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こんなオフィスなら出社したい

 オフィス家具やオフィス空間を提供する企業として知られる株式会社イトーキ。新時代の働き方やメインオフィスのあり方について自ら実践しながら、その方向性の模索を続けている。

 コロナ禍が一定の収束を迎えようとしている今、働く場所としてのオフィスはこれからどうなっていくのだろう。「出社したくなるオフィスに向けた取り組み」について、同社ワークスタイルデザイン統括部の横溝信彦氏(コンサルティングセンター長)に話を聞いてきた。

コロナ前夜のXORK創生

 イトーキは『明日の「働く」を、デザインする。』をミッションとして、働く「空間」「環境」「場」づくりを実践してきた。

 特に、2018年、いわゆるコロナ前夜の時代に、同社は1つの節目としてXORK Styleという方向性を提案している。

 XORKは「ゾーク」と発音する。Workの「W」を「X」に変えた同社の造語だ。アルファベットの「W」に続く「X」と掛け合わせたもので、従来の働き方を新次元に飛躍的に引き上げる同社の働き方戦略の象徴だという。

 その方法論としては、行動の自由と心の自由を日常化するABW(Activity Based Working)と呼ばれる考え方をベースとしている。ABWはオランダで生まれた働き方で、特定の自席を持たないフリーアドレスに似ているが、その枠組みをオフィスの中のみならず、内外の場所、そして時間の自由に拡張する。

 同社がこの考え方を意識するようになったのは2010年頃だったという。それから8年あまりの歳月を経て、こうした考え方のもとに、2018年、満を持して、東京・日本橋に3フロアのITOKI TOKYO XORKが開設された。

 このメインオフィスを10のカテゴリに分類されるABWに基づく各種活動を的確にサポートする専用空間として機能する。

 ちなみにその10のカテゴリとは、高集中、コワーク、電話/Web会議、2人作業、対話、アイディア出し、情報整理、知識共有、リチャージ(リフレッシュ)、専門作業だ。

 開設当時は、まだプレ・コロナの時代であり、典型的な新時代の働き方をデフォルメしたようなかたちでのスタートだった。

 空間の構成もあえて、それがあからさまに分かるようにデザインされていた。次の時代はこうなのだということを強調したわけだ。そんな環境下で1年間のレビュー期間として、同社は社員が自ら実践して新時代の働き方を経験した。

世の中はもう元には戻らない

 そこにコロナショックが起こった。開設後2年後だ。2020年にはウィズ・コロナの対策を実施、多方面からのトライアルをしながら、XORK Styleを進化させ、大規模な改修によってフロアの構成に手を入れてきた。

 そして今、コロナが収束しつつある中で、テクノロジとデザインの融合による新しいオフィスのあり方を提案しようとしているというわけだ。
 横溝氏は言う。

「世の中はもう戻らないでしょうね。ですから、過去に戻ることはありません。そういう意味では働き方は進化したと言えるでしょう。それに人は、便利なものには抗えないのです。もちろん、心理的な抵抗感はあるかもしれませんが、たとえば、コロナ以前はそもそも会議、ミーティングがリモートでできることに気がついていなかったんじゃないでしょうか」。

 コロナは人々にいろんなことを気づかせた。それまで当たり前だと思ってきたさまざまな行動は、究極の当たり前ではあるかもしれないが、もっとほかにも当たり前はあるのだということが明らかになってしまったわけだ。正しいことは1つじゃないと。

 冒頭に記したように、同社のテーマはあくまでも「出社したくなるオフィス」の構築だ。そして、同社は製造業を営む企業でもある。今、製造業は、什器、家具、工事を提供して、選んでもらえるだけではだめで、空間を、環境を、そして場を作れないとダメだと横溝氏は言う。

 その世界観が重要で、同社による『明日の「働く」をデザインする』という考え方は、2017~2018年ごろに同社の中で確立された。そして、その考え方の中で、同社は顧客に届けるものを変えなければならなかった。それによって働き方を変えるかが議論され、そんな中で生まれてきたのがXORKというスタイルだ。

 そこには企業と個人の相互信頼がある。

 企業が生き残るためにXORK Styleは6つのアスピレーションを目指している。それは、「生産性向上」「市場投入のスピード向上」「柔軟性」「エンゲージメント向上」「ウェルビーイング」「学び続ける組織」の6つだ。

 その裏側に方法論としてのABWがあったわけだが、さまざまな選択肢の中で、イトーキらしい働き方のためにはこれしかないと判断したという(横溝氏)。そして、そのイトーキらしさが新しい時代の万民の働き方につながっていく。

 これらのアスピレーションを実現するには企業とメンバー相互の信頼が必須だ。だからこそ、監視、管理型から、ワーカーの性善説側に考え方を大きく振った。企業とメンバー相互が信頼しあう方向に大きく舵を切ったということだ。そのほうがいい方向に向かうはずだということを信じてのことだ。そうすることで、ワーカー自身のエンゲージメントもきっと高まると横溝氏は言う。

従業員を信じない会社は淘汰される

 そもそもイトーキのような企業は、環境を用品等で構成し、それらが巧みにレイアウトされた空間を提供する会社ではなかったのか。顧客が望んでいるスタイルを見つけ出す手助けをしていくのがビジネスではなかったのか。そんな企業が、スタイルそのものを提案するべきなのだろうか。

 横溝氏は正解はないという。今の世の中に、唯一はなく、最適解を見つけ出すには、顧客といっしょに考えていくしかないと横溝氏。

 「今の時代、従業員を信じないと言い切れる会社はないでしょうね。結局、実行力なんですね。競争がこれから生まれるでしょう。そうでなくては生き残れないはずなんです。きっと淘汰されてしまいます。時代がそうなってきていますから。それにワーカーの本音として、ハイブリッドな指向を持つ人が増えています」(横溝氏)。

 同社が2018年にXORKを開設した直後、コロナ禍が勃発した。その後、2022年と2023年のリハビリ期とも言えるような十分な熟慮を経て、次の一歩を踏み出すときがきたと横溝氏は言う。基本的な考え方は2018年当時から、そんなに変わってはいない。間違ってはいなさそうだという確信もある。

 メインのオフィスが個々のワーカーの働き方をサポートし、接点創造オフィスとして機能する。「ここでしかできないこと」の提案だ。ワーカーとワーカーが集まること、そのことそのものを力に変えることをもくろみ、共創、共働、共生につなげていく持続可能なワークプレースの創生を、今、同社は目指している。

 だから、基本ポリシーは「会社に来い」ではない。ワーカー自身が一番いい選択をすればいいのだという。だから「出社したくなる」なのだ。会社に来るといいことが起こるとワーカーが感じるかどうかがポイントだ。でも、出社するかどうかはワーカー自身が決めることであり、会社の姿勢としては何も制限しない。

 そんなわけで、ポストコロナのXORKが始動した。フロア特性も踏まえた活動形態によるゾーニングを実践し、光、素材などを工夫し、さらには、匿名化した個人の位置情報と生産性などについても可視化した。そうすることで、ワーカー自身もその重要性に理解を示すようになったという。

 今、オフィスは、顕在化する役割と潜在化する役割の二面性を持っている。横溝氏は、これを「遠心力の強い管理」と呼ぶ。業務がしやすい空間によって生産性を向上させ、新たな価値を創造することが顕在化するオフィスの役割だ。居心地のいいオフィスだけではそれは完結しない。ワーカーの連帯感を醸成し、人と人、そして人と組織の強いつながりが必要だ。

 1人の天才がいて、みんなを牽引してくれればいいのだが、そんな状況になる確率は極めて低い。だとすれば、人と人、人と組織が密接に協力しあうことで、新たな世界を生み出す方が、高い確率で幸せを呼べる。妥協ではない。今、オフィスという空間に求められているのは、そんなことができる場所だ。そんなオフィスなら出社したくなるにちがいない。