■笠原一輝のユビキタス情報局■
新Atomプロセッサ |
Intelは、開発コードネームPine Trail(パイントレイル)で知られる新Atomプロセッサのプラットフォームを発表した。
Pine Trailは、CPU、GPUとノースブリッジを1チップに統合したPineview(パインビュー、Atomプロセッサ)と、サウスブリッジに相当するTigerPoint(タイガーポイント、Intel NM10 Express Chipset)の2チップから構成されており、従来のAtom Nシリーズ+Intel 945GC/GSE+ICH7から構成されている従来のプラットフォームに比べてチップサイズが小さくなり、消費電力も下がっているのが大きな特徴となっている。
このPine Trailシリーズだが、Intelのロードマップ上、かなり急激に立ち上がることになっている。実は、現在のAtom N270/280シリーズのEOL(End Of Life)が第1四半期に設定されているからだ。これにより、OEMメーカーがAtom N270/280を発注できるのは第1四半期までで、その後は新しいPine Trailシリーズのみを発注することができるようになるため、否が応でもPine Trailへと移行しなければならなくなるのだ。
●より軽く薄いネットブックが現実に
新しいAtomプロセッサ+Intel NM10 Express Chipset(以下NM10)から構成されるPine Trailプラットフォームの概要はニュース記事で触れたとおりだが、詳しく見ていくと従来のAtom Nシリーズ+Intel945GC/GSEに比べて大きく3つの点でメリットがある。
1つ目はパフォーマンスだ。現時点ではIntelからも性能データは公開されていないが、メモリコントローラがCPUに統合されたため、メモリレイテンシが削減され、従来のAtomプロセッサに比べて同じクロック周波数でも性能が向上する可能性が高い。
2つめは2チップになることで、フットプリント(実装面積)が大きく削減されることだ。
図1は従来のAtom Nシリーズ+Intel 945Gシリーズと新しいPine Trailのパッケージを図にしてみたものだが、一見してわかるようにパッケージの合計のフットプリントが大きく削減されている。合計面積でいえば、Atom N270+Intel 945GSE+ICH7Mが2,851.25平方mm、Atom N450+NM10が773平方mmとなり1/4には若干届かないものの、1/4近くまで小さくなっていることがわかる。これは、ノースブリッジがCPUに統合されノースブリッジチップが丸々なくなっていることと、サウスブリッジが31×31mmのパッケージから17×17mmの小型パッケージに変更されているおかげだ。
【図1】旧Atom Nシリーズと新Atomのフットプリント比較 |
このフットプリントが小さくなるメリットは、言うまでもなくより小型のPCを容易に作れることだ。ネットブック向けとされるAtom N450では、従来のAtom N270/280と同じ6層基板がリファレンスデザインに採用されている。この6層基板はノートPC向けの基板としては標準的なもので、ノートPC向けの基板としては現在最も低コストで製造することができる。この6層基板を採用したとしても、従来の製品に比べてより小型の基板を製造することが可能になるため、現在のネットブックと同じコストでよりコンパクトな製品を製造することが可能になる。
●消費電力も削減し、本体セットの薄型化やバッテリー駆動時間の延長が期待できるそして3つ目のメリットが、消費電力の低下だ。
表1はAtom N270+Intel 945GSE+ICH7Mと、Atom N450+NM10の熱設計消費電力(Thermal Design Power:TDP、メーカーが本体セットの設計時に参照するワーストケースと想定される消費電力)を比較したものだが、Atom N450+NM10はAtom N270のセットに比べて約40%程度TDPが減っていることがわかる。このため、熱設計時のマージンはAtom N270に比べてかなり楽になるので、パッケージのフットプリントが小さくなることとあわせて、より薄い本体セットの設計が可能になる。
【表1】新旧Atomプラットフォームの熱設計消費電力比較
Atom N270+Intel945GSE+ICH7M | Atom N450+NM10 | |
CPU | 2.5W | 5.5W |
ノースブリッジ | 6W | - |
サウスブリッジ | 3.3W | 1.5W |
合計 | 11.8W | 7W |
ただし、あくまでそれはTDPというピーク時の消費電力が下がっただけで、それが即バッテリ駆動時間の延長につながるかといえばそうではない。バッテリ駆動時間に影響を与えるのは平均消費電力と呼ばれる数値なのだが、これに関してはIntelは具体的な数値は公開していない。だが、CPUとノースブリッジが別々に存在しているよりも、1つになっているほうが、電力効率などの観点からも有利なはずで、それぞれが別に存在している時よりも平均消費電力が下がっていると考えるのが妥当だろう。
しかも、従来のノースブリッジであるIntel 945GSEは世代でいうと、4世代前のチップセットで130nmプロセスルールで製造されてきた。それがCPUに内蔵されることで45nmという現役のプロセスルールで製造されることになるので、その点で考えても大きな削減があると考えるのが妥当だろう。さらに、NM10も従来のICH7Mに比べて圧倒的にTDPが下がっており、こちらも大きな貢献があると考えられるだろう。
このように、プラットフォームの観点から見ると、新しいPine Trailプラットフォームは非常に魅力的であり、OEMメーカーにとっても従来よりも薄く、軽い製品を低コストで作れるという意味で大きなメリットがあると言える。
●Pine Trailの弱点は今更GMA950ベースの内蔵GPUであること良いことづくめのように見えるPine Trailプラットフォームだが、弱点もある。その最大のものは、グラフィックスコアがIntelの第3世代コア、つまり945Gシリーズに内蔵されているGMA950と同等のグラフィックスコアと、従来製品から全くと言ってよいほど進化していないことだ。
GMA950はDirect3D 9には対応しているため、Windows Aeroに対応させることは可能だが、MicrosoftのプレミアムOSのロゴ要件になっているDirect3D 10には対応していないため、プレミアムロゴを取得することができない。ネットブックというカテゴリを考えれば大きな問題ではないが、OEMメーカーによってはプレミアムロゴをとってWindows 7 Home Premium以上のOSを搭載させたいと考えた時には問題になる。
それよりもOEMメーカーにとって頭が痛いのは、DVOポートが殺されていることと、MPEG-4 AVCやVC-1(WMV)などHD動画をCPUに負荷をかけずに再生するためのハードウェアデコーダが内蔵されていないことだ。新Atomに内蔵されているディスプレイ出力は、内蔵ディスプレイ用のLVDSとアナログRGB用の出力しか用意されていないのだ。このため、HDMI端子をそのままで装着することができない。
従来の945Gのデザインであれば、DVOと呼ばれるデジタルの出力が用意されており、ここにHDMIのコントローラチップを接続することでHDMI出力を実現できていたのだが、Pineviewではこれが殺されているのだという。おそらくネットブックやネットトップではHDMIは必要ないという判断なのだろうが、HDMIやDisplayPortを備えるディスプレイが増えつつある現状を考えると疑問符をつけたくなる仕様だ。
そしてHD動画のハードウェアデコーダだが、すでに述べたようにPineviewではメモリコントローラがCPUに統合されたことで、メモリレイテンシが削減され性能が向上しているが、それでもHD動画、しかもビットレートの高いものを再生するのはかなり厳しいと考えられる。そこで、GPU側でハードウェアでデコードするエンジンを持てば、CPU負荷率を下げることができる。ところが、これがPineviewでも内蔵されていないのだ。
ではなぜIntel 965GやGM35/45などに内蔵されている第4世代のGPUコアにしなかったのかという疑問は当然でてくるだろう。Intelに好意的に解釈するのであれば、おそらくダイサイズの肥大化を防ぐ意味で第3世代のGPUを採用したと考えるのが妥当だろう。第4世代のGPUコアは演算器の数なども増えており、統合型CPUに占めるGPUの割合が大きくなり、ダイサイズが肥大化する。言うまでもなくPineviewは低価格向けの製品であり、それは避けたかったと考えることは可能だろう。
一方、IntelはOEMメーカーに対して、動画性能を重視するならBroadcomが提供するデコーダチップを別途搭載することを推奨している。つまり、Intelとしてもそのニーズは認識している訳だ。だとしたらなぜ最初から機能に入れなかったのだろうか。単にIntelのアーキテクトがユーザーのニーズを予想できなかったのか、それともマーケティング側の要求で上位のCoreシリーズと差別化するためにわざとこうした仕様にしたのか。そのあたりは推測するしかないが、おそらく答えはそれらとダイサイズの肥大化とのトレードオフとの中間点あたりにあるのではないだろうか。
●DDR3の低価格化に対応するため、DDR3版のPineviewを追加投入へ新しいPine Trailの課題は実はもう1つある。それがDDR3メモリへの対応だ。今回リリースされたPineviewはDDR2のみに対応となっている。言うまでもなくPine Trailは低価格向けのプラットフォームだから、DDR2のみの対応で問題ないと考えたいところだが、ここ最近のDRAM価格の変動で状況は変わりつつある。以前は圧倒的にDDR3の方が高値だったのだが、現在ではDDR3も普及が進み価格が下がったのと、逆にDDR2が値上がりしたこともあり、逆転が起き始めているのだ。このため、OEMメーカーによっては、DDR3を採用した方がより低コストで製造できるようになりつつある状況が発生してきている。
このため、より低価格を目指すためのPineviewもDDR3へ対応する必要があるのだが、現状のAtom N450などはDDR2のみの対応となっている。ただし、Pineviewの設計自体はDDR2、DDR3の両対応にできるように設計してあるため、バリデーションテストと呼ばれる動作検証さえクリアできれば、今後DDR3対応版をリリースすることは不可能ではない。OEMメーカー筋の情報によれば、Intelは12月に入ってからPineviewのDDR3版を近い将来にリリースすることを明らかにしているのだという。
●Atom N270/280のEOLは第1四半期中に、OEMメーカーは急速にPinetrailへシフトIntelは今後従来のAtom N270/280からAtom N450へ急速にシフトさせる計画だ。OEMメーカー筋の情報によればIntelは、現行のAtom N270/280のEOL(End Of Life、製品の提供終了の日付)が2010年第1四半期(1月~3月)に設定されている。EOLとはメーカーがIntelなどの半導体メーカーに対して製品の発注ができる期限であり、それを過ぎると新しい発注はできなくなるのだ。つまり、第1四半期で注文した分までしか在庫を持てないということになるので、メーカーとしてはN270/280を大量に注文して在庫を抱えるというリスクを背負い込むか、Pine Trailへ移行するかという選択に迫られることになる。
Intelがこうした急激なPine Trailへの移行をメーカーに迫る背景には、NVIDIAのIONに対して脅威を感じているからだと考えることができるだろう。筆者が述べたグラフィックス周りの問題点をすべて解決するのがNVIDIAのIONだ。つまり、IntelとしてはOEMメーカーにもっともやめて欲しい選択がIONを採用することであるのは明白だろう。Pine Trailは外部GPUを接続するためのPCI Express x16などをCPU側には備えておらず、NM10側にPCI Express x1を4ポート備えているだけとなる。外部GPUを接続するとしてもこれでは十分ではないことは明らかだ。DMIにNVIDIAのチップセットをつなぐという選択肢も、IntelとNVIDIAがクロスライセンスを巡って法廷闘争を繰り広げているいま、あえて火中の栗を拾いにいくOEMメーカーがいるかと言えば、それはいないのが現状だろう。
このようにいくつかの課題を抱えた船出となる新Atomだが、全体的には冒頭で述べたとおりのメリットもあることで、OEMメーカーの評価は決して低くない。実際、Intelは1月4日以降に、OEMメーカーが製品を発表すると明らかにしているが、この1月4日という日付設定は、米国ラスベガスで1月7日~10日の日程で開催される予定のInternational CESを意識したものだと言っていいだろう。例年CESは、公式スケジュールの2日前あたりから各社の記者会見が行なわれるスケジュールになっており、それに間に合うように1月4日という日程が設定されたのだろう。そうした意味では、年明けにはPine Trailを搭載した各社のネットブックを見ることができそうで、新しい年へ向けての楽しみの1つが増えたと言えるのではないだろうか。
(2009年 12月 22日)