大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

最軽量ノートなどを生み出すFCCLの研究開発拠点「R&Dセンター」に潜入

富士通クライアントコンピューティング R&Dセンターが入居する武蔵中原ビル

 富士通クライアントコンピューティング(FCCL)は、神奈川県川崎市に、製品開発の心臓部となるR&Dセンターを開設している。約350人のエンジニアが勤務し、最軽量ノートPCをはじめとした同社独自のPCがここから誕生することになる。このほど、R&Dセンターの内部を取材することができた。その様子を、写真を交えてレポートする。

2019年に開設された研究開発拠点「R&Dセンター」

 FCCLは、神奈川県新川崎に本社を置き、島根県出雲市には製造拠点である島根富士通を擁している。そして、研究開発拠点としては、川崎市武蔵中原にR&Dセンターを持ち、台湾にはODMとの連携を図るための拠点を設置している。

 もともと富士通のPCの研究開発拠点は、富士通の本社機能がある川崎工場内にあり、2018年5月のレノボグループとのジョイントベンチャー設立後も、しばらくはその体制を維持していた。2019年9月にFCCL独自の研究開発拠点を開設。場所は、富士通川崎工場とJR南武線武蔵中原駅を挟んで反対側の場所であり、研究開発部門の社員たちは、通勤場所を変えることなく、研究開発に取り組む体制が取られてきた。

 FCCLのR&Dセンターが入居する武蔵中原ビルは、JR南武線武蔵中原駅から徒歩3分の場所にあり、5階建てビルのうち1階~4階を使用している。1、2階が実験室エリア、3階が執務室エリア、4階は一部エリアを利用して、会議室や応接室で構成する。

 研究開発を行なうプロダクトマネジメント本部と、品質保証統括部、サービス事業本部が入居。約350人が勤務している。FCCL全体ではテレワークの活用が進んでいるものの、本社部門とは業務内容が異なることもあり、R&Dセンターの出社率は約7割に達しているという。

 実は、ノートPCの研究開発のためには、どうしても専用試験装置などを利用する必要があるため、R&Dセンターでは、コロナ禍でも約7割の社員が出社していた。同社では、R&Dセンター内での感染リスク対策を徹底するとともに、早い時期からR&Dセンター近隣のホテルを借り上げ、エンジニアが宿泊できるようにし、通勤時の感染リスクを最小化。ピーク時には60室を借りていたこともあったという。さらに、R&Dセンターの近くに住むエンジニアは、自転車やバイクでの通勤を認める措置も取られていた。つまり、R&Dセンターは、コロナ禍中でも、コロナ禍後でも、出社率が変わらないという状況にあるというわけだ。

 ちなみに、テレワークは、ファームウェアを開発するエンジニアなどの利用が多いというが、データの持ち出しなどがないように、R&Dセンター内に専用サーバーを設置して、この環境を活用して開発が行なえるようにしている。

装置設計から検証、評価などを担うR&Dセンター

R&Dセンターの担当領域

 R&Dセンターでは、製品開発サイクルの中で、装置設計から設計検証、部品審査、評価を担当する。その前工程となる開発計画は、本社がある新川崎の拠点で行ない、市場動向や事業戦略をもとに立案する。一方で、後工程となる装置試作や、特定顧客向けの製品をはじめとした装置を、顧客を交えて行なう顧客検証は、大規模な検査設備を持つ島根富士通の評価装置を使用。また、電波暗室は富士通ゼネラルが持つ設備を利用してEMC評価および検証を行なっているという。

 検証が完了すると、外部機関なども活用して各種認証取得を行ない、島根富士通で量産試作などを実施したのちに、同工場でPCが生産されることになる。設計開始から装置製造までの期間は約10カ月であり、製品出荷後のフィールドサポートの機能もR&Dセンターに備えている。

 装置設計以降の作業においては、電気系ハードウェア設計と構造系ハードウェア設計に分かれて開発が行なわれ、さらに、ソフトウェア開発が別の組織で行なわれている。これらのエンジニアの多くがR&Dセンターで作業しているというわけだ。

電気系ハードウェア設計
富士通クライアントコンピューティング プロダクトマネジメント本部の小中陽介本部長代理

 電気系ハードウェア設計では、「長年に渡る豊富なノウハウと最新技術を組み合わせた信頼性の高い設計、開発を行なっている」と、富士通クライアントコンピューティング プロダクトマネジメント本部の小中陽介本部長代理は語る。

 CADを使って回路設計や基盤設計をしたのち、信号測定や検証や高速伝送路波形観測などによる試作や検証を実施。さらにファームウェア開発も行なう。

構造系ハードウェア設計
FMV LOOXの内部の様子。1000点以上の部品が仕様されており、1つ1つの部品を検証している

 構造系ハードウェア設計は、「設計から量産まで、ネジ1本の単位から設計し、選定し、検証を行ない、製品の高信頼性を支える実装構造技術開発に取り組んでいる」とする。たとえば、FMV LOOXの場合、部品点数は1,000点以上となり、これらの1つ1つの部品を検証し、高い信頼性を持ったハードウェアを作り上げている。

 ここでは、3D-CADにより、実装構造設計を行ない、設計デザインから設計プロセスまでのを検証するほか、強度シミュレーション解析や熱シミュレーション解析に加えて、実機を用いた落下や振動、圧迫試験を実施する設計検証、部品の製造性確認や最終組立指示を行なう量産製造までを担当することになる。

ソフトウェア開発

 そして、ソフトウェア開発は、長年のPC開発で培った技術力を生かし、Windows環境での各種ソリューションを提供。秘密分散ソフトウェアや高精度高速QRコード読み取りソフト、リモートメンテナンスソフトウェアをはじめとした各種アプリケーションを開発。最適化されたWindows設定や高速リカバリ環境の提供なども実現している。

 今回の取材では、構造系ハードウェア設計にフォーカスしてみた。

部品の検討から量産までを担う構造系ハードウェア設計

富士通クライアントコンピューティング プロダクトマネジメント本部共通開発センター機構技術部チーフマネージャーの青木伸次氏

 構造系ハードウェア設計では、先にも触れたように、部品の1つ1つから基本構成の検討を行ない、徹底的に検証するとともに、詳細な形状を作り込むことで、強度を高めたり、軽量化を追求したりといった作業を進め、試作機を使った実機評価などを経て、量産するところまでを担当する。

 富士通クライアントコンピューティング プロダクトマネジメント本部共通開発センター機構技術部チーフマネージャーの青木伸次氏は、「解析ソフトやCADソフトを駆使し、モノがない段階から、設計品質を向上させる取り組みを実施している。基本構成の検討では、本体カバーの材質や板厚、各部品のレイアウトを議論し、熱解析シミュレーションを行ない、最適なレイアウトを追求する。それにあわせて、基板や部品の形状を決めたり、部品の重量管理なども行なったりすることになる。

 設計、製造を国内で一体化している利点と、シミュレーション技術を最大限活用することで、モノを作る前に品質を高め、完成度を向上させているのがFCCLのモノづくりの特徴である」と語る。

構造系ハードウェア設計における設計確認
簡易解析(左)と複雑解析(右)

 構造系ハードウェア設計における設計確認では、CADを利用して部品同士の干渉をチェック。干渉している部分があれば改善を図る。また、CADによって、筐体の断面をチェックすることができ、構造上問題がある部分を見つけることができる。

 解析では、簡易解析と複雑解析に分かれる。簡易解析では、カバーのたわみ、ヒートシンクの接触解析など、単純な解析について、設計担当者が直接行なう環境を整えている。たとえば、FMV LOOXのようなタブレットでは、装置を捻ったときの強度をシミュレーションする曲げ解析を行なうが、ここでは画面上で曲げる力を自由に選定して検証できる。また、熱解析や強度解析、落下解析などの複雑な解析に関しては、専用ソフトを使い、解析専門チームが検証している。

 ファンの風の流れなども専用ソフトによってシミュレーションすることが可能だ。設計が悪い場合には、排気した熱い熱を吸気してしまうという不具合が発生するが、それもこの時点で発見できる。

落下解析

 また、落下時の衝撃でカバーにどう振動が伝わっているのかといったことも画面上でシミュレーションできる。実機の検証では分かりにくい落下の影響を、画面上で大きく表示して、影響を判断したり、落下による影響が大きい部分は赤く表示して、その部分を分散できる設計へと変更するために、短時間に何度もシミュレーションを繰り返したりといったことも可能だ。

 R&Dセンターで解析が可能な項目は広範であり、ボタンやスイッチの押し下げ特性、コネクタのこじり、本体の開閉、LCD割れのほか、圧迫や落下、たわみ、ヒンジ負荷、本体剛性などのシミュレーションが可能になっている。

 さらに、R&Dセンターでは、3Dプリンタを活用した検証も行なっている。2023年3月に導入したもので、エンジニアが設計した部品をすぐに確認したいといった場合に利用。迅速な開発につなげているという。

 なお、同じ3Dプリンタが島根富士通にも導入されている。島根富士通では、生産ラインで利用する治具の制作などのために、R&Dセンターよりも先に導入していたが、同一機種とすることで、2つの拠点でデータを共有できるようにしている。従来は、完成品した部品を島根富士通に配送して検証するといったことを行なっていたが、データの共有により、そうした手間がなくなっている。

DFM(Design For Manufacturing)

 そして、DFM(Design For Manufacturing)と呼ばれる取り組みは、構造系ハードウェア設計チームにとって重要な役割になっている。ここでは、設計の初期段階から島根富士通と連携し、情報を共有。品質の高いモノづくりや効率的な生産ラインの構築に向けた活動をしている。最終的には、生産ラインでの組立順序の確認、作業性の確認などを行なうことになる。

 装置の仕様を検討する初期段階をDFM0として、島根富士通と開発する新製品の情報を共有し、既存製品の生産における課題などを抽出して、これらを設計に反映。さらに、CADによって生成された設計データのレビューを行ない、組立上の問題を事前に抽出したり、生産面からのコストダウンを検討するDFM1を経て、詳細設計をもとに、組立手順を検討したり、組立用治具を検討するDFM2、実際の試作に向けた事前確認や治具の現物検証などを行なうDFM3を終えて、試作を行なった後に、量産を開始することになる。

 このように、部品1つ1つの開発、選定から始まり、開発した新製品が、しっかりと量産する体制を構築するところまでを、構造系ハードウェア設計チームが担うことになる。

 では、R&Dセンターの様子を写真で見てみよう。

キーボードたわみ試験の様子。すべてのキーをそれぞれ押すことで、どれぐらいのたわみが発生するかを測定する。キーを押してもペコペコしないPCづくりの基本試験だ
1点加圧試験の様子。14型ノートPCの場合、35kgfで100カ所程度を加圧する。液晶割れがない設計につなげる。画面に肘を置くといったシーンなどを想定して、Φ30のサイズで試験を行なう
全面加圧試験は200kgfの荷重で行なう
表示部開閉試験機
表示部開閉試験を行なっている様子。衝撃開閉による厳しい試験となっている。特にモニターサイズが大きいノートPCにとっては厳しい試験だ
ほこり試験機。密閉空間に微細なほこりを舞わせた環境で試験。ほこりの多い部屋でも安心して使えることを目指す
天井から疑似的なほこりを降らせる。使用するほこりは実験に最適なものを研究したという
繰り返し落下試験機。地面や机に乱暴に置かれることを想定している
落下試験機。76cmの高さからノートPCを落とす
落下させたあともPCは無事に起動した
振動試験機。持ち運んで利用するノートPCや、教育分野向けノートPCを対象に行なっている試験であり、10時間連続で実施する
10cmの高さから鉄板に向けて落とす。6面で試験を行ない、合計1,200回落とす
ノートPCを落下させた様子。76cmの高さは机からの落下を想定している
自転車のかごにノートPCを入れた場合の試験。荒れたアスファルトやレンガ敷きの道路を走ることを想定している
恒温湿試験設備。小規模なものを複数設置。天板だけを入れて、塗装の耐久性を確認するといった活用も行なう。大規模な試験は島根富士通の恒温湿試験設備を使用する
-55℃から85℃までの範囲での実験が可能。温度を変化させるサイクル試験を行なえる装置となっている
基板や部品の断面をカットし、検証を行なう設備。固めて、カットし、研磨して、顕微鏡で確認するという工程で実施する試験だ
カットした部品(メモリー)を研磨している様子。見たい部分まで削っていく
研磨が完了した部品を光学顕微鏡に設置
研磨した部品を光学顕微鏡で確認する
部品レベルでの解析を行なうことで早い対策が可能になる
ハードウェアの開発チームの様子
M.2 SSDの動作波形を確認している様子。問題がある場合には基板配線やパラメータ設定の修正などを行なう
基板やキーボードなどの評価を行なっている様子
こちらも基板やキーボードなどを評価している場面だ
試験を行なう基板。信号を計測するために多くの配線がつながっている
評価を行なうデスクトップPC用の基板
実機によるランニング評価をしている様子。基板やバッテリなどは筐体に入れずに実施している
実機での評価を行なう際に使用する部品は、いつでも使えるように準備されている
オーディオ試験を行なうエリア。さまざまな方向からノイズを発生させることができ、カフェなどの賑やかな環境を再現。ハイブリッドワーク時代には必須の試験だ
厳しい環境でもPCのマイクが、ユーザーの発話を集音できることを確認する
4G/5G OTA(Over-The-Air)評価設備。R&Dセンターで最も高価な評価設備だという
PCを回転させながら評価を実施する。キャリアのサポートエリアでつながらない状況をなくす
反射板を動かして条件を変えながら試験を行なう
2台のチャンバーと3台のテスターで、国内外オペレータ環境をすべてカバーした試験が可能になっている
人体への電磁波比吸収率を測定するSAR評価設備も独自に導入している。
ロボットアームに取り付けたプローブをSAR溶液の中に入れて測定する
測定対象となる装置は下部に設置されており、さまざまな角度から測定を行なう。以前はタブレットだけが対象だったが、ノートPCでもパームレスト部にアンテナを搭載するモデルが登場したことで厳しい検証を実施している
測定した結果が表示される。スマホは操作時の持ち方がほぼ決まっているが、タブレットやノートPCでは使用環境がさまざまなため、綿密な計測が必要だという
SAR評価設備は電磁波を出すため、外部と遮断した環境で稼働させることになる
稼働時にはしっかりと扉を閉じて測定を開始する。ほかの検査に影響が出ることがないようにR&Dセンターの端に設置している
ESD試験設備。コネクタ部などに静電気を発生させ、影響がないことを測定する
通常は9kVの設定で検査を行なっているという
静電気を発生させたところ
電源装置やバッテリの測定を行なっている様子
このエリアではエンジニアが1人1台ずつ小型恒温槽を持っており、-5℃から75℃までの環境を変えながら試験を行なう
バッテリの評価エリア
セルの状態で充放電を繰り返してバッテリ寿命の測定を行なう
恒温槽の中でも稼働試験を行なう。ワイパーがついているのは高湿の場合に中が見えなくなるための対策だ
右にあるのがUXシリーズ向けのバッテリパック。この中に左のバッテリセルが2個搭載されている
3Dプリンタを設置しており、すぐに部品を作って検証ができる
3Dプリンタで制作した「ふくまろ」
セキュリティエリアを設置し、ユーザーのデータが入ったPCでも情報が漏洩しないよう、安全に解析が行なえるようにしている。入室できるエンジニアは限定している
ファームウェア開発チーム向け専用サーバー。テレワークで開発が行なえる環境を構築している
サービス事業本部によるフィールドサポートのエリアは、個人情報を使用しているため、入室できる人が限定されている。内部が見えそうで見えない特別なガラスを使用
ソフトウェア開発チームの部屋の様子
コンシューマ向けアプリの開発チームでは「ふくまろ」がお出迎え
メイクアップソフト「Umore」もここで開発されている
コマーシャル向けアプリケーションの開発チーム。こちらは落ち着いた雰囲気がある
過去に発売したPCを保管しており、OSのバージョンがあがったときなどにアプリケーションの動作検証ができるようにしている
電子ペーパー「クアデルノ」の開発チームの部屋。梱包箱の検討もここで行なう
3階の執務室エリアの様子。フリーアドレスで利用できる
フリーアドレスのため、社員の持ち物はロッカーに収納する
3階フロアにある「PARK」と呼ぶエリア。簡単な会議ができ、休憩や飲食もできる
さまざまな形のテーブルと椅子を用意している