山田祥平のRe:config.sys

8086、四十にして惑わず

 40年という歳月はハンパじゃない。40周年を迎えたIntelの8086、そして、そのプロセッサをスタートに進化を続けてきたPC。

 これからの半世紀を、どんなチャレンジが支えていくのだろうか。

5Mから5Gへ3桁アップ

 Intelが会社設立50周年、そして、8086プロセッサの発売から40周年を迎えたそうだ。

 1978年に発表され、国民機と言えるPC-9800シリーズにも採用されたプロセッサだ。最初のクロック周波数は5MHzで、今回40周年記念で発売される「Core i7-8086K」は5GHzなので、40年間で1,000倍のクロック周波数に達している(Intel、最大5GHz達成のCore i7-8086Kを6月8日から発売)。

 1,000倍というのは、桁区切りのカンマが付く値で、補助単位はMからGに変わる。

 ものすごい値に感じるかもしれないが、1985年ごろのPCでの有線データ通信は300bpsだった。それが1,200bps、2,400bps、9,600bpsと速度が上がっていき、今では実測で800Mbpsを超えたりする。

 6桁はまさに桁違い。光ではズルイかもしれないので、メタル回線で比較しても、2000年代に入る直前に自宅に開通したADSLは、1Mbpsだったが、それでも30万倍だ。

 クロック周波数の進化と、データ通信速度の進化は3桁の違いがあることがわかる。一般的に使われているプロセッサのクロックが2~3GHzだと考えると、その差はもっと大きくなる。

 ただ、処理性能という点では、命令セットなどのさまざまな工夫でもっと向上している。物理的なクロック周波数での限界はあっても、論理的な限界は天井知らずということなのだろう。

超えそうで超えられないクラムシェルの呪縛

 個人的に使った最初の16ビットPCは、初代のPC-9801だった。その発売が1982年。8086発表からすでに4年が経過していたし、ホンモノの8086ではなく、NECによるセカンドソースプロセッサ「μPD8086」の搭載機だった。多少はクロック周波数も向上していた。

 もっとも当時は、PCのプロセッサがどこの何なのかなんて気にもしていなかった。まるで素人だ。それでも30年以上、このアーキテクチャを起点に走り続けてきて、そのお世話になっているかと思うと、感慨深いものがある。

 この原稿はCOMPUTEXの取材のために来ている台湾・台北で書いているのだが、会期半ばとなった今、会場全体の雰囲気としては、PCへの回帰が起こっているように感じる。といっても、「スマートフォンを捨ててPCに戻ろう」という意味での回帰ではなく、「PCに新たな付加価値を与えよう」というムーブメントだ。

 Intelによれば、人はスマートフォンを1日当たり80~100回手に取って使い、1回あたりの使用時間は1.5~2分間だという。ざっくり200分間、3時間強だ。

 一方、ラップトップコンピュータは、1日当たり4~6回使われ、1回あたりの使用時間は25~30分。こちらも3時間強と、合計利用時間には大きな違いがないのが興味深い。

 つまり、サッとすませたい用事はスマートフォンで、じっくりと考えながら処理しなければならない用事には、PCを使うということだ。

 スマートフォンとPCをあわせて6時間、1日の4分の1をデジタル案件に費やす時代には、そのための道具が必要だ。そこで注目されているのがPCのフォームファクタだ。

 タブレットはPCの代替として高く評価され、定着しそうなイメージもあった。2in1というフォームファクタは、きっとそんな発想の中で生まれたコンセプトだろう。コンピュータは1人1台。だから、変幻自在のコンピュータがあったら便利という発想だ。

 でも、誰もがキーボードを捨てようとはしなかった。その結果、キーボードを外してタブレットになる着脱式2in1ではなく、ディスプレイを折り返せる、いわゆるYOGAスタイル(360度ヒンジ回転式)の2in1が生き残ったように感じる。

 YOGAスタイルの誕生は、2012年のLenovo IdeaPadからとされているが、ちょうど同じ時期に、パナソニックが「レッツノート AX」シリーズで、同じアイディアを同時進行的に開発していたことはあまり知られていない。

 関係者の話では、発売が先だったIdeapadのYOGAスタイルを見てびっくりしたそうだ。

 だが、今なお、伝統的なクラムシェルが圧倒的に支持されているところを見ると、タブレット至上主義は幻想にすぎなかったようにも思う。

 2018年のCOMPUTEXでは、ASUSが新しいクラムシェルのコンセプトとして「Project PRECO」を、またレノボが第2世代のYOGABOOKを開発表明した(ASUS、キーボードも液晶のデュアルディスプレイPC「Project Precog」Lenovo、デュアルタッチ液晶になった第2世代のYOGA BOOKの開発意向を表明)。

 偶然なのかどうか、どちらもYOGAスタイルのクラムシェルだが、本来キーボードが装備される面も、コンテンツを表示できて操作が可能なタッチディスプレイになっている。またASUSは、タッチパッドがタッチディスプレイとして機能するZenBook Proも発表した。

 どちらもディスプレイを仮想キーボードとして使えるようになっているが、実用的に使うには、やはり物理的なキーボードが求められるだろう。伝統的なクラムシェルを代替するものになるかどうかは、その仮想キーボードの使い勝手次第だ。

 仮想キーボードは、とにかくタッチタイプが難しいことを考えると、無理があるようにも感じる。その無理を、どんな魔法で克服するか。両製品の完成を楽しみにしたい。

まずは形から

 こうしてPCは中身というよりも、その姿かたちで勝負しなければならない時代を迎えた。車でいえば、オーソドックスなセダンがずっと使われ続けている一方で、ハッチバックやトラック、2シーターのスポーツカー、ボックスカーなど、エンジンが積まれている金属の箱に、4つの車輪がついているというのは同じでも、そのフォームファクタはさまざまだ。

 PCも、そういうことで選ばれるようになるし、その選択に応えられる選択肢をメーカーは用意しなければならない。エンドユーザーにとっては、PCの中身がどの程度に性能の高いものなのかは、選択の要件には入らなくなるということだ。

 車には制限速度があって、どんなに高性能なエンジンを搭載していても、たかだか時速100kmでしか公道を走れない。PCに制限速度があるわけではないが、極端に処理性能を求めるキラーアプリが欠如している今、選択のための要件として、性能をアピールするのは難しい時代でもある。

 Intelもそのあたりを理解しているのだろう。たとえば、COMPUTEX 2018で発表された「Intel Low Power Display Technology」などは、ディスプレイの消費電力を抑制し、バッテリ駆動時間が20時間を超えるPCを実現しようとしている。

 かと思えば、ASUSやレノボのように、ディスプレイを2枚にする動きが出てきたりしているのは皮肉な話だ。

 クラムシェルのノートPCが一般的になったのは1990年前後であり、それから約30年が経過している。それでもまだPCの王道がクラムシェルであるというのはちょっと寂しい。

 この先20年を支えるPCのフォームファクタ、あのYOGAが出てきたときのような、アッと驚くフォームファクタを見たいものだ。