■笠原一輝のユビキタス情報局■
レノボ・ジャパンは都内のホテルで記者説明会を開催し、10月26日に発表したWindows 8搭載タブレット「ThinkPad Tablet 2」の技術説明会を開催した。その模様は別記事で紹介しているのでそちらを参照して頂くとして、本記事ではその後に開催されたユーザー参加イベント「大和魂ミーティング」のレポートや、その場だけで明かされた内容について紹介していきたい。
この中で、レノボ・ジャパン 製品開発統括担当 木下秀徳氏は「実はThinkPad Tablet 2には兄弟機があった。それがこのAndroid版だ」と、平行して開発していたAndroid版を公開して注目を集めた。つまり、ある段階までLenovoでThinkPadの研究開発をしている大和事業所では、Windows 8版とAndroid版の両方が存在していたということだ。
では、最終的になぜWindows 8版だけが出されることになったのだろうか? 実はそれこそが“Windows 8タブレットの魅力は何か”という質問への答えとなっている。
●国内未発表のThinkPad Twistなどが展示された大和魂ミーティング大和魂ミーティングは、「ThinkPad」シリーズのユーザー向けに開催しているイベントで、開発拠点である「大和事業所」にちなんで名付けられている。今回で4回目になり、ThinkPadシリーズの新製品であるThinkPad Tablet 2の説明会に合わせて開催された。
特に2012年はThinkPadシリーズ20周年にあたり、「ThinkPad X1 Carbon」の20年周年記念限定モデルのお披露目や、それを記念したケーキのケーキカットなどのセレモニーが行なわれた。また、同社の製品担当者によるプレゼンテーション、ユーザー代表によるプレゼンテーションが行なわれたほか、展示コーナーには歴代のThinkPadシリーズや、当日お披露目されたばかりのThinkPad Tablet 2などが展示された。展示機の中には、日本では未発表のThinkPad Twistと呼ばれるコンバーチブル型ノートPCも展示されており、大きな注目を集めていた。
イベントの後半では製品担当者による選択肢から答えを選ぶ形のアンケートも行なわれ、「Windows 8をインストールする予定がありますか?」、「仕事が終わった後、ノートPCをどのように終了させますか?」や「理想のハイブリッドPCの形状は?」など興味深い設問が出され、それに対してユーザーが数字を押すリモコンを利用して答えるという形で進められた。イベントの最後には参加者全員で記念写真をして終了となった。
都内の会場で行なわれた大和魂ミーティング | 10月にThinkPadが発売から20周年を迎えたことを記念したケーキが用意された | レノボ・ジャパン Thinkクライアント ブランドマネージャの土居憲太郎氏(左端)、ユーザー代表2名、レノボ・ジャパン 製品開発統括担当 木下秀徳氏(右端)によるケーキ入刀が行なわれた |
土居氏による、ThinkPad X1 Carbonの20年周年記念限定モデルのお披露目が行なわれた |
リモコンを利用してユーザーがアンケートに答える形式でイベントが進められた |
最後に全員で記念写真を撮影してイベントは終了 | 会場には歴代のThinkPadも展示された |
日本では未発表の「ThinkPad Twist」も展示された。第3世代Coreプロセッサを搭載したUltrabookでコンバーチブルタイプのハイブリッドPCになっている。液晶パネルは12.5型のIPS液晶(1,366×768ドット)。重量は1.58kgでサイズは313×236×20mm(幅×奥行き×高さ) |
●IntelやMicrosoftとともにリファレンス機として開発
大和魂ミーティングではThinkPadの製品担当者からのプレゼンも行なわれた。中でも注目だったのは、レノボ・ジャパン 製品開発統括担当 木下秀徳氏のプレゼンテーションで、基本的には大和魂ミーティングに先立って行なわれた記者説明会で行なわれた内容とほぼ同じだったのだが、いくつかの点で興味深い差分があったので、それを紹介しておきたい。
1つにはThinkPad Tablet 2の開発体制についてだ。木下氏は「今回のThinkPad Tablet 2はIDPというプログラムに基づいてIntelとMicrosoftと共同で行なっている。このため、ThinkPad Tablet 2のデータが他のOEMメーカーにもフィードバックされている」と、Windows 8タブレットにおけるリファレンスマシンとして開発された経緯を明らかにした。
OSベンダーやプロセッサベンダーは、ある特定のOEMメーカーとプラットフォームを共同開発するということが少なからず行なわれている。OSベンダーはOSの開発、プロセッサベンダーはプロセッサの開発しかできないからだ。そこで、ハードウェアの開発能力があるOEMメーカーと協力して、リファレンスとなる製品を開発してもらい、その経験を他のOEMメーカーに対して提供するのだ。もちろんOEMメーカーにとっては自社のノウハウが他のOEMメーカーに流出する危険性はある。しかし、少なくともそのプラットフォームの開発で、IntelやMicrosoftから支援を受け、より高品質な製品の開発で他社に先行できるというメリットがあり、ハードウェアベンダーであればこうした開発パートナーには皆なりたがるものだ。
こうした制度は、GoogleもAndroidプラットフォームの開発で同じような仕組みを取っており、例えばHoneycomb(Android 3.x)世代ならプロセッサベンダーのパートナーはNVIDIAでハードウェアベンダーのパートナーはMotorola、ICS(Ice Cream Sandwich:Android 4.0)世代ならプロセッサベンダーのパートナーはTI(Texas Instruments)でハードウェアベンダーのパートナーはSamsung Electronicsだった。開発パートナーになったプロセッサベンダーやハードウェアベンダーは、他社よりも開発で1歩も2歩も先にいけるため大きなメリットがある立場なのだ。
ただし、今回この立場をLenovoが活かせているかと言えば、そうとも言い切れない。というのも、今回IntelのAtom Z2760(開発コードネーム:Clover Trail)を搭載したWindows 8タブレットを日本で発表しているベンダーは、レノボ・ジャパンのほかに、日本ヒューレット・パッカード、日本エイサー、富士通などがあるが、この中で最も市場に早く製品を投入できそうなのは富士通になりそうだからだ。富士通は11月22日に「ARROWS Tab Wi-Fi QH55/J」を販売開始すると明らかにしており、おそらくこの製品がAtom Z2760搭載Windows 8タブレットの国内1番手になりそうだ(誤解無きように言っておくと、第3世代Coreプロセッサを搭載したWindows 8タブレットやハイブリッドPCはすでに販売開始されている。CoreとAtom Z2760の違いは後述する)。
では現在のThinkPad Tablet 2の現状はどうなのかと言えば、現在出荷に向けて最終段階にあるという。もともとレノボ・ジャパンは11月の半ばに流通パートナーに向けて出荷開始としてきたが、それも含めて若干後ろ倒しになっているというのが現状なようだ。また、同社の直販サイトでの販売開始は12月後半の予定とアナウンスされており、タイムツーマーケットという点では若干遅れを取っているのが率直な現状だろう。
木下氏も他社に製品出荷で若干遅れていることを認めつつ、現在出荷に向けて準備中であると説明した。実際、木下氏は、金曜日の発表会の直前までThinkPad Tablet 2の製造を担当するパートナー企業(Wistron、ウィストロン)本社がある台湾や、Wistronの工場がある中国の昆山(クンシャン)に出張し、最後の調整を行なって、ほぼ出荷への目処は立っていると説明した。そうしたこともあり、今回の大和魂ミーティングにせよ、記者説明会にせよ、デモに利用されたのは最終製品では無く、それに先立つES(エンジニアリングサンプル、出荷前の状態のサンプル)品になっていた。
とはいえ、IDPプログラムのアドバンテージを活かせなかったわけではない。現時点でAtom Z2760搭載の10.1型タブレットとして最軽量を実現しているのもそうだし、他社では搭載されていないデジタイザーペンを搭載しているのもそうだろう。Windowsプラットフォームでは、どこのベンダーもハードウェアの仕様そのものは似通ったモノになってしまう中で、他社と差別化できていることは、ThinkPad Tablet 2の強みと言えるだろう。
レノボ・ジャパン 製品開発統括担当 木下秀徳氏 | 中国の昆山にあるThinkPad Tablet 2を生産するパートナー企業の工場。写真からWistronであるとわかった |
●開発段階ではAndroid版ThinkPad Tablet 2も計画され、実際に試作機も作られた
また、木下氏は大和魂ミーティングの中で「実はThinkPad Tablet 2には兄弟機があった。それがこのAndroid版だ」と、Windows 8タブレットだけでなく、Androidタブレットも開発がされており、途中までは両方が平行して走っていたことを明らかにした。
木下氏によればこのAndroid 4.0版のThinkPadは実際に動くレベルまで開発を続けていたとのことで、実際にapkのアプリケーションをインストールして動作させるレベルにまで完成していたという。残念ながら開発が停止してからはあまり使われいなかったので、大和魂ミーティングの時にはすでに電源が入らなくなっていたが、それまではきちんと動いていたということだ。実際、背面などを見ると、各種の認証ロゴなどもすでについており、かなりのレベルまで開発されていたことを示唆していた。
公開されたAndroidベースのThinkPad Tablet 2の試作機は、液晶のベゼルの部分が若干Windows 8版に比べて大きく、本体サイズそのものが大きくなっていた。従来のThinkPad Tabletは縦持ちが基本になっており、ThinkPadのロゴなどは縦持ちしたときに水平に表示されるようになっていたが、Android版ThinkPad Tablet 2試作機はロゴは横持ちで水平になるようにつけられており、基本的には横持ちのタブレットとして開発されていたこともうかがわせる。
これ以外のスペックなどには未公開で、採用されているSoCなどについては公開されなかったが、初代のThinkPad TabletがNVIDIAのTegra 2だったことを考えれば、Android版ThinkPad Tablet 2はTegra 3だったと考えるのが順当なところだろうか。
木下氏が持っている2つのThinkPad Tablet 2。左が製品化されたWindows 8版、右側が幻となったAndroid版 | 大きさはほぼ変わらない(上がAndroid版、下がWindows 8版) |
裏面、厚さなどもほぼ変わらないように見えるが、むしろWindows8版(右側)の方が薄く見える |
●ThinkPadとして重要になるセキュリティや既存ソリューションとの互換性
レノボ・ジャパンが2011年に発売した初代のThinkPad Tabletは、Android 3.x(Honeycomb)ベースのAndroidタブレットとしてリリースされた(後にAndroid 4.0へとバージョンアップが実施された)。従って、確かに後継製品として考えれば、Android版のThinkPad Tablet 2があっても何の不思議でもない。このため、逆に言えば、なぜAndroid版のThinkPad Tablet 2は日の目を見ず、Windows 8版だけがリリースされることになったのかは多くのユーザーにとっても興味がある部分ではないだろうか。
レノボ・ジャパン Thinkクライアント ブランドマネージャの土居憲太郎氏は現状のタブレット市場について、「Androidタブレット市場では2万円以下の安価な製品がトレンドになりつつあり、機能よりもコストが重視される。iOSに関しては機能が限定されるだけでなく、セキュリティに関しても割り切る必要がある。それに対してWindows 8タブレットはPCと同じアプリケーションが使え、かつPCレベルのセキュリティを実現できる」と説明する。
ここでいうPCレベルのセキュリティとは、タブレットなどではまだ実現されていない細かなセキュリティ設定の機能だ。例えば、ThinkPadシリーズはBIOSセットアップでさまざまなセキュリティがかけられる。ThinkPad Tablet 2にはUSBポートが用意されているが、それが利用できないように設定する(例えばUSBメモリへのデータをコピー不可)など、企業が必要とするセキュリティ機能が用意されているのだ。現時点ではiOSやAndroidのタブレットでそうした機能を用意しているものはほとんどない。
また、企業向けのクライアントであれば、Windowsが標準の機能(厳密にはWindows 8ではPro以上のSKUで)として用意している起動ドライブの暗号化であるBitLockerを利用したいというニーズがあるが、それにはTPMと呼ばれる暗号化チップの機能が必要となる。TPM自体の機能は、ソフトウェアTPM 2.0機能がAtom Z2760の機能として用意されているが、ThinkPad Tablet 2では、ハードウェアTPMが必要な企業に、オプション(つまりCTOでの対応)としてTPM 1.2チップを搭載することも可能だ。
そしてもう1つ重要なことは、企業向けのさまざまなセキュリティやWebベースの企業内アプリケーションが、現時点ではx86にしか対応していないという事実だ。確かにiOSやAndroidにも、徐々に完成度が高まっているWebブラウザが用意されており、それで一般的なWebサイトを見る分には十分に事足りている。しかし、企業内の出退勤システムやさまざまな業務アプリケーションがWebベースになってきたとはいえ、依然としてJavaやx86ベースのプラグインが必要だったり、対応しているブラウザがInternet Explorerだけということも多いのが現状だ。
そうした企業にとっては、Atom Z2760というx86互換性が維持されているプロセッサの採用は大きな魅力になるだろう。従来のソリューションをそのまま使って、タブレットを業務に活用したり、従業員のモバイルクライアントにすることが可能になるからだ。これがWindows 8タブレットの魅力であり、企業向けの製品であるThinkPad Tablet 2がAtom Z2760を採用した最大の理由だと考えられる。
●Connected Standby対応でスイッチポンの使い勝手を実現Windows 8タブレットにはもう1つの大きな魅力がある。それがバッテリ駆動時間とスタンバイ時の使い勝手の大幅な改善だ。今回木下氏はThinkPad Tablet 2のバッテリ駆動時間について以下のように公開した。
記者説明会でレノボ・ジャパンが公開したThinkPad Tablet 2のバッテリ駆動時間 |
日本におけるノートPCの標準的な計測方法であるJEITAバッテリ動作時間測定法で計測した場合、実に16.4時間のバッテリ駆動が可能であるという。さらに、ずっと画面オンで、CPUにも負荷がかかっているビデオ再生(720pの動画再生)を行なった場合には10時間の駆動が可能だという。ちなみに、従来のThinkPad Tabletではそれぞれ9時間と、7時間だというのだから、1年前のAndroidタブレットよりも長時間のバッテリ駆動が可能になっているわけだ。
そして何よりも重要なことは、この製品がスタンバイ時には25日(600時間)の間1度もACアダプタに接続しなくてもバッテリ切れにならないということだ。注目したいのは、このスタンバイという言葉の意味だ。一般的にPCにおけるスタンバイと言えば、メモリサスペンド(ACPIで言うところのS3ステート)のことを意味しており、ディスプレイやCPUやストレージの電源を切り、メモリの内容だけを保持している状態での待機状態を意味している。メモリサスペンドを利用する場合には、復帰までに若干(1秒~数秒)のタイムラグができてしまう。
しかし、ThinkPad Tablet 2に代表されるAtom Z2760を搭載したWindows 8タブレットでは、サスペンドはS3ではなく、システムはS0のまま(つまりCPUやストレージなどには電源が入ったまま)ディスプレイだけがオフになる状態を意味している。これはWindows 8の32bit版だけで対応されている「Connected Standby」機能を利用しているためで、ユーザーは電源ボタンを押せばディスプレイがオンになり、すぐに利用できるモードに復帰できる。また、Connected Stanbyではワイヤレスネットワーク(Wi-FiかWAN)に常に接続した状態のままで待機させるため、ネットワークに接続されるタイムラグもなく、ユーザーはすぐに電源ボタンを押すだけ、つまりスイッチポンで利用可能になるのだ。
この使い勝手は、すでにiOSやAndroidタブレットなどで実現されていたものだが、Windows 8タブレットでこれが実現されているのだ。これこそが従来のWindowsタブレットとの大きな違いだと筆者は考えている。
なお、Windows 8タブレットでも、このConnected Standby機能を利用するには、プロセッサがAtom Z2760である必要がある。難しく言えばプロセッサがS0ixと呼ばれる新機能をサポートしている必要があるためで、Atom Z2760はそれに対応しているが、第3世代Coreプロセッサ(Ivy Bridge)は対応していない。なお、Coreプロセッサも、次世代のHaswell(ハスウェル)ではS0ixに対応する予定であり、そうなるとCoreプロセッサを搭載したPCやタブレットでも同じConnected Standbyが利用できるようになる。
このように、Atom Z2760を搭載したWindows 8タブレットは、従来のPCという枠で考えることができないカテゴリになりつつある。その象徴的な例は、ThinkPad Tablet 2(そして他のAtom Z2760搭載タブレット)のACアダプタだろう。ThinkPad Tablet 2のACアダプタはmicroUSB端子で接続される形になっており、(メーカー保証はされないが)一般的なmicroUSBケーブルとUSB充電器でも利用可能だ。これもシステム全体の消費電力が低いからこそできることで、この点でもタブレットの使い勝手に追いついているのだ。
まとめると、Atom Z2760搭載Windows 8タブレットは、x86用の既存アプリケーションやソリューションがそのまま使えるという互換性、Connected Standby対応によるiOS/Androidタブレットと同じ使い勝手、さらには従来のPCとは比較にならないぐらいのバッテリ駆動時間を実現していることが大きな魅力だといえる。この点を考えれば、既存のWindows PCのユーザーにとっては、企業ユーザーでもコンシューマユーザーであっても、クラムシェルからタブレットに乗り換える時の素直なアップグレードパスになるのではないだろうか。
(2012年 11月 20日)