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【IDF特別編】Intelは誰にUltrabookを使わせたいのか




 米カリフォルニア・サンフランシスコにおいて開催されているIntelの開発者向けイベント「Intel Developer Forum(IDF)」に来ている。予想通り、話題はチックタックモデルによる「タック」に相当する新しい世代のプロセッサHaswellと、Ultrabook一色だ。この原稿を書いている時点で、プログラムの3分の2を消化したところだが、この時点での雑感を記しておきたい。

●プロセッサの「序破急」

 IDFは開発者向けのイベントで、新しいプラットフォームに関する詳細な技術情報を、Intelが開発者に向けてレクチャーする場であると同時に、Intelが将来のビジョンを提示する場でもある。だから、毎年、9月にサンフランシスコにやってくれば、少なくとも、この先1年、どのようなイメージでシーンが動いていくかの概略をつかめる。

 ここで「シーン」と曖昧な書き方をした。かつてなら「プロセッサシーン」とか「PCシーン」と書いただろうし、IntelのビジネスがIT全般に拡張されてからは「ITシーン」という言い方をした。でも、今のIntelは、スマートフォンからデータセンターまであまりにも全方位にビジネスを進めているので、それがとても曖昧なものになっている。

 そして、Haswellだ。

 今回のIDFでは、Haswellについて、ロードマップを含む詳細な情報が開示された。おおまかにいうと、チックタックモデルでは「チック」でプロセルルールをシュリンク、「タック」でマイクロアーキテクチャに手が入る。今回のHaswellは「タック」なので、プロセスルールはIvy Bridgeと同じ22nmのまま、野心的なアーキテクチャ革新が行なわれる。

 だが、今回のHaswellでは、処理性能や新たな命令セットの追加が強調されるよりも、消費電力の削減や、より小さな熱設計電力など「チック」的な要素が声高に叫ばれている。もちろんそれは大事なことで、Intelが、新たなプラットフォームの提案をしているということでもあるし、それによるビジネスの拡大を虎視眈々と狙っていることの証でもあるのだが、どうもボンヤリとした印象をぬぐいきれない。早い話、ビジョンのようなものが明確じゃないのだ。

 実際、今は米Intelの最前線から退いたムーリー・エデン氏は、Sandy Bridgeは「序」の口、Ivy Bridgeで「破」となり、Haswellこそが「急」で本命だとアピールし続けていた。だから、Sandy Bridgeから始まった一連のプロセッサの進化は、まさに、序破急で大団円を迎える段階となるはずだ。それなのに、今、感じられるこのモヤモヤはいったい何なのだろう。

●iPhone 5の発表とIntel

 IDFの2日目、午前9時から始まった基調講演はRenee James氏(Senior Vice President General Manager, Software and Services Group)によるものだった。壇上に立った同氏は、冒頭に「今日はAppleの発表会もあるのに、ここにきてくれてありがとう」と挨拶した。

 ご存じの通り、この日はiPhone 5の発表日であり、IDFの会場であるMoscone Westと、Appleが発表会を開催したYerba Buena Centerは、本当に目と鼻の先、スープの冷めない距離どころか、歩いたって5分はかからないところにある。全世界のマスコミは新しいiPhoneのことに夢中だし、この日に基調講演を担当することになったRenee James氏は、なんだかハズレくじをひいたような気分だったかもしれない。

 ただ、IDFの基調講演は9時から開始され10時には終わる。Appleの発表会は10時からだ。James氏の基調講演が終わり、基調講演会場から出てきた聴衆は、こぞってスマートフォンを手に取り、iPhone 5についての各メディアによる報道を固唾を飲んで見守っていた様子が印象的だった。

●「急」を究めるHaswellとUltrabook

 この光景を見て気がついたのは、ここに集まっているITのプロフェッショナルたちは、気になるiPhone 5の情報を、たぶん全員のカバンの中に入っているはずのPCはあまり出番がなく、みんなスマートフォンやタブレットで確認していたことだ。ITのコンシューマライゼーションが叫ばれている昨今、いわゆる業務用のPCが、なんとなくダサいとされている中で、この光景はまさにその象徴であるともいえる。

 だからこそ、Intelが今、熱心に推進しようとしているHaswell入りのUltrabookが、同社のもくろみ通りの仕上がりになったとしても、それをいったい誰がどこで使うのかという疑問がわいてくる。

 バッテリが丸1日保ち、携行性に優れた薄くて軽いPCとしてのUltrabookは、スマートフォンやタブレットなどのスマートデバイスの浸透によって、それが使われるシーンは減少の傾向にある。スマートデバイスは情報を消費するものであり、PCは情報をクリエイトするものであるとされるのが一般的だが、1日のうち、人が情報をクリエイトしている時間はどれほどの割合なのか。クリエイトのための準備として、アイデアを蓄積したりといったことは継続的に行なっているにしても、そのためにPCは必須ではないようにも感じている。

 情報を操るプロフェッショナルがそうなのだ。まして、コンシューマはまさに文字通り、機器の消費者であると同時に、情報の消費者でもある。理想のモバイルPCとしてのUltrabookが完成しようとしているときに、世の中のトレンドがこんなふうに進行しているといることで、Intelが提唱するビジョンが、なんとなく奥歯に物の挟まった感じになっているのは、そんな背景もあるのかもしれない。

 IDFでは、会場内で走る各種の技術セッションと併行し、世界中から集まったプレス向けにIntelのエグゼクティブによるブリーフィングやラウンドテーブルが行なわれる。そこで質問をぶつけてみても、なんとなく明確な回答が得られない。Ultrabookに感じられるのは、過去のPCの正当な進化形であり、確かにそれは、人々が待ち望んできたものではあるのだけれど、そこにはPCが使われる新たなシーンやユセージモデルの提案、そしてIntelがそれに対してアピールするビジョンは希薄だ。

 でも、IDFでは、半歩先の未来が見えると同時に、1歩先、2歩先の未来の模索も提示される。まだ会期は3分の1残っている。ここまでで得られた情報を咀嚼しつつ、残りの期間を有意義に過ごしたいと思う。続報を楽しみにしていただきたい。