山田祥平のRe:config.sys

ASUSのROG PCが示すゲーム専用機の魅惑

 PCがExcelやWord専用機を謳うことはかつてなかった。「~向けPC」といった表現は、汎用機としてバリエーションに富みすぎて、選択が難しくなっていたPCを、エンドユーザーにとって、その選択のハードルを下げるための方便に過ぎなかった。だが、ゲーミングPCだけはどうも様子が違うようだ。

怒濤のスペックをどう活かすか

 ASUSのゲーミングブランド「ROG(Republic of Gamers)」シリーズは、一連のゲーミング向けノートPCをラインナップし、PCでゲームを楽しむ多くの熱烈なファンを獲得している。そのROGがゲーミングノートPCのラインナップを一新した。

 今回発表された9製品は、それはもう、めくるめくスペックだ。第10世代Core プロセッサーの搭載はもちろん、グラフィックスもGeForce RTXシリーズで固め、さらにリフレッシュレートが300Hzの超高速駆動のゲーミング液晶を搭載するなど、ゲーミングを極めるための最高峰のスペックを目指している(ASUS、300Hz液晶/BMW Designworks協業のゲーミングノートなど参照)。

 個人的な興味からも、トレンディなゲーミングPCをじっくりと体験してみたいと思っていたところ、同社から発表前の製品を試してみないかというオファーがあったので、渡りに船と貸し出しをお願いした。手元に届いたのは17.3型の300Hz非光沢液晶を搭載する製品で、「ROG Strix SCAR 17 G732LXS (G732LXS-I9R2080S)」と、「ROG Zephyrus S17 GX701LXS (GX701LXS-I78R2080S)」の2製品だ。

 両者ともにメモリはDDR4-3200の32GBだが、典型的な違いとして、前者がRTX 2080 SUPER、後者がRTX 2080 SUPER Max-Qを搭載する。また、SSD1TBの接続が前者はPCI Express 3.0 x2であるのに対して、後者はPCI Express 3.0 x4接続となっている。プロセッサについてはCore i9-10980HKか、Core i7-10875Hの違いがある。

 届いた実機を開梱して驚いたのは、同梱されていた電源アダプタだ。とくに、Strix SCARのものは、グラフィックスが食う電力を安定供給するためなのだろう、280Wの巨大なものだった。ノートPCのフォームファクタでの電源供給は、USB PD(Power Delivery)がトレンドだが、PDでの最大供給電力は100Wなのでそれでは高性能環境を維持するにはとてもではないが足りない。だからこその専用ACアダプタだ。

 両機ともにType-C端子は装備していて、ZephyrusはPDでも稼働するが、Strix SCARはPDをサポートしていない。Type-C端子については、Strix SCARがUSB 3.1のみでデータ転送と映像出力をサポート、Zephyrusはそれに加えてThunderbolt 3をサポートするポートが装備されている。贅沢な装備を期待すると、ちょっと拍子抜けする。ただ、両機ともに意外にもモダンスタンバイをサポートしているのはちょっと感心した。

 いずれにしても性能としては申し分ない。使って何のストレスも感じない。ただ、カジュアルなエンドユーザーが遊びにも仕事にも使うPCとしてこれらの製品を体験したときに、もっと廉価なノートPCに対する優位性を感じることができるかどうかは怪しい。ExcelやWordをカジュアルに使い、ブラウザでWebを楽しむような用途では明確な恩恵を得られないかもしれない。

 場合によっては、Windows Helloに使える顔認証や、ZoomやTeamsでのオンラインミーティングで使えるカメラが非搭載ということに不満を感じる可能性もある。ゲーミングにカメラは不要という考え方なのかどうかは知る由もないが、大は小を兼ねる的に、オールマイティな据置ノートとして選ぶと後悔することになるかもしれない。

専用機化するPC

 最新ゲーミングノートのフォームファクタの体験は、車で言えばスポーツカーのカテゴリを連想する。誰もがレースのためにサーキットで走らせるわけではないが、恒常的な人気のあるカテゴリだ。

 ただ、どんなに高性能なスポーツカーでも、公道での走行は高速道路でも時速100kmに制限される。これから最高速度は引き上げられるそうだが、それでもたかだか時速120kmだ。この速度は、何もスポーツカーでなくても実現できそうなレンジだ。エンジン音はうるさいかもしれないし、サスペンションや筐体の耐性は快適さを損なうかもしれないが、一般的なファミリーカーでもとりあえずこの速度は出る。

 ただ、近所のスーパーに買い物に行くのに、街中を数分走るためだけならコンパクトなファミリーカーのほうが使い勝手がいい。用途に応じて車を複数台使い分けられればいいが、なかなかそういうわけにはいかない。だから、もっともニーズを満たす車を選び、それですべてをまかなうしかない。まさに今のPCの使い方に似ている。

 PCの場合は、制限速度がない。ユーザーが望み、それに相応するコストを負担することで最高性能のPCが手に入り、それを最高性能で使うことができる。性能を最大限に発揮させられるかどうかはユーザーの使い方やソフトウェアに依存する。そしてそれはゲーミングPCにかぎったことではなく、ビジネスで使う何の変哲もないフォームファクタのPCでも同じだ。

 ゲーミングPCは、ある意味で、性能をまとったパッケージだ。本当は汎用機であり、用途は自由自在のPCを、ゲームという世界に特化したかのように見せかける演出がそこかしこにちりばめられている。性能はその1つの要素に過ぎない。

 ROGシリーズなどの外観を見てみると、ゲームで相手と戦うさいの高揚感や闘争心をあおるかのように感じる。すべての人がそう感じるかどうかは別にして、ROGのみならず、各社のゲーミングPCには同様の傾向を感じる。今後、ゲーミングPCの市場が今よりももっと拡がるようになれば、少し系統の異なる演出も試みられていくかもしれない。戦闘だけがゲーミングではないからだ。

働き方が変わればPCも変わる

 汎用機としてのPCに、ゲーミングというカテゴリを作って囲い込むというのは、汎用機を専用機に見せかける手法だと言える。

 翌日のミーティングのために、ブラウザを使って資料を集め、Excelでデータを開いて分析などしながらデータ、プレゼンテーションのためのPowerPointのスライドを作成するために、いざゲーミングPCに向かうと仕事のやる気が降ってくるかというと、そこは難しいのではないだろうか。

 それでもゲームというユースケースに特化しようとしているゲーミングPCのチャレンジは、その見かけに賛否両論はあるかもしれないが、ゲームのためだけにPCを手に入れようというモチベーションを生み出す。これはビジネスとして重要なチャレンジだ。

 コンビニのレジがフタを開ければPCで、Windowsアプリが動いているというのと同じように、これからのPCは専用機が1つのトレンドとなるかもしれない。特有のデバイスを組み合わせることでPCのようでPCではない新たなソリューションを創る。クリエイター向けとされるPCの世界では、その兆しが見えはじめてはいるし、GoogleのChromebookなどはPCのように見えて、じつはブラウザ専用機と言っていい。

 コロナ禍が拡がることで働き方も本気で変えなければならない。PCで稼働するWindowsデスクトップがVDIやDaaSに移行していくようなことがささやかれるなかで、いつでもどこでも安心安全に機密を含んだ情報を扱うためのハードウェアとしてのPCはどうあるべきなのか。そことは対極にあるのがゲーミングPCの世界観だ。

 車の世界のみならず、ママチャリからロードレーサー、マウンテンバイクと専用機が台頭する自転車の世界のような状況が、PCの世界でも生まれる可能性はある。ROGがその世界を目指しているのかどうかはわからないが、そこに見え隠れしている強い提案には、この先に起こるかもしれない変革の意志が感じられる。