大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」
レノボ、「米沢品質」を中国のThinkPad生産拠点にも波及
2018年6月28日 12:26
NECパーソナルコンピュータの生産拠点である山形県米沢市の米沢事業場で実現している「米沢品質」が、ThinkPadをはじめとする日本市場向けレノボ製品全体の生産に波及することになる。
NECパーソナルコンピュータでは、2017年7月から、レノボが日本向けに生産する中国の生産拠点のシニアマネージャーなど14人を対象に、米沢事業場における品質管理に関する教育プログラム「Japan Quality Training(JQT)」を実施。中国の生産拠点に反映させたところ、初期不良台数を30%も改善したという。
この成果をもとに、2018年7月以降、ラインリーダーなど約150人を対象に、同プログラムを実施し、さらに、これらのリーダーを中心とした教育活動を生産現場で展開し、2020年までに、3,000人の現場技術者に対して、生産品質のスキル向上を狙う。米沢事業場の生産現場を訪れ、米沢品質へのこだわりや、JQTの狙いなどを聞いた。
日本の品質基準を達成するトレーニングを実施
NECパーソナルコンピュータ米沢事業場は、NECブランドのPCの開発、生産拠点である。
その生産拠点において、2015年3月から、ThinkPadの日本市場向け一部機種の量産を開始しており、現在も、ThinkPad専用の生産ラインが2つ稼働している。
今回取材した「Japan Quality Training(JQT)」の取り組みも、じつは、米沢事業場におけるThinkPadの量産開始がきっかけになっている。
米沢事業場では、量産化に先駆けて、2012年に、ThinkPadの試験生産を開始。その成果をもとに、2015年からの量産化につなげている。
そのさいに、中国・深センで生産されている日本市場向けThinkPadの抜き取り検査を実施していたが、米沢事業場での品質管理の手法を採用することで、歩留まり率をあげられると判断。その提案に、中国の生産部門の幹部が強い関心を持ったのがはじまりだ。
NECパーソナルコンピュータ 執行役員 生産事業部長の竹下泰平氏は、「レノボの中国の生産拠点でのモノづくり品質が低いというわけではない。重要なチェック事項は同じだが、日本では、ユーザーの厳しい評価の目があり、それに向けて改善を繰り返してきた点が、米沢事業場と中国の生産拠点で異なる。米沢方式の現場改善手法の導入や、ラインリーダーの意識改革によって、さらに品質を向上できると考えた」とする。
たとえば、日本では、小さな傷や隙間、ラベルの曲がりなど、外観に対する要求が厳しく、PCそのものが起動しても、これらの要素が初期不良の対象になる場合がある。また、輸送時に外箱が潰れていたり、汚れていたりといった場合にも、ユーザーからクレームが入る場合がある。
「液晶に指紋が付いていたということでお叱りを受けることもある。日本のユーザーにとっては、単純なミスは、それだけに留まらず、重大なミスにつながるという認識が強いことも、クレームの背景にある。だが、海外では、こうした単純なミスや小さなミスが許される場合が多く、その分、ラインリーダーや作業者の品質に対する意識が低くなるといった傾向が強い。日本市場向けに出荷する製品を作っている生産拠点であれば、日本の市場に受け入れられる品質レベルで生産をしてもらうことで、日本における初期不良率の引き下げにつなげることができると考えた」とする。
そこで、米沢事業場での品質管理手法を、中国の生産拠点に対しても共有。具体的な取り組みとして、2017年7月から、レノボが日本向けに生産する中国の生産拠点のシニアマネージャーなど14人を対象に、米沢事業場における品質管理に関する教育プログラム「Japan Quality Training(JQT)」を実施した。
レノボには、36カ所の生産拠点があるというが、そのうち、日本向けに製品を出荷しているのは、レノボ直営工場とODMを含めて、中国にある6工場。このなかには、深センのThinkPadの生産拠点も含まれる。JQTの対象は、この6工場とした。
これまでに、4回に渡って、米沢事業場においてJQTプログラムを実施。1回あたり3~4人という少人数で、2週間に渡る期間で実施。回を重ねることで、教育するポイントを絞り込み、最終的には4日間で終了する内容へと短縮した。
JQTプログラムは、日本のユーザーが求める品質について説明するとともに、「マインドセット」、「変更点への注意」、「PDCAサイクルの徹底」という3つをポイントとした内容にしている。
「マインドセット」では、品質の改善に向けたモチベーションをどう維持しているか、品質への細かい注意力をどう維持しているかといった内容で教育。「変更点への注意」では、New、Unique、Different、Difficultの頭文字をとり、「NUDD」と呼ばれる変更機会や、Man、Machine、Method、Material、Measurementによる「5M」への対応などについて説明。「PDCAサイクルの徹底」では、トヨタ生産方式の基本となる整理、整頓、清掃、清潔、躾の「5S」を繰り返して徹底。これらの考え方を通じて、品質向上や単純ミスを排除することもつなげる。
「ミスが起こりやすいのが、新たな製品に変わったり、仕様が変更したり、治具や人が変わったりというタイミング。こうしたときに、なにに気をつければいいのかといったノウハウも共有した。また、5Sという観点では、具体的な事例を示して理解を促した。たとえば、ねじが作業台の下にいくつも落ちていては、ねじの止め忘れがあるのではないかということに気が付くことができない。常に清掃して、その日の作業が終わったときにねじが落ちていたら、なにか問題があったという認識を持つことができる。こうしたことの繰り返しが品質向上につながる」とする。
さらに、実際の生産ラインを見学。ThinkPadの抜き取り検査工程では、参加者が、実際に作業を行なう実習も行なわれた。
生産ラインの見学では、米沢事業場で利用されている冶具についても、詳しい説明が行なわれたという。
ねじ締めを行なうさいに、ねじ締め位置を記したアクリル板を用いて、それに従って、ねじを締めることで、ポカヨケにつなげていること、道具や冶具を正しい位置に置くことで、作業効率を高めたり、製品に傷をつけないといった工夫が行なわれていることを示した。
米沢事業場では、生産工程における発生する傷などを削減するゼロスクラッチプロジェクトに取り組んできた経緯がある。道具や治具を置く場所を決めたり、組み立て工程内にある余計な柱をなくしたり、検査を行なうさいに差し込むUSBによって、本体に傷がつかないように先端部分に指サックをはめたりといった工夫を現場で行ない、傷を大幅に減らすことに成功している。こうした生産工程における数々の工夫例も紹介したという。
「とくに、ポカヨケに対する関心が高く、中国の生産現場でもポカヨケという言葉が使われはじめた。カイゼンやゲンバなどと並ぶ、日本発の用語として、レノボの生産拠点に広がりそうだ」という。
さらに、米沢事業場では、検査工程の自動化にも積極的であり、ラベルやロゴ、キーボードが正しい位置に貼られていることを検査したり、ねじ締めが正しく締められていることを確認するために真空状態にしたり、マイクやスピーカー、インターフェイスに関するテストを自動的に行なったりといった取り組みを行なっている。これらの設備を独自に開発して導入していることも米沢事業場の特徴の1つで、JQTプログラムの参加者も関心を寄せていたという。
同じチェック項目で生産しても品質に差が生まれる理由
同じチェック項目で生産を行なっていても、品質に差が生まれるのは、それを運用する姿勢の違いにある。その点の理解を深めることを、JQTプログラムでは重要視している。
竹下執行役員は、「米沢事業場では、現場、現物、現実でチェックするといった、理論では管理できない実際の場面での対応強化を図っている。また、コンパクトな組織であり、生産、設計、品質保証部門が連携した品質会議を実現できるため、問題の発見および解消を迅速に行えることも、品質を高めることにつながっている」と説明する。
JQTプログラムでは、米沢事業場における責任者による会議や、毎週行なわれる直行率に関するFPY会議、毎朝、ラインリーダーを中心に行なわれる朝会などにも出席し、情報共有などの手法についても参加者が体験。品質パトロールや生産革新パトロールといった品質や生産に関する改善への取り組みも体験することになる。
中国の生産拠点の多くは、ロングライン方式であり、作業者は単純作業に終始し、スキル向上への意識が低くかったり、モノづくりに対する責任が薄かったりする。また、人員の入れ替わりが早く、スキルが定着しないという課題もある。米沢方式を採用することで、作業者1人1人が品質に対する意識を高め、課題解決の1つの手法になるとしている。
初期不良台数が30%改善
JQTプログラムの成果は、すでにあがっている。
JQTプログラム終了後の生産、出荷状況を調査したところ、購入後1カ月以内の返品率を示す初期不良台数は、2016年度の実績に比べて、30%も改善したという。
初期不良とされるうちの大半が外観の傷などによるものになっていることから、そこに大きな効果を発揮するJQTプログラムは、中国における生産品質を高めることに直結したというわけだ。
実際に、中国の生産拠点では、JQTプログラムを受講したシニアマネージャーたちが中心になって、現場での改善活動を開始。熟練工によるとライン投入前の目視チェックや、日本では一般的になっているつけ下げ式電動ドライバーの採用のほか、柱に製品などがぶつかって傷がつかないように予防クッションを貼り付けたり、ねじ締め確認シートの採用、不良事例の掲出による情報共有、優秀作業者の紹介、ねじ締めトレーニングを行なうものづくり道場の設置、最終外観検査工程における液晶の指紋ふき取り作業、改善意見箱の設置などが行なわれたという。
「米沢事業場では、外観チェック作業を正しく、正確に行なうために、作業方法を標準化している。たとえば、天板部分を目視で外観検査する場合には、天板を3分割するかたちで、左から右に見ていくことで、漏れなく確認作業ができる。中国の生産拠点でも、米沢事業場での事例をベースに、チェック作業を標準化しており、これによる成果もあがっている」という。
こうした成果をもとに、2018年7月以降、JQTプログラムの活動をさらに積極化させる。
JQTプログラムの対象となった6カ所の中国生産拠点に、米沢事業場から品質保証に関する専門家を派遣。2018年度中に2回ほど、中国の生産拠点を複数訪問し、ラインリーダーなどを対象に、それぞれの生産拠点において、約3日間の教育プログラムを実施する予定だ。
プログラムを受講した社員には、認定者として、認定バッジなどを付与することになる。
2018年度中に、150人を目標に研修を実施し、2020年度までに研修受けた社員が講師となり、3,000人の技術者が米沢方式を、現場に展開できるようにする。
「JQTプログラムの横展開は、レノボが持つ、『良いものは学ぶ』というカルチャーによって実現したものである。一方で、米沢事業場でも、レノボの生産拠点で先行しているAIやロボティクスなどの活用技術を学ぶことで、さらなる効率化や品質向上、コスト削減などにつなげたい」とする。
単純に米沢方式を採用するだけでは、生産ラインにおけるコスト増や生産効率の悪化にもつながる可能性がある。レノボの中国の生産拠点では、日本のユーザーか求める品質水準を理解した上で、品質向上に向けた改善が進められることになる。ここで生まれるコスト増や効率悪化は、レノボが積極的に採用しているAIやロボティクスにより、解決するといった組み合わせも考えられそうだ。
レノボとNECパーソナルコンピュータのジョイントベンチャーは、生産面でも、まだまだ進化を遂げようとしている。