大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」
インテル支援のeスポーツやCPU供給不足問題など、鈴木社長に2020年の取り組みを聞く
2020年1月10日 06:00
2020年の注目分野の1つに「eスポーツ」がある。その市場に向けて、積極的な投資を行なっているのがIntelだ。グローバルでは、eスポーツのトップリーグである「ESL(Electronic Sports League)」とのパートナーシップをはじめ、さまざまな観点から支援活動を展開。日本でもゲームインダストリーの専任担当者を配置し、eスポーツの普及に向けた仕掛けなどに取り組む。
インテル株式会社の鈴木国正社長は、「Intelは、日本におけるeスポーツに普及に向けて投資をしていく。こうした取り組みが、日本のPC市場の活性化につながる」とする。一方で、「データセントリックトランスフォーメーション」という言葉を使い、データを活用する価値を訴求し、今後拡大すると見られる日本の企業の「データデバイド」を最小限に抑えたいとする。インテルの鈴木社長に、2020年の取り組みなどについて聞いた。
Intelのeスポーツへの取り組み
――Intelはeスポーツの領域に向けて、積極的な投資をしていますね。その狙いはなんですか。
鈴木氏(以下敬称略) もともとIntelは20年近くに渡って、eスポーツを支援してきた経緯があります。世界最大規模のeスポーツのネットワークであるESL(Electronic Sports League)とのパートナーシップをはじめ、トップリーグやブランド、パブリッシャーとのパートナーシップを確立し、2006年にスタートしたIntel Extreme Mastersは、もっとも歴史が長いグローバルeスポーツツアーに位置づけられています。
また、2020年の東京オリンピックの開催に先駆けて、Intel World Open in Tokyo 2020を開催します。これは賞金総額50万ドルの世界規模のeスポーツトーナメントで、2020年7月に日本で決勝大会を行ないます。
これまで日本では、こうしたかたちで、eスポーツのイベントを開催したことはなかったのですが、日本でもゲーミングPC市場が着実に拡大していること、平昌冬季オリンピック大会にあわせてeスポーツの世界大会を開催したことに続き、東京オリンピックにあわせて大会を開催する機会が生まれたことで、日本でもeスポーツへの投資を加速していきます。
2019年9月に開催された東京ゲームショウでも、ゲーミングPCが強い存在感を発揮し、インテルのほかにも、レノボ、デル、日本HP、マウスコンピューターなどが出展しました。フロア面積という点で見ても、ゲーミングPCが占める範囲が確実に広がっていることを感じたと思います。
eスポーツという新たなカテゴリに対して、積極的に投資を行ない、市場を盛り上げ、輪を広げることが、ゲーミングPCの市場を広げ、PC業界の拡大につながると考えています。
Intelはグローバルで、eスポーツに対する投資を加速します。それは日本でも同じです。2019年7月には、日本法人のなかにゲームインダストリーの専任担当者を配置し、ゲームソフトウェアの開発会社と連携したり、eスポーツの普及に向けた仕掛けを作ったりといったことに、より力を注ぐ体制を整えました。
ゲーミングの世界において、PCの存在感を高めたいと考えており、PC市場におけるゲーミングPCの構成比を、いまの2~3倍の規模にまで拡大したいですね。それに向けて投資を拡大していきます。
ゲーミングPCは、日本ではこれから成長する市場です。ゲーミングPC市場を拡大する取り組みを、さまざまなかたちで推進していくつもりです。
Intel CPUの供給不足問題
――2019年を振り返りますと、年間を通じて、IntelのCPUの供給不足が続きました。これはいつまで続くのでしょうか。
鈴木 この点では、たいへんご迷惑をおかけしています。Intelでは、2018年に増産に向けた投資計画を発表し、そのとおりの投資を行なってきましたが、グローバル全体の需要が、その予想をさらに上回るかたちで拡大し、需要に追いつくことができなかったというのが供給不足の理由です。
日本の市場を見ても、想定以上の需要があり、実際に、2019年の出荷実績は、調査会社の予測を大きく上回る結果となっています。いつになれば、供給不足が解消するのかということは、現時点では明確にはできませんが、2020年の国内PC市場は、2018年の出荷水準に戻ると予測されていますから、今後の供給状況はじょじょに改善される可能性があります。
いま日本のPC市場は、働き方改革によるPCの需要拡大や、教育分野でのPC整備などの動きが出ており、その勢いを止めたくない。供給不足をそれに影響させたくない。そうした思いがあります。
社長就任を経ての取り組み
――鈴木社長は、2018年11月に、インテルの社長に就任しました。それから1年以上が経過しました。この間、どんなことに取り組んできましたか。
鈴木 テクノロジによって大きな変革が進むなか、その重要な時間軸に、キープレーヤーであるIntelにいることができ、たいへんに充実し、エキサイティングな時間を過ごした1年でした。
Intelに入る前から、Intelが持つ中立性というユニークなポジョンの強みを感じていましたが、1年を経過して改めて感じたのは、Intelはそのブランド力と信用力が高いことに加えて、バイアスが低く、中立性を持った企業であり、それを多くの人が感じているということです。
Intelは半導体のメーカーであり、半導体をOEMやODMに納めていますが、単なる半導体メーカーではなく、企業や研究機関、官公庁などのあらゆる方々と話をする機会を持つことができる会社です。
2019年に私が中心となってメッセージを発信したイベントは、年間35回以上に達しています。また、100人を超える企業のエグゼクティブと、しっかりと時間をとって話をする機会を持ちました。これに、幹部社員による情報発信や面談の数を足すと、さらに大きな数字になります。こうした活動はIntelにとって重要なものです。
Intelという会社は、産業そのものに変革が起きたり、産業が成長したり、産業全体が壁を超えなくてはならないというときに、お役に立てる場面が増えるという特徴を持っています。
人と人をつないだり、企業と企業をマッチメイキングしたりといったことは、Intelが得意とするところですし、あわせてIntelが持っているグローバルの知見や情報をシェアすることも可能であり、そうした活動を通じて、企業の成長を支援したり、世のなかに貢献することができます。
――社長就任直後のインタビューでは、Intelには「アドバイザーとしての役割がある」と表現していましたね。
鈴木 アドバイザーと言い切るには、まだまだ努力しなくてはならない部分がありますが、少し柔らかい意味での(笑)アドバイザーとしての役割は果たしていると思います。一方で、これまでIntelがなかなかできていなかったことに取り組んだ1年でもありました。
――それはなんですか。
鈴木 これは、社内で「IJKK(=インテルジャパン株式会社) 1.0」と呼んでいる取り組みです。ここでは2つの狙いがあります。
1つは、新しいビジネス機会の創出です。そして、もう1つは、組織を超えたタスクフォースという考え方を社内に定着させるということです。これまでにも、中期的な視点を持ったり、組織横断型で仕事することを当たり前のように実行している社員はいましたし、そうした仕事の仕方をしたいと考えていた社員も多くいました。
しかし、その一方で、どうしても目の前の仕事が中心になり、なかなかそこに踏み出せていないという実態があったのも事実です。そこで、社員が中期的な視点を持つこと、横の組織との連携を図ることを、「標準」の活動として社内に根づかせることに取り組んだわけです。
具体的には、2019年1月にキックオフしたタスクフォースにより、2019年6月までの半年間に渡ってプロジェクトを推進しました。日常の業務とは別に、日本における2~3年先の新たなビジネス機会の創出を狙うもので、延べ100人を動員して、3つの観点から取り組みました。
1つは、産業や交通、エネルギーといった絞り込んだ業界に対して、日本法人としてどう発信をしていくかという「バーティカル」への取り組みです。
2つ目は、AIや5Gといった新たなテクノロジの視点から、Intelはどんなことができるのかということを模索する「テクノロジイネーブラー」としての活動です。
そして、3つ目が、OEMパートナーやディストリビューションパートナーといったビジネスパートナーに対して、Intelとしてどんな貢献ができるのかという「パートナー」という観点からの取り組みです。
2019年7月には、タスクフォースによる取り組みをベースにした組織変更を行ない、コーポレート戦略チームを新設しました。この組織は、戦略を立案するチームではなく、戦略をコーディネートすることが役割となります。
このチームを核にして、2019年12月までの半年間で、既存の組織や構造に落とし込みながら実行に移し、すでにいくつかの取り組みが実行フェーズに入っています。2020年には、それをより現実にものとし、2021年には、数字となって貢献することを目指します。
――成果までの期間が短いですね。
鈴木 いや、もっとスピードを上げなくてはいけないと思っています。成果を推し量る指標として数値目標を設定していますが、それは2~3年先のことですから、まずは質のいいプロジェクトを見極めることを重視しています。2020年~2021年にかけて、10から20ぐらいの具体的なプロジェクトが走ればいいと思っています。まだまだ成果は道半ばですが、いいスタートは切れたと思っています。
2020年のIntelの取り組み
――Intelは、2020年にはどんなことに取り組みますか。
鈴木 「世界最高の半導体の製造」、「AIおよび5Gの革命を主導」、「新しいデータの世界に対応できる最高のエンド・トゥ・エンド・プラットフォームの提供」、「オペレーショナル・エクセレンスと経営効率に絶えず注目、「雇用と開発の継承、ダイバーシティ&インクルーシブネスの維持」という5つの戦略はこれからも推進していくことになります。そのなかで、より「データ」にフォーカスしたビジネスに力を注ぎたいと思っています。
世のなかでは、デジタルトランスフォーメーション(DX)という言葉が使われていますが、Intelではこれをもう少し絞りこんだかたちで、「データセントリックトランスフォーメーション(DcX)」という表現を用いています。
データセントリックトランスフォーメーションとは、IoTやネットワーク、データセンターを結んで、データを中心にし、データに価値を持たせることにフォーカスしたものになります。
昨年(2019年)、日通と発表した協業では、物流向けIoTソリューション「インテルCLP」により、データを活用したビジネスモデルの変革に取り組みました。これが、トランスポーテーションの分野において、刺激的な事例になることを期待しています。
また、楽天とは5G向け領域で協業を発表しましたが、これもデータセントリックトランスフォーメーションを実現するものになります。さらに、インテルが支援した沖電気工業のAIエッジコンピュータ「AE2100」も、データセントリックトランスフォーメーションにおいて、重要な役割を担います。
Intelは、半導体を提供する企業であり、CPUやGPU、FPGA、AIアクセラレータチップといった、あらゆる領域の製品を持っています。それにより、PCだけでなく、IoTやネットワーク、データセンターといった領域に力を発揮できます。そして、データセントリックトランスフォーメーションの実現を支援します。
もちろんIntelは、コンサルティング会社でもないし、SIerでもない。しかし、単に半導体を提供する会社でもない。新たなビジネスを一緒に考え、ビジネスマッチングをすることができる。こうしたオファリングができる会社はほかにはありません。これもIntelならではの中立な立場であるからこそ、実現するものだと言えます。
いまは多くの企業にとって、データセントリックトランスフォーメーションが大事な課題となっています。Intelは、そこに大きな貢献ができる会社だと言えます。
ただ、ここで、私が懸念しているのが、これから「データデバイド」の問題が大きくなるということです。
――「データデバイド」とはなんですか。
鈴木 かつて、コンシューマ市場では、「デジタルデバイド」という状況が起こりましたが、これと同じようなことが、データを中心にして、企業に起こると考えています。
データをうまく活かすことができる会社と、データに対してアテンションを持たない会社との間には、データデバイドが発生することになり、これが企業の競争力の差につながったり、企業のビジネスドメインの変化にもつながります。
日本の企業は、2025年の崖とともに、データをどう活用するかということを真剣に考えなくてはいけない時期に入ってきていると思います。
Intelは中立的な立場であることを活かして、日本の企業におけるデータデバイドを少なくすることに貢献したいと思っています。
東京オリンピックへの取り組み
――2020年には東京オリンピックが開催されます。Intelは東京オリンピックのパートナー企業として、どんな取り組みを行ないますか。
鈴木 Intelは、2018平昌冬季オリンピック競技大会において、IOC(国際オリンピック委員会)と初めてコラボレーションを行ないましたが、今回の東京オリンピックでは、その関係を拡大、深化させていくことになります。
Intelは、5GプラットフォームやAIソリューション、eスポーツなどのイノベーションを通じて、東京オリンピックにおいて、「コンピューティング」、「コネクト(ネット接続)」、「エクスペリエンス(体験)」の3つの重点分野に取り組みます。
たとえば、NECの顔認証システムである「NeoFace」は、大会期間中、約30万人以上の大会関係者、メディア関係者の識別に活用しますが、ここにはIntelのCore i5プロセッサが活用されています。個人の認証にかかる時間を短縮できる効果が期待されています。
そのほかにも、Intelは5G技術やインフラストラクチャープラットフォームを提供し、ギガビット接続や新たなモビリティソリューション、より没入感のある視聴体験、最先端のスマートシティアプリケーション、高度な放送サービスの開発などにも取り組むことになります。
ネットワーク製品のオフィシャルパートナーであるCiscoの製品には、IntelのXeonプロセッサやSoC、SSDといった技術が採用されており、ネットワークの安全性、信頼性、柔軟性の実現に貢献しています。これらのネットワークは、新国立競技場をはじめとする42の競技会場に加えて、選手村や大会本部、放送施設、ホテルなどにも構築され、Intelの技術が、ミッションクリティカルなネットワークを支えることになります。
さらに、「♯2020 beat」という取り組みでは、東京オリンピック/パラリンピックの公式ビートを、1,000種類のさまざまなサウンドサンプルをもとに、IntelのAIソリューションを使用して、全5曲が制作しました。これにより、スタジアムの観客は、呼びかけを聴き、手拍子で応え、選手が最高のパフォーマンスを発揮できるように応援することになります。
こうした数々の活動を通じて、Intelは、半導体のメーカーというだけでなく、イノベーションの会社であるということを知ってもらいたいですね。