大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

【新春恒例企画】大谷翔平の2022年の記録が、2023年のIT産業を予見していた!?

エンゼルスの公式サイト

 2022年も激動の1年だった。コロナ禍の生活は3年目に入り、行動制限は緩和されたものの、半導体不足を始めとする部品供給の遅れは、ウクライナ情勢とともに長期化。原材料価格やエネルギー価格の高騰、物流価格の上昇など、さまざまな影響をおよぼし、さらに、日本においては急激な円安が経済環境を混乱させた。もはや、想定外の出来事が発生することが日常になりつつある状況と言わざるをえない。

 その一方で、2022年はスポーツが日本全体に感動と力を与えてくれた1年でもあった。

 2022年2月に開催された北京オリンピックでは、冬のオリンピックでは過去最多となる18個のメダルを獲得。メダルには届かなかったが、羽生結弦選手の4回転半ジャンプへの果敢な挑戦は多くの日本人に力を与えた。

 また、流行語大賞にもなった「村神様」こと、ヤクルトスワローズの村上宗隆選手の三冠王を獲得した豪快なバッティングにも多くのファンが魅了され、サッカーワールドカップカタール大会では、日本代表が躍動。目標のベスト8入りは果たせなかったものの、強豪のドイツ、スペインを撃破した森保ジャパンの戦いは、日本全体を熱狂させた。

 そして、ロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手の2022年の活躍は、前年に続き、私たちをおおいに楽しませてくれた。史上初となる規定打席、規定投球回数への同時到達は、まさに唯一無二の投打「二刀流」であることを示して見せた。もちろん、これらのほかにも、数々のスポーツが私たちを感動させてくれた1年であったことは間違いない。

 そこで、新春恒例となっている言葉遊びによる1年のIT/エレクトロニクス産業の行方を、今回は2022年のスポーツになぞらえて見てみよう。

 ずばり、2023年のIT・エレクトロニクス産業の行方は、2022年のエンゼルスの大谷選手の記録の中に隠れている。大谷選手の記録と、二刀流への取り組みから、産業の行方を占ってみたい。例年通り、気軽な気分でお付き合いをいただければ幸いである。

投手で自己最多の15勝

 2022年の大谷選手の活躍は、記録づくめだった。中でも、投手として自己最多となった15勝の記録は、1シーズンに10勝以上と30本塁打以上の同時達成という初の偉業にもつながっている。

 この15という数字が示すのは、「Web 3.0」、「ブロックチェーン」、「量子コンピューティング」、「メタバース」といった今後のトレンドを組み合わせた「応用テクノロジ」が、デジタルイノベーション市場において、15%の構成比を占めるとの予測が初めて発表されたことだ。

 業界団体である一般社団法人電子情報技術産業協会(JEITA)が、2022年12月に発表した「電子情報産業の世界生産見通し」の中で明らかにしたもので、2030年の世界需要額は「Web3.0/ブロックチェーン」が1,136億ドル、「量子コンピューティング」が607億ドル、「メタバース」が1,866億ドルに達する予測。これらを「応用テクノロジ」としてまとめ、デジタルイノベーション市場全体の2兆3,525億ドルのうち、合計で、15%を占めるとの予測を示した。

デジタルイノベーション市場
デジタルイノベーション市場の世界需要額見通し(JEITA調べ)

 ここで示されたキーワードは、いずれも2023年に大きな成長が期待される分野だ。

 「Web 3.0」は、ブロックチェーン技術やメタバースによって、デジタル空間で個人同士がつながり、経済圏を構成。特定のプラットフォームに依存しない世界が構築されるため、GAFAMなどによる中央集権型から、分散型へと基盤が移行することが想定されている。Web 3.0の広がりとともに、GAFAMのポジションに変化が起こるのかどうも気になるところだ。

 また、「量子コンピューティング」は、2023年には、IBMが1,121量子ビットの「IBM Condor」プロセッサを開発する計画を明らかにしているほか、富士通では100量子ビット以下の超伝導量子コンピュータを2023年に公開し、量子アプリケーションの実機による検証を開始する計画を発表している。政府では、2030年に国内で1,000万人が量子技術を利用できる環境整備を目指しているが、それに向けた大きな進展が見られる1年になりそうだ。

量子コンピュータの分類(富士通の資料より)

 さらに、「メタバース」では、ゲーミングなどでの活用が中心となる「コンシューマメタバース」、オフィスでの会議などをアバターなどで参加し、コミュニケーションとコラボレーションを実現する「コマーシャルメタバース」、デジタルツインなどを活用し、生産現場や設計開発現場を仮想空間に置きかえる「インダストリアルメタバース」の3つの領域での成長が見込まれることになりそうだ。

ホームラン34本

 2022年の大谷選手のホームラン数は34本。34という数字は、2023年の成長分野となるゲーミング市場を指している。

 PwCが発表した2023年の全世界のゲーム市場規模は、2,571億ドル。これを日本円に換算すると約34兆円となる。PC市場は低迷が続いているが、その中でも唯一と言える成長領域がゲーミングPCである。一般社団法人日本eスポーツ連合(JeSU)によると、日本のeスポーツ市場は、2023年には129億4,700万円の規模が見込まれ、2025年に向けてさらに右肩上がりで成長していくことが予想されている。

世界のゲーム市場規模推移(PwC調べ)
日本のeスポーツ市場規模推移(JeSU調べ)

 Intelが投入した第13世代Coreプロセッサは、米Intelのパット・ゲルシンガーCEOが、「Intelのゲームへの挑戦が、本物であることを証明するものになる」と位置づけるように、コアの高速化によって、ゲームプレイ、ストリーミング、録画の同時実行において世界最高峰のゲーム体験を提供するという。

第13世代Coreプロセッサは世界最高峰のゲーミング体験を提供する

 さらに、Intel初のゲーミングGPUとなるArcも投入し、ゲーミングPC市場の成長を下支えすることになる。PC業界全体として、ゲーミングPCの成長の勢いをどれだけ大きなものにできるかが注目点だ。

160安打

 本塁打だけでなく、安打数、二塁打数、三塁打数にも、IT・エレクトロニクス産業のトレンドが隠れている。

 大谷選手の2022年の安打数は160。これはサイバーレジリエンスに関わる数字でもある。ウクライナ情勢の長期化や北朝鮮のミサイル発射数の増加、日本における防衛費の増額など、2022年は防衛に対する姿勢が大きく変化せざるを得ない1年だった。

 これはサイバー空間においても同様であり、親ロシア派のハクティビストグループが、2022年9月に日本政府の4省庁のサイトや、国内民間企業が運営するサイトにDDoS攻撃を行ない、通信不全に陥ったほか、2022年12月には外務省が北朝鮮を名指しして、ワナクライによるサイバー攻撃を5月に受けたことを強く非難。海外からのサイバー攻撃が深刻化していることが浮き彫りになっている。政府や企業にとっても、サイバー空間での防止力や耐性力、回復力を意味するサイバーレジリエンスがますます重要になっている。

外務省は北朝鮮からサイバー攻撃を受けたと発表した

 サイバーレジリエンスのエンジニアリング手法のガイドラインとなっているのが、米NISTによるNIST SP800-160 Vol.2である。ここに160という数字がある。SP800-160は、企業のリスク管理の強化に向けて、より重要なガイドラインになるはずだ。

 大谷選手の二塁打の数は30本。大谷選手ならではの俊足で落とし入れた二塁打も多かった。ここでは、2023年10月1日から導入されるインボイス(適格請求書)制度を挙げたい。

インボイス制度の概要(国税庁の資料より)

 ラクスが2022年9月に、全国の経理担当者を対象に実施した調査では、インボイス制度について「知らない」、「内容を知らない」との答えは30%を占めた。開始1年前時点での調査にも関わらず、依然として認知度が低い点は気になるところだ。

インボイス制度の理解度(ラクス調べ)

 インボイス制度はIT産業にも影響をおよぼす。制度の導入に合わせて、電磁的記録による適格請求書(電子インボイス)の交付、保存も認められるため、企業におけるデジタル化が促進することになるからだ。

 また、2022年1月に施行された改正電子帳簿保存法においても、2023年末までが宥恕(ゆうじょ)期間となっており、電子取引された請求書、領収書などを、検索要件を満たす形で電子保存することが義務化要件になる。

 これまで遅々としてデジタル化が進まなかった会計業務においても、デジタル化が一気に促進されるのが2023年ということになり、ペーパーレス化の進展も本格化するきっかけになるだろう。これはIT産業においても大きなビジネスチャンスになる。

三塁打6本

 大谷選手の激走が目に浮かぶのが三塁打。2022年は6本の三塁打を記録している。6という数字から導き出されるのが、SX(サステナビリティトランスフォーメーション)である。

 これまでは、DXという言葉が広く使われていたが、昨今ではSXという言葉を聞く機会が増えた。企業の「稼ぐ力」と「ESG(環境、社会、ガバナンス)」を両立し、持続可能性(サステナビリティ)を重視した経営を行なうことを指しており、DXやGX(グリーフントランスフォーメーション)の上位概念に位置づける経営者も多い。サステナビリティが経営の根幹を担うことが、より明確になるのが2023年ということになるだろう。

DXの価値を拡張するSX(NECの資料より)

 富士通が、世界9か国のビジネスリーダー1,800人を対象に実施した調査では、2年前と比べて、経営におけるサステナビリティの優先度が高まったとの回答は6割に達したという。ここに、三塁打と同じ6という数字がある。この調査からも分かるように、もはやSXは、企業活動において避けては通れない要素となっている。

11盗塁

 俊足の大谷選手は盗塁も魅力だ。2022年は11盗塁を記録している。

 11という数字は、2年目に入ったWindows 11の普及という点にも注目したいが、ここでは、Internet Explorer 11(IE11)を挙げておきたい。IE11はすでに、2022年6月にサポートを終了しているが、2023年2月14日に予定されているMicrosoft EdgeのアップデートでIE11は完全無効化されることなる。

2023年はMicrosoft関連のEOSが相次ぐ

 さらに、2023年1月10日にはWindows 8.1がサポートを終了。Office 2013も2023年4月11日にサポートを終了する。日本Microsoftにとっては、EOSが相次ぐ1年になる。これらのWindowsやOfficeを利用しているユーザーには、新たな環境への移行を推奨したい。

背番号17

 大谷選手の背番号17からは、コロナ禍で定着してきたテレワークの動きを捉えたい。

 公益財団法人日本生産性本部が2022年10月に発表した11回目となる「働く人の意識調査」では、テレワークの実施率が17%に留まった。テレワークを牽引してきた中規模企業および大手企業の実施率が低下傾向にあること、週3日以上出勤するテレワーカーが53%、5日以上が26%へと増加するなど、出勤する回数が増加していることも明らかになっている。

テレワークの実施率(日本生産性本部調べ)

 だが、自宅での勤務については、「効率が上がった」「やや上がった」と回答した人は61%を占め、自宅での勤務に「満足している」「どちらかと言えば満足している」の回答の合計は80%に達している。テレワークの効果を実感しているビジネスマンが多いのも事実だ。

 2023年は、コロナ禍が4年目に入る。ハイブリッドワークの定着とともに、日本におけるテレワークの実施率の水準が、ほぼ確定する1年になるとも言えそうだ。

二刀流(1)

 ここまでは、大谷選手の2022年の記録をもとに、2023年のIT・エレクトロニクス産業の行方を占ってみたが、ここからは、大谷選手ならではの「二刀流」という観点から、産業動向を捉えてみたい。

 次世代ネットワークの二刀流としては、無線ネットワークの「5G」と、オール光ネットワークの「IOWN」が挙げられる。無線と有線の二刀流でネットワークが大きく進化する1年になる。

NTTが提供を開始する「IOWN 1.0」の概要

 5Gは、パブリック5Gのネットワークエリアがさらに拡大。政府が2022年12月に閣議決定した「デジタル田園都市国家構想総合戦略(2023~27年度)」では、2023年度には5Gの人口カバー率を95%とし、2025年度には97%、2030年度には99%とすることをKPIに掲げた。

 また、企業や自治体などが、建物内や敷地内などの特定エリアで自営5Gネットワークを構築するローカル5Gについても、主要各社からサービスが出揃い、企業や自治体などへの導入が促進されるフェーズに入ってきた。

 その一方で、NTTは2023年3月からオールフォトニクスネットワーク(APN)サービスの第1弾として「IOWN 1.0」の提供を開始すると発表。

 100Gbpsの専用線サービスにより、ユーザーはエンド・エンドで光波長を占有でき、光波長のままによる伝送によって、既存サービスに比べて200分の1の低遅延化と、光ファイバーあたりの通信容量では1.2倍となる大容量化を実現できる。

 遠隔地を結んだ同時演奏や、遠隔医療への採用、遠隔地のゲーマー同士を結んだ公平なプレイの実現などが可能になる。2030年以降には、「IOWN 4.0」を提供するといった長期的なロードマップも公表しており、その第一歩が2023年に訪れるというわけだ。

二刀流(2)

 アプリ開発の領域での二刀流は、「ローコード/ノーコード」と「クラウドネイティブアプリ」である。これは一部重なっている部分もあるが、現場部門における市民開発の促進と、IT部門におけるクラウド移行の加速という二刀流に捉えてもらいたい。

 専門知識を持たない人が、少ないソースコードの記述や、コードを一切記述しないでアプリケーションやWebサービスを開発できるローコード/ノーコードに関しては、ガートナージャパンが2022年12月に発表したレポートにおいて、2025年までに、企業が開発する新規アプリケーションの70%はローコード/ノーコードになると予測。IDC Japanでも、2023年には、新規開発するアプリケーションの60%がローコード/ノーコードになるとの見方を示している。

日本マイクロソフトのローコード/ノーコードツールであるPowerPlatform

 その一方で、基幹システムを始めとするエンタープライズシステムにおけるモダナイズが進展。クラウドネイティブアプリの開発に向けたツールが整備されてきている。中にはPythonなどの記述において、AIが記述したコードの約40%を受け入れることができるとともに、開発生産性が約50%も上昇するといった例も出ている。AIがクラウドネイティブアプリの開発促進に貢献する時代が訪れている。

 経済産業省では、2030年には、最大79万人のデジタル人材が不足すると予測しているが、ローコード/ノーコードを始めとした各種ツールの進化と広がりは、こうした課題の解決にも直結する。2023年は、ローコード/ノーコードおよびクラウドネイティブアプリの普及にさらに弾みがつくだろう。

二刀流(3)

 二刀流という観点でもう1つ挙げておきたいのが、「エッジコンピュータ」と「ソブリンクラウド」である。これらはどちらも、クラウド領域における重点分野として二刀流を構成すると見ていいだろう。

 エッジコンピュータは、コンピュータネットワークの「エッジ(端)」において、データを処理するコンピューティングおよびネットワークであり、昨今では、エッジの高性能化とともに、その部分にAIを搭載。その場でデータを処理することができるため、データ量を削減し、ネットワークに負荷をかけずに送信できるというメリットもある。

 また、現場でのリアルタイム処理にも貢献する。調査では、エッジ市場は、2025年までに2.1倍に拡大すると予測されており、IT産業の中においても、高い成長率が期待されている。

 これはマルチクラウドの加速にもつながる。すでに2つ以上のクラウドを利用している企業は70%以上に達し、3つ以上のクラウドを利用している企業も40%に達しているという調査結果がある。適材適所でさまざまなクラウドが活用されているのが現状だが、

 2023年はこの環境を加速するように、エッジコンピューティングの拡大が見込まれる。その一方で、2023年は、サイロ化したマルチクラウド環境において、データを統合させ、いかに管理、運用するかが鍵になるだろう。

 そして、もう1つのソブリンクラウドの動きも2023年は注目されそうだ。ソブリンクラウドは、それぞれの国が定めたセキュリティやコンプライアンス、データ主権の要件に対応したクラウドサービスだ。世界情勢が目まぐるしく変化する中で、経済安全保障の観点から、政府機関などにとっては、ソブリンクラウドの活用が重要なポイントになってくる。


 大谷選手の記録や、二刀流という観点から、2023年のIT・エレクトロニクス産業を捉えてみたが、2023年もIT・エレクトロニクス産業は、引き続き新たなテクノロジや市場変化を取り込みながらも、激動の1年になりそうだ。だが、その分ビジネスチャンスが多い産業でもあり、この産業で活躍する各社の成長にも期待したい。

 そして、合わせて2023年の大谷選手のさらなる活躍にも期待したい。まずは、2023年3月から始まるWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)での大谷選手の活躍が楽しみだ。