山田祥平のRe:config.sys

いまだにパソコンにこだわるのはなぜか

 ペンと紙の否定の行き着く先がデジタルなのか。いやそれは違う。アナログの便利なところを享受しつつも、デジタルの旨みを活かしてより豊かな暮らしをめざす方法論もあるはずだ。スマートフォンとPCの関係を考えるヒントもそこにありそうだ。

様式としてのシステム

 30年ほど前、システム手帳と呼ばれる文房具が一世を風靡した時代があった。filofaxなどのブランド品が高級品から普及品までズラリと文具店に並び、まるでハンドバッグ売り場のような様相を見せていた。

 システム手帳にはいろいろあるが、その典型的なフォームファクタは六穴式のバイブルサイズのバインダーだ。190×130mm(縦×横)前後の縦長で、用紙でいうとB6サイズに近い。そこにリフィルと呼ばれる170×95mm(同)の用紙をはさみこむ。リフィルは予定表やToDo、アドレス帳などさまざまなものが売られていて、自分で好みの手帳を作れるという仕組みが「システム」だったわけだ。

 ちょうどPCやスマートフォンに好みのアプリをインストールして、情報をためこむようなスタイルに似ているといえば似ている。個人的にはシステム手帳が流行したときには、すでにPCを日常的に使っていたが、大きなデスクトップPCを持ち運ぶわけにはいかず、ワープロソフトなどを使ってリフィルを自作したり、手書きでは不可能なサイズの文字でデータを印字してリファレンスとして使ったりしていた。

 もちろん六穴をあけるためのパンチも持っていた。まさにPCと紙の手帳の合わせ技でその特性のいいとこ取りをしていたわけだ。

進化をやめない文具

 東京ビッグサイトで開催されている国際文具・紙製品展(ISOT)をのぞいてきた。

 展示会の名前から想像できるように、デジタル製品はないわけではないが脇役だ。さまざまな紙文具や紙を活かすための仕組み、道具が並んでいた。出展者の話をきくと、今なお、30~40代を中心に、紙の手帳を使うユーザーは一定数いて、そこを狙った製品は、確実にビジネスになるのだという。

 ポメラなどのデジタル文具に熱心なキングジムも、大きなブースをかまえていた。おもしろかったのは「暮らしのキロク」というシリーズだ。やっていることのスタイルはまさに昔のシステム手帳だ。レストラン訪問記、読書記録、買い物記録、ダイエット記録、旅行記録など、さまざまな用途別のリフィルが用意されていて、必要なものを選んでそこに情報を手書き記入する。

 リフィルは付箋のようなノリ付きで、書き込んだリフィルを手帳に貼りつけるのだそうだ。異なるリフィルを小分けして持ち歩くための「暮らしのキロク 小分け帖」やまとめて残すためのファイル「暮らしのキロク ノート」などペリフェラルも充実している。まさにシステム手帳のノリそのものだ。案内してもらった担当者に、30年前のシステム手帳の話をしたら、まだ生まれていないと言われてしまった……。

 また、シャチハタも今なお続くハンコ社会のなかで、いかに、そのハンコを押しやすくするかに賭けている。いわゆるシャチハタネームと三文判の両立を狙った製品などにはちょっと感心してしまった。筐体の両端に浸透式インクでのネーム印と自動で朱肉をつける三文判を装備し、どちらにも使えるような工夫をした製品だ。こんなことをするくらいなら、三文判だけをもっと使いやすくすればそれで足りるのにとも思ったりする。

 いずれにしても、発売後、こうした製品が普段の生活のなかで目に入ることはなかなかなく、まさに目にウロコ状態だ。

 ダブルクリップが発明されて100年をこえたそうだが、未だに進化をやめていないのにも驚いた。プラスの新製品「エアかる」は、てこの原理を応用し、開く力を50%カット、また、レバー先端の形状をフラットに変更することで、開くときに痛くない工夫をこらしている。

 ただ、当然、こちらの業界もいろいろとデジタル世界との融合/共存を模索している。スマートフォンからデータを飛ばせるキングジムのテプラや、スマートフォンで作った印影をスタンプにできるシャチハタのキオスク端末などを見れば、その方向性が見て取れる。

大きな画面と使いやすいHIDが使い勝手を左右する

 今のPCが、こうした文具のような積極的なチャレンジをしているかどうかというと、ちょっと口をつぐんでしまうかもしれない。もちろん、日々の進化はすさまじく、ノートPCなどは、より薄く軽くパワフルになっているし、処理性能も高まっている。

 だが、そこで使われるアプリはどうかというと5年前とあまり変わってはいなかったりもするわけだ。4コア8スレッドのプロセッサが軽くて薄いノートPCで動くようになっても、そのフルスレッドを駆使するアプリはなかなか見当たらないし、ディスクリートGPUを活かすアプリもまれだ。

 もちろん、最新のOSはその描画にGPUを最大限に活用するので、ないよりはあったほうが作業は快適になるのだが、それが内蔵グラフィックスだったとしてどれだけ困るかというと答えに困ってしまう。

 少なくとも手元の環境では、タスクマネージャーを開いて見ていても、GPUの使用率が1%台を超えたことがない。少なくともぼく自身は出先でゲームをしないし、Photoshopでの複雑なレタッチをしたり、4K動画を編集してYouTubeにアップロードしたりといったこともしないからだ。

 ただ、それでもWebページの描画やデスクトップウィンドウマネージャなどがGPUの力を借りて描画を高速にして使い勝手を高めていて、その利用率は、これからどんどん上がっていくのはわかっている。とくに、3D描画などでは大きな効果があるはずだし、GUIの3D化は今後のPCがめざすであろう1つのアプローチでもある。

 PCの使い方において、ゲームはもちろん、高解像度動画編集などを頻繁に行なうなら、その恩恵はもっと得られるに違いないが、一般的なビジネス用途においてはなかなか最新最新鋭のPCの能力が活かせない。

 スマートフォンで十分と言われるのは、こうした面も関係している。スマートフォンがあれば今PCでやっていることの多くはこなしてしまえるからだ。PCが優れているのは画面の広さによる快適な作業空間とキーボード、マウスによる操作だけにもなりつつある。

 それなら、スマートフォンにディスプレイをつないで、キーボードとマウスで使えばいい。きっとPCと遜色のない作業環境が得られるだろう。作業効率に与える影響は、マウスやキーボードなどのHIDとディスプレイ空間の広さに依存する部分がものすごく大きいからだ。その期待に応えられるだけの処理能力を今のスマートフォンは持っている。

 その一方で、今手元で常用していて、もっとも持ち出す機会の多いノートPCは2016年春モデルのレッツノートRZ5だが、プロセッサはCore m5-6Y54と、今となっては遅い部類に入るPCだ。ノートPCとして本体をそのまま使っていると、さすがにもう打てば響くような処理にはほど遠いとは感じるのだが、これに外付けキーボード、マウス、ディスプレイを接続すると、それなりに快適な環境になる。使いやすいHIDと広い画面のGUIがそれだけ使い勝手に貢献しているということなのだろう。

 これからのPC、そしてスマートフォンがどの方向に進化していくのかは別として、今なお進化し続ける文房具の姿勢は見習ったほうがいい。そして、共存と連携をさらに追求することが必要だ。個人的に今なおPCにこだわり続けるのは、PCには、その可能性があると信じているからだ。