福田昭のセミコン業界最前線

ルネサスの「明日」はまだ見えない

業績発表会のルネサス側出席者。右から、作田久男氏(代表取締役会長兼CEO)、鶴丸哲哉氏(代表取締役社長兼COO)、山崎大樹氏(企画本部経営企画統括部長)、河原久紀氏(企画本部経理・財務統括部長)。業績発表会ではこれまで、1名あるいは2名が出席するのが通例だった。4名と大勢が出席するのは珍しい

 国内大手半導体メーカーのルネサス エレクトロニクス(以下は「ルネサス」)は、2013年8月2日の午後5時~6時に東京で、報道機関向けの業績発表会を開催した。

 昨年(2012年)と一昨年(2011年)の同じ時期に開催されたルネサスの業績発表会は、第1四半期(4月~6月期)の業績発表と年度(4月~3月期)業績の予想発表を主な内容としていた。しかし今年の業績発表会は、2012年までに比べるといくつかの違いがあった。

 違いの1つは、年度(4月~3月期)業績の予想発表を取り止めたことだ。理由は「半導体業界では、事業環境が短期間に大きく変化するという特徴があり、信頼性の高い通期の業績を的確に算出することが困難であるため」(ルネサスの発表資料から)と説明された。このため業績予想は「海外の多くの同業他社が採用している四半期ごとの業績予想に変更」(同)された。この結果、業績予想の開示は「2013年度(2014年3月期)第2四半期(7月~9月期)」だけとなった。

 2012年までルネサスは、年度業績予想を発表しては、その後に下方修正を繰り返すことが多かった。予想を公表しても修正を繰り返して内外から批判されるだけなら、予想を出さないことが賢明とも言える。国内半導体メーカーの中で、事業環境が極めて予測しにくいDRAM製品を専業とするエルピーダメモリは上場当時、市況予測の難しさから四半期業績の予想すら取り止め、DRAMビット需要の伸びを予測するに留めていたという実例がある。

ルネサスの営業損益と純損益の推移(四半期ベース)。ルネサスの公式発表資料を元に筆者がまとめたもの。2013年度(2014年3月期)第1四半期(4月~6月期)の営業損益は98億円の黒字である。円安による利益増55億円が営業損益の改善に大きく寄与した。一方で純損益は40億円の赤字である。ルネサスモバイルの次世代ワイヤレスモデム事業撤退に伴う特別損失87億円などを計上したことが響いた
2013年度(2014年3月期)第2四半期(7月~9月期)の業績予想。ルネサスが2013年8月2日に公表した資料から。営業損益は黒字を見込むものの、早期退職制度による特別損失が300億円以上発生すると見られることなどから、純損益は360億円の赤字と予想した
ルネサスの売上高と営業損益の推移(四半期ベース)。ルネサスの公式発表資料を元に筆者がまとめたもの。2013年度(2014年3月期)第1四半期(4月~6月期)の売上高は前年同期比6.7%増、前四半期比7.4%増の1,991億円である
マイコン事業の売上高推移(四半期ベース)。ルネサスの公式発表資料を元に筆者がまとめたもの
アナログ&パワー半導体事業の売上高推移(四半期ベース)。ルネサスの公式発表資料を元に筆者がまとめたもの
SoC(System on a Chip)事業の売上高推移(四半期ベース)。ルネサスの公式発表資料を元に筆者がまとめたもの

作田CEOの経営思想

 もう1つの大きな違いは、「当社グループが目指す方向性」と題する事業方針が作田久男氏(代表取締役会長兼CEO)と鶴丸哲哉氏(代表取締役社長兼COO)の連名で発表されたことだ。6月26日付けでCEOに就任した作田氏が外部に向けて方針を公表するのは、これが初めてだろう。

 見出しを含めた全部で29枚のスライドで構成された「当社グループが目指す方向性」の中で、作田CEOの経営思想の一部が表現されていたと見られるのが「組織・個人としての行動原理」と題するの2枚のスライド(3ページと4ページ)である。1枚目のスライドでは、「経営の自律」、「事業の自律」、「個人の自律」という3つの自律を掲げた。ここで自律とは「自らの意思で、考え、実行すること」と作田氏は定義していた。そして2枚目のスライドで、企業の価値は「経済的価値」と「社会的価値」の掛け算で決まるとした。経済的価値は「自信」を、社会的価値は「誇り」を生み出す。両者の掛け算が「夢」につながると補足していた。

3つの自律。ルネサスが8月2日に公表した事業方針「当社グループが目指す方向性」の説明スライドから
企業価値の最大化。ルネサスが8月2日に公表した事業方針「当社グループが目指す方向性」の説明スライドから

生産拠点を3つに集約

 8月2日の発表会では、「当社グループが目指す方向性」より、方針の概要説明に相当する8ページ目までを作田CEOが、9ページ以降の具体的な施策を鶴丸COOが説明した。9ページ以降の前半は過去の総括であり、固定費を、2009年度(ルネサステクノロジとNECエレクトロニクスの合計値)に比べて2012年度では約2,100億円を削減したこと、固定費の削減にも関わらず売上高が減少したことで巨額の純損失を計上したことなどが述べられた。また2010年4月1日のルネサス発足当初に約48,000名を数えた従業員数は、2013年6月30日時点で約32,850名と約7割にまで減少した。

 そして「事業の選択と集中」と呼ぶ事業戦略を鶴丸COOは説明した。その内容は従来と基本的には変わらないように見えた。自動車分野と産業分野に注力することと、海外市場(先進国市場と新興国市場)にソリューションを提供することが基本である。

 変化があったのは「構造改革」と呼ぶ生産ラインの再編成だ。生産ラインは大別すると、前工程(ウェハ処理)ラインと後工程(パッケージング処理)ラインに分かれる。前工程の再編成内容が大幅に強化された。

 国内の前工程は9拠点15ラインがあり、この中で現状を維持するのは5拠点6ラインに留まると2012年7月時点では公表されていた。それが今回の発表では、現状を維持するのは3拠点4ラインに絞り込まれた。具体的には、現状を維持するのは那珂工場(茨城県ひたちなか市、12インチラインと8インチライン)、川尻工場(熊本県熊本市南区、8インチライン)、西条工場(愛媛県西条市、8インチライン)だけになる。

 具体的には、2012年7月には現状維持と発表されていた、甲府工場の8インチラインと滋賀工場の8インチラインが「集約(閉鎖)」対象に加わった。また譲渡(売却)を考えていた鶴岡工場(12インチラインと8インチライン)が譲渡(売却)ではなく、集約(閉鎖)へと方針を変更した。

生産ライン(前工程)の再編成計画。ルネサスが8月2日に公表した事業方針「当社グループが目指す方向性」の説明スライドから。この計画表で「集約」とは生産ラインの閉鎖を意味する
2012年7月にルネサスが公表した生産ライン(前工程)の再編成計画。5拠点6ラインが現状維持となっていた

変化の兆しはあるが、「明日」が見えるのは10月以降

 前回の本コラムで、国有化されるルネサスが新たに離陸するための準備作業は「経営陣の刷新、組織の変更、赤字事業の処分、人員の削減、生産ラインの削減などである」と述べた。6月26日に作田CEOが就任してから1カ月余り。詳細にルネサスの動きを見つめると、変化が以前に比べると速くなっていることが窺える。

 作田CEO就任の翌日である6月27日には、子会社ルネサスモバイルの次世代ワイヤレスモデム事業からの撤退を発表した

 約1カ月後の7月29日には、国内における販売子会社と設計子会社、設計支援子会社、生産子会社の再編成を発表した。国内販売子会社はルネサス本体に吸収され、設計子会社群2社は1社に統合、設計支援子会社群3社は1社に統合、生産子会社群2社は1社に統合される。いずれも10月1日に効力が発生する。

2013年7月29日にルネサスが発表した子会社再編成の概要

 そして8月2日には、前述のように生産ラインの再編成をさらに強化することを発表した。また公表はしていないものの、9月30日付けの退職となる早期退職制度の募集が8月1日には始まったようだ。今回の早期退職制度は、管理職でなおかつ40歳以上が対象となっている。量産工場ではなく、設計・開発部門や営業部門、間接部門などを狙った制度のようだ。

 また8月2日の発表会における質疑応答から、ルネサスは中期計画を策定中であることが明らかになった。中期計画の公表時期は明示されなかったが、10月1日以降であることは確かだろう。

 ルネサスの「明日」が見えるのは早くとも10月以降になる。「明日」の姿が明確に見えるまでには、もう少し時間がかかりそうだ。

(福田 昭)