笠原一輝のユビキタス情報局

NVIDIA、Pine Trailに対応した次世代IONは単体型GPUへ
~2010年第1四半期中に投入予定



 GPUベンダーのNVIDIAは、International CES期間中に本誌のインタビューに答え、同社がAtomプロセッサやCore 2 Duoプロセッサ向けなどに投入しているプラットフォーム“ION”(英語発音はアイオン、日本はイオン)の次世代版を第1四半期中に投入する計画であることを明らかにした。

 NVIDIA マーケティング部長 David Ragones氏は「次世代IONは第1四半期中に投入する、引き続きAtomのようなコストパフォーマンスに優れた製品に対して優れたグラフィックスパフォーマンスもたらし、エンドユーザーに選択肢を提供していきたい」と述べ、Pine TrailプラットフォームにおいてもIONの提供を続けていくというNVIDIAの方針を強調した。

●ASUSやMSIなどが第1世代IONを搭載したマシンを新しくCESで発表

 NVIDIAは、2008年の12月に初めてIONの構想を明らかにした。そのコンセプトは、Atomプロセッサ(開発コードネーム:Diamondville)のチップセットとして、NVIDIAのGeForce 9400/9300 Mを利用することで、NVIDIAのGPUのアドバンテージである高い3D処理能力、CUDAやHD動画のハードウェアデコーダなどにより、Atomの非力さを補うというものだった。

 実際、IntelがAtom向けに用意したチップセットは、現在のH57/55などから見ると、G45、G35、Intel 965Gとさかのぼってたどり着くIntel 945G Expressと同じ内蔵GPUコアを採用したIntel 945GSE/GC Expressで、内蔵GPUはGPUコンピューティングに対応していないし、HD動画のハードウェアデコーダにも対応していない。このため、通常のAtomベースのネットブックでは処理能力的に厳しい、エンコードがCUDAで実行できたり、HD動画の再生がラクラクできたりというメリットがIONにはあった。

Flashの動画を再生している比較デモ。左側がPine Trailで、右側がION。IONの側は1080pの動画をコマ落ちなく再生できているが、Pine Trailはコマ落ちでしか再生できない
PowerDirectorを利用したトランスコードのデモ。左側がPine Trailで、右側がION。CUDAに対応したIONは37秒で終了するが、Pine Trailはまだ終わっておらず、数分単位で時間がかかっている

 こうしたメリットが評価され、チャネルの小規模なPCメーカーだけでなく、HP、Acer、Lenovoといった大手OEMメーカーにも採用されることになった。NVIDIA 製品マネージャ Mark Aevermann氏は「引き続きOEMメーカーにはIONのメリットを評価してもらっている。IONはPine Trailが未だサポートしていないDDR3に対応しているなどOEMメーカーにとって設計上のメリットもある。今回のInternational CESでも、ASUSやMSIなどから新しい対応製品が発表された」とのべ、引き続きOEMメーカーなどにアピールを続け、それが成功していると説明した。

 さらにCESのNVIDIAブースでは、IONと新しいIntelのPine TrailプラットフォームベースのIONとの比較デモも公開された。「IONは新世代のAtomと比較しても、グラフィックスの処理能力などにおいて10倍速い」(Aevermann氏)と、新しいPine Trailプラットフォームと比較してもIONは優位にあるとアピールした。

ASUSがCESで展示したION搭載のネットブック、Eee PC 1201NL。CPUはAtom N270、12.1型(1,366×768ドット)の液晶を搭載し160/320GBのHDDを搭載しているASUSがCESで展示したION搭載EeeBox EB1501。CPUはAtom 330を搭載し、スロットインのDVDマルチドライブを備えている

●急速なAtom N270/280/230/330の受注停止でPine Trailへの移行を迫られるOEMメーカー

 Pine TrailプラットフォームのPineviewのGPUコアは、Intel 945Gに内蔵されているGMA950と同等のもので、GPUに関してのパフォーマンスアップはほとんどないと言って良い。従って、従来のAtomに比べて(NVIDIAの主張によれば)10倍の3D描画性能を実現していたIONが、Pine TrailベースのIONでも10倍というのは妥当な結果だろう。引き続きIONが、Pine Trailに比べて優位にあるというのは疑いの余地はない。

 だが、IONが置かれているビジネス的な状況は悪化の一途をたどっている。というのも、Intelはネットブック向けのAtom N270/280、ネットトップ向けのAtom 230/330の受注中止を今四半期中に行なうことをすでにOEMメーカーに通知している(別記事参照)。

 このため、今後IONプラットフォームのマシンを製造したいOEMメーカーは、第1四半期中に相当数を発注しておかなければ、今後十分な数を製造できないことになる。しかし、第1四半期中に発注し、後々まで持っておくと、CPUが在庫となり、財務上はあまり好ましくない状況になる可能性がある。多くのOEMメーカーはそうした事態を嫌うため、否が応でも新しいPine Trailプラットフォームへ移行しなければならない状況が発生しつつあるのだ。

 なお、この受注中止は、即製品としてのAtomプロセッサの製造中止を意味する訳ではない。同じAtomでもZシリーズや組み込み向けは引き続き提供される予定になっており、N270/280/230/330だけ受注中止とするということは、別記事でも述べたように“ION潰し”の意図が裏に隠されていると見るのが妥当だろう。

●破棄されたNVIDIAのDMIチップセットの計画、Intelとの法廷闘争がトドメに

 しかし、仮にそれをNVIDIAが“アンフェアだ”と叫んでみても状況は変わらないだろう。どの製品を製造中止にするかは、Intelが自社のビジネスディシジョンとして決める問題であり、NVIDIAがそれに異を唱えてもNVIDIAにはIntelに強制する権利を持っていないからだ。

 それではNVIDIAとしては何ができるかと言えば、新しいPine Trailベースの製品に対して、チップセットなりを提供していくしかない。しかし、これは難しい相談だ。というのも、従来のAtomでは、

CPU-[P4バス]-ノースブリッジ(GPU)-[DMI]-サウスブリッジ

という形で接続されていたので、NVIDIAは2004年にIntelと結んだクロスライセンスにより得たP4バスライセンスを利用して、ノースブリッジ以下のチップセットを製造し、OEMメーカーに販売することができた。

 しかし、Pine TrailプラットフォームではCPUにノースブリッジが統合され、サウスブリッジに相当するNM10との間はDMIで接続されている。

CPU+GPU(Pineview)-[DMI]-サウスブリッジ

従って、NVIDIAが仮にチップセットを接続しようとするとDMIのバスインタフェースを利用してCPUに接続する以外に方法がない。

 複数の情報筋によれば、当初NVIDIAはこのDMIに同社のチップセットを接続する計画を内部で検討していたという。それを裏付ける動きとして、NVIDIAは具体的な製品プランこそ明らかにしなかったものの、同社が2004年にIntelと結んだクロスライセンスはDMIも含まれると主張していた。しかし、この計画は、Core i7/5/3向けのものも含めて完全に破棄された。その最大の理由は昨年の2月にIntelがNVIDIAに対して行なった法廷闘争だ。この中でIntelは裁判所に対してNVIDIAがDMIを利用する権利を有していないと主張しているとNVIDIAは説明している(別記事参照)。

 NVIDIAはDMIの権利を有していると考えているのだから、強行突破して裁判で戦いつつ、OEMメーカーに製品を提供していくという道もなくはない。しかし、その道は実際には取るのは難しいのだ。というのも、そうした法廷闘争が行なわれている製品の場合、OEMメーカーがIntelとの訴訟になること(つまりIntelがOEMメーカーを提訴する可能性)を恐れて、リスクを取ることをためらうからだ。

 こうしたこともあり、NVIDIAはDMIチップセットを完全にあきらめたようだ。実際、NVIDIAでチップセットビジネスを担当していた担当者は、そのトップだったドゥルー・ヘンリー氏を含めてGeForceビジネスに移動しており、実質的に事業はほとんど消滅状態と言ってよい。

●単体型GPUになる次世代ION、PCI Express x4を利用してNM10と接続へ

 だが、NVIDIAはIONのビジネスをあきらめたわけではない。以前の記事でもお伝えした通り、NVIDIAはION2と呼ばれる次世代のIONを計画している(別記事参照)。

 本来であれば2009年内にリリースされる予定だったのだが、それは第1四半期にずれ込んだ。「次世代のIONは第1四半期中にリリースする。2009年内にリリースしなかったのはOEMメーカーと話をした結果、既存のIONをまだまだ販売していきたいというところが多かったからだ」(NVIDIA マーケティング部長 David Ragones氏)と、いまでも次世代IONの計画は進んでいるという。

 では、DMIチップセットの計画が破棄された今、次世代IONはどのような形になるのだろうか。Ragones氏は「次世代IONは単体型のGPUとなり、PCI Expressバスに接続される」と説明した。つまり次世代IONは、NM10のPCI Expressポート(PineviewベースのAtomにはPCI Expressポートは用意されていない)に接続される形になるわけだ。Ragones氏はこれ以上の情報の公開を拒否したので、では具体的にどの世代のGPUになるのか、PCI Expressのレーン数はなどの具体的な情報はわからない。

 しかし、ある程度の推測は可能だろう。というのも、NM10のPCI Expressのレーン数はx1×4となっており、最大でもPCI Express x4での接続になると推定できる。問題はこのx4という接続レーン数が十分かということだ。通常PCI Express x16で接続されるGPUは4GB/秒(Gen1、Gen2では倍)となるが、PCI Express x4ではレーン数が1/4になるので帯域幅も1GB/秒でしかない。これが、GPUにとって十分であるかは議論があるところだろう。

 さらに、単体型GPUになってしまうということはチップがもう1つ増えてしまうことを意味する。このことは2つの課題がある。1つは製造コストが上昇してしまうことであり、OEMメーカーにとっては1つのチップを数千円をかけて増やすことになるので、売値で1万円近く乗せることになるので、数千円の差が非常に大きな差となる低価格帯のマシンとしては位置づけが難しくなる。

 もう1つはチップが増えることで、マザーボードの実装面積が増えることと、消費電力が増えてしまうことだ。次世代IONの場合、そもそも内蔵GPUをOFFにしないことを前提にしているPineviewと組み合わせて利用することになるが、Pineviewは外付けGPUを接続した場合にGPUの電力を切るような仕組みになっているのか、このあたりは明確ではない(筆者はなっていない可能性が高いと考えている)。仮にオフにならない場合、Pine Trailの消費電力+次世代IONの消費電力という計算になるので、消費電力の点では不利になる可能性が高い。このことは、ネットトップでは大きな問題にはならないが、ネットブックでは問題になる可能性があると言える。

●課題もある次世代IONだが、Pine Trailの貧弱なGPUをカバーできるかに期待

 もちろんNVIDIAでもそうした課題があることは認識しているという。「現時点では詳細をお話することはできないが、魅力的な製品になっており、引き続きエンドユーザーに選択肢を提供していきたい」(Ragones氏)と、NVIDIAは次世代IONに自信を見せる。

 NVIDIAがエンドユーザーに選択肢を提供すると言っていることは全く持って正しい。以前の記事でも指摘したとおり、Pine Trailの弱点は言うまでもなく内蔵GPUだ。内蔵GPUの貧弱さは、筆者にしてみれば“わざと低いスペックに押さえてるんですか?”と聞きたくなるほどだ。これに対して、IONは(現行版ですら)Direct3D 10に対応し、GPUコンピューティング、HD動画のハードウェアデコーダなど非常に魅力的な仕様になっているのは事実だ。

 しかし、NVIDIAの次世代IONも、筆者が述べたようにPCI Express x4の帯域幅の問題、チップ数が増えることによる製造コスト、実装面積、消費電力に課題を抱えている可能性は高く、実際にどの程度魅力的なのかは、どのようなチップが採用され、パッケージや消費電力などが明らかにならない限り論じることはできないだろう。

 そうした意味では、第1四半期と言われる次世代IONの正式発表が待ち遠しいところだ。

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(2010年 1月 12日)

[Text by 笠原 一輝]