大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」
パナソニックらしくない取り組みがアイデア商品を生み出す
~社内共創の場「Wonder LAB Osaka」
2018年7月11日 11:00
最近のパナソニックは、デザイン思考型のモノづくりに積極的だ。シリコンバレーに拠点を置き、住空間での新たなビジネスを模索するビジネスイノベーション本部、家電事業を行なうアプライアンス社においては、新たな家電ビジネスを創出するゲームチェンジャーカタパルト、京都に新設し、デザイナーの視点から新たな製品を生み出すアプライアンス社デザインセンターなどでの取り組みが挙げられる。
そうしたなか、イノベーション戦略室の傘下で、大阪・門真の本社エリアに拠点を置き、さまざまなカンパニーの社員が連携しながら、新たなモノを生み出すWonder LAB Osaka(ワンダーラボ・大阪)は、より多くのアイデアが集まり、パナソニックグループのなかでも、もっとも「ハードルが低い」と言える共創の場だと言えよう。
そのWonder LAB Osakaから誕生した2つの取り組みを紹介する。
Wonder SUMMER Hack
最初に、Wonder LAB Osakaにふれておこう。
Wonder LAB Osakaは、本社に隣接する同社西門真地区に、持続的成長に向けた共創型イノベーションの実践の場として、2016年春からスタートしたものだ。この場所は、パナソニックが、1933年から、第3次本社として使用していた場所でもある。
「新たな価値を創造するプレイフルな共創空間」をコンセプトに掲げ、「組織を超えたオープンなイベントができる交流の場」、「最新技術やプロトタイプも導入評価できる実証の場」、「社内外のコミュニティやメディアとつながる発信の場」の3つを目的に運営しており、ボトムアップで生まれたアイデアをかたちにするために、さまざまな取り組みを行なっている。
Wonder LAB Osakaの象徴的な取り組みが、夏に行なわれている「Wonder SUMMER Hack」である。
2カ月間にわたって開催する「Wonder SUMMER Hack」は、斬新なアイデアと新たなことに挑戦する意思を持ったパナソニック社員が自由に参加できるもので、アイデアソンで意見を出し合った後に、参加者がグループに分かれて、チームとしてアイデアをまとめ、プロトタイプまで作り上げるというものだ。
ここでは異なるカンパニーの社員がチームを作り、それぞれの得意分野の知識やノウハウを活かしながら、プロトタイプを完成させることになる。家電を担当するアプライアンス社のエンジニアと、ソリューションビジネスを担当するコネクティッドソリューションズ社の営業担当者が組んで、カンパニーを越えたチームがアイデアをかたちにしたり、勤務地が地方都市の社員が、毎週末には大阪に出向いて作業を進める姿も見られた。
過去2回にわたって「Wonder SUMMER Hack」が開催されており、今年(2018年)も6月から募集が開始されている。キックオフは、例年よりやや遅めの8月末から9月に行なわれる予定で、そこから秋にかけて活動が行なわれることになる。
昨年(2017年)は「週末に世界を変えろ!」としていたが、今年は、「平成最後の夏にビッグチャレンジ!」をタグラインに掲げている。
一方、Wonder LAB Osakaでは、毎年3月に、米テキサス州オースティンで開催されるサウス・バイ・サウスウエスト(SXSW)に、2年連続で単独ブースで出展。しかも、パナソニックの名前を一切出さずに、Wonder LAB Osakaの名称で展示を行なっている。
そのため、パナソニックの社員でさえも、気がつかずに、ブースの前をとおり過ぎてしまうこともあるという。だが、パナソニックのロゴがなくても、今年も3つのプロトタイプを展示して注目を集めたほか、ミュージシャンであるとともに、ペインターとしても著名なPeelander Yellow氏が、ライブで描いたイラストを、Wonder LAB Osakaのブースの壁に使用して話題を集めるなど、パナソニックらしくない仕掛けが受けて、多くの来場者が詰めかけたという。
SXSW 2018での展示は、3つのプロトタイプを展示。そのうちの2つがWonder LAB Osakaのハッカソン活動から生まれたプロトタイプであり、もう1つは、ビジネスイノベーション本部が推進する「共創PF」と呼ぶAPIを外部公開して、共創パートナーとともにユースケースを考えるプロジェクトから生まれたものだ。
パナソニック イノベーション戦略室共通技術サポート部共創ラボ戦略推進課・福井崇之課長は、「完全な業務外活動でのボトムアップと、業務として推進している共創活動を進めるプロジェクトの拡大支援という2つの成果をここで展示した」という。
WonderJack
Wonder LAB Osakaでは、これまでの活動を通じて、いくつものプロトタイプが生まれている。その1つが、「WonderJack」である。
昨年の「Wonder SUMMER Hack」で生まれたこのプロトタイプは、WonderJackと呼ぶデバイスを、スマートフォンやタブレットのイヤフォンジャックに挿すことで、本体から供給される微小電力をWonderJack内で昇圧。マイコンを動作させ、スマートフォンやタブレットに信号を送信することができるというものだ。
プロトタイプのWonderJackには、アプリなどは格納しておらず、WonderJackから送られた信号によって、スマートフォンやタブレットのなかに格納されているアプリやデータなどを起動させるという仕組みだ。
たとえば、水族館では、目の前を泳いでいる魚と同じフィギュアを取りつけたWonderJackを、タブレットなどのデバイスのイヤフォンジャックに差しこむと、あらかじめ格納されていたアプリが起動して、その魚に関する説明が画面に表示されるという具合だ。
応用範囲はさまざまだ。
プロトタイプとして実証を行なったなかには、同様にフィギュアを取りつけたWonderJackをタブレットに挿すと、フィギュアに応じた子供向け塗り絵アプリが起動し、タブレットにフィギュアの絵が表示され、塗り絵を楽しめる。これは、ものづくりイベントに出展し、実際の子供たちに利用してもらった実績がある。
「小さな子供を中心に、リピーターが出るほどの人気を博した」という。わかりやすい動きで、コンテンツが表示されることが、子供たちにとってはわかりやすく、魅力的だったのだろう。
さらに、5月19日からは、東京・神保町のイタリアンレストラン「レアルタ」などで行なわれた、ブロックチェーンを活用して、農産物の生産、流通、消費履歴を保証するトレーサビリティの実証実験の一部にも、WonderJackが活用された。
これは、電通国際情報サービスのオープンイノベーションラボが中心となり、宮崎県綾町、シビラ、UPRなどが参加しているもので、有機農産物の生産から最終消費までのサプライチェーン全体にわたるトレーサビリティをブロックチェーン技術で保証。「エシカル(倫理的)消費」の真正性を担保、可視化することを目的としている。
パナソニックは、この実証実験に参加して、レストランで提供する綾町の野菜を用いたエシカルメニューを提供するさいに、WonderJackを利用。スマートフォンに差しこむと、「綾町野菜」を紹介する動画を閲覧できたり、消費履歴がブロックチェーンに記録され、SNSアカウントと連携。注文客による情報拡散の活動が行なわれたか、どのような共感や評価が集まったかといった情報が蓄積され、これを生産者やレストランにフィードバックするという。
そのほかにも、「物理的になにかを挿す」というユーザーエクスペリエンスに着目して、店舗へのチェックインや顧客の行動データの計測などでの実証実験もはじまっているという。
「仕組みは非常にシンプル。だからこそ、さまざまな領域での利用が期待できる。実証実験を通じて、新たな価値やニーズを掘り起こすとともに、さらなる進化にも挑みたい」(同)とする。
プロトタイプで採用している基板は手作りのものであるため、デバイスそのものが手のひらサイズになってしまう。だが、工程を機械化したり、量産化すれば、基板は4分の1程度にまで小さくできるため、デバイスの小型化も可能で、応用範囲も広がることになる。
「未完成であっても、外へ見せることで、事業応用の広がりを模索していきたい。また、パナソニックの事業部門との連携も進めたい」とする。
このWonderJackは、車載、産業ビジネスを担当するパナソニック オートモーティブ&インダストリアルシステムズ(AIS)社のメカトロニクス事業部社員を中心としたチームによって開発された。
もともとの発想は、シニア層がタブレットを使用するさいに、アプリの起動に苦労しており、これを解決できるものはないかと考えたことが発端だ。AIS社の直接的なビジネスとはまったく関係がないところで生まれたアイデアだと言える。
画面上のアイコンだけでは、どのアプリかわからないというシニア層向けた課題解決のアイデアを具現化する上で、イヤフォンジャックにデバイスを挿し、それによってアプリが起動でき、誰にとっても、操作をわかりやすくしたいというのがWonderJackの発端だ。
そのため、この基本姿勢を踏襲するアイデアで、商品化への広がりを進めていきたいとし、「これを小型デバイスとして性能を高めたり、別の用途で利用するといったことは考えるつもりはない」と語る。
たとえば、WonderJackを利用すれば、8bitパソコン時代の初期のように、カセットテープに音でプログラムを格納し、これによってアプリを動作させるといったような活用も可能だ。WonderJackから、アプリをデバイスに送り込むといったこともできる。だが、これも、操作性を高めるためのツールという基本姿勢を維持する使い方が前提だとする。
今後、実用化に向けて、どのようなアイデアが出てくるのかに注目しておきたい。
ぼたんとん
Wonder LAB Osakaの成果として、商品化までと移したアイデアがある。それが、「ぼたんとん」だ。
これも、ハッカソン活動から生まれたものであり、現時点では、Wonder LAB Osakaにおける出世頭と言えるものだ。
ぼたんとんは、色で音が変化する新感覚の電子楽器。専用のスマートフォンアプリをダウンロードして、アプリを起動すると、ぼたんとんとスマートフォンが自動的に接続。ぼたんとん本体のボタンを押すと、スマートフォンから音が鳴る仕組みだ。
さらに、底面のセンサーで色を認識。色によって、異なる音が鳴る仕組みとなっている。音は24種類用意しており、「色を聞く」というコンセプトを具体化した商品になっている。子供に使わせてみると、壁や床、モノなど、あらやるところに置いてぼたんとんのボタンを押して楽しんでいるという。
ぼたんとんは、「made in LAB」のブランドを使いながら、同ブランドの第1号製品として、2018年3月から直販サイトで販売を開始している。
「4回の試作を繰り返し、最終デザインを決定した。子供でも扱いやすいように、毛糸を巻いたり、ボタンを押したときに、最適なストロークが得られるように、アーケードゲームで利用されているボタンを採用したりしている」という。
ぼたんとんの商品化では、これまでのパナソニックには考えられない手法が用いられている。
まずは生産数量の少なさだ。ぼたんとんの生産数量は、100個弱だという。数万台、数10万台が前提となるパナソニックのビジネスでは異例中の異例の商品だ。
2つ目は、価格設定が破格である点だ。ぼたんとんの価格は、3,980円。だが、生産数量が少ないということもあり、量産効果が効かず、製造コストは約2万円となっている。つまり、売れば売るだけ、1台あたり約16,000円もの赤字が出る計算なのだ。
では、なぜ赤字の価格を設定したのか。
「この製品をいくらならば購入してもらえるか、という市場を中心にした発想で考えた結果の価格設定。コストは別にしたところで発想した。もちろん、赤字では事業は成り立たない。だが、市場中心で発想してみるということへの挑戦でもあった」とする。
これも、「まずは市場に投入してみよう」という、これまでにない姿勢が背景にある。福井氏も「この価格設定が市場に受け入れられるかどうかを判断する最適な手法は、その値段で売ってみること」と笑う。
もちろん赤字分の補填が必要だ。これは、Wonder LAB Osakaの予算のなかで、まかなわれることになるが、残念ながら、毎年のようにその予算が取れるわけではない。ぼたんとんの場合は特別措置だと言っていいだろう。
ぼたんとんは、残念ながら事業的には成功したとは言いにくいが、それでも、これまでのパナソニックにはない手法を導入し、商品を販売するというところにまでつなげた点は評価される。アイデアをかたちにしたり、新たな挑戦をする上では、きわめて重要な経験になったと言えるだろう。
パナソニックのこれまでの仕組みのなかでいえば、かなり「無謀」とも言える挑戦だが、こんなかたちでも市場に商品が投入できるという実績は、パナソニックグループの各部門からも注目されている。
Wonder LAB Osakaでは、3回目となるWonder SUMMER Hackが開催される。そこではどのようなアイデアが登場するのか。そして、そのアイデアがかたちになって、われわれの目の前に商品として登場することになるのか。
パナソニックらしくない、新たな取り組みは、これからが本番となりそうだ。