山田祥平のRe:config.sys

いつも以下でもなくいつも以上でもないモバイルネットワークを

 とつぜん、暮らしを襲うネットワーク障害。何不自由なく使えていたスマートフォンがとつぜん使えなくなる。にっちもさっちもいかない状況に右往左往する人々。いろんな悲劇が起こったに違いない。

万が一のときに頼りにできる別経路を確保しておこう

 その男性は、江東区役所のビルに入ると、まっすぐに2Fロビーにある総合案内所に駆け寄り、案内嬢にWi-Fiのパスワードをたずねた。案内嬢が即座に江東区公衆無線LANのSSIDとパスワードがないことを伝えると、男性はスマートフォンの画面を凝視しながら傍らのソファに腰掛け、なにやら作業をはじめた。

 2018年12月6日の13時45分頃。ソフトバンクが大規模障害を起こしたその日の出来事だ。障害が発生したのは13時39分だったのでまさにその時間だ。不思議な光景だったので、手元のスマートフォンでTwitterのタイムラインを確認すると、なにやらソフトバンクがおかしいことになっているといった旨のツイートが並びはじめていた。

 手元のスマートフォンのキャリアはソフトバンクではなかったので、とくに問題なくいつも以下でもなくいつも以上でもなかった。たぶんその男性は江東区が公衆無線LANのサービスを実施していることを普段から知っていて、ソフトバンクにネットワーク障害が起こっているらしいことに気がついて、区役所に立ち寄ったのだろう。立派な心がけだと思う。

 結局、ソフトバンクのネットワークが完全に復旧したのはその日の18時4分。発生からじつに4時間25分が経過していた。それだけの時間、ネットワークが使えなかったユーザーがいるということだ。万が一に備えて別のキャリアの回線を確保しておこうとか、MVNOを選ぶならメインの回線とは別のキャリアというような防衛策は、ほとんどすべての一般市民にとっては非現実的だ。

 この日、QRコードをスマートフォンで確認するGLAYのコンサートは、QRコード確認なしで観客を入場させることを余儀なくされた。その連絡がTwitterやWebで行なわれたのだから、通信障害渦中にいるエンドユーザーはどれだけ不安だったか。でも、会場周辺に十分な帯域を確保した無料Wi-Fiの用意をして、万が一の事故に備えるくらいのことはコンサートの主催者側もできたんじゃないか。

 つまり、モバイルネットワークも、チケットシステムも公共インフラとしては致命的な問題を抱えている。

 ソフトバンクは上場記者会見において謝罪するとともに、障害の経緯も説明した。障害発生直後の数日間で1万件ほどのMNP転出や解約が発生し、それがこの障害の影響だと考えている旨を表明した。

 「われわれはエリクソンに頼りすぎていた」と、ソフトバンクの宮川潤一副社長はいい、さまざまな角度からの再発防止策を表明した。

モバイルネットワークと鉄道ネットワーク

 2018年12月19日14時31分頃に、都営新宿線岩本町駅で人身事故が発生し、全線での運転見合わせが発表された。この情報配信が14時45分だ。運転が再開されたのは16時7分で、その旨の情報配信は2分後の16時9分だった。その後も一部列車に遅れが生じて振替輸送が実施された。

 都営新宿線は新宿と本八幡を結ぶ地下鉄だが、この路線に障害が発生しても、首都圏の鉄道は、ほかの路線が振替輸送をすることで最悪の混乱は回避できるようになっている。もっとも、定期券や普通きっぷ、回数券などでの振替乗車は無償。PASMOやSuicaでの乗車では無償での振替輸送にはならず自己負担となってしまうが、目的地に到達できないよりははるかにましだ。

 たとえば都営新宿線を使って新宿駅から住吉駅に向かっている途中で、路線に障害が起きて九段下駅で止まってしまっても、そこで東京メトロの半蔵門線に乗り換えて錦糸町経由で住吉へといったことができる。また、この日は都営新宿線が乗り入れている京王線もダイヤが乱れ、他路線への振替輸送が行なわれた。

 鉄道路線はまさにネットワークそのもので、モバイルネットワークもこの振替輸送、つまるところは他社ローミングの仕組みがあれば、障害によるエンドユーザーの実害をかなりの部分抑えることができるかもしれない。

 もっとも、振替輸送は、各鉄道会社が精一杯の努力をして運行を維持することが前提だ。その上でどうしても回避できない事故が発生したときに対処するためのもので、最初からその制度を前提にしてネットワーク整備を構築するのでは意味がない。

 単に互助会のようにメガキャリアが万が一の事故に備えて回線を融通しあうのではなく、障害を起こした場合の原因などに応じてペナルティを科すような仕組みも必要だろう。鉄道ネットワークは路線ごとに行き先がまちまちだが、モバイルネットワークの行き先はインターネットだからある意味同一だ。そのあたりも考慮しなければならない。

 ソフトバンクでは、通信事業者間でのローミング接続導入を検討する時期に入ったのではないかと表明しているが、本当ならこういう提案は、障害を発生させた当事者のソフトバンクよりも、ドコモやKDDIなどから出てくるべきものだ。そうならなかったのは、明日は我が身という危機感よりも、うちは自前で障害を回避できるという自信からくるものなのだろうか。

 いずれにしても強固なネットワークの構築にはカネがかかることを忘れてはならない。携帯電話料金値下げも大事だが、ネットワーク整備の費用確保も重要なのだ。

エンドユーザーにはいい迷惑

 われわれエンドユーザーができる自衛手段としては、通信に依存するサービスを利用するさいには、オフラインでもそのサービスを受けられるように準備しておくことしかない。そんな用意をしなくてもなんとかしてくれるのがサービスだと思うが、そうはなっていないから話がややこしくなる。

 今回のコンサートチケットの例のように、提示時にネットワーク障害が起こってしまうとどうしようもない場合もある。チケットサービス側も、ネットワークは必ずつながっているということを前提にしていると痛い目に遭うことを理解し、その代替手段を用意しておくべきではないか。「企画倒れ」ではすまされないのだ。

 なにがあっても絶対大丈夫というようなネットワークはありえない。そういう意味では一意の電話番号に紐付いたサービスや、端末依存のサービスはやめたほうがいいのではないか。電話番号というのはそれほどに信頼できる存在なのだろうか。

 この先20年間のネットワークの時代を考えれば電話番号とユーザーを紐付けるDNSがほしいと思う。瞬時に伝搬するしっかりしたDNSがあるのなら、いくらでも電話番号は変えられる。というか、この先、人間同士の通話が電話番号に依存する時代が、どのくらい続くのだろう。電話番号が場所に紐付いた時代から、今は端末に紐付くようになった。次は人に紐付くというのではあまりにもなさけない。