山田祥平のRe:config.sys

じぶんだけのものでなければパソコンとはいわない

 2020年からの小学校のプログラミング教育必修化を2年後に控え、教育周辺のPC活用の話題が頻繁に耳に入るようになった。PCが一般の人々にとって身近な存在になってそろそろ20年。遅すぎるといってもいい。それでも何もしないよりははるかにましである。ここではあえてパーソナルコンピュータに敬意を払い、PCではなくパソコンと呼ぶことにする。

日本発の子ども専用パソコン

 2020年は東京オリンピックのタイミングだ。それに合わせたわけではないだろうが、子どもの成長や発達に応じてプログラミング教育が実施されることになっている。もちろんプログラミング言語の習得が目的ではなく、論理的なものの考え方を身につけるための方便としてプログラミングが使われる。

 それでも、その動きをPC関係者が指をくわえてみているわけにはいかない。富士通クライアントコンピューティングもそんな企業の1つだ。文教市場トップシェア(小学校66%)の富士通としては、そこで蓄えたノウハウを一般の家庭にまで浸透させよう躍起になってる。

 先日発表された14型ノートPC/2in1「LIFEBOOK LH」シリーズ2製品は、『はじめての「じぶん」パソコン』をコンセプトとする新製品だ。2モデルのうち1モデルは通常のクラムシェルノートで7万円強、もう1モデルはタッチ対応YOGA型2-in-1ノートで9万円強の価格が想定されている。スペックとしては、プロセッサがCeleron 385Uで4GBメモリ、128GBSSDのストレージを持ち、液晶表示はHD解像度だ。また、重量はそれぞれ1.75Kg、1.93Kgとなっている。

 価格はともかくスペックを見ただけで、マニアックなユーザーはきっと失望してしまうかもしれない。メモリ4GBではどうしようもないのではないかと考えたりもするが、Officeが入っているわけでもなく、Chromeをインストールしてタブを山のようにたくさん開くわけでもない。それなりのことはできるだろう。ただ、Webアプリを積極的に使うなど、ある程度のノウハウが求められるに違いない。

 子ども専用のPCは日本初だと同社はいう。しっかりと子どもに向き合って企画された製品で、親と子の2つの視点を意識して開発されたということだ。

 一言でいえば、子どもを守り、親の心配ごとを軽減するパソコンだ。インターネットの不安、本体の破損の不安、身体への負荷への不安など、子どもにパソコンを自由に使わせるにあたっては、さまざまな不安がつきまとう。だからといって、あらゆる不安をすべて食い止めてしまっては、こどもの好奇心をそいでしまう結果になるかもしれない。それでは意味がないのだ。

 化学強化ガラス、防滴キーボード、あんしんグリップ、圧迫に強い設計など、利用シーンの過酷さを知り尽くした富士通だからこその工夫がちりばめられている。文教市場で66%ものシェアを持つ以上、同社の修理拠点には悲惨な状態になったパソコンが毎日のように届いているはずだ。だから子どもが使うパソコンで何が起こっているのかを熟知しているメーカーだからこそのパソコンになっていると信じたい。

 それでも同社はこどもがRPGのように楽しめるパソコンをめざしたという。

1度や2度は壊せばいい

 少なくとも、このパソコンは子どもの目線から見たときに、自分だけのものであり、管理されたものをあてがわれるものではない。ちょうど1人で使える勉強部屋のようなものだ。そうはいってもインターネットは危険に満ちあふれている。なんらかの管理は必要だが、少なくとも、親と子どもの対話の中で、どう使うのかを約束ごととして共有するくらいの余裕はほしい。1人の部屋だが鍵はかからないといったところか。学校の教室に常置されている共有パソコンではなく、独立した人格を持った子どもが自分のものとして占有できるパソコンだ。

 こどもは自分のために買ってもらったパソコンを、気に入れば大事に使うだろうし、そうでなくても、乱暴に扱えば壊れることを理解するだろう。そのためには1回や2回は壊してしまう経験をしたほうがいい。そのときに多額の修理代/部品代がかかるのでは親の負担が大きい。割ってしまった液晶を交換するのをあきらめて、そのまま使わせるようなことを避けるためにも、高コストの部品を使わないのはある種の方便かもしれない。

 なにしろ自分のものなのだ。筐体にシールやステッカーを貼ろうが誰にも怒られないし、怒ってはいけない。落書きしたってかまわない。富士通もそこはわかっている。このパソコンの筐体は塗装されていない。素材そのものの白がむき出しだ。だから貼ってあったシールを剥がしても塗装が剥がれることはないという。そういう使われ方をすることがわかっているのだ。

 重さはどうか。2kgに満たないとはいえ子どもには重いかもしれない。でも、同梱の道具箱に収納して定位置まで運んで片付けるくらいなら負担は少ない。これをもって毎日学校にでかけるわけではないのだ。薄型軽量化と頑丈設計のノウハウはLIFEBOOK UHシリーズなどで実績を持つ富士通だが、ここではあえてそれを使っていない。無骨であっても、より堅牢ということを優先した結果だ。

自転車がビューンと走ったあのとき

 富士通としては、初めての試みということで、実際にこの製品がどのような受け取られ方をするかはまだわからないという。

 たとえば、親がスマートフォンを使って管理ができるような仕組みを提供したり、Windows 10(Sモード)を使って不用意にアプリケーションを入れたりできないようにすることもできたはずだ。つまり、ソリューション込みの製品に仕立て上げることで、さまざまな障害を回避する。場合によってはハードウェアそのものも6年間のサブスクリプション制にして、おかしくなったら翌日には新品が届くようなサービスを付帯させることもできただろう。

 でも、大人がよってたかってパソコンの安否をかまうようでは子どもは自分のパソコンを自分のものとしてとらえられない。自分だけのパソコンとして好きになれないだろう。愛着もわかない。その占有感こそが、パソコンの醍醐味だ。

 少なくとも、子どもにそういう気持ちをもたせてパソコンと向き合わせられるかどうかは、親のコンピュータに対するリテラシーにかかっている。家族で1台のパソコンを共有するのではなく、子どもに自分だけのパソコンを与える以上、そのつきあい方をきちんと伝えられなければ、単なるゲームマシンやYouTube機と化してしまう。それはそれでありだとも思うが、そこに至るまでの過程が大切だ。

 初めて自転車を買ってもらったとき、最初は補助輪をつけた状態で父親の助けを借りながらヨタヨタと乗った。そのうち補助輪を1つはずし、少しして両方をはずした。ペダルを一気にふみこみ、ビューンと走った瞬間、世界が変わったように感じた。それで行動範囲は一気に広がった。パソコンもそんなものだと思う。自分自身を拡張するための道具として、身近な存在に感じてもらえるようになってほしいと思う。その先のことを考えるのはそれからでいい。