの開発を加速できる環境が整ったという。さらに、2027年度以降には、富岳NEXTと構成の近い新たなシステムを導入する計画も明らかにしている。

 富岳NEXTに向けたアプリケーションやシステムソフトの開発および実証環境として、「理究」および「ROQUO」では、開発中のコンパイラや数値計算ライブラリなどの評価および検証のほか、富岳のCPU環境から、富岳NEXTでのGPU環境に移行するために、AIコーディング環境の運用と改良を実施。さらに、科学向けオープンモデルの整備、AIエージェント環境の実証を予定している。

 また、富岳NEXTでのコデザイン環境の実現に向けて、アプリケーションの開発、評価を行ない、設計に対するフィードバックを実施。次世代CPUやGPU向けのアプリケーションの開発およびチューニングを行なう。さらに、継続的なベンチマーキングを行なう環境の実現、将来の量子HPC連携に向けた検討も行なう。

 運用環境の開発および準備についても、「理究」と「ROQUO」を活用する。ここでは、AIサービスの提供環境の開発や検証、AIOpsの実証、AI・HPCジョブの特性取得、省電力化技術の評価を進める。

 理化学研究所 計算科学研究センター 次世代計算基盤開発部門の近藤正章部門長は、「これらの取り組みによって、富岳NEXTの整備が完了した瞬間に、アプリケーションやシステムソフトウェアがレディな状態になり、すぐに科学的な成果を出すことができる。

 AIを取り巻く環境の変化は想定よりも速い。しかし、富岳NEXTでは、当初から、シミュレーションとAIの融合を念頭に置いた開発を行なっている。現時点では、富岳NEXTで定めた性能目標をキープしながら開発を進めているが、当初の開発設定などにとらわれずに、時代の変化に応じて、柔軟に開発していくことが重要である。

 そのためにも、理究およびROQUOでの運用知見や、文科省のAI for Science(AI4S)プロジェクト、Genesis Missionの成果を、積極的に取り入れていく必要がある。これにより、富岳NEXTを、よりよいものに進化できる」とした。

理化学研究所 計算科学研究センター 次世代計算基盤開発部門の近藤正章部門長

「Made with Japan」など3つの戦略を掲げる「富岳NEXT」の開発

 また、近藤部門長は、富岳NEXTの概要にも改めて言及した。

 その中で、富岳NEXTは、「Made with Japan」「技術革新」「持続性/継続性」の3つの開発戦略を打ち出していることを示した。

 「Made with Japan」では、海外ベンダーや研究所との積極的な連携により、競争力のあるシステムの構築と、グローバルマーケットへの展開を進める計画であり、富士通およびNVIDIAとの共同開発を推進。富士通が開発する国産CPUであるMONAKA-Xを活用し、2029年には最先端プロセスである1.4nmでの製造を予定。NVIDIAのGPUとの密結合による高性能および効率化を実現することになる。

 また、米国のGenesis Missionとの連携を強化するとともに、国内先端技術の利用についても継続検討しているという。

 近藤部門長は「理研、富士通、NVIDIAの強みを生かすことで、世界に対して訴求力を持った国産技術の高度化と、技術の継承を図る。三者が協力することで、AIとHPCの融合時代における世界標準となる次世代計算基盤の構築を目指す」としている。

 「技術革新」では、AIの先端技術動向を踏まえて、AI・HPCの融合時代に有効となるシステムアーキテクチャを設計。さらに、先端デバイス技術の適用も検討し、AI活用のためのソフトウェアを開発することにも取り組んでいる。

 そして、「持続性/継続性」では、システム稼働後も、ソフトウェア環境を継続的に整備する考えを示し、オープンソースソフトウェアベースの開発やAIOpsによるシステム運用管理、電力制約下での適応的なシステム運用に向けた取り組みを進めていることを示した。

「AIで科学をする」世界的な競争と桁違いの計算量

 今回の説明会の中で、理研の松岡センター長は、「研究用計算基盤は、道路や電力、通信と同じ社会インフラである。整備が遅れれば、優秀な頭脳と研究テーマ、その先にある産業が、基盤のある国に流出することになる」と警鐘を鳴らす。

 「世界は、『AIで科学をする』といったフェーズの競争に入った。2024年のノーベル化学賞・物理学賞は、AIによる科学に対して授与され、AIは科学の道具ではなく、科学の方法そのものになった。私も大学教授時代は、30人ほどのポスドクや学生に研究テーマを割り振って研究をしていたが、今ではAIを利用して1人で研究を行ない、複数の論文を1人でまとめている。

 また、米国では、Genesis Missionのもと、アポロ計画のような大規模国家事業の位置づけで、AIによるScienceの加速へと投資が進められている。実際、国立研究所群には1万GPU級のAI基盤を次々と配備している。中国や欧州も、同様の国家投資を加速している。

 創薬や材料、気候の現場で、AIを使う研究チームは、使わないチームの数倍から数10倍の速さで成果を出し始めている。この差は複利で開くことになる。

 生まれてくるアイデアは研究人口の数に比例する。新興国の生活レベルや教育レベル、科学や開発に関するレベルが高まり、人口が多いそれらの国には勝てなくなってきた。日本の論文数が減っているというのは、日本の研究者の能力が低かったり、サボったりしているわけではない。

 研究者の数の違いが影響しており、日本が研究者の数を少し増やした程度では解決しない問題である。研究者や開発者一人一人の活動を数倍にするしか解決方法はない。

 Genesis Missionでは、研究者の生産性を2倍以上にする目標を掲げている。米国の研究者の数は日本の3倍いる。その研究者の生産性が2倍に上がるのであれば、日本は6倍に生産性をあげないと追いつかない」と危機感を募らせた。

 こうした海外との差を解消するのが「AI」である。

 文献調査AI、計算・実験AI、解析・執筆AIなどが連携し、研究者一人一人に24時間働くことができる研究助手チームをAIで構成することが理想だという。

 松岡センター長は、「研究者が、役割を分担した複数のAIと協力し、さまざまなツールを活用することが大切である。こうしたプラットフォームを構築することで、日本の科学や研究開発、製品、産業の発展につながる」と指摘した。

 だが、研究開発のAI活用は、通常のAI活用とは、計算量が桁違いになる。

 「一般的なチャット相手としてのAI利用ではなく、指示を受けて自ら調査、計算、実験、解析までをやり遂げるAIが求められる。研究者が寝ている間も文献を読み、計算を回し、結果を検討し続け、司令塔AIが仕事を分解して、複数のサブAIに手わけし、1人の研究者の背後で、常に数体~十数体のAIが稼働することになる。研究論文や実験履歴を丸ごと抱えて考えるため、1体あたりが占有する計算機の量が大きいということになる。そこで、理究やROQUO、富岳NEXTのような基盤が必要になる」と述べた。

 今回は、「理究」での実証実験の結果も示した。101人の国内研究者が、56日間にわたり、「理究」を活用。約半分の約800基のGB200を使用して、エージェントAI環境を開放したという。用意した計算資源は、毎日ほぼ使い切り、順番待ちでは最大30時間に達したほどだ。飽和した日の実測では、活発な利用者の場合、1人が1日に、最新GPUを18.5基も消費する例があったという。

 しかも、今回は、供給が尽きた状態での観測値となっており、「制約がなければ需要はさらに大きいと予測される」とした。このように、研究開発のAI活用では、多くの計算資源が必要となり、富岳NEXTに対する研究者の期待が高まっていることが示されている。

50万人の研究者に向けたAI基盤の必要性と独自の環境構築

 現在、日本には公的部門の研究者と大学院生を併せて、50万2,000人の研究者がいるという。だが、スーパーコンピュータを利用しているのは、現時点ではわずか2%の研究者だけだという。

 「言い換えれば、これまでは2%の研究者が利用できる環境を整備すればよかった。だが、すべての研究者の能力を増幅しようとすると、50万人が利用できる環境整備が必要になる。試算すると、日本に50万基のGPUを整備しなくてはならない」とする。

 また、科学研究領域においては、AIエージェントとの対話などの商用モデルでカバーできる範囲は14%に留まるとみられ、AIモデルの開発や学習、AIによる科学計算や自動解析などの利用が80%を占めるとみている。

 「OpenAIでは科学分野の研究者が使える環境は提供できない。OpenAIにはシミュレーションツールがない。科学データベースもない。つまり、OpenAIのライセンスを50万人の研究者が購入すれば済むという話ではない。仮に、AI for Scienceという用途の観点から、海外AI企業のAPIサービスを購入するとコストが19~56倍にもなる。そうした観点からも、日本の科学研究者が利用できる環境を、自ら構築しなくてはならない」と述べた。

 そして、「そのためには、富岳NEXTを1台作るだけでは十分ではない」とも指摘する。

 「50万人の公的機関の研究者が利用しただけでも、AI for Scienceの需要の9%しか満たせない。しかも、2030年度の完成を待たなくてならない。日本の研究力を高めるためには、民間のクラウドでも動く環境を作ったり、ほかのスパコンでも動く環境を作ったりする必要がある。今開発しているシステムソフトウェアやプラットフォームは、富岳NEXTや理究で動作させるためのものではなく、AI for Scienceのデファクトとして、あらゆるところで動くことを目指している。

「全員が使える」共用基盤の強みを活かした日本の勝ち筋

 これによって、AI for Scienceだけでなく、AI for Industryの研究開発の促進にもつなげることができる。理研は、富岳NEXTや理究という1台のマシンを作っているのではなく、民間の数百万人の研究者を含む、あらゆる研究開発の担い手が利用できる環境を作っている。それが、富岳との大きな違いであり、理研が果たす役割はそこにある」と述べた。

 さらに、松岡センター長は、「今後の勝敗は、研究の速さで決まる」という点も指摘している。

 「日本の勝ち筋は、AI for Scienceから産業イノベーションにつなげることである」とし、「富岳で培った全国の研究者が使う共用基盤の『運用力』は、世界最高水準であり、米国にもない強みである。研究コミュニティ全体にAI基盤を行き渡らせた国はまだなく、日本は『全員が使える』ことで、世界の先頭に立てる。

 富士通製CPUなどの国産技術を組み込む『Made with Japan』構成で、投資が国内産業の技術力に還流する仕組みも構築している。基盤によって培った技術、人材、運用ノウハウは、官民協力を通じて、速やかに産業界へ波及させる必要がある」と述べた。